1/ハシュラム -3 傲慢
ハシュラムへと近付くにつれ、装甲の厚い馬車や、金属製の防具を着けられた騎竜の引く騎竜車とすれ違うことが多くなった。
そのいずれにも銀輪教の紋章をシンボルとした国旗が描かれている。
恐らく、パレ・ハラドナのものだろう。
「……我が物顔だな」
「そらそうよ。パレ・ハラドナからすれば、トレロ・マ・レボロはとっくに〈我が物〉なんだろうからな」
「チッ……」
クロケーが小さく舌打ちをする。
「気に入らナイ国だ。アイツらは何もしてナイくせに」
「──…………」
思案し、そして呟く。
「……どっちが良かったんだろうな」
「ドッチ?」
「まともに戦争をして何万人もの死者を出すのと、首都だけを陥落させて無条件降伏を引き出すの、どっちがマシだったのかと思ってさ。死者が少ないのは後者だ。でも、善悪は死者の数だけじゃ測れない気がする」
「ま、捉え方次第だろうよ」
アーラーヤが、油断なく周囲に視線を凝らしながら答えた。
「人命を尊ぶって意味では、そりゃパレ・ハラドナは最善の手段を取ったさ。でも、トレロ・マ・レボロ側がそれを納得できるかって言えば、そうじゃねえだろ。正面切ってぶつかって負けりゃ、諦めもつく。でも、今回は違う。トレロ・マ・レボロのあらゆるところで、火種が燻り始めてるはずだぜ。そいつらに対処するいちばん簡単な方法は、なんだと思う?」
すぐにわかった。
「……弾圧、か」
「その通りだ。戦争しなけりゃ人命が失われるこたないさ。だが、それがトレロ・マ・レボロの幸福に繋がったかと言えば、俺にはそうは思えねえな」
「北方大陸の最北マデ追いやられた亜人が、コノ上さらに弾圧サレる。亜人は、ドウしたらよかったんだ……」
「──…………」
わからない。
人間は、どの世界でも同じだ。
肌の色、言語、宗教といった些細な違いによって数え切れないほど行われてきた差別が、このサンストプラでも同じように行われているだけ。
亜人に落ち度はない。
無理にひねり出すとするならば、数が少なかったことくらいだ。
亜人と純人間の人数が逆であれば、北へ押し込められたのは純人間のほうだったに違いない。
俺は、無言で騎竜車を走らせた。
クロケーに答える言葉を持ち合わせていなかったからだ。
しばらくして、道の先に、パレ・ハラドナ軍による検問が敷かれているのが見えた。
国境検問所ではなく、即席のものだ。
ハシュラムに立ち入る者を選別しているのだろう。
「まず、このまま進んでみる。それでパレ・ハラドナ軍のスタンスもわかるだろ」
「だな」
「オレ、帽子トカかぶったほうがイイか?」
「いんや、どうせ脱がされる。隠そうとすれば余計に疑われるぜ」
「……ワカッタ」
騎竜をゆっくりと減速させ、即席の検問所へと近付いていく。
鎧を着込んだ五名の男性が、騎竜車を取り囲んだ。
六人目──上官と思しき兵士が、こちらに声を掛けてくる。
「ハシュラムに何の用だ」
「ええ。パレ・ハラドナへ向かうつもりでして」
「パレ・ハラドナの国民か?」
「いいえ」
「通行証は」
「ハシュラムで発行してもらおうと思っていました」
「……乗員、全員降りろ」
「はい」
俺は、客車内のアーラーヤとクロケーに目配せをした。
この場では逆らわないほうがいいだろう。
騎竜車の前に並び、両手を上げて無抵抗を示す。
「──純人間が二人に、亜人が一人か」
上官が、部下たちに命令を下す。
「騎竜車内を点検しろ」
「はい!」
五名の兵士が、俺たちの騎竜車へと無遠慮に乗り込んでいく。
しばらくして、一人の兵士が駆け戻ってきた。
「──じょ、じょ、上等兵! こんなものが!」
兵士が持ち出してきたものは、エルロンド金貨の入った革袋だった。
「こ、これは……!」
上官が俺たちを睨み、上擦った声で詰問する。
「この金貨はどうした」
しまったな。
いきなり客車内を漁られるとは思っていなかったから、油断していた。
「以前、遺物三都の迷宮で見つけた金貨の余りです。パーティ登録証は必要ですか?」
「……必要ない。これは接収する」
その声は、喜悦に震えていた。
金貨が上納されることは、恐らくないだろう。
「この金貨と言い、亜人を連れていることと言い、お前たちは不審である。亜人を置いて引き返すと言うのであれば、見逃すが」
「……亜人を置いて? 何故です?」
「それは、お前たちには関係のないことだ」
「──…………」
モードを切り替える。
俺は、業務用の笑顔を作ると、上官に揉み手をした。
「まあまあ、いいじゃないですか。僕たちとこの子は友人でして。理由もなくお別れすると言うのは、ねえ?」
「ふうむ……」
この上官は、金貨を手にして上機嫌のはずだ。
押せば通る。
パン、と自分の顔の前で両手を合わせてみせる。
「この通り! 教えてくれたら素直に引き返しますので!」
「……まあ、いいだろう」
金貨の入った革袋を懐に入れ、上官が告げた。
「亜人はすべて、純人間への敵愾心を持っている。我々が管理しなければならぬ。特に、パレ・ハラドナへ向かおうなどと言う亜人は何をするかわからん。よって、ハシュラムにて管理下に置く。それだけだ」
「なるほど」
「これはハシュラムに限らない。トレロ・マ・レボロの集落は、順次パレ・ハラドナが制圧し、監督する予定だ。これは亜人のためでもある」
「ほう」
アーラーヤが、愉快そうに相槌を打った。
「そいつは何故だい?」
「亜人は純人間に劣る。灯術すら使えない劣等種族が我々に刃向かっても、返り討ちに遭うだけである。ならば、最初から圧政を敷き、反抗できないようにするのが情けと言うもの。我々は──」
──パシュッ。
小さな破裂音と共に、上官の眉間に穴が開く。
「れは、わ、れェワ……?」
血と脳漿を穴から垂らしながら、上官が仰向けに倒れていった。
「──…………」
クロケーが、魔力銃で上官の額を撃ち抜いたのだ。
「……ゴメン」
「我慢できなかったか」
「アア。どうシテも……」
「いいよ」
俺は、クロケーの頭をポンと撫でた。
「正直、俺も、耐えきれなくなりそうだったから」
「──上等兵! 上等兵ッ!」
一人の兵士が上官の死体を抱き、懐から金貨の袋を取り出す。
「あッ、貴様!」
残り四名の兵士たちが、その革袋へと群がった。
その姿に、心の底から嫌悪を覚える。
「見苦しい……」
俺が薄刃の長剣を抜こうとすると、アーラーヤがそれを制した。
「お前はやめとけ。あとから落ち込まれても困るんでな」
「……悪い」
お見通しのようだ。




