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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部七章 パレ・ハラドナ
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1/ハシュラム -9 ルブロイ=フブラリーシージ

「行くぞ」


 俺は、最上階の扉へと手を掛けた。


「……ウ」


 クロケーが、軽く嘔吐《えず》く。

 嗅ぎ慣れた悪臭がした。

 血の臭いだ。


「ふっ、……フッ、……あ、ああ、そろそろイく、イくよ……!」


 ぱちゅ、ぱちゅ、ぱちゅ、ぱちゅ。

 粘液が叩きつけられる醜悪な音が響く。

 亜人の女性が犯されているのだろう。

 ルブロイは無防備だ。

 今のうちに殺してしまいたかったが、女性を巻き込む危険がある。

 俺は、クロケーに目配せをすると、最上階の奥へと慎重に歩を進めた。


 大時計台の文字盤の裏側が見えてくる。

 複雑な機構を持つ、高さ五メートルほどの巨大な機械仕掛け。

 思わず目を奪われる光景の真下で、褐色肌の大男が必死に腰を振っていた。


「──ウッ!」


 男が達する。

 俺たちは、その光景から目が離せなかった。


 何故なら、

 男が陰茎を突っ込んでいたのは、

 首のない女の遺体の喉穴だったからだ。


「ア、……アア、ア……ッ!」


 あまりの恐怖とおぞましさに、クロケーが数歩ほどたたらを踏む。


「──ん? なにさ、君たち。ボクたちの情事を邪魔しないでほしいなあ」


 こいつは、駄目だ。

 今すぐ殺すべきだ。

 咄嗟にそう判断し、俺は薄刃の長剣の代わりに折れた神剣を抜き放った。

 ルブロイまでの距離を数歩で詰めながら、灰燼術によって白き刀身を成す。

 そして、そのまま燕双閃・自在の型で以て、ルブロイの上体を両断──しようとした。

 だが、


「ほい、──っと」


 ルブロイが、今まで喉穴を犯していた首のない死体を蹴り上げ、空中で俺に向かって再び蹴り込んだ。


「くッ」


 反動で、大きく距離を取られる。

 ルブロイが、膝まで下ろしていたズボンをゆっくりと上げた。


「──今の、ヤバい技だねえ。あと、その剣熱いから近付けないでくれる?」


「な──」


 白き神剣での燕双閃・自在の型は、初見の相手に対し、まさに〈必殺〉を誇る。

 初手で破ったのは、魔竜ルインラインくらいのものだ。


「……お前は、なんだ」


「ルブロイ=フブラリーシージ。知らない? まあ、知らないかあ。ルインラインに比べたら無名も無名だもんな……」


 ルブロイが、すこし落ち込んだように肩を落とす。


「こんなんでも、〈不夜の盾〉で最強って言われてるんだよ。ルインラインが一回死んで、おかしくなっちゃってからだけど」


「……アイヴィルより強いのか」


「あハッ!」


 ルブロイが、子供のような高い笑い声を上げた。


「あの子、たかだか奇跡級上位でしょ?」


「……たかだか?」


「うん。だって、ボク陪神級の槍術士だし」


「は……?」


 脳が理解を拒む。

 陪神級?

 魔竜となる前のルインラインと、同格?

 呆然としたのは、ほんの一瞬のことだった。

 だが、ルブロイにとっては、その一瞬で十分だった。

 高々と跳躍したルブロイが、空中で翻り背後に着地する。

 そこには、一塊の巨大な翡翠から削り出したような、無骨な槍があった。


「──よーく見たら、それ、ルインラインの神剣アンダライヴじゃん。なんで持ってんの?」


「……形見だ」


「ちょうどいいや!」


 ルブロイが満面の笑みを浮かべる。


「ねえ、この神槍ダウナシュートと比べっこしよう! さすがに相手がルインラインじゃ分が悪かったからさ。でも、相手が君ならなんとかなりそうだし」


「──…………」


 二十秒が経過し刀身の掻き消えた神剣を構える。


「クロケー、手を出すな」


「ウ、ウン……」


 ここからの戦闘には、巻き込めない。

 クロケーを守る余裕が、ない。

 相手は、世界に四人しかいない陪神級の武術士だ。

 世界一の剣術士がルインラインだとすれば、世界一の槍術士が目の前の男なのかもしれない。

 いくら白き神剣で下駄を履いて特位に届いたとしても、勝てるかどうかわからない。

 俺は、右手の人差し指と小指を立てた。


 ──キュボッ!


「──らあッ!」


 白き炎が刀身を成すと同時に、大上段から最大火勢で広範囲を焼き尽くす。

 時計台など知るものか。

 だが、ルブロイが慌てることはなかった。

 その場でくるりと槍を回したあと、素振りのように虚空を貫く。

 瞬間、


 ──ブオッ!


