3/トレロ・マ・レボロ -8 技術文明
俺たちは、クロケーの案内で、バレボロ御用達の預かり所へと向かった。
亜人の従業員は、眉こそ軽くしかめたものの、あとはビジネスライクなやり取りに終始していた。
アーラーヤがニヤリと口角を吊り上げ、クロケーの肩を叩く。
一瞬、不思議そうな顔をしたクロケーだったが、すぐに思い至ったのか、従業員に尋ねた。
「ナア。最近、トレロ・マ・レボロで変わったコトはないか?」
「変わったコト、変わったコト……」
従業員が思案し、答えた。
「──アア、そうだ。南東県で昨日、パレ・ハラドナと小競り合いがあったって今朝の新聞に書いてタよ」
「小競り合い?」
「ココしばらく、トレロ・マ・レボロは、パレ・ハラドナと緊張状態にあるらしいんダよ。ボクにはよくわからないケど……」
「……口を挟んですまん。一つ、聞いていいか?」
ヘレジナが話し掛けると、従業員は明らかに嫌な顔をしたが、拒絶の態度は見せなかった。
「トレロ・マ・レボロは東西に広い。西にあるここから、パレ・ハラドナと接する南東県までは、馬車や騎竜車でも十日はかかるはずだ。何故、昨日の出来事が、今朝の新聞に間に合うのだ……?」
従業員は、不思議そうな顔をしたあと、小さく頷いた。
「……アア。純人間の国に電信はまだないノか」
「電信とはなんだ?」
「トレロ・マ・レボロでは、すべての街が電線で繋がっテる。コノ電線で信号を送り、やり取りがでキる。トレロ・マ・レボロの端から端マデ、一瞬で情報が届くンだ」
「──…………」
ヘレジナが絶句している。
「す、……すす、すごい……」
「で、電信が実用化されたのって、いつからでしか……?」
「すべての街が電線で繋がっタのが、十年とスコシ前だったカな」
「そうでしか……」
ヤーエルヘルの知識にないのも当然だった。
思わず呟く。
「……トレロ・マ・レボロでは、新聞さえ買えば、どこであっても最新の情報が得られるってことか」
アーラーヤが、俺の独り言を拾って返した。
「便利なことこの上ないわな。まさか、技術文明がここまで来てるだなんて思わなかったぜ。俺たち、まるきり周回遅れじゃねえか」
「トレロ・マ・レボロと直接面してるパレ・ハラドナやハウルマンバレー、ヴワルツワルダなんかは把握してるんだろうけど、その情報をわざわざ言いふらす理由がないもんな。所詮は市井の俺たちが知らないわけだよ」
クロケーが、客車から騎竜を外していた従業員に話し掛ける。
「ナア。悪いけど、その新聞っテ譲ってもらえないか? ダメなら売り場を教えてくれるダケでもいい」
小さな頼み事に、従業員が鷹揚に頷いた。
「モウ読んだから、別に構わなイよ。騎竜を繋いだら持ってクる」
騎竜を騎竜専用の小屋に繋いだ従業員が、奥の詰め所から数枚の紙束を持って戻ってくる。
「はい、コれ」
「アア。アリがとう」
クロケーが新聞を受け取り、そのまま流れでアーラーヤに渡す。
立ったまま新聞に目を落とすアーラーヤを横目に、ヤーエルヘルが尋ねた。
「──あ、あの! ハルヴァって村、御存知ないでしか?」
「ハルヴァ……?」
従業員が首をかしげる。
「知らなイな」
「そうでしか……」
「デモ、ボクもトレロ・マ・レボロの全部を知っテるわけじゃないカら。タダ、さすがにコノあたりにはないと思ウよ。本屋で地図を買ウのが、いちばん確実じゃないカな」
「あ、たしかにそうでしね。ありがとうございまし!」
ヤーエルヘルが、ぺこりと頭を下げる。
「本屋は、ココから大通りに出て、右にしばらく行くとアる。わからなかっタら通行人に尋ねればイい。亜人は、同じ亜人には親切だカら」
そう言って、従業員が、俺たちを白けた目で見る。
バレボロと交流があり、純人間に慣れている彼ですら、嫌悪を隠そうともしないのだ。
世間一般の亜人たちの態度は、アーラーヤの体験そのままなのだろう。
「どうしましょう。地図だけ、クロケーくんと買ってきましょうか」
「お、俺はべつに構わない、……ケド」
「そうだな……」
地図を買う程度で危険があるとも思えない。
それどころか、純人間である俺たちがトラブルの原因となる可能性も大いに考えられた。
「頼めるか、二人とも」
「はい!」
「ワカッタ」
アーラーヤが、からかうように言う。
「おい、クロケー。デート気分で浮かれるんじゃねえぞ」
「う、浮かれるワケねえし!」
