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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部六章 亜人国家トレロ・マ・レボロ
232/265

2/第八州バレボロ -4 最後の集落

 二つの集落を越え、騎竜車は北を目指す。

 バレボロのマークの威力は絶大で、追い剥ぎに遭うどころか、農作物を分けてくれる農家の人までいた。

 コミュニティの内側には、緊密で温かい関係が築き上げられているのだろう。

 聞けば、バレボロには貨幣制度自体が存在しないらしい。

 バレボロではシーグルが使えないと、マレウスが言っていた通りだった。


「──そう言や、トレロ・マ・レボロの通貨はシーグルじゃないんだっけ?」


 御者台から、よく通るヘレジナの声が響く。


「ほう、よく覚えておったな。その通りだ」


「統一通貨のシーグルを導入してないのはラーイウラとトレロ・マ・レボロだけとか、ヘレジナがムニャムニャ言ってた気がする」


「普通に話したであろうに!」


 ヤーエルヘルが、楽しげに解説を始める。


「トレロ・マ・レボロの通貨は、単位をティムと言いまし。これ、かなり面白い貨幣なんでしよ」


「お、面白い通貨って、ある、……の?」


「はい! まず、ティムには三種類の硬貨しか存在しません。5ティム、1ティム、1/4ティムでし」


「少ないな」


「硬貨が三種では、支払いが煩雑ではないか? シーグルで言うならば、100シーグル銀貨と20シーグル銅貨、5シーグル銅貨しかないようなものであろう」


「面白いのはここからでしよ。ティム硬貨は、なんと、分割できるのでし!」


「へえー?」


 思わず目を見開く。


「ぶ、ぶ、……分割!」


「1ティムは八枚、1/8ティムにまで分割できましし、1/4ティムは四枚、1/16ティムにすることができまし。5ティムは分割できませんが、複雑な形状をしており、繋げればパズルのように平面を満たすことができまし。いずれも高い鋳造技術が求められましから、貨幣の偽造防止も兼ねているのでし。なにせ、カチリと組み合わせられなければ、その時点で贋金だとわかりましからね」


「めッちゃ、頭いいじゃん。技術っていう自分たちの強みを理解してる。亜人って、身体能力だけじゃなくて、知性も侮れない気がしてきた」


「そうかもしれん。彼らの技術には舌を巻くばかりだ……」


 亜人は何故か魔術を忌避している。

 そのハンディキャップさえなければ、北方大陸はとっくに亜人に占領されていたかもしれない。

 マレウスの跳躍力を思い出す。

 なにせ、武術を修めているようにも見えない亜人の、素の身体能力があれなのだ。

 仮に体操術を習得したとして、どれほどの実力を身につけることができるのか。

 恐ろしいながらも興味があった。


「ティムへの換金、どーっすっかな。エルロンド金貨を一枚換金すれば、たぶん間に合うか」


「でしね」


「で、でも、だーいぶ少なくなってきた、……ね」


「金貨か?」


「うん……」


「そうは言っても、まだ五十枚はあったろ。麻痺してるけど、あれ一枚で一ヶ月以上余裕で暮らせるからな」


「そ、それはそうだけ、……ど」


「大きな買い物がしにくくなってきたのは間違いないでしね」


「うむ。とは言え、元が持ちすぎであったのだ。大金を持っていると知れたら、ろくなことにはならん」


「旅人狩りとかな……」


 ヘレジナが、複雑そうな声音で言う。


「ラーイウラでの一件に関しては、結果的には我々の成長に繋がったからよいが、だからと言って二度はごめんである……」


「──…………」


 上着の懐に手を入れる。

 そこには、返し損ねたネルのリボンがあった。

 サザスラーヤの血潮が染み込んで、もはや何色かもわからなくなってしまったリボンだが、俺の宝物の一つには違いない。

 北へ向かっているのだから、ラーイウラ王国は遥か後方だ。

 ネルとの日々に想いを馳せていると、プルが俺のほっぺたをつまんだ。


「……なんは、いひなり」


「な、なんとなく……」


 プルが、俺の頬から手を離す。


「なるほど、開戦の狼煙だな?」


 両手をわきわきさせながら、プルへとにじり寄っていく。


「きゃ、きゃー……!」


 楽しそうな悲鳴を上げて、プルが俺から距離を取った。


「や、ヤーエルヘル。たすけ、……てー!」


「ヤーエルヘル、捕まえろ!」


 互いに矛盾する指示だが、ヤーエルヘルは迷わなかった。


「ご、ごめんなし!」


 背後に隠れたプルを、ヤーエルヘルが羽交い締めにしたのだ。

 そこまでしろとは言ってないが、これはこれで美味しい。


「う、うらぎりものー……」


「ははは! ヤーエルヘルは、俺の忠実な部下よ!」


「しみません、プルさん……」


「さて、どう料理してくれようか……」


「へ、ヘレジナー!」


 御者台のヘレジナが、苦笑しながら振り返った。


「申し訳ありません、プルさま。今は少々道が曲がりくねっておりまして」


「ふぎゃ……」


「カタナ。あまりやり過ぎるでないぞ」


「わーってる、わーってる」


 プルの間近へと近付き、その両頬をふにりとつまむ。


「うに」


 もちもちのほっぺたをこね回しながら、俺は言った。


「……お前、人望ないな」


「ふにゃん!」


「冗談冗談」


 ぽん、と頭を撫でて、プルを解放する。

 そのとき、ヘレジナが明るい声を上げてこちらを振り返った。


「──見えたぞ! バレボロ、最後の集落だ。トレロ・マ・レボロへの国境でもある!」


「お、マジか!」


 御者台へ通ずる階段を上がると、遠くに大きめの集落が見えた。

 最初の町と同じくらいの規模に思える。


「すんなり通れりゃいいんだけどな……」


「マークがあるゆえ、問題あるまい」


「う、……うん! 今までも、す、すんなりだった、……し」


 ヤーエルヘルが、遠い目で集落を見つめる。

 彼女の目に映っているものは、きっと、その先にあるトレロ・マ・レボロなのだろう。

 二十年ぶりに訪れる故郷に対し、なんの感慨も抱かないはずがない。


「サルナバーレとトゥイレ、楽しみだな。俺も食べてみたい」


 ヤーエルヘルが、俺の顔を見上げ、笑顔を浮かべた。


「──はい!」


 無帰属地帯を除く北方大陸最北の地、トレロ・マ・レボロ。

 ヤーエルヘルの故郷まで、あと僅かだった。

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