3/トレロ・マ・レボロ -22 「戦争は回避された」
アルクハルヴァ神殿への道中は、なるべく街に立ち寄らないつもりだった。
だが、物資が少なくなれば補給せざるを得ない。
俺たちは、大きめの預かり所で水と飼い葉の補給を頼むと、ヤガタニとヘレジナだけを残し街へ出た。
街は、静まり返っていた。
人がいないわけではない。
魔竜から逃げ出したわけでもない。
ただ、彼らは既に知っているのだ。
トレロ・マ・レボロが、戦わずして負けたことを。
唯一繁盛している新聞屋から、本日付けの新聞を購入する。
アーラーヤとクロケーがある程度読み進めたのを確認し、俺は尋ねた。
「……なんて書いてある?」
眉をしかめながら、アーラーヤが答える。
「半分は、パレ・ハラドナからの声明文だ。トレロ・マ・レボロの政治の中枢である首都マウダンテトは陥落した。国家機能を維持するため、トレロ・マ・レボロは一時的にパレ・ハラドナの傘下に入る。形はどうあれ戦争が回避されたことは喜ばしい──だとよ」
クロケーが悔しげに言った。
「……ナニが一時的だ。コノママ植民地化して、労働力と技術力を吸い上げるに決まっテル」
「だろうな……」
俺たちのような政治の素人でもわかる。
パレ・ハラドナは、最初からこのつもりだったのだ。
今回の件で、パレ・ハラドナの周辺国のみならず、すべての国が外交を厳しく制限するようになるだろう。
たった一人の人間に首都が蹂躙されたのだ。
トレロ・マ・レボロは、決して対岸の火事ではない。
「もう半分には、なんて?」
「コッチには、マウダンテトの市民の声がたくさん載ってる。人の形をした兵器が、タッタ一人で街を壊し、兵士を皆殺しにし、逃げる人々を薙ぎ払った。モシ、この人間兵器に出会うコトがあったら、無条件で降伏したほうがいい、って」
「……それは同感だな」
主神級、魔竜ルインライン。
あれは強すぎる。
なにせ、奇跡級上位の三人が同時に挑み、俺に至っては神眼すら発動していたにも関わらず、その強さを推し量ることすらできていないのだ。
一般人は、師範級と奇跡級の強さの違いがわからないと言う。
それと同じだ。
奇跡級の俺たちには、主神級の強さを理解することができない。
実力差があり過ぎるのだ。
「アーラーヤ、飛竜便はいいのか?」
「ああ、気にすんな。あいつら捕まえんのなんて半分以上運だからな。今はそんな場合じゃねえだろ」
「……ありがとうな」
アーラーヤが、俺の背中を軽く叩いた。
「だから、気にすんなっつーの」
補足するように、クロケーが口を開く。
「ソレに、こんな重大事はバレボロにもラーイウラにもスグ届くはずだ。飛竜便を飛ばしても、生存報告クライにしかならないと思う」
「ああ、確かに……」
ラーイウラ王国も、バレボロも、知りたかった情報は一致している。
戦争は本当に起こるのか。
起こるとすれば、それはいつなのか。
結果的に戦争は起こらなかった。
であれば、急いで手紙を飛ばす必要はさほどないのだろう。
「──それじゃ、あんま調理しなくても食えるもんだけ仕入れて、さっさと出立しよう」
「干し肉にパン、あとは腐りにくい果実あたりか。栄養面のことを考えると、ヘレジナの流動食用に乳も欲しいとこだ。足は早いが神殿までは持つだろ」
「ヤガタニによれば、二、三日後には着くハズだケド……」
軽く思案し、言う。
「保存食は多めに買っておこうぜ。ハルユラがいつプルの処刑をするつもりかわからない。パレ・ハラドナまで、なるべく補給なしで突っ走りたいからな」
「そうだな。ここが最後の補給地点のつもりで仕入れんべ」
「ワカッタ!」
俺たちは、抱えきれないほどの食料を買い込むと、騎竜車へと戻りすぐに街を発った。
アルクハルヴァ神殿までの道のりは、もう半分は過ぎているはずだ。
騎竜の体力も考えながら、俺は手綱を握り続けた。
