3/トレロ・マ・レボロ -1 バレボロを発つ
ラーイウラ王国からの飛竜便が届いたのは、翌日の午後のことだった。
「──ひとまず、調査は続行せよとの指示だ。他の間諜からの報告は、まだ上がってないとさ」
ヘレジナが眉根を寄せる。
「一件も?」
「これに関しちゃ、なんとも言えねえな。きな臭い気もするし、俺が早めに指示を仰いだっつーのもある。そら、現地の人間に話聞けなきゃ〈トレロ・マ・レボロ西方はひとまず平和そうでした〉──くらいしか報告できることねえしな」
「指示を仰ぐってのは、バレボロの人間と手を組むべきか否か、ってことか?」
「そうそう。言ってみりゃ、ただの確認だな。これでも密命を帯びてるもんで、身分を明かして協力を仰いでも構わないかって感じだ」
「身分はとっくに明かしておったではないか……」
「いーんだよ。こういうのは、ちゃんと許可取ったかっつーのが重要なんだ」
俺は、大きく頷いた。
「わかる。しっかり許可を取ることで、責任の所在をハッキリさせるんだよ。書面に残しておかないと、上からの指示でもこちらが勝手にしたことにされる。俺の会社では──」
俺の言葉を遮りながら、ヘレジナが自分の耳を塞いだ。
「あー、あー、聞こえん聞こえん。聞くだけで憂鬱になるお前の前職の話など聞こえんなあ!」
最近、皆が、俺のブラック企業小話を聞いてくれなくなってしまった。
寂しい。
それはそれとして、
「んじゃ、もう発つか」
「そうだな。今から出立すりゃあ、明日には最寄りの街まで行ける。それにしても、騎竜車っつーのは便利で便利で仕方ないな! 躊躇いなく野宿できんだから」
プルが、アーラーヤに尋ねる。
「あ、……アーラーヤさん、は、歩いてここまで来たんです、……か?」
「ああ。ラーイウラを出るまでは馬車で送ってもらったが、そっから歩きだ。なにせ、ハウルマンバレーは山道が多いからな。騎竜車やら馬車やらを使うと、アホみてーに遠回りさせられる」
以前、ヤーエルヘルも似たようなことを言っていた。
バレボロを通らずにトレロ・マ・レボロを目指す場合、山地や丘陵を避けて行くと、それだけで二十日間ほどかかるとかなんとか。
「徒歩で国を渡るのは、たいへんでしよね……」
「マジでな……」
経験者たちは語る。
「でも、今日からは快適な旅路よ! お前らのおかげだな!」
アーラーヤが、呵々と大笑する。
「うし! ベアハウルに挨拶だけして、出発しちまおうぜ」
「クロケー、くん、……には、いいの?」
「……ああ」
アーラーヤが、遠い目で、ベアハウルの邸宅の二階を見上げた。
分厚いカーテンが部屋の内側を隠している。
まるで、クロケーの心情を表しているかのようだった。
アーラーヤの代わりに、プルに答える。
「いいんだよ。変に優しさなんて見せたら、余計に諦めきれなくなる。責任を取るつもりがないのなら、いっそ関わらないほうがいいんだ」
「そ、……っか」
家政婦の女性に取り次いでもらい、邸宅の玄関でベアハウルと対面する。
「世話ンなったな、ベアハウル。遅くとも二ヶ月以内には戻ってくるぜ」
「ああ、アーラーヤくん。皆さんも。くれぐれも無理はせず、自分の命を優先するんだの」
ベアハウルの気遣いに、小さく頭を下げる。
「ありがとうございます。必ず」
「そら、死んじまったら情報持って帰れねえからな!」
「ほっほっほ」
「──…………」
否定しないあたり、ベアハウルの真意はアーラーヤの言葉通りであったらしい。
やはり、したたかだ。
「んじゃ、もう発つぜ。またな」
「では、また」
「それではな」
「さ、さよ、……なら!」
「さようならー、でし!」
ヘレジナが、騎竜車の御者台へと跳び乗り、椅子へと腰を下ろす。
手綱を引き絞り、鞭のように軽く打つと、騎竜がのそりと歩き始めた。
「そう言や、アーラーヤは御者ってできるのか?」
「馬はできる。騎竜は扱ったことねえな。旅の一度や二度はそりゃ経験あるが、たいていは一人だったからな。騎竜車なんざ、広すぎて持て余すだけよ」
「ひ、広いほうが、いいのにー……」
「足ることを知る、ってな。何事もほどほどがいちばんいいのさ」
「そういうもの、……かあ」
「──ああ、そうだ。なんとなく気になっておったんだがな」
御者台のヘレジナが、こちらを振り返って尋ねる。
「アーラーヤ、お前の年齢が知りたい。私たちよりそこそこ上であることはわかるのだが、具体的には何歳なのだ」
「おいおい、勘弁してくれよ。男の子に年を聞くもんじゃないぜ」
「……確か、俺くらいの年にはまだ徒弟級だったとか言ってたよな。御前試合のときに」
「ぐ、覚えてやがったか……」
ヤーエルヘルがフォローに入る。
「い、言いたくなかったら、言わなくてもいいと思いましよ……?」
その言葉で逆に肝が据わったのか、アーラーヤが答えた。
「……四十以上、五十未満だ。これで勘弁してくれや」
「オッサンであるな……」
「そう言うと思ったから答えたくなかったんだよ!」
「ははっ!」
車内が一気に騒がしくなる。
それだけでも、アーラーヤを乗せてよかったと思える。
気の置けない仲間が増えれば、それだけで旅は楽しくなるものだ。
ハウルマンバレーとトレロ・マ・レボロとの国境は、思いのほか近くにあった。
数名の門番に客車内を見せると、通行の許可があっさりと下りた。
「……こんな簡単でいいのか?」
「かんたんに越したことはないでしし……」
「トレロ・マ・レボロからは、入るほうが手間なんだよ。ハウルマンバレーへは、逆に、出るほうが手間らしいな。ほら、亜人奴隷のなんとか条約」
「エンティカ条約、でしね」
「あの条約自体はバレボロじゃ無効みたいなもんだが、それを悪用してバレボロ経由で亜人奴隷を運ぼうとしたアホがいたんだと。当然叩き殺されたけどな」
「それで、トレロ・マ・レボロからは、入るときのが審査が厳しいと」
「そういうことだ」
「な、なるほどー……」
御者台から、ヘレジナの声が届く。
「──さあ、トレロ・マ・レボロへ入るぞ!」




