2/第八州バレボロ -8 強くなれ
今の騒ぎで、野次馬が数人増えた。
同じ戦法を続けると、避けられたときに危険なのはクロケーだけではない。
それを知ってか知らずか、クロケーが歩いてこちらへと近付き、改めて構えた。
「テメェ、卑怯者め!」
「卑怯者て」
自分から言い出したとは言え、無手の相手に武器を構えているほうが卑怯に見える気もする。
「次の攻撃が、オ前の墓場だ!」
攻撃が墓場。
文章としておかしい気がしたが、指摘すると怒りそうなので、敢えて黙っておく。
クロケーが、一歩を強く踏み出し、右手の木剣を縦一文字に振り下ろす。
脳天を狙った一撃だ。
当然、躱す。
次の瞬間、クロケーの姿が消えた。
そう。
神眼を持っていなければ、消えたように見えただろう。
クロケーは、自分の矮躯を活かし、その場に屈むことで相手の視界から消え去ったのだ。
上手い。
次の一撃は、顎を正確に狙うものだった。
──トン、トン。
二歩下がる。
すると、勢い余ったクロケーが、二メートルほど跳躍していた。
跳躍と隙は表裏一体だ。
一度地面から離れてしまえば、あとは落ちるしかない。
空中で攻撃を避けることは、基本的にできないのだ。
俺は、目の前にぶら下がっていたクロケーの足に手を添え、思いきり右へとぶん回した。
クロケーにしてみれば、急に天地が引っ繰り返ったように思われただろう。
空中で四分の三回転ほどして、クロケーが腰から着地する。
「──だ、……ッ!」
痛みよりも混乱が勝ったような表情を浮かべたあと、クロケーが俺を見上げる。
そして、跳ねるように立ち上がり、俺の胴体へと不意打ちを放った。
避ける。
だが、クロケーの動きが妙だった。
彼の一挙手一投足を注意深く観察し、気付く。
クロケーが、ズボンのポケットから魔力銃を取り出していた。
なるほど。
構えからして片手だったのは、もう片方の手で魔力銃を扱うためだったのだ。
片手に剣、片手に銃。
独学ながらに、ある程度形になっている。
これは、明確にクロケーの強みだ。
だが、今はまだ届かない。
こちらへ向けた魔力銃を、爪先で蹴り上げる。
「づッ!」
握り込まれていた魔力銃を離すことはなかったが、魔力の銃弾は遥か空へと放たれた。
恐らく、クロケーの手の内はこれですべてだろう。
正直に言って、強い。
十代前半の少年としては破格、天才と呼ばれるたぐいの人間だ。
剣銃両刀を最大限に活かすことができれば、現時点でも師範級上位にすら食い込める。
しかし、まだ早い。
独学で奇跡級に手が届くまでには、あと数年の鍛錬が必要となるだろう。
俺は、クロケーの動きに感心しながらも、着実に彼の体力を削り取っていった。
「──はッ、……ハあ……ッ、は……、ッ……!」
木剣を杖代わりにしながら、クロケーが、意地と気力で立ち上がる。
俺は、その木剣を無慈悲に蹴り飛ばした。
「うが、……ッ」
クロケーが膝から崩れ落ち、その場に倒れ伏した。
荒い呼吸音だけが聞こえてくる。
「俺の勝ちだな」
「く、……そッ」
クロケーの傍に屈み、彼の肩を叩く。
「お前は、強い。同年代に限れば、かなりのもんだ」
「──…………」
「だから、生き急ぐな。トレロ・マ・レボロでの調査だけならともかく、俺たちの事情が絡んじまうと、お前の未来が途絶える可能性すらあるんだ。今回は、諦めろ」
「……大、人は……ッ」
ガリ、と。
クロケーが、地面に爪を立てる。
「大人は、イツモそう言う……! 未来が、ナンだッ! オレたちには、イツモ、今だけだ……ッ!」
「──…………」
ああ、そうだよ。
詭弁だ。
お前の言葉は正しいよ。
今を蔑ろにする人間に、未来なんかない。
でも、俺は大人だからこう言うんだ。
「だったら、もっと強くなれ。次の俺たちを、今度は納得させられるように」
「……ぐ、ウッ……!」
