2/第八州バレボロ -5 再会
開けた農園を道なりに進み、最後の集落へと入っていく。
畑仕事に精を出す人々や、井戸端会議で笑い合う住民たちが、一瞬だけこちらへ視線を向ける。
だが、バレボロのマークを確認した途端に警戒を解き、すぐに元の作業へと戻っていった。
「……あのマーク、消せないな」
「でしね……」
まるで、水戸黄門の印籠だ。
ヘレジナが手綱を引き、騎竜の足を止める。
そして、通行人の女性に声を掛けた。
「すまない。尋ねたいことがあるのだが、よろしいか?」
「ああ、いいよお。なんだい?」
鷹揚に微笑み、女性が立ち止まる。
「トレロ・マ・レボロへと抜けたいのだが、何か手続きなどは必要だろうか」
女性が、パタパタと手を振る。
「ないない。ハウルマンバレーの他の検問ならともかく、出たけりゃ出ればいいのよ。まあ、門番に騎竜車の中を見せる必要はあると思うけど」
「まあ、それはそうであろうな」
奴隷の出入国を禁ずる条約は、バレボロには関係のないことかもしれない。
だが、亜人を奴隷とすることを最も憎んでいるのがバレボロだ。
たとえ、マークの描かれた馬車や騎竜車であっても、最低限の確認はするべきだ。
マレウスがそれを怠ったのは、入州と出州で事情が異なるからだろうか。
それとも、亜人と共に旅をする俺たちを信用してくれたのだろうか。
単に忘れていたか、面倒がっていただけの可能性もある。
どうにも掴み所のない男だった。
「あと、できればティムへの両替などができればありがたいのだが」
「ああ、そうだねえ。出るならお金も欲しいよねえ……」
「難しいのであれば、出国してからなんとかする。無理そうであればそれで構わない」
「いんや。長に頼めばなんとかなるかもね」
「ふむ。長の家はどちらだ?」
「ああ、ほら」
女性が、来た道を指差す。
「このまま進めば、騎竜車なら十分くらいだよ。広場の正面の、いちばん大きなお屋敷さ。ただ、今は広場に騎竜車を停めるのは難しいかもねえ」
「……?」
ヘレジナが小首をかしげる。
「今、長の息子が剣術士に稽古をつけてもらっていてね。物珍しいもんだから、見物人がそこそこいるのさ」
「剣術士……」
アーラーヤの顔が真っ先に浮かぶ。
「アタシらにはこれがあるから、武術を習う人は少なくてね」
女性が懐から覗かせたのは、あの魔力銃だった。
国境が近いからか、常に携帯しているらしい。
「ともあれ、礼を言う。そちらへ行ってみよう」
「いーえー」
小さく手を振り、女性が再び歩き出す。
俺は、御者台に出て、ヘレジナに話し掛けた。
「剣術士だってよ」
「あやつの顔しか思い浮かばんな」
「そうだとしたら、なんでこんなとこにいるんだ。ヴェゼルの護衛でもしてるもんかと」
「……わからん。本当にあやつであれば、会ったときに尋ねればよかろう」
「だな」
ヘレジナが手綱を引き絞り、鞭のように打ち、騎竜に進めと合図を送る。
広場が見えてきたのは、女性の言う通り、道なりに十分ほど進んだ頃のことだった。
円形の広場を囲むように、多くの人々が立っている。
そこそこ、どころではない。
下手をすれば、百人はいるのではないだろうか。
幸いにして、御者台は高い位置にある。
ここからであれば、広場の中央で何が行われているか、よくよく観察することができた。
「あ、……あ、あれ!」
御者台に上がってきたプルが、目をまるくして指先を広場へと向けた。
やはりだ。
その先には、見知った顔があった。
「アーラーヤさん、でし!」
アーラーヤ=ハルクマータ。
また会いたいとは思っていたが、まさかこんなに早く再会するとは、まさに青天の霹靂だ。
彼の正面には、まだ幼い、外見だけで言えばヤーエルヘルと同じ年頃の少年がいた。
青みがかった髪から、獣耳が二つ生えている。
亜人だ。
あれが、長の息子なのだろう。
肩で息をしていた長の息子の姿が、一瞬で霞のように掻き消える。
反射的に神眼を発動し、理解した。
単純に、速い。
亜人の身体能力と体操術とを重ね合わせているのだ。
だが、それだけとも言える。
アーラーヤが、まるで赤子の手をひねるかのように、少年の攻撃をいなしていく。
やがて、少年がアーラーヤの背後で派手に転倒し、土まみれになった。
少年が、悔しげに土を掴む。
「──さて、このあたりに停留するとしよう。カタナ、杭を打ってくれ」
「あいよ」
杭を打ち終えると、野次馬がすこしずつ散っていくところだった。
稽古とやらは終わったようだ。
俺たちは、人の流れに逆らうように、広場へと足を踏み入れた。
そこには、大の字に寝転がる少年と、彼の横っ腹を爪先でつつくアーラーヤの姿があった。
「あんまりいじめてやんなよ、アーラーヤ」
「おん?」
アーラーヤがこちらを振り返り、破顔する。
「カタナじゃねえか! ヘレジナの嬢ちゃんたちも!」
「よっ」
「久し振りであるな!」
「お久し振りでし!」
「び、びっく、……り!」
アーラーヤが、俺の肩をバンバン叩く。
「うーわ、二ヶ月ぶりか? 三ヶ月経ったか? なんでこんなトコいやがるんだよ!」
「いで、いでで! 強い強い!」
「そ、それ、わたしたちの、……せりふ」
「まあ、俺にもいろいろあるんだわ」
そう言ったあとに数秒ほど思案し、アーラーヤが呟く。
「……ここ通るってこたあ、お前らにも無関係な話じゃねえ、か」
「なんでしか?」
また、きな臭い事情でもあるのだろうか。
「おい、クロケー。お前んちの客間貸せ」
「な、ナンでだよ! 弟子にシテくれないクセに!」
「いいじゃん。ほら、立てるか?」
アーラーヤが、クロケーと呼ばれた少年に右手を差し伸べる。
「うぐ」
クロケーが、下唇を噛みながら、悔しそうにアーラーヤの手を取った。
軽々と立たせたクロケーの背中を押しながら、アーラーヤが、広場に面した家の中で最も立派な屋敷へと歩き始める。
「ほら、お前らも来い」
「……いいのか?」
「いいのいいの」
クロケーは不満げだが、文句を言う様子はない。
二人の関係性は、なんとなくだが理解できた。
いいと言うならばお言葉に甘えよう。
俺たちは、そっと顔を見合わせると、二人に続いて長の家の玄関をくぐった。
「──おーい、ベアハウル! 茶を頼む!」
アーラーヤの声にのたくたと現れたのは、肥満体の男性だった。
「アーラーヤくん。今さっき、家政婦が食材をもらいに出てしまっての。ここにはワシしかおらんのだよ」
「ああ、そうか。ならいいわ」
「いやいや。我が町の賓客に、それは失礼だの。クロケー、頼めるかい」
「ナンでオレが!」
「ワシ、茶の淹れ方とかわからんし……」
「トーちゃん……」
クロケーが、呆れたように肩を落とす。
「ワカった、ワカったよ。茶だろ。淹れりゃイイんだろ。待ってろ!」
クロケーが、どたどたと不満げに足を踏み鳴らしながら、奥へと消えていく。
「お、お構い、なくー……」
アーラーヤが、よく通る声で告げる。
「茶菓子も頼むわー!」
「ウッセー!」
いいのだろうか。
まあ、いいか。




