1/ハシュラム -5 墓穴を掘る
通り掛かった軍属の馬車の御者を魔力銃で殺害し、そのまま三人で飛び乗った。
「──どーう、どうどう!」
一瞬混乱した二頭の馬だったが、アーラーヤの腕がいいのか、それとも軍属ゆえに荒事に慣れているのか、すぐに平静を取り戻す。
「このまま西へ突っ込んで、亜人たちを解放するぜ! それでいいな!」
「アア!」
苦虫を噛み潰したような気分で、言う。
「……正義の味方を気取るつもりはねえけど、こんなん見過ごせるかよ」
まるきりナチスドイツのホロコーストだ。
パレ・ハラドナにとって、亜人は人間ではない。
非道な実験などが行われていたとしても、おかしくはないだろう。
ギリ、と。
俺の奥歯が軋みを上げる。
プルは、かつて、地竜窟でこんなことを言っていた。
自分が死ねば、パレ・ハラドナは永劫の繁栄を約束される。
パレ・ハラドナは、とても、とても素敵な国に生まれ変わるんだ──と。
逆説的に言えば、パレ・ハラドナはプルにとって〈素敵な国〉なんかではなかった。
自分の命で贖おうとするほど、罪深く、非道で、おぞましい国なのだと、そう感じていたのかもしれない。
思えば、パレ・ハラドナに帰りたがる素振りを一度も見せたことがないものな。
「……デモ、おかしい。亜人の身体能力は、純人間が常に体操術を使っテルようなもんだ。ドウシテ反抗しないんだろ……」
御者をしながら、アーラーヤが答える。
「そんなモン、いくらだってやりようあるわな。人数で優位を取るために、数十人単位で小分けにして監禁してんのは間違いない。たとえば、仕事と偽って連れ出す。たとえば、順次解放するとか騙くらかして連れ出す。騙す以外にも、人質取るってのも有効だな。んで、すこしずつ処刑していくわけだ。簡単だろ」
「一般人がある程度避難してるなら、軍属、あるいはその家族が多いだろ。無条件降伏するとトレロ・マ・レボロが決めた以上、軍属の人たちは反抗できなかったって可能性もあるな。小分けにして監禁されてるなら、他の亜人たちが殺されてることも知らないはずだ。順次処理してるっていうあの兵士の言葉にも納得は行く。実際はどうだか知らないけどな」
「クソッ……!」
クロケーは、亜人と純人間とのハーフだ。
醜悪な純人間の姿を見て、歪んでしまわないかが心配だった。
「……一万人、か」
「どうする?」
アーラーヤの質問の意図は明白だ。
挑むか、逃げるかではない。
どう殺すか、どう助けるか、だ。
「なるべく時間は掛けたくないな。雑兵は適当にあしらって、階級の高いやつを狙おう」
「そうだな。一万人はきつい。四十路過ぎのオッサンにゃ、特にな」
「魔獣千体でもけっこう厳しかったからな。あれ、八割くらいはヘレジナが倒してるし」
「千体相手に余裕で勝ってんのは、さすがなんだよなあ……」
後頭部で手を組み、幌馬車の天井を見上げる。
「あー、ルインラインみたいな遠当て使いてえー」
「あの技がありゃあ、一撃で全員薙ぎ倒せるもんな。なにせ城すら斬れちまうんだから」
「まあ、今回は白き神剣が使える。火勢を操れば、十人二十人くらいなら一発で行けると思う」
「あんま使い過ぎんなよ。俺たちの魔力じゃ、大した足しにもならねえ」
「ああ、わかってる」
神殿でヤガタニに補充してもらったため、純輝石は満タンだ。
だが、灰燼術の消費魔力は軽いとは言えない。
使い過ぎて、いざと言うときに魔力切れを起こしては、とてもじゃないが笑えない。
白き神剣は、要所でのみの使用に留めるのがいいだろう。
軍属の馬車を使っているためか、止められることもなく、ハシュラムの市街を早駆けで抜けて行く。
あるいは、俺たちの情報はまだ上層部の耳にすら届いていないのかもしれない。
技術の最先端を行くトレロ・マ・レボロで、ようやく有線での電信が始まったばかりなのだ。
無線通信はもちろん、トランシーバーなども存在しない。
好都合だ。
俺たちは、そのまま西へ西へと馬車を走らせた。
大型の廃棄物を運ぶためか幅の広い道路を進んで行くと、やがて建造物がまばらとなり、がらくたが無数に転がる廃棄場が見えてくる。
ここに至り、ようやく亜人の姿が確認できた。
二十名ほどの兵士に囲まれながら、十名に満たない数の手枷の嵌められた亜人たちが列を成して歩いている。
「いったん無視すんぜ」
アーラーヤの言葉に、クロケーが頷いた。
「アア。アノ人たちは、マダ大丈夫だ」
「いいぞ、クロケー。冷静に判断できてる」
「……爆発サセるのは、コノあとだから」
「そうだな」
廃棄場へと続く道には、僅かな傾斜があった。
アーラーヤが馬に鞭を入れ、坂道を駆け上がる。
頂点まで登りきると、クレーター状に凹んだ廃棄場の全貌が見えた。
「……──ッ」
まず、磔刑に使うような数台の磔柱に、赤ん坊から、クロケーほどの年齢までの子供たちがくくりつけられている。
そして、数十名の大人の亜人たちが、ただひたすらに穴を掘っていた。
深く、深く。
俺は、その行為に覚えがあった。
ゼルセンに十七人分の墓穴を掘らせたときと同じだ。
彼らは、
自分の墓穴を、
自分の手で掘らされているのだった。
──うわん、と。
赤ん坊が、耐えきれなくなったようにぐずり始めた。
「不味い」
理性が言わせたのではない。
ただ、嫌な予感がした。
「アーラーヤ、突っ込め!」
「おうよ!」
アーラーヤが、二頭の馬に激しく鞭を打つ。
全速力で馬車が駆ける。
赤ん坊の傍にいた一人の兵士が、腰の短剣を抜くのが見えた。
神眼を発動する。
兵士たち、そして亜人たちもが、俺たちの存在に気付く。
馬車が、磔柱へと近付いて行く。
磔柱のすぐ前を通り過ぎる瞬間、俺は、馬車を飛び降りた。
その勢いで、亜人の赤ん坊へと短剣の切っ先を向けていた兵士の腕を、薄刃の長剣で切断する。
「えっ」
兵士が間の抜けた声を上げた。
兵士の腕が宙を舞う。
俺は、その腕が地面に落ちる前に、磔柱の周囲に立っていた九名の兵士の急所を一瞬で斬り裂いた。
血しぶきを上げながら、兵士たちが倒れ伏していく。
「──助けに来たッ!」
磔柱からすこし離れたところで馬車が止まり、アーラーヤとクロケーがこちらへ駆けてくる。
この場にいる兵士は、たった今殺した九名だけではない。
茫然自失から回復した数名の魔術士が、光矢術や操術を駆使し、遠距離での攻撃を行う。
だが、そんなものは避けてしまえばいいだけだ。
「サセルかッ!」
クロケーが、比較的近くにいた数名の兵士の眉間を正確に射抜く。
「四刀流はもったいないな、──ッとお!」
アーラーヤが、体操術を用いた瞬足で、残りの兵士の命を次々と刈り取って行く。
廃棄場に詰めていた兵士たちがすべて息絶えるのに、三十秒と掛からなかった。




