2/第八州バレボロ -6 王の勅命
「ベアハウル。この四人は俺の知己だ。トレロ・マ・レボロへ行くっぽいから、例の話をしてやりたくてな」
「なるほど、そうかそうか。ではワシも同席しよう。そのほうが話も早そうだの」
「おう、頼むわ」
思わず、ヘレジナたちと顔を見合わせる。
「ほれ、続きは客間でだ。立ち話でする話じゃねえよ」
「ああ、わかった」
アーラーヤに案内されるまま、長──ベアハウルの屋敷の客間でソファに腰を下ろす。
しばらくすると、客間の扉が蹴り開かれた。
「オラ、茶ァ淹れてきたぞ!」
右手に七人分のティーカップが載ったお盆を持ち、左手に素朴な焼き菓子の盛り付けられた深皿を抱え、クロケーが姿を現す。
「あ、手伝いましよ」
「イイから。お前らは客だ。黙って座ってろ」
言動や行動は乱暴なのだが、どこかお人好しで品がある。
将来は苦労性になりそうだ。
クロケーが全員にカップを配り、テーブルの真ん中に深皿を置く。
そして、端のソファにどっかと腰を下ろした。
「おう、お疲れさん」
「──…………」
アーラーヤのねぎらいを無視し、クロケーが焼き菓子をバリボリと貪り始める。
「──んじゃ、カタナ。お前らの自己紹介から頼むわ」
「あいよ」
体ごとベアハウルへと向き直り、微笑んで一礼する。
「カタナ=ウドウと申します。アーラーヤとは以前、ちょっとした縁がありまして」
「ヘレジナ=エーデルマンだ。このワンダラスト・テイルのリーダーをしておる」
ワンダラスト・テイルは、もはや、遺物三都で使ったきりのパーティ名ではない。
大切な名前だった。
「あ、ヤーエルヘル=ヤガタニでし」
「ぷ、プル=ウドウ、……でっす」
俺たちの自己紹介を聞き、ベアハウルが大きく頷く。
「ワシは、この町の長をしておるベアハウルだの。そこの小さいのは、ワシの息子のクロケーという」
ベアハウルには、獣の耳も、尻尾も、どこにも見当たらない。
純人間であるように見えた。
疑問が顔に出ていたのか、ベアハウルが鷹揚に答えた。
「クロケーは、純人間と亜人のハーフでの。妻の血が強かったのか、ほぼ亜人だ。獣の耳がすこし小さいくらいかの」
「なるほど。いわゆる三世ですか」
「そうそう。よくワシらのことを御存知のようだのう。ワシら二世のあいだでは、純人間と亜人のカップルもそれなりにおったからな」
「ええ。最初の町で、バレボロについて聞かせていただきまして」
「騎竜車にマークも描いてもらいました!」
「それはそれは」
ベアハウルが、たるんだ顎を撫でながら微笑んだ。
「うっし。本題に入るとすっか」
古書のような独特の甘い香りと味がするお茶を一気に飲み干し、アーラーヤが言った。
「俺がここにいるのは、ラーイウラ王の勅命だ」
「ネルの?」
「ああ。端的に、ズバリ言っちまうぜ」
アーラーヤの双眸が、鋭く引き絞られる。
「──パレ・ハラドナが、トレロ・マ・レボロに侵攻しようとしてるっつー噂がある。その実情を探りに来たんだよ」
「……ふえ?」
あまりに不意を打たれたのか、プルが間抜けな声を上げた。
「なんだと……!」
ヘレジナが腰を浮かせる。
「そ、それは、本当の話なのか!」
「正直言って、まだわからん。ただ、パレ・ハラドナが、国際的におかしな動きをしてることは確かだぜ。出入国の検問が理不尽レベルで厳しくなって、トレロ・マ・レボロを除く周辺国家への外交が強化された。パラキストリへの地竜対策支援金も、これまでの倍額出すって声明があったらしい。他にもまだあるが、様子がおかしいことは今ので十分わかるだろ」
