2/第八州バレボロ -終 次代の皇巫女
「へえー、スッゲ! 二階建ての騎竜車なんざ、初めて見たぜ」
「リンシャ──ウージスパイン西端の港町で改修してもらったんでしよ!」
「コレ、けっこうかかったろ」
アーラーヤが、親指と人差し指で輪を作ってみせる。
「ふふん。色をつけた上に即金で払ってやったわ。遺物三都の財宝は、まだ尽きておらん」
「そいつは重畳。でも、ベアハウルのやつにティム硬貨をねだったのは正解だぜ。トレロ・マ・レボロで外貨両替をどーやってすんのか知らんが、ヤーエルヘルちゃんじゃ相手にされない可能性もあんだろ。俺はラーイウラから持って行ったからなんとかなったけどよ」
「た、たた、たしかに……」
梯子に足を掛けながら二階の様子を見ていたアーラーヤが、床へと足を下ろす。
「んで、お前らの事情ってのを聞かせてもらおうじゃねえの。お前らに同行する以上、お前らの事情は俺の事情だ。嘘偽りなく頼むぜ」
アーラーヤが、騎竜車の壁に背を預けるように、どっかと腰を下ろす。
「そうだな。アーラーヤが聞いてる俺たちの事情は、かなり半端のブツ切りだろ。この際、これまでの旅路を全部話したほうがいいな。クッソ長いけど」
「……ベアハウルの家から酒でもパチってくっかなあ」
「やめておけ。べろべろになった挙げ句、明日には全部忘れてました──などと言われたら、さっさと置いて行くぞ」
「そいつは困るな。しらふで付き合うから、眠くならないように頼むぜ」
「き、……きっと、面白いと思う、……よ!」
「はい、絶対に……」
ヤーエルヘルの瞳は真剣だった。
そうだよな。
アーウェンでの物語が、つまらないはずがない。
「なら、語り手は俺でいいか。何度か話して慣れてるしな。補足とか、別の視点ではこうだったとかあったら、自由に口を挟んでくれ」
「わ、……わかった!」
俺は、軽く咳払いをし、語り始めた。
「──う、……っぐ。ひっく。ナナイロ、お前ェ……! 死んじまうこたねえじゃねえかよう……!」
男泣きするアーラーヤに、皆がこっそりと微笑む。
俺は、彼の人間くさい部分が好きだった。
「そうして、俺たちは、トレロ・マ・レボロを目指した。ヤーエルヘルのルーツを辿るために。その途中で、メンテナンスを終えた魔獣除けを起動してみたんだよ」
アーラーヤが、ぼろぼろ涙を流しながら頷く。
聞いてはいるらしい。
「すると、騎竜車の下から影の魔獣が出てきやがった。影の魔獣、覚えてるだろ。俺たちの物語において、いちばん最初に出てきた魔獣だ」
す、と。
スイッチが切り替わるかのように、アーラーヤの表情が真剣なものへと変化した。
「……お前たちの情報は筒抜けだった。そして、お前たちの情報には、魔獣使い一人を数ヶ月間拘束してでも得る価値があった。そうなるな」
「俺は、影の魔獣はパレ・ハラドナが派遣したものだと思ってる。影の魔獣はその特性上、影以外の場所に留まることができない。だから、流転の森から飛び飛びでついてこられたとは思えないんだよ。アイヴィルかその部下が、俺たちがロウ・カーナンで購入した騎竜車に取り憑かせた──ってのが、いちばんしっくり来る解釈だ」
「そうかもしれません。実行犯は、あの旅人狩りのなんとかいうひとだった可能性もありましね。お金を積めば、なんでもしたでしょうし……」
「ゼルセンな」
「あんまし覚えてたくないでし」
言われてみれば、脳の容量がもったいない。
「──なるほどな。んで、プルの嬢ちゃん。生きたままはらわたを食われるなんて性格悪いじゃ済まない方法で自分を殺したがる相手に心当たりはあるかい?」
「──…………」
「……プルさま。おつらければ」