 竜巻の如き暴風が、最上階に吹き荒れた。

 ルブロイに到達する前に、白き炎がこちらへ押し返される。


「チッ!」


 このままでは押し負ける。

 俺は、炎竜に対してそうしたように、白炎の起こす熱風を二度三度と叩きつけた。

 互角。

 炎と風は俺たちの中央で弾け、時計台の最上階を炎で包み込んだ。

 六千度の火の粉が各所で燃え上がり、熱で空気が揺らめき始める。


「おおー」


 ルブロイが、感心したように幾度も頷いた。


「出力だけならダウナシュートが勝つと思ったけど、綺麗に互角か。ボクたち相性いいね」


「ふざけろ」


 白き炎の火勢を最大にし、背後に放つ。

 クロケーに勝るとも劣らぬ速度で、俺はルブロイへと肉薄した。

 燕双閃・自在の型。

 神眼を用いた不可避の一撃。

 ルブロイが、こちらを見てから左に避ける。

 その僅かな隙に二撃目を叩き込もうとして、俺は見た。

 ルブロイの唇が、加速した俺の思考と等速で動くのを。

 唇を読む。


 な。

 か。

 ま。

 だ。

 ね。


「──ッ!」


 正体不明の悪寒が走り、俺は白炎を操って距離を取った。

 その瞬間、ルブロイが神槍ダウナシュートで風を操り、一瞬で間合いを詰める。

 槍が、俺の肩を狙う。

 上体をひねり、避けようとして気が付いた。

 槍の軌道が変化しつつある。

 俺の動きに、合わせて。

 理解する。


 これは、燕双閃・自在の型だ。


 白炎で得た機動力で、俺は再び大きく距離を空けた。

 燕双閃・自在の型は、一撃目の直後、二撃目が届かないほど相手から離れることで無効化できる。

 俺は、神眼を一時的に切った。


「──お前ッ!」


「すごいすごい、一発で気付いたね!」


 ルブロイが楽しげに笑う。


「ハィネスの神眼って言うんだっけ? これ持ってるやつ少なくてさ! 仲間、仲間」


「──…………」


 呼吸を整え、平常心へと切り替える。


「俺も、初めてだよ。同じ神眼持ちと戦うのは」


 ハィネスの神眼。

 これが、俺の唯一のアドバンテージだった。

 白き神剣という規格外の武器も、すべては神眼ありきだ。

 ルブロイは俺と同様に神眼を持ち、神剣アンダライヴに対し神槍ダウナシュートを武器としている。

 ここまでは互角。

 だが、ルブロイは魔術が使える。

 体操術を扱うことができるのだ。

 明らかに分の悪い相手だった。


「──…………」


 折れた神剣を構える。

 不利だからと言って、逃げるのか?

 それは、できない。

 できるはずがない。

 パレ・ハラドナの非道を、ルブロイの悪逆を、この目で見てしまったのだから。

 時計塔の最上階には、子供から大人まで、亜人の女性の遺体が無数に転がっている。

 この男が、玩具にしたのだ。

 許せるはずがなかった。

 燕双閃・自在の型は、互いに通じない。

 俺が攻めあぐねていると、ルブロイが構えを深くした。


「慎重だなあ。もっとライブ感出して行こうよ。こんな風に、──さッ!」


 神眼を瞬時に発動する。

 速い。

 だが、避けられる範疇だ。

 ルブロイの得物が長槍であることが幸いした。

 手数の多いヘレジナの双剣や、アーラーヤの四刀流であれば、避けるのにもうすこし工夫が必要だっただろう。



 ──その隙を突かれた。



「ッ!」


 連撃の最中、ルブロイが妙な動きをした。

 即座に気付く。

 燕双閃・自在の型だ。

 連撃に挟むという使い方は、編み出した俺ですら一度もしたことがなかった。

 何故なら、初撃で相手を無力化できるか、そもそも通じないかの二択だったからだ。

 燕双閃・自在の型をまともに食らって立っていた例は、俺の記憶にある限り、頸動脈を焼いて血を止めたジグだけだ。

 アルクハルヴァ神殿での一ヶ月の鍛錬では、あくまで初見殺しに過ぎない燕双閃・自在の型は意図的に使わないようにしていた。

 既に原理を理解され、対策を知られている技を使う理由はない。

 そう考えていたからだ。


 ルブロイ=フブラリーシージ。

 俺の技を瞬時に見切り、習得し、その応用まで行ってきたこいつは、紛れもない天才だった。


「──くッ!」


 無理矢理体をひねり、白炎の火勢と共に、今度は真後ろへと跳躍する。

 とにかく距離を取ればいい。

 距離を──


「その避け方は、もう見たよ」


 思考が加速した世界で相手の声が等速で聞こえてくるのは、不思議な感覚だった。

 ルブロイが神槍から風を放つ。

 最上階のすべてに延焼しつつある炎が揺らめき、円を描くことで、風の形がわかった。

 地面と平行に伸びる竜巻だ。

 俺は、両足を床から離してしまっていた。

 自ら背後へと跳躍した勢いと合わさり、木枯らしに翻弄される枯れ葉のように、俺の体が最上階の壁へと叩きつけられる。

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