1/ハシュラム -6 二千人の命
「やべ。一人残したほうがよかったよな……」
「なーに、すぐに向こうから歩いてくんだろ」
穴を掘らされていた亜人たちが、こちらを呆然と見上げている。
「クロケー」
俺は、クロケーの背中をポンと叩いた。
純人間である俺たちより、ハーフとは言え亜人にしか見えないクロケーからのほうが、彼らも安心するだろう。
「オレたちは、通り掛かりのモンだ。パレ・ハラドナの非道を知り、同じ亜人とシテ、ドウしても放っておけなかった」
亜人の女性が、戸惑いながら口を開く。
「つ、強い、……ノね……」
「オレは奇跡級下位。コッチの二人は、奇跡級上位の剣術士だ。イキナリ信用しろとは言わない。デモ、自分の墓穴を掘らサレてるヨリは随分マシだろ?」
クロケーの言葉を聞き、亜人たちが歓声を上げた。
「子供たちを保護シテくれ。今から二十人くらいの兵士が、亜人たちを連レテ来る」
「あ、アア! わかっタ!」
亜人たちが、自らが掘り進めた大穴から這い出し、磔柱へと駆けていく。
助けられた子供たちが、泣きながら大人たちにすがりついた。
中には本当の親子もいたかもしれない。
「──二十人。先頭の一人だけ残して全員殺すぜ。今はまだ、ここの亜人たちが解放されたことを知られたくねえ」
「ダッタら、死体は穴に放り込んだほうがイイな」
「だな」
俺は、亜人たちに声を掛けた。
「そこらへんの兵士の死体、集めて穴に投げ込んでくれないか。時間稼ぎをしたいんだ」
恐怖されるかもしれないと思った。
トレロ・マ・レボロの多くの亜人と同じで、嫌悪されるかもしれないと思った。
だが、違った。
「ええ、わかっタわ! みンな!」
「オウ、任せろ!」
「墓穴掘るよりゃ万倍ましダぜ!」
「──……っ」
俺が目をまるくしていると、クロケーが言った。
「亜人はミンナ義理堅いんだぜ。カタナサン」
「そう、みたいだな」
助けるべき相手から罵倒されるのは、けっこうつらい。
だから、亜人たちの義理堅さ、誠実さが、心地よかった。
「さ、そろそろ次のやつらが来るぜ」
「ああ!」
俺とアーラーヤ、クロケーの三人が、坂の向こうから歩いて来る兵士たちに見えない位置で待機する。
五分ほど息を殺して待っていると、兵士たちと、彼らに連行されている亜人たちが姿を現した。
目配せをし、襲い掛かる。
奇跡級の三人が不意打ちをすれば、二十人程度の雑兵など数秒と持たない。
「……へ?」
自分以外の仲間を一瞬で殺された先頭の兵士が、周囲をきょろきょろと見回した。
「亜人タチは、コッチへ。手枷を外すカラ」
「エッ、あ、ハい……?」
「──おーい、こいつらの死体も頼む!」
アーラーヤの言葉に、あちこちから威勢の良い返答が響いた。
「さて」
俺は、微笑みを浮かべ、生き残った兵士に話し掛けた。
「運が良かったな。質問に答えろ。答えれば生かしてやるし、答えなければ殺して次のやつに聞く」
「は、はひ……」
ようやく事態を理解したのか、兵士の両足ががくがくと震え始める。
「亜人を何人殺した? 亜人は何人残ってる?」
「に、にに、二千人ほど、処理して、……の、残りは三千人くらい、で、でで、です……」
「──…………」
二千人、殺した。
パレ・ハラドナには、亜人を人間扱いする気がない。
トレロ・マ・レボロにとっては、まともに戦争をしたほうが、ずっとよかった。
「……三千人はどこに監禁してる?」
「け、憲兵詰め所の留置所、と、とか、あちこちの地下室、なんか、に、詰め込んでます……」
「そんなところに三千人も入るのか?」
「む、無理矢理詰めて……」
「……そうか」
今が真夏でなくて、よかった。
真夏であれば、いくら最北のトレロ・マ・レボロと言えど、熱中症による死者が出ていただろう。
「ハシュラムに駐留しているパレ・ハラドナ軍の中で、いちばん階級の高いやつは誰だ? そして、どこにいる?」
「る、ルブロイ司令官、……です! い、今は、このハシュラムで最も高いハシュラム大時計台にいる、かと……」
「よし、次で最後だ。ハシュラムには何人の奇跡級の術士がいる?」
「ご、ごご、五人ほど、……だったかなー、……と」
「五人か」
少ないな。
以前、ヘレジナが、奇跡級中位以上の武術士は国に数人いればいいほうだと言っていた。
奇跡級の術士とは、それほど数が少ないものなのだ。
「わかった。アーラーヤは、何か聞きたいことあるか?」
「ハシュラムの地図が手元にありゃあ、監禁場所にマルでも付けさせるんだがな。まあ、今んトコはねえわ」
「聞くことができたら、次のやつに聞けばいいか」
「だな」
薄刃の長剣を、躊躇なく、兵士の左胸に突き刺す。
胸骨を避け、肋骨をすり抜け、心臓と肺を破壊して、長剣が背中まで貫通する。
「あ、あが、……お、オしえた、……の、……」
長剣を抜く。
べっとりと付着した血液を、目の前の死体の衣服で拭い、鞘に収めた。
「んで、どうするよ」
「考えてることがある」
「言ってみ」
「……なるべく全員助けて、ハウルマンバレーに向かわせる」
「?」
アーラーヤが、不思議そうな表情を浮かべた。
「ハウルマンバレーに? 北に逃がすんじゃなくてか」




