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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部七章 パレ・ハラドナ
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1/ハシュラム -10 天眼一閃

「か、……はッ!」


「……んー?」


 ルブロイが、神槍を肩に担いで言う。


「なんで体操術使わないの? それじゃ、さすがにボクには勝てないって」


「……使えッ、ない、……んだよ……!」


「使えない──って、ああ!」


 納得したように頷き、ルブロイが目を輝かせた。


「その右手の、義術具か! すげー! 灰燼術の義術具なんてあるんだね」


「──…………」


「しかし、すんごいなあ。体操術ナシで奇跡級特位だなんて、この世界に君しかいないんじゃない?」


「そうッ、……かもな!」


 肉体に鞭を打ち、無理矢理に立ち上がる。


「うん、気に入った!」


 ルブロイが、俺を指差す。


「君さ、名前なに? 部下にしてあげるよ! そしたら女の子抱き放題だぜ。いいだろ!」


「──…………」


 足元を見る。

 四肢のすべてを切断された全裸の遺体が、悲しげな表情を浮かべたまま転がっていた。


「……ごめんだね。趣味が合わない」


「そう?」


 心底残念そうに、ルブロイが目を伏せる。


「ざあんねん。せっかく〈不夜の盾〉を、また最強軍団に戻せると思ったのに……」


 ルブロイが、神槍を構えた。


「まあ、武術士の命の捨て場所は自由だよね。かかってきなよ。せめてボクが摘んでやるからさ」


「できるもんなら、なッ!」


 ルブロイにできるのならば、俺にだってできる。

 俺は、まず、初撃で燕双閃・自在の型を放った。

 当然のように、ルブロイが一歩大きく距離を取る。

 二撃目。

 これも燕双閃・自在の型だ。


「──っと、とと」


 燕双閃・自在の型の一撃目を連続で行うことで、ルブロイに大振りでの回避を強要する。

 神剣を弾く形での対処は、神槍にはできまい。

 白き神剣を打ち払おうとすれば、いくら神槍と言えど無傷では済まないはずだ。

 だが、これでは当たらない。

 ルブロイとダンスを踊っているだけに過ぎない。

 相手のミスを待つ戦法では、体操術で持久力を底上げできない俺が不利だった。

 そして、相対しているのが陪神級の武術士ともなれば、ミスを期待するほうが間違いだ。


 ──一つだけ、思いつく手があった。


 だが、針の穴を通すような成功率でしかない。

 それを乗り越えてすら、思い通りに事が運ぶとも限らない。

 俺は、迷っていた。


「……もう、全部見たなあ」


 ルブロイが呟く。


「君、全部出し切ったでしょ。終わりだね。勝てないよ」


「……わからないぜ」


「わかるさ」


 恐ろしく冷たい声が、炎に巻かれた最上階に響いた。


「──もう、手加減しないしね」


 ルブロイがそう言った瞬間、十メートルはあった距離が、これまでの倍の速度で詰められる。


「な──」


 見えている。

 見えてはいる。

 だが、対処しきれない。

 繰り出されるは、燕双閃・自在の型。

 俺は、反射的に後ろに飛び退いた。


「暴れろ、ダウナシュート」



 ──ブオンッ!



 ダウナシュートから放たれた螺旋の風が、かつてない勢いで俺を吹き飛ばす。


「──カタナサンッ!」


 クロケーがこちらへ駆け寄るのが見えた。

 やめろ。

 来るな。



 ──ドゴォ……ンッ!



 俺の体が、時計台の文字盤を突き抜ける。

 次の瞬間、クロケーが、俺を助けるために飛び出していた。

 馬鹿野郎。

 クロケーが、空中で俺を抱き締める。

 嗚呼。

 まだまだ死ぬなってことかよ。


 落下する。


 落下する。


 落ちるはホテルの屋上だ。


 高さは十数階相当。

 だが、落下時間が長いことが幸いした。

 右手の人差し指と小指を立てる。


 ──キュボッ!


 俺は、灰燼術にて白き刀身を形作ると、それを真下へと振り下ろした。


 ──ボンッ!


 白炎の火勢で、一瞬、ふわりと浮き上がる。


「ワアッ!」


 俺とクロケーが、高さ二メートル地点から改めて落ち直す。

 着地の際に足が痺れたが、問題はない。

 時計台の高さから落ちて、痺れたで済むなら御の字だろう。


「大丈夫か、クロケー!」


「ナ、ナンとか……」


「無茶すんなよ……」


「ゴメン」


 クロケーが、小さく頭を下げる。

 だが、これでルブロイとの距離が開いた。

 一度撤退し、アーラーヤを連れて──


 ──ブァオッ!