プルが、首を横に振る。
「話し、……まっす」
思わず居住まいを正す。
プルの出自について、俺たちは敢えて尋ねてこなかった。
彼女が皇巫女であることは知っていても、ほとんどそれだけだ。
訊かなかった理由は、一つ。
過去の話になると、プルが表情を曇らせていたからだ。
真剣に尋ねれば、きっと、素直に教えてくれていただろう。
本当は、そうあるべきだったのかもしれない。
だが、反省は後だ。
俺たちは、プルの言葉を待った。
「わ、……わたしは、プルクト=エル=ハラドナ。わたしには双子の姉が、……います」
知らなかった。
今まで、本当に、一度も会話に出てこなかった。
言いにくい理由があったのだろう。
「姉の名前は、ハルユラ=ハラドナ。わ、わたしより頭がよくて、きれいで、なんでもできる、自慢のお姉ちゃん、……だった」
「──ちょい待ち」
明らかにおかしい部分があった。
「ハルユラ=ハラドナ……?」
ミドルネームの〈エル〉がないのだ。
〈エル〉とは、大まかに神性を表す言葉とされている。
現在は国王として辣腕を振るっているとは言え、元は一介の貴族であったネルにすらついていたものが、パレ・ハラドナの皇族にないのが不自然だった。
「え、……と。〈エル〉の扱いは、国によって違う、の。ラーイウラは貴族全員に与えてたけど、パレ・ハラドナは、ちがくて。皇帝と、直系しか名乗れない、……んだ。そして、直系とは、皇帝の系譜じゃなくて、皇巫女の系譜のこと……」
「パレ・ハラドナでは、皇巫女がすべての基準になってるのか? 皇巫女の子供や孫が皇帝に即位する、みたいな」
「そ、そんな、……かんじ」
「なるほどな。そのハルユラってのが、プルの嬢ちゃんを狙ってる可能性が高いと」
「は、はい……」
プルの口からでは言いにくいだろう。
俺は、ヘレジナへと視線を向けた。
「ヘレジナ。お前から見て、ハルユラはどんな人物だった?」
「……そうだな。プルさまの言う通り、頭脳明晰で才色兼備。人が羨むものをすべて持っていた方だ。ただ一つ以外は」
「ただひとつ、……でしか」
「ああ。エル=タナエルの寵愛だ」
ヘレジナが目を伏せたまま続ける。
「ユラさまは、プルさまよりも先んじて産まれた姉であったにも関わらず、神託を授かることができなかった。それでも、幼い頃は仲がよかったのだ。何も知らない子供のうちであれば、な」
だが、いつまでも無知ではいられない。
必ず世界の醜さを目の当たりにするときが来る。
「プルさまも、ユラさまも、やがて気付いてしまう。勉学も、魔術も、ユラさまのほうが優れていた。これは事実だ。だが、宮殿の人々が褒めそやしたのはプルさまのほうだった。ユラさまは、いくら努力を重ねても、誰にも見向きもされなかった。実の両親にすら」
「──…………」
ハルユラの境遇は、ヘレジナに似ている。
愛されたかったにも関わらず、愛されることはなかった。
だが、ヘレジナは、ハルユラではなくプルの従者になることを選んだ。
それは、まるで、亡くなってしまった姉に対するヘレジナの贖罪であるように感じられた。
「当然、その歪みにはプルさまも気が付いていたはずだ」
ヘレジナが、真正面からプルを見つめる。
「……正直に言って、気持ち、わるかった。わたしの周囲に集まったひとたちは、わたし自身を見てくれなかった。神託を賜り、得をしたいんだって、顔に書いてあった……」
「片や、神託のために利用され、片や、神託を賜れないからと蔑ろにされた。どちらも被害者には違いない。だが……」
ヘレジナが複雑な表情で続けた。
「……ユラさまが、プルさまを憎んでしまう気持ちも、わからないではないのだ。むろん、実現させるつもりはさらさらないがな」