ここにイオタを混ぜたら、さぞ面白いんだろうな。
そんなことを考えながら、俺たちは、ヤーエルヘルとクロケーの二人を見送った。
言われた通り、素直にまっすぐ用事を済ませたのか、二人が帰ってきたのはほんの三十分後のことだった。
「地図、買えました! あと、朗読会用の本を何冊かと、トレロ・マ・レボロのレシピ本も!」
「や、やったー……。ヤーエルヘル、く、クロケーくん、お疲れ、……さま!」
「うむ、よくやった。褒めてやるぞ」
「コンナもん、ガキのお使いだ。褒めラレても困る」
「なーにスカしてんだ。素直に喜べ」
アーラーヤが、クロケーの頭をわしわしと撫でる。
「う」
師であるアーラーヤに褒められると、やはり嬉しいのだろう。
クロケーの獣耳がぴこぴこと動いていた。
「なら、まずは地図だな」
「はい!」
ヤーエルヘルが、分厚い冊子式の地図帳を開く。
俺たちは、ヤーエルヘルの周囲に車座になって、その地図を覗き込んだ。
最初のページには、トレロ・マ・レボロ全図。
次のページから、西県、中央県、東県、南東県の四つに分かれ、さらに縮尺が大きくなっていく。
分厚いわけだ。
「こ、……こんなに細かい地図、はじめて見た、……かも」
「そうですね。そして、印刷技術も非常に高い。この紙など、薄手で丈夫な上に、五色も六色も使っているぞ……」
「……ネウロパニエでも、直前にいたのがラーイウラだったせいか、時代が一つ隔たってるように感じてた。だけど、トレロ・マ・レボロはそこからさらに二つ三つは進んでるな」
「ああ。本当に、驚きの連続だ」
六人で地図を覗き込み続けるのは、さすがに無理がある。
男性陣はすこし離れ、ハルヴァ捜索は女性陣に任せることにした。
手が空いたので、レシピを開く。
「──サルナバーレ、サルナバーレ……」
共用語の習得はそれなりに進んでおり、五歳児程度の読み書きならばできるようになった。
努力の成果である。
「?」
クロケーが、俺の手元を覗き込む。
「カタナサン。サルナバーレって、トレロ・マ・レボロのか?」
「ああ、クロケーは知ってるのか。サルナバーレとトゥイレ、ヤーエルヘルが食べたいんだと」
「ヤーエルヘルが……」
俺は、クロケーにレシピ本を差し出した。
「見た目がわかるなら、すぐに見つけられそうだな。どのレシピにも挿絵があるし、俺の代わりに探してくれないか?」
「アア、ワカッタ」
クロケーがレシピ本をぱらぱらとめくり、あるページで指を止める。
「ホラ、コレだ。サルナバーレとトゥイレ。トレロ・マ・レボロで新年に食べらレル特別な料理だよ」
「……新年の?」
すこし引っ掛かるものを感じながら、レシピ本を受け取り、ページに視線を落とす。
まだまだわからない単語も多いが、詳細な挿絵のおかげで、どんな料理なのかはなんとなく理解できた。
サルナバーレは、肉のたっぷり入った濃厚な黒いシチューをパイで包み焼きにしたもの。
トゥイレは、砕いたナッツをたっぷり入れた甘い茶碗蒸しのようなものらしい。
「へえー、美味そうじゃん」
「オレも一度ダケ、この街のレストランで食ったコトある。美味かった」
「新年に、か?」
「アア。トーちゃんとカーちゃんが、たまたまトレロ・マ・レボロに用事があって、ソレについてったんだ。まだ五つか六つのコロだったと思う」
「いい思い出だな」
「アア!」
クロケーが、年相応の無邪気な笑顔を浮かべる。
可愛らしいもんだ。
「──ああ、そうだ。聞き忘れてたな」
アーラーヤが口を開くと、クロケーが一瞬で居住まいを正した。
「クロケー。お前、なんで強くなりたいんだ」
「──…………」
クロケーが数秒ほど目蓋を下ろし、真剣な目でアーラーヤを見上げる。
「オレは、バレボロを守りたい。バレボロは、キット、コレから窮地に立たされる。ソノときに、なんの力もない子供でイタクないから」
「ははっ」
アーラーヤが、愉快そうに笑う。
「可愛げのねーやつだな。ガキはガキらしくガキどもと遊んでるのがお似合いだと、俺は思うぜ。掛け値なしにな」
「オレはガキじゃ──」
クロケーの反駁を、アーラーヤが遮る。
「わあってるよ。お前はガキであることを捨てた。もう、立派な男だ。だから容赦はしねえ。後悔しても遅いからな」
「──うん!」
皮肉にも、その笑顔がいちばん子供らしく、無垢なものに見えた。




