1/ハシュラム -2 密入国
手に持った手綱を軽く打つ。
すると、騎竜が僅かに速度を上げた。
ここからしばらくは曲がりくねった道もない。
幅も広く、主要な幹線道路であることは間違いないのだが、往来する車両は明らかにまばらだった。
パレ・ハラドナに無条件降伏したことで、トレロ・マ・レボロ全体の活気が薄れているように感じられるのは、恐らく気のせいではないだろう。
アルクハルヴァ神殿を発って、既に二日が経過している。
パレ・ハラドナとの国境線まで、あと半分と言ったところだ。
「──おーい、アーラーヤ!」
「おう、どした」
アーラーヤが客車から姿を現す。
「密入国の手段、結局どっちにするか決めてなかったろ」
「あー」
御者台の椅子の背もたれに腰を預け、アーラーヤが答える。
「国境線の様子、検問所の様子、全部見ねえと対策の取りようがないな」
「まあ、そうか……」
俺たちの会話を聞きつけてか、クロケーが客車内から顔だけを覗かせた。
「ナンの話だ?」
「密入国の話」
「アー」
反応が師弟で同じなの面白いな。
「クロケー。密入国には大きく分けて二つの手段があるって教えたろ。覚えてっか?」
「アッ、エート……」
しばしの逡巡ののち、クロケーが答えた。
「……隠レテ通るか、無理矢理通るか?」
「正解だ」
「ヨーシ!」
正解したクロケーが、軽くガッツポーズを取る。
「前者の代表的な方法は、輸送者の荷物に紛れること。もしくは、監視員が見回る必要がないような通りにくい場所を通ること。後者は、武力を用いて押し通ること。もしくは、これは今回のケースと関係ねえが、監視員では止められないほどの大勢で数を頼みに無理矢理通ること。まあ、こんなトコだ。もっとも、密入国自体を黙認してる国もあるけどな。ラーイウラとか」
「ああ……」
遺物三都で見た、ラーイウラ王国とパラキストリ連邦との国境線を示す城壁を思い出す。
見張りもなく、子供でも乗り越えられるような低い城壁だったのは、国外で狩ってきた奴隷を素早く国内へ運び込むという理由もあったのだろう。
パラキストリ側が何も対処をしていないのには、また政治的で複雑な理由が絡んでいるに違いない。
「前者で行くなら金が要る。金にゃ困ってねえからいいんだが、問題があるな」
「まあ、だいたいはわかる」
「せっかくだ、聞いてけ。現在の政情で、トレロ・マ・レボロからパレ・ハラドナに入国できる車両ってな、どんなもんかわかるか?」
「普通に考えれば、許可を得たトレロ・マ・レボロの車両か、自国へ帰るパレ・ハラドナの車両だよな。第三国の車両はさすがに通らないだろ」
「そうだな。パレ・ハラドナから見れば、トレロ・マ・レボロの亜人は危険だ。パレ・ハラドナを恨んで何をするかもわかんねえ。仮に入れるやつがいたとしても、確かな身分証明は必須だし、荷物は木っ端半輝石の一つまで厳しくチェックされるだろうな」
「だよなあ……」
「そんで、自国へ帰るパレ・ハラドナの車両なんて、まず軍属だろ? 賄賂が通じる相手とは思えねえな。荷物に紛れる案はまず却下だ」
「ナラ、無理矢理通る?」
「今んトコ、それが手堅いっちゃ手堅いな。国境線の様子次第だが」
ふと、あることを思い出す。
「──ああ、そうだ。もし国境線が高い塀なら、いい方法があるぞ」
「お、言ってみ」
「越えられないほど高い塀で仕切られてれば、見張りは最小限だろ。でも、俺にはこいつがある」
そう言って、腰に差した神剣に触れた。
「白き神剣。だいたいの物質なら貫通できるから、こいつで通り道を作ればいい」
アーラーヤが呆れたような表情を浮かべる。
「……ほんと、エグい剣持ってるよなあ」
「あげないぞ」
「いらんいらん。扱えるかそんなモン」
「デモ、国境線が低い塀トカ有刺鉄線トカで、見張りが多かったらドウする?」
「……そのときはそのとき考えるしかないな」
「クロケー、地図持ってこい」
「ワカッタ!」
クロケーが客車に引っ込み、すぐに戻ってくる。
「ハイ!」
「おう、ありがとうな」
「へへ」
うーん、犬っぽい。
アーラーヤが地図帳をパラパラとめくり、言った。
「改めて確認するぜ。国境検問所の傍に街がある。名前はハシュラム。トレロ・マ・レボロ南端の街だ」
「そこで情報収集すんのが無難だな」
「ああ。国境線つっても、端から端まで騎竜車で三日はかかる長さだ。どこなら越えやすいか、そのくらいの情報なら買えんだろ」
「いずれにしても、この騎竜車とはおさらばだな……」
俺は、御者台から客車を振り返った。
本当に、思い出の詰まった騎竜車だ。
だが、パレ・ハラドナにこの騎竜車で入国することは、まずできまい。
置いて行くしかないのだ。
「気に入ってんなら預かり所に預けとけ。プルの嬢ちゃんだって、神殿までの帰途でベッドがあんのは嬉しいだろ」
「……そうだな。この騎竜とだって長い付き合いだ。いきなり野に放つような真似もしたくないし」
クロケーが、目を伏せながら言う。
「人に馴れた騎竜は、イキナリ解き放たれても、誰かが来るまでジーッとそこで待つんダッテさ。ソノママ死んじまうのもイルらしい」
「──…………」
想像する。
可哀想過ぎる。
「……素直に預けよう。こいつだって仲間だ。そんな悲しい結末、俺、絶対無理」
「俺も無理だわ……」
プルを連れて戻ってきたとき、同じ場所で待ち続けていた騎竜が死んでいたとしたら、ボロ泣きする自信がある。
「ひとまず、目的地は変わらず。ハシュラムだな」
「トレロ・マ・レボロとパレ・ハラドナの関係が正常だった頃の、交易の玄関口だ。んで、二国が緊張状態だったときのトレロ・マ・レボロの最前線でもある。今、ハシュラムがどうなってんのか、正直想像つかねえな……」
「パレ・ハラドナが占領シテルって可能性は?」
「あー……」
ある。
十二分にあり得る。
「アーラーヤ。トレロ・マ・レボロとパレ・ハラドナ間の検問所の数って地図に載ってるか?」
「……んー」
地図帳をパラパラとめくり、アーラーヤが答える。
「地図が正しけりゃ、一ヶ所だけだな。真っ当にパレ・ハラドナへ行こうとすれば、必ずハシュラムを通るようになってる」
「てことは、クロケーの言う通り、パレ・ハラドナの軍だか騎士団だかに占領されててもおかしくはないな……」
ハシュラムを押さえれば、トレロ・マ・レボロからの入国者を制限できる。
その一点ですら、占領するに足る理由だ。
「まあ、いったん行くだけ行ってみるか。通れない可能性はあっても、捕まる可能性はないだろ。まだなんもしてないんだから」
「んだな」
虎穴に入らずんば虎児を得ず。
俺たちは、トレロ・マ・レボロ南端の街ハシュラムへと騎竜車を走らせる。
騎竜も、どことなくやる気に満ちているように感じられた。




