2/第八州バレボロ -7 クロケー
俺たちの目的は、ハルヴァへと赴き、ヤーエルヘルのルーツを探ることだ。
だが、パレ・ハラドナはプルとヘレジナの祖国でもある。
それに、影の魔獣のことを考えるのであれば、もしものときに味方が多いことは明らかなメリットと言える。
俺は、プルたちへと向き直った。
彼女たちの意見も聞きたかった。
「どう思う?」
ヘレジナが即答する。
「賛成だ。アーラーヤほどの使い手は、そうそうおらん。今の私たちの状況を鑑みるに、双方に利益のある提案であろう」
「う、……うん。わ、わたしも、そう思う……」
「……こんながき……」
あ、ヤーエルヘルがまだ回復してない。
アーラーヤが、呆れたように言った。
「なんだ、お前ら。まーたなんか巻き込まれてやがんのか」
「巻き込まれたっつーか、巻き込まれてたことにようやく気付いたっつーか……」
「手が欲しいってんなら、四本までなら貸してやるぜ。その代わり、こっちの仕事も手伝ってもらうけどな」
もはや考えるまでもないだろう。
「……まさか、あんたと旅をすることになるなんてな」
「同じ言葉を返してやるよ。御前試合で殺し合ったときにゃ、とても想像つかなかったぜ」
アーラーヤに右手を差し出す。
俺の手を、アーラーヤが取ろうとして、
──バシッ!
その手をクロケーが叩き落とした。
「いでッ!」
大して痛くもなかろうに、アーラーヤが大袈裟に痛がってみせる。
「なーにしやがる、クロケーくんよ」
「……ソイツらのが、オレよりイイってのかよ!」
「そら、自分のケツ自分で拭けるって意味じゃあな」
ヘレジナが、からかうように笑ってみせる。
「随分と惚れ込まれたものではないか」
「ッたく。弟子なんて取るつもりねーっての」
アーラーヤが、困ったように肩をすくめた。
「──……オマエ」
クロケーが、俺を指差す。
「俺?」
「オマエ、オレと戦え! オレが勝ったら、……オレの勝ちだ!」
「なに言ってんだお前」
アーラーヤの冷静なツッコミに軽く赤面しつつ、クロケーが言い直す。
「オレが勝ったら、オレもついてく!」
「ええ……」
思わずベアハウルへと視線を向ける。
「……一度決めたら譲らないんだの。うちの子は」
「悪い、カタナ。付き合ってやってくれや」
「まあ、いいけど」
溜め息一つ、立ち上がる。
「場所は、さっきの広場でいいか。勝敗の条件はどうする?」
「そうだな」
軽く思案し、アーラーヤが提案する。
「カタナにかすり傷一つでも負わせたら、クロケーの勝ち。その前にクロケーの体力が尽きたら、クロケーの負けだ。それでいいか?」
クロケーが、目を丸くする。
「そ、ソンナんでイイのか……?」
クロケーが、俺を見る。
「まあ、いいんじゃね。知らんけど」
「ヨォ──しッ!」
クロケーが、意気軒昂と屋敷を出て行く。
ヘレジナが半眼でアーラーヤに言った。
「……意地が悪いな、アーラーヤ。勝ちの目があるようにしてやってもよかろうに」
「連れて行く気ゼロなのよ、こっち」
ベアハウルが尋ねる。
「カタナくんは、そんなに強いのかの?」
「ああ。条件次第じゃ俺より強い」
「奇跡級上位、か。そんなにホイホイ集まるものだとは思っていなかったのう……」
「奇跡級上位が三人も集まってんのは、北方大陸広しと言えど、ここだけだと思うぜ」
「三人、とな?」
ベアハウルの疑問に、ヘレジナが答える。
「ふふん。私も奇跡級上位の剣術士なのだ。しかも、この二人より強い!」
「なんと!」
「これがマジだから困るんだよなあ……」
アーラーヤが、後頭部を掻きながら苦笑する。
「武器は、……いいか。べつに」
「俺の短剣でも使うか?」
「いや。クロケーには悪いけど、実力差を見せたほうがいいだろ。アーラーヤの事情だけならともかく、俺たちの事情には巻き込めない」
