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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部六章 亜人国家トレロ・マ・レボロ
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2/第八州バレボロ -5 再会

 開けた農園を道なりに進み、最後の集落へと入っていく。

 畑仕事に精を出す人々や、井戸端会議で笑い合う住民たちが、一瞬だけこちらへ視線を向ける。

 だが、バレボロのマークを確認した途端に警戒を解き、すぐに元の作業へと戻っていった。


「……あのマーク、消せないな」


「でしね……」


 まるで、水戸黄門の印籠だ。

 ヘレジナが手綱を引き、騎竜の足を止める。

 そして、通行人の女性に声を掛けた。


「すまない。尋ねたいことがあるのだが、よろしいか?」


「ああ、いいよお。なんだい?」


 鷹揚に微笑み、女性が立ち止まる。


「トレロ・マ・レボロへと抜けたいのだが、何か手続きなどは必要だろうか」


 女性が、パタパタと手を振る。


「ないない。ハウルマンバレーの他の検問ならともかく、出たけりゃ出ればいいのよ。まあ、門番に騎竜車の中を見せる必要はあると思うけど」


「まあ、それはそうであろうな」


 奴隷の出入国を禁ずる条約は、バレボロには関係のないことかもしれない。

 だが、亜人を奴隷とすることを最も憎んでいるのがバレボロだ。

 たとえ、マークの描かれた馬車や騎竜車であっても、最低限の確認はするべきだ。

 マレウスがそれを怠ったのは、入州と出州で事情が異なるからだろうか。

 それとも、亜人と共に旅をする俺たちを信用してくれたのだろうか。

 単に忘れていたか、面倒がっていただけの可能性もある。

 どうにも掴み所のない男だった。


「あと、できればティムへの両替などができればありがたいのだが」


「ああ、そうだねえ。出るならお金も欲しいよねえ……」


「難しいのであれば、出国してからなんとかする。無理そうであればそれで構わない」


「いんや。長に頼めばなんとかなるかもね」


「ふむ。長の家はどちらだ?」


「ああ、ほら」


 女性が、来た道を指差す。


「このまま進めば、騎竜車なら十分くらいだよ。広場の正面の、いちばん大きなお屋敷さ。ただ、今は広場に騎竜車を停めるのは難しいかもねえ」


「……?」


 ヘレジナが小首をかしげる。


「今、長の息子が剣術士に稽古をつけてもらっていてね。物珍しいもんだから、見物人がそこそこいるのさ」


「剣術士……」


 アーラーヤの顔が真っ先に浮かぶ。


「アタシらにはこれがあるから、武術を習う人は少なくてね」


 女性が懐から覗かせたのは、あの魔力銃マナガンだった。

 国境が近いからか、常に携帯しているらしい。


「ともあれ、礼を言う。そちらへ行ってみよう」


「いーえー」


 小さく手を振り、女性が再び歩き出す。

 俺は、御者台に出て、ヘレジナに話し掛けた。


「剣術士だってよ」


「あやつの顔しか思い浮かばんな」


「そうだとしたら、なんでこんなとこにいるんだ。ヴェゼルの護衛でもしてるもんかと」


「……わからん。本当にあやつであれば、会ったときに尋ねればよかろう」


「だな」


 ヘレジナが手綱を引き絞り、鞭のように打ち、騎竜に進めと合図を送る。

 広場が見えてきたのは、女性の言う通り、道なりに十分ほど進んだ頃のことだった。

 円形の広場を囲むように、多くの人々が立っている。

 そこそこ、どころではない。

 下手をすれば、百人はいるのではないだろうか。

 幸いにして、御者台は高い位置にある。

 ここからであれば、広場の中央で何が行われているか、よくよく観察することができた。


「あ、……あ、あれ!」


 御者台に上がってきたプルが、目をまるくして指先を広場へと向けた。