「なるほど、な」
アーラーヤが疑問を呈する。
「しかし、そのハルユラってーのは皇巫女じゃねえ。こんだけの企てを実行できる人望がないんじゃねえか?」
プルが、首を横に振る。
「ううん。ユラだからこそ、あるの……」
ユラ、だからこそ。
その言葉に引っ掛かりを感じながら、俺はプルの言葉を待った。
「わ、……わたし、三年前から、神託が下賜されなくなっちゃ、……って。だから、わたしを囲んでたひとたちは、わたしからどんどん離れていって……」
「……次の皇巫女を、ハルユラに求めた?」
「ああ。宮殿内でのハルユラ派の隆盛は凄まじいものでな。プルクトさまに下らないのであれば、ハルユラさまに下るはず。そう主張し、一度も神託を下賜されていないにも関わらず、ユラさまは次代の皇巫女扱いだ。そこでプルさまに下されたのが──」
知っている。
俺たちの、始まりの神託だ。
「〈地竜窟において、彼の地竜が皇巫女の生き肝を貪ることで、パレ・ハラドナは永劫の繁栄を約束される〉──誰かの嘘っぱちだな」
「その通りだ。当たろうと外れようと、結果は同じ。地竜窟で皇巫女が──プルさまが亡くなれば、また新たな皇巫女が生まれる。それがユラさまである可能性は低くない。プルさまが生き延びれば、神託は外れたことになる。外れる神託など聞いたこともない。偽の皇巫女としてプルさまは放逐される。まったく、よく考えてあるものだ」
「──…………」
これまでの情報を咀嚼し、しばし思案する。
「理由、わかったかもしれない。仮説でいいなら」
「ほ、ほ、ほんと……?」
「ああ。ただし、現時点での情報だけで立てた仮説だからな。信じすぎるなよ」
「わ、わかった!」
「ハルユラは、プルという目の上のたんこぶを排除することには成功した。でも、当然ながら自分に神託が下ることはない。本物の皇巫女であるプルは生きてるんだからな。そして、プルを殺せば今度こそ自分が皇巫女になれると考えた。あり得ない話ではないだろ」
「……ユラ……」
きゅ、と。
プルが、膝の上に乗せていた手を、痛々しいほど握り込む。
「まあ、ほら。他にも政敵っつーの? これ以上のこと平気でやってきそうなやつはいるんだろ。ハルユラ犯人説も確定じゃない。参考に留めておこうぜ」
「そうだな。プルさまとユラさまは、血を分け、胎を共にし、ほぼ同時にこの世に生を受けた唯一の姉妹なのだ。できれば信じたい」
「……あり、がとう。うん」
ヤーエルヘルがプルの手を取り、こぶしをほぐして指を絡ませた。
「あちしたちが、いましから。大丈夫でしよ」
「……うん」
最後の頷きは、すこしだけ声に張りがあった気がする。
アーラーヤが腰を上げる。
「──事情はわかった。ハルヴァに向かいながら聞き込みをして、ある程度で報告に戻るってのが落としどころだな。それで構わねえか?」
「オーケー。この五人ならたいていのトラブルには対処できるだろうけど、いつだってもしもがあり得る。油断はナシで行こう」
「当然。飛竜便が届き次第、出立するとすっか」
騎竜車の出入口を開き、後ろ手に右手を振りながらアーラーヤが言った。
「──んじゃ、明日な。夜に頑張りすぎて腰いわすんじゃねえぞ」
「おーい」
最後に下ネタ擦っていきやがった。
恐る恐る三人の顔を見回す。
「?」
よかった。
ヘレジナすら、今の台詞を下ネタだと理解していないようだ。
ベアハウルの邸宅で風呂と食事を先に済ませていた俺たちは、就寝の支度を整えてベッドに入った。
飛竜便は、明日には届くだろうか。
そんなことを考えながら、俺は、ゆっくりと眠りの淵へと滑り落ちていった──




