1/ハシュラム -11 演説
陪神級の槍術士、ルブロイ=フブラリーシージ。
軍属の兵士にとって絶対的な存在である彼が何者かに討ち斃されたことで、パレ・ハラドナ軍は混乱に陥った。
既に数百名の死者を出していたこともあり、撤退は迅速に行われたと言う。
三千人の亜人たちが解放されたのは、俺が目を覚ました頃のことであったらしい。
「──……、づー……」
アーラーヤに治癒術をかけてもらったにも関わらず、まだ頭痛が治まらない。
「カタナサン、大丈夫か……?」
「……まあ、そのうち治るだろ。単に脳を酷使し過ぎただけだと思うし」
磔柱のあった台に腰掛けていると、亜人たちが次々に廃棄場へと集まってくる。
三千人だ。
全員がここに集まるまでには、まだ時間が掛かるだろう。
アーラーヤが、心配そうな表情で尋ねた。
「──カタナよう。お前、何しやがった?」
「何、って……」
「明らかにおかしな傷だった。皮膚も、筋繊維も、骨も、血管も、全部内側から壊されてやがった。ルブロイだかって野郎にやられた打撲傷と、いつもの火傷は別にしてな」
「──…………」
「……最後の一撃、オレには見エなかった。目の前で見テタのに、気付イたら、ルブロイが真っ二つにサレてた……」
「そうだな……」
なかなか説明が難しい。
「……まあ、簡単に言えば、神眼の重ね掛けだ」
「重ネ掛け……」
「ンなことできんのか……」
「思いついて何度か試してみたら、できた。神眼の二重発動。俺は天眼って呼んでる。この状態になると、体感で数秒くらいマジで時間が止まって感じるんだよ。そんときに無理矢理動いてみたら、こうなった」
クロケーが目をまるくする。
「テン、ゲン」
「──…………」
アーラーヤが黙考し、告げた。
「……お前、それ、あんま使わないほうがいいぜ。たぶん」
「そんな気はしてる……」
肉体のほとんどは、こうして治癒術で治療を行うことができる。
だが、脳だけはそうはいかない。
脳の損傷だけは、治癒術でも容易に修復することができないのだ。
「傷を見た感じ、ラライエみたいに音を超えてるわけじゃねえな。時が止まった──ってのも、実のところは錯覚で、実際は時が止まって見えるほど意識が最大限に加速しきった状態なんだろう。超加速状態の意識に無理矢理肉体を付き合わせるから、限界を遥かに超えて、自壊しながら神速の一撃を繰り出すことができる、と」
「……冷静に分析されると、とんでもないことしてんな」
師弟が、呆れたような半眼で俺を見る。
「イマ気付いたのか……?」
「それで陪神級斃しといてお前」
天眼一閃。
できれば二度と使いたくない技だ。
治癒術士がいない場面で使用すれば、良くて相討ち、外せば負けである。
「でも、切り札が手に入ったのはいいことだろ」
「ま、そいつはそうだな」
アーラーヤが後頭部で腕を組み、悔しげに吠える。
「あァ──ッ! まーた先越された! 悔しいったらねえぜ、まったくよう」
「模擬戦だと地味に負け越してるじゃん、俺」
「俺は、本気のお前に勝ちたいの! べつにガチの殺し合いがしたいってんでもねえけど、白き神剣アリのルールで挑んでみたい気持ちはあるんだよ。神剣は自分の力じゃありませーん、とかなんとか言うなよ。冷めるから」
「言わん言わん。全部引っくるめて俺の強さだ。いつかみたいに、拗ねて自己完結して仲間を心配させるような真似はしねえよ」
俺は、自信を持ち続けなければならない。
今もネウロパニエで頑張っている愛弟子のために。
「デモ、すっげー勉強になった。コレが超人同士の戦いナンだって、スコシ感動してた……」
思わず笑い声が漏れる。
「せっかくだ、糧にしとけよ。お前もいつか、ここまで来るんだから」
クロケーが満面の笑みで頷いた。
「オウ!」
クロケーならば、届き得る。
だが、奇跡級特位という高みから見た景色は、俺に何の実感も与えてはくれなかった。
俺は、まだ、目的を達していない。
プルを取り返し、ヘレジナの目を覚まさせる。
それが叶わないうちは、俺の心が満ち足りることはないだろう。
やがて、廃棄場のクレーターに、ハシュラムの各所に監禁されていた人々が集った。
パレ・ハラドナ軍が撤退した以上はこの場所にこだわる必要もないのだが、指揮系統があるわけでもないので、混乱を避けるために集合場所の変更はしなかった。
俺たちの呼びかけに応えなかった少数の亜人は、はぐれた子を、あるいははぐれた親を探していたり、先を急いでいるような面々らしかった。
特別な理由がない限りは来ているのだから、やはり義理堅い。
「どっちでもいいから、俺に拡声術頼めるか」
「おう」
アーラーヤが頷く。
こほん、と一つ咳払いすると、その音が廃棄場へと響き渡った。
マイクテストはオーケーだ。
「──初めましての方は初めまして。剣術士のカタナ=ウドウと申します。人によっては俺たちのことを胡散臭く思っているかもしれません。でも、子供を人質に取られて、自分の墓穴を掘らされるよりはいいでしょ」
アーラーヤの拡声術によって拡散された俺の言葉で、半数以上の亜人たちが戸惑いを見せる。
彼らは知らなかったのだ。
自分に訪れたかもしれない、理不尽な運命を。
「まあ、そのあたりは実際に体験した人にでも聞いてください。大切なのは、これからどう動くか。皆さんはどうすべきか、です」
亜人の女性が声を上げる。
「そッ、そんナの、ココで暮らすに決まっテる! せっカく取り戻したノに……」
「選択肢①、ハシュラムに残って再興する。いいと思いますよ。そうしたいなら、そうすればいい。止めやしません」
亜人の女性が、肯定されたことで胸を撫で下ろす。
「ただし、デメリットを聞いてからでも遅くはないでしょう。ハシュラムは、トレロ・マ・レボロとパレ・ハラドナ間の唯一の国境検問所がある都市です。無条件降伏をしたトレロ・マ・レボロの他の街を占領するため、パレ・ハラドナは何度でもやってくるでしょう。何度でも、何度でも」
女性の顔が青ざめる。
現実は現実だ。
どんなにつらくとも、前を見なければ始まらない。
「選択肢②、ハシュラムを放棄し北上、付近の街や村に保護してもらう」
亜人の男性が、不安げに口を開いた。
「そ、それニも問題、……が?」
「デメリットが一つもない案なんて、そうそう出るもんじゃないですよ」
男性に苦笑してみせると、俺は続けた。
「この場合、ハシュラムが完全にガラ空きとなるため、パレ・ハラドナ軍は再びここを占領するでしょう。そして、ハシュラムを前線基地として北上し、南東県から東県、中央県、西県と、亜人たちを端へと追いやるように実質的な領土を広げていくでしょう。亜人たちへの扱いについては、俺たちよりあなたたちのほうが詳しく知っているはずです」
どよめきが空気を支配する。
これならば、いっそ、最初の選択肢を選んだほうがいいと感じる人もいるだろう。