 クロケーの背後にルブロイが落ちてくる。

 俺と同様に、神槍の風で落下の衝撃を相殺して。


「ナッ!?」


 ルブロイが風を操作し、優雅にホテルの屋上へと舞い降りた。


「へえー、こういう使い方もできるんだ。勉強になるなあ」


「どんどん人間離れして行きやがって……」


「それ君に言われたくないからね」


「──…………」


 逃げ回ることはできない。

 立ち向かうしかない。

 俺は、覚悟を決めた。


「……次で終わる」


 そう告げ、白き刀身の消えた神剣を構える。


「いいねいいね、その目! まだ何かあるんだ。楽しみだあ」


 ルブロイが隙なく神槍を構える。


「ねえ、どっちがいい? 攻めるほうと、攻められるほう。決めていいよ」


「なら、攻められるほうで」


「受けかあー」


「受けとか言うな」


 軽口を叩き合う。

 次の一撃が決まれば、ルブロイは死ぬ。

 失敗すれば、俺が死ぬ。


「──じゃあ、最後は君の技で行こう。気に入ったよ、これ」


 燕双閃・自在の型で来る。

 なんとなくだが、この男は、戦闘においては嘘をつかない気がしていた。

 誠実ゆえではない。

 自らの技量に圧倒的な自信があるからだ。


 右手の人差し指と小指を立てる。

 耳慣れた音と共に、白き炎が刀身を成した。


「行くよ」


 その言葉と同時に神眼を発動する。

 ルブロイが、体操術を用いた瞬速で、瞬く間に距離を詰める。

 そして、俺の顔面へと神槍の突きを放った。

 右に避ける。

 左に避ける。

 上体を反らす。

 距離を取る以外のどの回避方法であっても、ルブロイはそれに合わせ、不可避かつ必殺の二撃目を放つだろう。

 だが、俺は距離を開かなかった。

 頭を左に傾け、ギリギリで避ける。

 神槍の突きが、途中で止まった。

 俺の回避行動によって生まれた隙に対し、ルブロイが流れるような二撃目を放つ。


「──…………」


 俺は、アルクハルヴァ神殿での一ヶ月間、ひたすらアーラーヤとクロケーとの模擬戦に明け暮れていた。

 だが、同時に、一人の時間に試していたことがある。

 神眼のさらなる深化、さらなる思考の加速だ。

 俺の神眼は、特に意識しなければ、通常の五倍程度の思考加速を誇る。

 一分間が五分間にも感じられるというわけだ。

 さらに集中すれば十倍の思考加速まで可能だが、脳を酷使するため長時間の維持は難しく、また必要なときでも一瞬だけ深めれば事足りるため、これまで深化の鍛錬を怠ってきた。

 それよりも、神眼の即時発動及び継続時間の延長を優先してきたのだ。

 だが、一ヶ月間という猶予を与えられたことで、神眼の深化に対しても目を向けることができた。

 現在の俺は、十二倍程度の思考加速を、以前より遥かに長い時間維持し続けることができる。

 そして、あるとき、ふと思い至った。

 それは、あまりにも荒唐無稽な思いつきだった。


 ──もし、神眼の発動中に、さらに神眼を重ねることができたとしたら?


 そんなことは不可能に決まっている。

 走っている最中にさらに走ってみたら、などと提案されて、首をかしげない人はいないだろう。

 ただの言葉遊びに過ぎない。

 だが、俺は試してみた。

 何度も、

 何度も、

 何度も、

 何度も──


 そして、数千回の試行の果てに、一度だけ成功してしまった。


 俺は、

 さらに深く、

 深海に潜るように、




 ──二重に神眼を発動した。




 音が止まる。

 風が止まる。

 時が、止まる。

 そう。

 体感でたったの数秒に過ぎないが、発動すれば、静止した時の中で思考することができる。

 俺は、この神眼を超えた神眼を、密かに天眼《てんげん》と名付けていた。

 だが、意味などない。

 自らの死を数秒間遠ざけるだけだ。


「──…………」


 本当にそうだろうか。


 天眼は、たったの一度きりしか開くことのできなかった扉だ。

 何かを試す暇はなかった。

 だから、もし再現が可能だとしたら、やってみたいことが一つだけあった。


 天眼を発動した状態で無理矢理にでも動いてみたら、果たしてどうなるのだろう。


 俺は、揺らめきすら停止した白き神剣を、意志の力で強制的に動かした。


 本来不可能なはずの動きに、筋繊維がねじれるような違和感を覚える。

 だが、無視する。

 痛みはない。

 痛みは、まだ、訪れない。

 時が止まっているのだから。


 俺は、

 両の手で握った白き神剣で、

 ルブロイの上体を真横に切断した。


 天眼一閃。




 ──そして、時が緩やかに流れ始める。




 俺のこめかみを狙っていたはずの神槍が、外れた。


「あ、……──れ?」


 溶断されたルブロイの上体が、そのまま真横に倒れていく。

 上半身と下半身が、別方向に落ちて、倒れた。

 焼け焦げた傷は、ルブロイに、ただの一滴の血液も流させなかった。


「なん、で……?」


 わからないのだろう。

 わからなくていい。

 わからないまま、死ねばいい。


「──づ、あ……ッ」


 腕が熱い。

 痛むどころではない。

 腕から、足から、全身から血液が噴き出し、俺はその場に倒れ伏した。


「ぼ、……うえッ! ごぼ、……ぼェ……ッ!」


 胃の内容物と共に、血液まで吐き出す。


「か、カタナサン……ッ!?」


「ず、……ばん、グロ、ケー……。アーラーヤのどごろ、まで……」


「ワカッタ!」


 クロケーが、俺を両肩に担ぎ、駆け出した。

 ホテルの屋上から、それぞれの階のバルコニーを足場にし、ほんの数秒で地面へと到達する。

 亜人の身体能力と、体操術の掛け合わせ。

 やはり、とんでもない。

 体と顔のあちこちから血液を垂らしながら、俺の意識は徐々に薄れていった。

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