3/トレロ・マ・レボロ -2 技術の国
御者台へと通ずる扉から、外を見る。
有刺鉄線の外された門を抜けると、そこは、手荒く舗装された道路だった。
だが、レンガやブロックではない。
「これ、アスファルト──か?」
「アスファルト、でし?」
「いや、俺もぜんぜん詳しくないんだけどさ。元の世界では、道路の舗装と言えば九分九厘アスファルトだったから……」
濃い灰色の舗装は、決して真っ平らとは言えないものの、車輪のある乗り物が走るには十分過ぎるほどに硬く、滑らかだった。
「や、ヤーエルヘルは、……知らない、の?」
「しみません。二十年前には、こんな舗装はどこにもなかったと思いまし……」
「ならば、ヤーエルヘルが出奔してから生まれた新しい技術なのであろうか」
「石やレンガなら手作業で並べてるってすぐわかるが、こいつはどうやって敷いてんだろうな……」
「アーラーヤ。この舗装って、トレロ・マ・レボロのどこでも見られるのか?」
「ああ。俺が行った場所は、どこもかしこもこの灰色の道だった。おかげで歩きやすくて歩きやすくて」
「技術の進歩って、しごいでしね。ラーイウラを一周する赤銅の街道は、奴隷を人足として六十年もかかったのに……」
レンガを焼き、運び、それを並べる。
時間がかかるはずだ。
もっとも、国家事業としては成功を収めているのだから、あえて作業の速度を落としたりしていたのかもしれないが。
「ヤー、エルヘルの故郷……、す、すんごいことになってたりして」
「すんごいことでしか……」
ヘレジナが尋ねる。
「ふむ。具体的にはどのように?」
「百階建てのビル、……とか!」
「そんなん、こっちの世界だって限られるわ」
「あるにはあるのか……」
日本は地震大国だから難しいが、ドバイのブルジュ・ハリファなんかは余裕で百階超えだろう。
「しかし、こんだけのモンを魔術なしでねえ……」
「魔術と技術が融合を果たせば、文明は爆発的に進歩する。それは間違いないと思う。問題は、魔術側の純人間にも、技術側の亜人にも、その気がさらさらないってことなんだよな……」
「だから、バレボロのような場所が必要なのかもでしね」
「──理想郷、か」
バレボロでの出来事を思い返す。
「でも、あのやり方はいただけないぞ。そのうちハウルマンバレーが重い腰を上げて、バレボロを取り潰すかもしれない」
「あー、問題ない問題ない」
アーラーヤが、呆れたような微笑を浮かべた。
「あいつら、大陸中に第二、第三のバレボロを作る計画立ててるぜ。じわじわ領地を拡大していくんだと。ハウルマンバレーの第八州を通り越して、北方十四国になるのも遠くないかもしれねえな」
「まーじで、計算高いっつーか……」
ミントかドクダミかってくらいの生命力だ。
会話の区切りに立ち上がり、俺は御者台へと上がった。
まばらに伸びる樹木には、まだ紅葉の影もない。
もっとも、常緑樹である可能性もあるから、目安にはならないけれど。
立ったままトレロ・マ・レボロの景色を楽しんでいると、ヘレジナが、自分の隣をポンと叩いた。
「後ろに立つな。落ち着かん」
「あいよ」
御者台の椅子へと近付くと、ヘレジナが真ん中から左端へとずれてくれた。
ヘレジナの隣に腰掛ける。
「何を見ておったのだ?」
「いろいろ、だな。道路の端を見てくれ」
「む?」
「境目が歪んでるのがわかるだろ」
「うむ。適当な仕事であるな」
「それはそうかもな。でも、言いたいのはそこじゃない」
「……?」
小首をかしげるヘレジナに、答える。
「考えてみろ。トレロ・マ・レボロからハウルマンバレーへと入国する際には、他の経路が一般的のはずだ。わざわざバレボロを通るのは、バレボロの関係者か、知らずに迷い込んだ観光客くらいだろ。実際、まだ誰ともすれ違ってない。にも関わらず、この道は舗装されている」
「……それだけ余裕があると?」
「余裕と、技術力だな。ヘレジナの言う〈適当な仕事〉でこの舗装道路はできている。赤銅の街道と負けず劣らず快適な道路がな」
「──…………」
しばしの沈黙ののち、ヘレジナが呟くように言った。
「……トレロ・マ・レボロは、既に、純人間の使う〈魔術〉を〈技術〉で追い抜いてしまっているのではないか?」
「たぶん、な……」
トレロ・マ・レボロに入って十分少々で、既に技術力の高さを見せつけられている。
パレ・ハラドナがトレロ・マ・レボロへの侵攻を本気で考えているとするならば、この技術力を狙っている可能性が極めて高い。
魔術を使える純人間が、技術を手に入れたときにどうなるか。
最悪の場合、大陸全土を巻き込んだ泥沼の戦争へと発展する可能性がある。
俺たちは、まばらな木々の隙間を縫うように伸びる灰色の道路を駆け抜けながら、トレロ・マ・レボロという国について想像を巡らせていた。