「しかし、不自然ではないか! パレ・ハラドナは──」
そこまで言って、ヘレジナが口をつぐむ。
ヘレジナの言葉の続きが、俺にはわかった。
パレ・ハラドナは、英雄ルインライン=サディクルを、一国すべての兵卒をすら遠当てで撫で斬る人間兵器を失ったばかりなのだ。
にも関わらず、このタイミングで他国に戦争を仕掛けるだろうか。
「俺は、トレロ・マ・レボロの西から。別の間諜は、また別の方面から。数名で、トレロ・マ・レボロとパレ・ハラドナの様子を窺い、今回の噂の真偽を調べてる」
「それで、どうだった?」
アーラーヤが、両手を上げた。
「なーんも、わからん! ダメだあいつら。純人間とは利く口一つ持たないとよ。十日ほど放浪してみたんだが、てんで話してくれねえや」
「アーラーヤくんは、それで、バレボロにいったん戻ってきての。ワシらに身分を明かし、情報をくれたのだ。トレロ・マ・レボロが危機に瀕すれば、ワシらも他人事ではないからの……」
「なるほど。それで、賓客という扱いなんですね」
俺の言葉に、アーラーヤが呵々と笑った。
「最初に無理矢理押し通ったときにゃ、そら大変だったけどなあ!」
「ああ、あの魔力銃ってやつな。俺たちも向けられたわ。ヤーエルヘルが一緒だったから、バレボロの人たちも態度を軟化してくれたけど」
「そいつは楽でよかったな。俺なんか、行く集落行く集落でバンバン撃たれてたまらなかったぜ。二発くらい食らっちまったし」
「平気だろ、あんたなら」
「まあな」
アーラーヤは、奇跡級上位の剣術士でありながら、奇跡級の治癒術の使い手でもある。
改めて考えると、やはりチートだ。
「んーで、今は飛竜便をラーイウラ王城に飛ばして返信待ちだ。調査を続けるとして、亜人の協力者は必ずいる。それもベアハウルと擦り合わせてるってわけよ」
その言葉を聞いた瞬間、クロケーが立ち上がった。
「ダカラ、オレが行くって! オレはバレボロでいちばんの剣術士だ! ソレはトーちゃんだって認めてるだろ!」
ベアハウルが困ったように眉をしかめる。
「……まあ、そもそも師範もおらんし、教室もないからの。ワシらは魔力銃に頼りきりだ。バレボロでの戦闘訓練と言えば、魔力銃の命中精度を上げること。独学とは言え、自ら剣術の修行に励んどったクロケーが、いちばんの使い手と言えないこともないの」
「ダッタら!」
「だが、クロケーよ。お前は魔力銃の使い手を過小評価しとるの。たとえば、五の門のマレウスなどは、五十歩の距離からスグリの実を撃ち抜くと言うぞ。お前はマレウスに勝てるかの」
「ぐ、ぬ……」
クロケーが、反論を呑み込む。
自分の実力を理解しているのだ。
「──それに、一ついいこと思いついちまってな」
アーラーヤが、にやりと口角を上げる。
「なんだ、気持ちの悪い」
「ひどいな、ヘレジナの嬢ちゃん」
「早く言え」
「わかった、わかった」
アーラーヤが、視線をヘレジナの隣に滑らせた。
「ヤーエルヘルの嬢ちゃん」
「は、はい!」
自分が呼ばれるとはこれっぽっちも思っていなかったのか、ヤーエルヘルが慌ててティーカップをテーブルに置いた。
「考えてみりゃ、お前、ちょうど亜人じゃねえか。お前らの馬車か騎竜車に、ちょいと乗せてってくれねえか?」
「え──」
「ハァ!?」
ヤーエルヘルよりも大きな声で驚いたのは、クロケーだった。
「バレボロの存亡に関わりかねナイ大仕事を、コンなガキに任せるのかよ!」
「こ、こんながき……」
ヤーエルヘルが、椅子の上で身を縮める。
「──…………」
さて、どうする。




