1/ハシュラム -終 不殺の呪縛
「なッ、ないんでスか! 何か、僕たチが──いや、トレロ・マ・レボロのみんなが助カる方法は……っ!」
「ありますが、自分と同胞の命を賭けた博打になります。それでもよろしければ」
──しん、と。
亜人たちが一瞬で静まり返る。
俺の言葉を、一言一句聞き漏らすまいと。
亜人。
人と動物を掛け合わせて造られた合成生物。
俺は、彼らの一体感に、純人間は持ち得ない〈群れ〉の匂いを感じ取った。
純人間が三千人もいれば、怒号する者、茶々を入れる者、責任の所在を問う者──さまざまな邪魔が入り、説明は幾度も中断されたことだろう。
「選択肢③、この三千人でハウルマンバレーへと亡命する」
亜人たちが、戸惑った様子で、仲間たちの表情を窺っている。
「①と②に共通する問題とは、何か。わかる人はいますか?」
一分ほどの沈黙ののち、一人の少女が手を上げた。
「……一対一、だカら?」
「その通りです。賢いな」
少女が照れるのを見届けてから、続ける。
「もしかすると、トレロ・マ・レボロの皆さんは無意識に勘違いをなさっているかもしれません。今回の出来事は、亜人と純人間との戦争ではなかった。あくまで、トレロ・マ・レボロとパレ・ハラドナの二国間の諍いです。ここまではよろしいですか?」
亜人たちが、それぞれのタイミングで頷く。
「端的に言います。パレ・ハラドナの亜人に対する扱いは異常だ。亜人を同じ人間だと欠片も思っていない。しかし、パレ・ハラドナがこうして隠すことなく牙を剥いたのは、トレロ・マ・レボロに味方がいなかったことが理由の一つでしょう」
そう、味方が誰もいなかった。
力を持たぬ亜人たちは、無抵抗に嬲られるしかなかったのだ。
「だから、味方を作るんです。だから、助けを求めるんですよ。三千人の亜人がハウルマンバレーに殺到したら、その知らせはすぐに大陸中に響き渡るでしょう。無条件降伏下で、同胞が二千人も殺された。この事実が知れ渡れば、世論はパレ・ハラドナを弾劾するでしょう。そうなれば、パレ・ハラドナは、二度とトレロ・マ・レボロに派兵できない。もっとも、これは、すべてが綺麗に上手く行った場合の話ですけどね」
歓声が沸き起こる。
だが、それはそれで不安もあった。
俺自身には騙しているつもりはないが、どうにも騙されやすそうな国民性だ。
「──俺からは以上です。そして、選ぶのは皆さんです。①を選んでもパレ・ハラドナは二度と来ないかもしれない。②を選んでも、案外平和に過ごせてしまうかもしれない。そして、③を選んだら、今度はハウルマンバレーで同じように弾圧が行われるかもしれない。さっきの話はすべて、俺の憶測に過ぎません。保証は一切できません。申し訳ないですけど」
亜人たちが静かに頷く。
覚悟は、もう、決まっているらしかった。
「俺たちは予定通り、このままパレ・ハラドナへ向かいます」
俺は、亜人たちに右手の甲を向け、そのまま深々と頭を下げた。
「──幸運を」
陪神ヤーエルヘルの名において。
心中でそう呟き、俺は亜人たちに背を向けた。
その瞬間、声が響いた。
無数の声だった。
「──ありがトう、奇跡級の兄ちゃんタち!」
「かァッコ、よかっタよー!」
「いツか、ハシュラムを再建できタら、是非寄ってクれ! 多少の予約は蹴ってデも、時計台ホテルのスイートを空けるカら!」
「──…………」
俺は、亜人たちの礼の言葉に後ろ手を振ると、そのまま足を止めずに歩き続けた。
アーラーヤが俺の手を取り、何かを握らせる。
それは、一枚の端切れだった。
「色男が台無しだぜ」
──ああ、そうか。
視界がぼやけて歩きにくかったのは、俺の目から涙が溢れていたせいか。
果たして何人殺しただろう。
二桁では足りないことだけは確かだ。
彼らにも人生があった。
彼らにも家族があった。
俺は、そのすべてを、赤子の手をひねるより容易に踏みにじった。
でも──
「でも」
端切れで涙を拭い、乱暴にポケットに収める。
「後悔は、ない。俺は俺の意志で殺した。許すことのできない非道に出会えば、俺は何度だって斬り伏せるよ。躊躇なく」
上背のあるアーラーヤが、俺の髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き混ぜる。
「どわッ! 何しやがる!」
「ようやく不殺の呪縛から解き放たれたな」
「……ああ」
「不殺の信念ってのは、優先順位をカンタンにねじ曲げちまう。どうでもいい相手を救うことに終始して、大切なものが手からこぼれ落ちたことにも気付かない。俺たちは人間だ。腕の長さにゃ限界がある。すべてを守ろうとして、すべてを取り落とすようなやつらを、俺は何人も見てきたからな」
思わず口角が上がる。
「ありがとうな、アーラーヤ。自分の選んだ道は間違ってない。そう思えたよ」
「なーに、これでも人生の先達よ?」
俺は、敢えて意地悪い表情を作り、言った。
「ほんと、アーラーヤの言葉は重いっつーか、的確にレバーに当ててくるっつーか。ほら、前も、お前が努力だと思ってるもんは甘えくさったお遊びだー、とかなんとか……」
「スッゴイひどいコト言ってる……」
アーラーヤの目があからさまに泳ぐ。
「お、覚えがねえなあ……?」
「俺、あの一言で、マジでしばらく病んだからな。的確だったからこそ痛かったんだけどさ」
「──…………」
アーラーヤが深々と頭を下げ、パン、と頭上で両手を合わせる。
「すまん。あんときは事情もなんも知らずに言っちまった!」
「ははっ!」
俺は、アーラーヤの背中を、かなり強めに叩いた。
「──でえッ!?」
「これで許してやるよ」
俺の笑みに、アーラーヤも笑う。
「おう、今のでチャラだな」
「騎竜車のとこ行ってみようぜ。接収されてなきゃいいんだけどな……」
「ダナ!」
完全に無人となったハシュラムを行く。
気絶していたためか、いつの間にか訪れていた夕刻にすこしだけ違和感があった。
赤橙色に染め上げられた道を曲がると、俺たちと旅路を共にした騎竜がその場に膝をついて眠っていた。
客車も問題なく無事で、中身を漁られた形跡もない。
運が良かったのか、あるいは、あいつらやべーから触らんとこの精神だったのか、それはわからなかった。
だが、好都合であることに間違いはない。
俺は、騎竜を優しく起こすと、飼い葉をたっぷりと食べさせた。
御者台に座り、手綱を引き絞る。
──パン!
手綱が気持ちの良い音を立て、それを合図に騎竜が歩き始める。
ハシュラムだけでなく、国境検問所にも人の気配はない。
多少の寄り道はあったものの、俺たちは、ようやく、パレ・ハラドナへと入国することができたのだった。