クロケーが、悔しげに顔を歪める。
その目には涙すら滲んでいた。
俺は、そんなクロケーに背を向けて、皆の元へと歩いていった。
「ベアハウルさん。よろしければ、風呂だけ貸していただけませんか? 俺たちは騎竜車で寝るので」
「……ああ、もちろん構わんとも。君たちには礼を言わねばならんしの」
「礼、ですか?」
「クロケーの心を折ってくれて、だの。あの子は言い出すと聞かないからの。勝手にアーラーヤくんを追ってバレボロを飛び出すに違いないと思っとったのだ」
「ああ……」
やりそうでしかない。
俺は、クロケーを振り返った。
土まみれで涙を流す彼には、もう、立ち上がる気力もないように見えた。
「あの様子なら、しばらくは、落ち込んで部屋から出てこなくなるはずだの」
「……できれば鍛錬は続けてほしいですね。あの子は天才だ。良い師に恵まれれば、俺やアーラーヤくらいなら簡単に抜き去るでしょう」
アーラーヤが頷く。
「悔しいが同感だな。俺が教えても、俺より強くはなれねえよ。俺は、あの剣と銃との二刀流に可能性を感じてる。ジグあたりなら上手いこと育ててやれるんだろうが……」
ジグ。
その名を聞いて、ヘレジナが尋ねた。
「ふむ。ジグは忙しいのか?」
「そら、寝る間も惜しんで国王の護衛よ。なにせ、ネルがしようとしてんのは、国を根底からぶっくら返す大改革だぜ。元がラライエの絶対君主制だから今は好き勝手できてるが、既得権益を剥奪された貴族たちなんかはガンガン結託始めてるからな」
「──…………」
ネルに告白されたとき、青の選択肢を選んでいれば、今頃はジグと共にネルの護衛をしていたのだろうか。
一瞬だけ、あり得たかもしれない可能性へと想いを馳せる。
だが、それは不可能なことだった。
皆と共にウージスパインへ向かい、アーウェンを訪れることがなければ、そもそもこの世界自体が小惑星によって滅亡していたのだから。
そう考えると、[羅針盤]の選択肢を飾る色は、近い未来のことしか暗示することができないのかもしれない。
「──あっ、と! そうだ。ティムへの両替!」
二転三転してしまったが、元はと言えばそのためにベアハウルを訪ねたのだった。
「そ、それ、……なんだけど」
プルが、いつの間にか手にしていた革袋を開いてみせる。
革袋の中には、複雑な形状の金属片が無数に入っていた。
恐らく、これがティム硬貨だ。
「ベアハウル、……さん。これ、く、くれたの。だいたい、千シーグルぶんくらい、……だって!」
「えっ、いいんすか?」
千シーグル。
日本円に無理に当てはめるなら、二、三十万円にはなる額面だ。
「まあ、まあ。気にしないどくれ。トレロ・マ・レボロとの交易用に、たんまり貯めとるからの。この程度なら屁でもない。今後、君たちがトレロ・マ・レボロで得る情報を、今のうちに買っておく。先行投資だの」
国境沿いの集落の長だけあって、したたかだ。
「なるほど。では、遠慮なくいただきます。その代わり、仕事はキッチリ」
「そうしてくれると助かるの。では、入浴と、それから食事も振る舞わせてくれ。先程、家政婦が帰ってきて、一気に客が増えたからとやる気満々での……」
「はい、お願いしまし!」
「では、お言葉に甘えまして」
ベアハウルの先導で、俺たちは、彼の屋敷に再びお邪魔することとなった。
玄関をくぐるとき、一瞬だけクロケーを振り返る。
彼は、まだ、地に這いつくばったままだった。
「治癒、……い、いいのかな……」
呟くようなプルの言葉に、アーラーヤが答える。
「今はほっといてやれ。優しさが屈辱になることだってある」
「わ、……わかった」
クロケーは強くなる。
今は無理でも、いつかは立ち直ってほしい。
前途ある若者にそんな想いを抱くのは、いくらなんでもオッサンくさいだろうか。
だが、俺の本音には違いなかった。