街と街とを結ぶ街道には、当然ながら街灯はない。
灯術の明かりで視界を確保し、無理に走ることは可能だが、頑健とは言え騎竜はあくまでも生き物だ。
食事、休息、睡眠のいずれかが欠ければ走らなくなるし、最悪の場合、病気にかかる可能性もある。
夜を徹して走るのは最後の手段にすべきだ。
「よーし、よし」
俺は、騎竜に飼い葉を与えながら、その鼻先を撫でてやった。
よく走ってくれている。
この騎竜とも、随分長い付き合いだ。
ロウ・カーナンからだから、五ヶ月近く旅を共にしているのか。
「……もうすこしだ。頑張ってくれよ」
飼い葉をたっぷり食べさせたあと、騎竜の元を離れる。
すると、客車からすこし離れたところで、クロケーが木剣の素振りをしていた。
夕食は既に済ませ、あとは寝支度を整えて就寝するだけという時間だ。
「頑張ってんな、クロケー」
話し掛けると、クロケーが素振りを止めた。
手の甲で汗を拭い、こちらを振り返る。
「マア、な。スコシでも強くなっておきたい。サボって負けたり、死んだりシタら、絶対に後悔するから」
「──…………」
クロケーは強い。
技量よりも、精神的に強い。
師を含む奇跡級上位の三名が、目の前で大敗を喫したのだ。
その時点で心が折れ、逃げ出してもおかしくはなかった。
それでも、俺たちと共に立ち向かうと言ってくれたのだ。
我ながら情けない大人だと思うが、その言葉が本当に心強かった。
「──ああ、そうだ。聞き忘れてたな」
「ナンダ?」
「俺たちがルインラインに挑んだとき、何が起こったのか。外から見ていて気付くことはあったか?」
魔竜ルインラインに正面から挑む気は、もうない。
だが、なんらかの形で一時的に対峙することはあり得るだろう。
あのとき、何が起こったのか。
それが知りたかった。
「ソウ、だな……」
クロケーが目を閉じる。
「……正直、オレの目では捉えキレなかった」
「だよな……」
神眼を以てしても理解が追いつかないのだ。
音を置き去りにするラライエほどではないにしても、それに近しい速度での攻撃が行われたことは間違いない。
それも、ルインラインの技量で、だ。
「──ア、でも」
「お」
「攻撃のアト、ルインラインが怪我シテルように見えた。ヘレジナサンの返り血、カモしれないケド……」
「ルインラインが、怪我……?」
「アア。プルサンを抱え上げたトキ、ハルユラがルインラインに治癒術を使ってるヨウにも、……見えた。うん。断言はできないケド」
「──…………」
俺たちの攻撃のいずれかが命中していたのか?
だとすれば、少なくとも燕双閃・自在の型ではない。
白き神剣は、当たれば怪我では済まないからだ。
ヘレジナの双剣や、アーラーヤの十六連撃がルインラインをかすめていた可能性も否定はできない。
だが、そうではないとしたら?
「……あの速度に肉体が耐えられないのか?」
ラライエの、神眼を超えた神速。
あれは音速を超えたがゆえの衝撃波によるものだが、それにも近しい速度での動きに、肉体がそうそう耐え得るとは思えない。
であれば、魔竜ルインラインは、治癒術士が傍にいなければ十全のパフォーマンスを発揮できないということになる。
「ナニか、参考になったか?」
「ああ。何も情報がないより、ずっといい」
「ヨカッタ……」
そう言って、クロケーが年相応の笑顔を見せる。
「お礼に、軽く手合わせでもすっか。俺とは一度やり合ったきりだろ」
「イイのか?」
「いろんなタイプの武術士と手合わせしておいたほうが、お前のためになる。今はすこしでも強くなってもらわないとな」
「ヨーシ……!」
クロケーが、嬉しそうに客車から大きく距離を取った。
魔力銃も使うつもりなのだろう。
俺は、小声で呟いた。
彼に聞こえないように。
「……お前は強くなるよ、クロケー。俺なんかより、ずっと」
それは、掛け値なしの本音だった。




