1/ハシュラム -7 超人の世界
「ああ。パレ・ハラドナの行為は、明らかに人道に反してる。すべての国がこんなことをするわけじゃないだろ?」
「……まあ、さすがにな。ハウルマンバレーはトレロ・マ・レボロと接してるし、ある程度の交流、交易もある。戦争相手がハウルマンバレーであれば、こうはならなかっただろうよ」
「だから、巻き込む。パレ・ハラドナの非道を明るみにするんだ。実際に殺されかけた亜人が三千人、ハウルマンバレーに逃げ込めば、どう足掻いたってすべての国に伝わる」
「確かにな……」
「密入国をするためには、数を頼みに無理矢理通ること。だろ?」
アーラーヤが片方の口角を上げてみせる。
「よく覚えてるじゃねえか」
「幸い、ここはハシュラムの西の果てだ。ここに集まって、亜人全員で国境沿いを西へ西へと向かってもらう。そうすりゃ、そのうちハウルマンバレーだ」
「了解、カタナの案で行こう。んで、実際の行動は?」
「アーラーヤは、この廃棄場を守ってくれ。俺とクロケーで亜人たちを解放してくる」
軽く思案し、アーラーヤが頷く。
「……確かに、そいつが適材適所ってやつか」
最低でも一人、合流地点であるこの廃棄場を守らなければならない。
体操術が使えず、動きの鈍い俺では、数で押されれば被害を出す可能性がある。
クロケーの魔力銃は魔力を射出しているため、弾は無限ではない。
また、奇跡級の術士が相手では、遅れを取る可能性もある。
適度に体操術を織り交ぜながらアーラーヤが皆を守るのが、いちばん堅実な選択だろう。
「──クロケー!」
「イマ行く!」
亜人たちの手枷を外したあと、クロケーがこちらへ駆けてくる。
「俺とお前で、監禁されてる亜人を救い出す。行けるか?」
「行ける」
「いい返事だ」
「んじゃ、俺は俺で適当にやってんぜ。行ってこい!」
アーラーヤが、俺とクロケーの背中を強めに叩く。
「──っで!」
「アダッ!」
振り返ると、アーラーヤが、後ろ手にひらひらと手を振りながら坂を下っていくところだった。
「走って行こう。でも、俺のこと置いて行くなよ。こちとら体操術も使えない、ただの純人間なんだから」
「ワカッてるって」
クロケーと二人で廃棄場を後にする。
五ヶ月前、地球から飛ばされてきたばかりの俺であれば、郊外の廃棄場から市街地までの僅かな距離を走っただけで息が上がっていただろう。
だが、今は違う。
鍛え上げた肉体と肺とが、俺の足を軽くする。
ハーフマラソン程度ならば容易に走破する自信があった。
「クロケー。魔力はどのくらい残ってる?」
「ソウだな。まだ三分の二はある。残り弾数で言エバ、五百くらい」
「五百発か。なら、しばらくは相手を絞れ。こちらに当てられる腕のある弓術士か光矢術士。近付くやつは、俺が斬る」
「了解!」
ハシュラムに入り込んだ三匹のネズミの存在が、ようやく伝達されたのだろう。
駐留しているパレ・ハラドナ軍が、連携の取れた動きを見せ始めていた。
廃棄場へと続く広い道路を塞ぐように、左手に盾を構え、右手に短槍を持った三十名ほどの兵士が横並びになっている。
その後ろには弓術士が列を成し、今まさに弦を引いているところだった。
「てェ──ッ!」
誰かの合図で、一斉に矢が放たれる。
鼻で笑う。
たった二人に、この距離で射掛けるのか。
弓なりに飛んでくる矢は、威嚇にすらならない。
乱戦であればそれなりの成果は得られたかもしれないが、今回の場合は、明らかに戦法を間違えている。
俺は、神眼で以てすべての矢の射線を把握し、背後のクロケーに言った。
「当たらないからまっすぐ走れ」
「オウ!」
兵士たちが陣取っている場所の手前に、右折できる隘路が見えた。
なるほど、ここに誘導しようとしているのだろう。
「──生憎とひねくれ者でね」
素早く義術具を装着し、折れた神剣を抜き放つ。
「クロケー、下がってろ。熱いぞ!」
「ッ!」
右手の人差し指と小指を同時に立てる。
──キュボッ!
灰燼術が発動し、折れた刀身の先に太陽と同じ温度の刃が形作られた。
白き神剣をそのまま背後に向け、火勢を全開にする。
ジェット噴射の如き推進力と共に、俺は跳躍した。
白き炎の勢いで兵士たちの頭上五メートルにまで高々と跳び上がり、そのまま神剣を真下へと振り下ろす。
──ボウッ!
燃える。
断末魔の叫びすらなく、人が一瞬で燃え尽きる。
半径二、三十メートルの範囲を、白き炎が焼き尽くす。
アスファルトが溶け、まるで溶岩のように光を放つのが見えた。
空中で縦に二回転し、溶け出したアスファルトの向こう側へと着地する。
「──クロケー、大回りして来い! 地面ドロッドロだから!」
「オ、オウ……」
亜人の身体能力と体操術との掛け算で、クロケーがたったの二歩でこちらまでやってくる。
互いに目配せをし、俺たちはそのまま走り出した。
「……ソレ、スゴイな。白き神剣……」
「ああ。クロケーには初めて見せたっけか」
まさか、アーラーヤ相手に使うわけにもいかないものな。
「多分だケド、武器込みなら、カタナサンは特位だと思う……」
「そら武器が強いだけだろ」
「イヤ、ソレ扱えるのカタナサンだけだカラな?」
「……まあ、使うたびに産毛が焼けて肌がツルツルになるからな。火傷と共に」
「オレだって、魔力銃込みの級位だ。アーラーヤサンだって、四刀流で奇跡級上位だろ。ダッタら、カタナサンだけ武器を抜いた級位にスルのはおかしい。使えるモン全部使って、ソイツの級位のハズだぞ」
「──…………」
全部引っくるめて、それが俺の強さだと言うのであれば、クロケーの洞察もあながち間違いではないだろう。
今、白き神剣を用いて全盛期のヘレジナと殺し合ったとするならば、間違いなく俺が勝利する。
奇跡級特位。
俺は、いつの間にか、超人の世界へと足を踏み入れていた。
白き神剣の一撃で大人しくなったパレ・ハラドナ軍の中央を堂々と抜けて行く。
ハシュラム大時計台。
かつて交易都市だったハシュラムで、最も高い建造物を見上げる。
「まず、ルブロイ司令官から潰す。指揮系統が乱れたら、亜人たちを解放させる。そして、全員で廃棄場へ向かう。なんか意見とかあるか?」
「……奇跡級は何人くらいイルんだ?」
「さっきの兵士は五人だって言ってたな」
「──…………」
クロケーが思案する。
「奇跡級は、カタナサンに頼んでイイか……?」
俺は、思わず笑みを浮かべていた。
「ナ、ナンだよ……!」
「やっぱ、アーラーヤの弟子は優秀だなってさ」
感情は昂ぶっているだろうに、下す判断は正確だ。
末恐ろしい。
「ソウ、か……?」
褒められて、クロケーがふにゃりと表情を緩める。
ここらへんは年相応なんだけどな。
「そのうち、俺の弟子と模擬戦でもしてやってくれ」
「オウ、任せとけ!」
頑張れ、イオタ。
マジで奇跡級になっておかないと、勝負にすらならないぞ。




