1/ハシュラム -4 三人きりの反乱
アーラーヤが、金貨の袋を奪い合う五人へとゆらりと近付き、一瞬でそれぞれの致命的な臓器を貫く。
「は、……?」
「あ、が……ッ!」
「づあッ!」
「……へ?」
「が、が、が、……!」
そして、するりと革袋を拾い上げた。
「さ、強行突破だぜ。楽しくなってきやがった」
「……口火を切っちマッタ責任は取る」
クロケーが、一瞬で二階建ての客車の屋根へと跳び乗った。
「コノ騎竜車には、誰ニモ近付けさせない」
「ああ、頼む。そのほうが楽でいいや」
客車に乗り込もうとしたアーラーヤが、俺に尋ねる。
「──おい、カタナ! このバレボロのマーク、焼いちまっていいか? これからの大立ち回りとバレボロとは、一切関係ございませんってな」
「あぶね、忘れるとこだった! 表面焦がして消しちまってくれ!」
「あいよ!」
アーラーヤが、炎術でバレボロのマークを消していく。
パレ・ハラドナにバレボロのマークを知っている兵士がいるとは思えなかったが、のちのち関連付けられる可能性はある。
消しておくに越したことはないだろう。
バレボロのマークを跡形もなく消したあと、アーラーヤが騎竜車へと乗り込んだ。
「──んじゃ、行くぞ!」
騎竜の手綱を引き絞り、打つ。
騎竜が軽いいななきを上げ、走り出した。
検問を突破する馬車や騎竜車の存在を想定していないのか、栄えたハシュラムの街並みが近付くにつれ、俺たちの騎竜車を止めようと近付いてくる兵士が増えた。
だが、彼らが騎竜車へと辿り着くことは永遠になかった。
走行中であるにも関わらずクロケーの狙撃は正確無比であり、五十歩先のスグリの実をも撃ち抜くというマレウスの技術を追い越していることは明白だ。
「容赦ねえー……」
「ったく、優秀な弟子で困るぜ。やることねえわ、こっち」
「仕事ならすぐにできるだろ。もう百人は撃ち殺してる。そろそろ上に連絡が届くぞ」
客車に背を預けながら、アーラーヤが尋ねる。
「ハシュラムに駐留してる軍人、何人くらいだと思う?」
「ここ、見たとこ数万人規模の街だろ。一般人が半分くらい避難してると仮定して、制圧するのに最低千人。んで、ここを前線基地にしてトレロ・マ・レボロの各所へ派遣してるっぽいから、最大でも二、三千人。そんくらいが駐留限界だろ。元の住人だっているんだ」
「元の住人、ねえ……」
アーラーヤが周辺一帯へと視線を送る。
「そいつらは、どこにいる?」
「──…………」
騎竜車は既にハシュラムへと入り、クロケーが積み重ねた屍はさらに増え続けている。
だが、亜人の姿は一向に見えなかった。
「──クロケー! 一人、足を撃ってくれ!」
「ワカッタ!」
──パシュッ。
「がッ!?」
俺は、騎竜を制止した。
「アーラーヤ」
「おう」
アーラーヤが、体操術を駆使した一瞬で、足を貫かれた兵士を担いでくる。
「う、……づッ! た、たす……!」
「俺は治癒術士だ。質問に答えれば癒してやるぜ」
騎竜車を数階建てのビルに寄せ、片側からの射線を切る。
そろそろ弓術士や光矢術士などが現れてもおかしくはない。
「パレ・ハラドナ軍は、このハシュラムに何人いる?」
「わ、……わから、ない。一万人、以上はいると、思う……」
「多いな」
今度は、俺が質問をする。
「軍人はわかった。パレ・ハラドナの騎士団──〈不夜の盾〉は来ているか?」
「ほ、本隊は、……来て、ない。騎士は一人、だ。ここにいるのは、ほ、ほとんどが、軍の兵士……」
「そいつらはどこで寝泊まりしてる。野営か?」
「あ、亜人が暮らしてた、……家……」
「……住んでいた亜人は?」
「じゅ、順次……」
兵士が、さして罪悪感もなさそうな表情を浮かべ、言った。
「順次、……処理、し、している」
「──…………」
「──……」
嗚呼。
そうかよ。
アーラーヤが、兵士の胸ぐらを掴んだ。
「次の質問に答えたら、すぐ楽にしてやる。亜人はどこで処理してる?」
「に、……西の、廃棄場だ。さ、さあ! は、早く治癒してくれ! 痛い、い、痛いん──」
──すとん。
「……だ、う?」
両の眼窩に短剣が刺し込まれる。
アーラーヤが、脳を損傷しびくんびくんと痙攣を始めた死体を、騎竜車から蹴り落とす。
「……カタナよう」
「ああ」
「なんで、こうなんだろうなあ……」
「……ああ」
「ラーイウラも、パレ・ハラドナも、なんにも変わりやしねえ。自分より下と決めつけた人間には、何しても許されると思ってやがる」
目蓋を閉じ、そして開く。
「──俺、決めてたことがあるんだよ」
「なんだ……?」
自然と微笑みが浮かんだ。
「本当に我慢できなくなったら、皆殺しにする。一緒に罪を背負ってくれる子がいるから」
プルクト=エル=ハラドナは、あなたを赦します。
肯定します。
どんなあなたでも。
どんなに堕ちようとも。
──あなたと共に、罪を背負います。
いつかプルが言ってくれた言葉が脳裏をよぎる。
ごめんな、プル。
俺は、もう、あいつらを許すことができそうにない。
だから、すこしだけ寄り道するよ。
「……騎竜を連れて行くのは可哀想だな。ここに置いて行こう。騎竜だけなら殺す理由はないだろ」
不安ではあるが、騎竜は高価な生き物だ。
恐らくは、パレ・ハラドナ軍が接収し、軍の客車を引くようになるだろう。
「なら、馬車か別の騎竜車でも拾うか」
「馬車だったら御者頼む」
「あいよ」
俺は、屋根の上のクロケーへと声を掛けた。
「──クロケー! この騎竜車は置いて行く!」
「ワカッタ!」
周囲には、十数名ほどの兵士の死体が転がっている。
無策でこちらへ挑んでくる兵士は、さすがに少なくなっていた。
「最低限の荷物だけ持って、西へ向かうぞ。そこで亜人たちが処刑されてる」
「──ッ!」
クロケーが、怒りに牙を剥き出しにする。
俺たちは、荷物を取捨選別したあと、客車の外に出た。
数十名の兵士たちが遠巻きに俺たちを見ている。
俺は、告げた。
「処理される側に回った気持ちはどうだ?」
返答はない。
意味のない問いだ。
ただの自己満足だった。
「行こう」
そのとき、
空気を切り裂きながら、
正確無比な矢が俺のこめかみへと飛来した。
神眼を発動し、それを掴み取る。
「クロケー」
「アア」
──パシュッ。
たったの一発で、師範級と思しき弓術士が眉間を貫かれて息絶える。
周囲がざわめいた。
「刃向かったら、殺す」
俺がそう宣言した瞬間、沈黙の帳が下りた。
「行くぞ」
クロケーとアーラーヤが俺に続く。
兵士たちからの奇襲は、もうなかった。




