3/トレロ・マ・レボロ -6 必ず訪れる未来
翌朝、身支度と朝食を済ませた俺たちは、クロケーが前金代わりに持ってきた新品の魔力銃を試すことにした。
まず、俺が、誰もいない草原へ向けて適当に引き金を引く。
──カチッ。
予想通り、魔力の銃弾は発射されなかった。
あるいは、とも思ったのだが、出ないものは仕方がない。
「……アレ?」
クロケーが首をかしげる。
「モシかして、壊れたの持ってきちまったのかな……」
「ああ、大丈夫大丈夫。たぶんな。これに関しちゃ、俺の問題だ」
ヘレジナが補足する。
「魔力がないのだ。この男にはな」
「!?」
クロケーが驚愕の表情を浮かべる。
「あ、亜人デモないし、体操術も使えないのに……!」
「頑張ってます」
「ハァー……」
クロケーが俺を見る目は、尊敬と言うよりも、むしろ珍獣を見るものに近い。
俺とクロケーは、方向性があまりに異なり過ぎているのだ。
アーラーヤを師と仰ぐことにしたクロケーの判断は、きっと正しい。
「──ほら、プル。これ」
魔力銃を差し出す。
「えっ! わ、わた、……わたし……?」
自分に手渡されるとは思っていなかったのか、プルがわたわたと慌てた。
「ああ。そいつはプルの嬢ちゃんが持っとけ。こんなかじゃ、マトモな攻撃手段を持ってねえのはプルの嬢ちゃんだけだろ」
「そ、……そう、だけどー……」
俺は、そっと、プルに魔力銃を握らせた。
「俺たちは、それなりに強い。でも、絶対はない。お前は、人を傷つけたくなんてないだろうさ。でも、俺たちは、お前に傷ついてほしくないんだ。だから、せめて護身用にでも持っておいてくれ」
「──…………」
こくり。
俺の真剣な言葉に、プルが小さく頷く。
「練習、シとくか?」
「う、……うん!」
騎竜車の近くにいたヤーエルヘルに尋ねる。
「ヤーエルヘル。なんか、的にできそうなもんなかったっけ」
「まと、まと……」
ヤーエルヘルが、客車内の未整理の荷物を漁る。
「──あ、これなんてどうでしか? 余った物干し紐と、端切れでし」
「お、いいな」
二本の紐に端切れをくくりつけ、ピンと伸ばして端を持てばいい。
紐は数メートルの長さがあるから、誤射してもこちらへ飛ぶことはないだろう。
俺とアーラーヤが物干し紐の端を持ち、まずはプルから三メートルほど距離を取る。
「これ、ど、どうやったら、……撃てるの?」
「カンタンだ」
クロケーがプルの隣に立ち、自らの愛銃を取り出す。
「ココを握って、コノ引き金に人差し指を掛ける」
「ふ、ふん……、ふん……」
「魔力の弾は、ココから出る。ダカラ、ココを的に向けて──」
──パシュッ。
クロケーが魔力銃の引き金を引くと、光矢術にも似た、しかし遥かに高速の魔力が、端切れの中央を撃ち貫いた。
「お、おおー……!」
「ヤッテみろ」
「よ、よー……し!」
銃把を握り、引き金に指を掛けたプルが、端切れへと狙いを定める。
──パシュッ。
軽い音と共に魔力の弾丸が端切れをかすめ、僅かに繊維をほつれさせた。
「──…………」
プルが、魔力銃を空に翳す。
「……魔力、そ、そんなに使った感じもない、……のに」
だが、それで人は死ぬ。
プルは、それから十発ほど練習しただけで、五メートル先の的に狙って当てられるようになった。
あまりにも簡単過ぎる。
「こ、これ、だめだ。最悪の発明、……かも」
プルの顔は、不安に曇っていた。
「く、……クロケー、くん! これ、絶対に、他の国に奪われたらだめ、……だよ!」
「ア、アア。カーちゃんも、トーちゃんも、ソレをいちばん恐れてる……」
「──…………」
クロケーのその言葉を聞いて、俺は、魔力銃の製法は遠くない未来に必ず流出するだろうと確信した。
クロケーの母親やベアハウルが無能だとは思わない。
彼らの功罪は、魔力銃をバレボロ中に普及させてしまったことだ。
少数を作り、その利益を独占するのであればよかった。
だが、普及できると──大量生産が容易に可能であるのだと、一切隠さずに知らしめてしまっているのだ。
多くの人が死ぬだろう。
魔力銃に殺されるだろう。
そして、その流れを止めるすべは、俺たちにはない。
「……出発、すっか」
「ああ」
ヘレジナが頷き、御者台へと向かう。
「ヘレジナ。今日は、俺が御者するわ。そんな気分だ」
「そうか? ならば、甘えるが……」
騎竜車の前方へ歩き出したとき、プルが俺を呼び止めた。
「……か、かたな?」
「ん?」
「御者するの、と、隣で見てて、……いい?」
「ああ、いいぞ」
「ありが、と!」
プルと共に御者台に乗り込み、全員の準備が整うのを待ってから、手綱で騎竜に進めと指示をした。
「──…………」
プルが、手綱を持つ俺の腕にそっと触れる。
「……だい、じょうぶ?」
思わず目をまるくする。
「お前、ほんと鋭いよな……」
「ふへ、へ……」
「そうだな」
すっかり高くなった空を見上げながら、口を開く。
「銃は、な。俺の世界で、最も人を殺した武器なんだ」
「──…………」
「プルの危惧してる通りだよ。魔力銃は、いずれ世界に見つかるだろう。製法は暴かれ、世界中で作られ、多くの人を殺すだろう。そんな未来が見えちまってな」
「……つらい、ね」
「ああ。人が死ぬのは、やっぱな」
「ち、違う、……よ」
プルが、俺の肩に頭を預けた。
「わかってて、止められない、……こと」
「──…………」
プルの言葉は、いつも、するりと俺の奥まで入り込んでくる。
本音を見つけ出してしまう。
「……ああ」
そうだな。
個人として、剣術士として、どれほど強くなったとしても、戦争を止めることはできない。
それこそ、ルインラインほどの強さを身に着けられれば違うのかもしれないが、世の中には厳然として不可能なこともある。
俺は、英雄にはなれないから。
「プルは、すごいな。俺のこと全部わかってるみたいだ」
「うん。だ、だって──」
プルが、俺を見上げた。
その瞳は、すこしだけ潤んでいた。
しばし見つめ合っていると、プルが、頬だけでなく首まで真っ赤にして顔を逸らした。
「な、……なんでもない、でっす!」
「お、おう……」
思わずこちらも目を逸らす。
ああ、わかってるさ。
プルは、俺のことを好いてくれている。
友人としてではなく、異性として。
そして、俺もまた、プルのことを特別な存在だと感じている。
いずれ必ず答えを出さなければならないだろう。
それが、プルに対する誠意だ。
「も、も、戻る、……ね!」
「あ、うん。わかった」
プルが、逃げるように、客車へと入っていく。
客車から外を眺めていたらしいアーラーヤが、からかうように言った。
「青春だねえ……」
「うっせ」
手綱を打ち、騎竜の速度を上げる。
アスファルト舗装の道路は、それでも快適で、俺たちの騎竜車は滑るように走り続けた。