 やはりだ。

 その先には、見知った顔があった。


「アーラーヤさん、でし!」


 アーラーヤ=ハルクマータ。

 また会いたいとは思っていたが、まさかこんなに早く再会するとは、まさに青天の霹靂だ。


 彼の正面には、まだ幼い、外見だけで言えばヤーエルヘルと同じ年頃の少年がいた。

 青みがかった髪から、獣耳が二つ生えている。

 亜人だ。

 あれが、長の息子なのだろう。


 肩で息をしていた長の息子の姿が、一瞬で霞のように掻き消える。

 反射的に神眼を発動し、理解した。

 単純に、速い。

 亜人の身体能力と体操術とを重ね合わせているのだ。

 だが、それだけとも言える。

 アーラーヤが、まるで赤子の手をひねるかのように、少年の攻撃をいなしていく。

 やがて、少年がアーラーヤの背後で派手に転倒し、土まみれになった。

 少年が、悔しげに土を掴む。


「──さて、このあたりに停留するとしよう。カタナ、杭を打ってくれ」


「あいよ」


 杭を打ち終えると、野次馬がすこしずつ散っていくところだった。

 稽古とやらは終わったようだ。

 俺たちは、人の流れに逆らうように、広場へと足を踏み入れた。

 そこには、大の字に寝転がる少年と、彼の横っ腹を爪先でつつくアーラーヤの姿があった。


「あんまりいじめてやんなよ、アーラーヤ」


「おん?」


 アーラーヤがこちらを振り返り、破顔する。


「カタナじゃねえか! ヘレジナの嬢ちゃんたちも!」


「よっ」


「久し振りであるな!」


「お久し振りでし!」


「び、びっく、……り!」


 アーラーヤが、俺の肩をバンバン叩く。


「うーわ、二ヶ月ぶりか? 三ヶ月経ったか? なんでこんなトコいやがるんだよ!」


「いで、いでで! 強い強い!」


「そ、それ、わたしたちの、……せりふ」


「まあ、俺にもいろいろあるんだわ」


 そう言ったあとに数秒ほど思案し、アーラーヤが呟く。


「……ここ通るってこたあ、お前らにも無関係な話じゃねえ、か」


「なんでしか?」


 また、きな臭い事情でもあるのだろうか。


「おい、クロケー。お前んちの客間貸せ」


「な、ナンでだよ! 弟子にシテくれないクセに!」


「いいじゃん。ほら、立てるか?」


 アーラーヤが、クロケーと呼ばれた少年に右手を差し伸べる。


「うぐ」


 クロケーが、下唇を噛みながら、悔しそうにアーラーヤの手を取った。

 軽々と立たせたクロケーの背中を押しながら、アーラーヤが、広場に面した家の中で最も立派な屋敷へと歩き始める。


「ほら、お前らも来い」


「……いいのか?」


「いいのいいの」


 クロケーは不満げだが、文句を言う様子はない。

 二人の関係性は、なんとなくだが理解できた。

 いいと言うならばお言葉に甘えよう。

 俺たちは、そっと顔を見合わせると、二人に続いて長の家の玄関をくぐった。


「──おーい、ベアハウル! 茶を頼む!」


 アーラーヤの声にのたくたと現れたのは、肥満体の男性だった。


「アーラーヤくん。今さっき、家政婦が食材をもらいに出てしまっての。ここにはワシしかおらんのだよ」


「ああ、そうか。ならいいわ」


「いやいや。我が町の賓客に、それは失礼だの。クロケー、頼めるかい」


「ナンでオレが!」


「ワシ、茶の淹れ方とかわからんし……」


「トーちゃん……」


 クロケーが、呆れたように肩を落とす。


「ワカった、ワカったよ。茶だろ。淹れりゃイイんだろ。待ってろ!」


 クロケーが、どたどたと不満げに足を踏み鳴らしながら、奥へと消えていく。


「お、お構い、なくー……」


 アーラーヤが、よく通る声で告げる。


「茶菓子も頼むわー!」


「ウッセー!」


 いいのだろうか。

 まあ、いいか。

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