「そ、……うだね。危ない、かも……」
「その話、あとでじっくり聞かせてもらうぜ。なにせ、俺もこれから当事者だ」
「はい、もちろんでし。あちしたちが何を恐れてるのかも、ぜんぶ」
軽くストレッチをしながら、ベアハウルに告げる。
「アーラーヤも、プルも、奇跡級の治癒術士です。元より大怪我を負わせるつもりはないですけど、かすり傷くらいは見逃してもらえたら」
「なあに、怪我は男の勲章だの」
「あざっす」
俺たちは、アーラーヤとベアハウルを伴い、屋敷の扉を抜けた。
眼前の広場の中央で、木剣を手にしたクロケーがこちらを睨みつける。
「コイよ。カタナ。かすり傷じゃ済まなくシテやる」
「お手柔らかに頼むわ」
「サ、腰の剣抜けよ」
「ああ。今回はいいよ」
「……ドウいう意味だ」
俺は、敢えて偽悪的に振る舞うことに決めた。
いっそ、しばらく立ち直れないほどベッコリ凹んだほうが、クロケーの身の安全は保障されるだろう。
「お前程度の実力なら、武器を抜くのも面倒くさいってことだよ」
「──…………」
クロケーが一瞬フリーズし、すぐに牙を剥き出しにして怒りの表情を浮かべた。
「……後悔スンなよ」
クロケーが、構える。
木剣を右手だけで握る、特徴的な構えだ。
さて、どう来るか。
クロケーが、その構えから一歩だけ後じさる。
わかりやすい予備動作だ。
来る。
予測通り、クロケーが、圧倒的な速度でこちらへと跳躍する。
ほとんど地面すれすれを、放物線の軌道を意識させることなく跳んだのだ。
当然、その速度は、人間の限界を遥かに超越したものとなる。
もしかすると、クロケーは、自分が思いきり投げたボールに後から追いつけるのかもしれなかった。
速度だけで言うならば、アーラーヤを超えている。
さて、どうするか。
明らかな予備動作があったため、俺は、クロケーがこちらへ跳躍するより前に避けていた。
いったんは様子見だ。
クロケーが俺の真横を通り過ぎるのを確認したあと、俺は振り返った。
地面に二本の線が長々と引かれ、クロケーがようやく止まる。
「避けるな!」
「じゃ、次は避けない」
「……言ッテろ!」
今の一撃で確信する。
クロケーは、やはり、自分の肉体の動きを理解できていない。
そして、その問題点に対し、なんの対応策も取れていない。
たとえば、俺には神眼がある。
神眼によって動体視力を向上させることで、自分の動作を完全に律することができている。
アーラーヤには型がある。
動体視力に劣る彼は、自らの欠点を克服するのではなく、完全に切り捨て、体に叩き込んだ型を目にも留まらぬ速度で放つ道を選んだ。
ヘレジナには、理がある。
かつては自分の動きに意識が追いついていなかった彼女だが、動体視力を向上させるのではなく、二手、三手と相手の行動を高精度で予測し、理で以て刃を振るうという戦い方をジグに叩き込まれた。
とは言え、これは奇跡級上位の話だ。
直線的な速度だけであればアーラーヤを超えるクロケーだが、それではイノシシと変わらない。
強さだけで言えば師範級下位相当だが、それは亜人の身体能力と体操術の掛け合わせありきだ。
さすがに教室を開く実力はないだろう。
クロケーが、再び右手を振りかぶりながら、こちらへと直進する。
この一撃もまた、予備動作の時点で回避している。
俺は、神速ですれ違うクロケーの爪先に、綺麗に足を引っ掛けた。
「だ」
クロケーが、空中に放り出される。
「ワああああああ──ッ!?」
ごろんごろんと縦に十数回も転がったあと、近所の家の玄関扉を足でノックしてようやく止まる。
「な、なな、なんだ!?」
出てきた家主に慌てて謝る。
「──すんませーん! なんでもないんで!」
「──…………」
軽く目を回していたらしいクロケーが、家主に一礼し、再びこちらへ振り返った。




