3/トレロ・マ・レボロ -3 加齢臭
──夕刻、舗装道路から大きく離れた場所で、俺は騎竜の周囲に停留用の杭を打ち付けていた。
騎竜に〈動いては駄目だ〉と明示するための杭だ。
木槌を肩に担ぎ、客車内へと入る。
「お、おつかれ、……さま! かたな」
「これも鍛錬の一環よ」
「すごい」
客車内では、ヘレジナとアーラーヤ、ヤーエルヘルが、何事かを相談しているようだった。
「どしたー?」
ヘレジナがこちらを振り返る。
「ああ。獣除けの焚き火の可否。そして、寝ずの番を立てるか否か、決めかねていてな」
周辺一帯の地理を知っているアーラーヤが言った。
「ここら一帯は乾燥した草原だ。大型の肉食獣はいねえよ。獣除けって意味での焚き火は必要ないな」
「でも、焚き火をしないと、カタナさんが寝ずの番になったとき真っ暗でしよ? 灯術でもいいでしけど……」
「今夜に限っては、寝ずの番自体が必要ねえと思うぜ」
「理由を頼む」
「大型の肉食獣の危険がないことが一つ。次に、この道を通るって情報がパレ・ハラドナに漏れていないことが一つ。そして、ここがまだバレボロの影響下にあることが一つだ。バレボロのマークを塗ったくった騎竜車に、バレボロの傍で襲い掛かる馬鹿がいるとは思えねえな」
「なるほどな」
三人の会話に割って入る。
「危険性ならいくらでも挙げられるけど、揚げ足取りになっちまうよ。必要なときだけ寝ずの番を立てればいいんじゃないか? 油断しないことと過剰に心配することは違うしな」
「む」
「そう、でしね」
「カタナがそう言うのであれば、それでよかろう。アーラーヤの言葉にも説得力があるゆえな」
「オーケー、決まりだな」
記念すべきトレロ・マ・レボロでの一泊目は、どうやら安眠できそうだ。
プルの作ってくれた夕食をたらふく胃袋に収めたあと、男性陣と女性陣とで分かれて体を拭き、洗髪をし、寝る支度を整えた。
「──アーラーヤさん! あちしのベッド使ってくだし。あちし、誰かと一緒に寝ましから」
「いいって、気にすんな。俺は下で寝るわ」
「でも……」
「屋根があって、夜露に濡れない。それだけで天国っつーもんよ」
「なんだ。私たちに遠慮しておるのか?」
「いや、そーゆーわけでもなくてだな……」
「ど、どーゆーわけ、……です?」
ベッドが余っているのに、わざわざ床で寝ることはない。
「女性陣がいいって言ってんだから、いいだろ。ベッドがない頃なんて、起きたら目の前にヘレジナの寝顔のどアップとかたまにあったぞ。それに比べたら、しっかり距離を隔てて寝てる今なんか健全も健全だって」
ヘレジナが愕然とする。
「そ、そんなことがあったのか……?」
「お前、寝相悪いんだもん」
「そ、……それは、うん」
「でしね……」
「──ああ、そうか!」
何かに気付いたのか、ヘレジナが幾度も頷いた。
「だから、ヤーエルヘルが私のベッドに来る頻度が明らかに少ないのか……」
「──…………」
ヤーエルヘルが、そっと目を逸らす。
図星だったらしい。
「つーことだ。変に遠慮すんなよ、アーラーヤ」
「いや、……そのだなあ」
アーラーヤが、首の後ろを掻きながら、気まずそうに言う。
「遠慮じゃなくてだな」
「なくて、なんだ。ハッキリ言わんか」
ぼそりと、アーラーヤが答えた。
「……加齢臭が気になるんだよ」
「加齢臭」
意外過ぎる単語が出てきた。
「ヤーエルヘルちゃんのベッド使ったあと、臭いなんて言われて耐えられるか! なあ、耐えられんのかカタナ!」
「いや、まあ……」
加齢臭にはピンと来ないが、汗臭いとか言われたらショックではあるよな。
「い、言いませんよ……?」
「言われなくても、思われそうって時点で心が持たねえ……」
「そ、……そんなに……」
ヘレジナが、軽く驚いたように言う。
「加齢臭だのなんだの、そんなことを気にする性格であるとは思わなんだな……」
「俺も」
あまりに意外な一面だ。
「……三年くらい前に、肩車してやったヴェゼルに言われたんだよ」
「臭いって?」
「そのまんまストレートに言われたんなら、笑い話で済んだろうさ。それまで楽しそうに遊んでたのに、肩車してからあからさまにテンションが下がってな。こうだ」
アーラーヤが、すこし声を高くした。
「……今度、香油をプレゼントするね」
騎竜車内が沈黙に包まれる。
「当時十一歳のガキに気を遣わせるほど臭かったんだよ、俺はよう!」
ああ、これはきつい。
「それ以来、自分のニオイが気になっちまってな。遠慮してるとかじゃねえんだわ……」
「そ、そう、……だったんだ……」
「だから、俺のことは気にしないでくれ。そういう事情があるってだけだからよ」
「……まあ、そういうことなら」
「おら、さっさと上がれ。俺は寝る」
ごろん。
アーラーヤが、自分の毛布にくるまって横になる。
「え、っと。おやすみなさい、でし!」
「おやす、……み! くさいって思ったこと、ないよ!」
「気にしすぎだが、気になるものは気になるのであろうしな。ベッドは空いている。気が変わったら上がってこい」
「んじゃ、また明日な」
それぞれからの挨拶に、アーラーヤが寝転がったまま手を上げて応える。
皆と共に二階へ上がり、自分のベッドに腰掛けた。
「──…………」
自分の枕を嗅いでみる。
多少、汗臭い気もする。
「……明日、洗うか」
「かたなまで、き、気にしてるー……」
「カタナさん、くさくないでしよ?」
「ならいいんだけどな……」
だが、俺も決して他人事ではない。
十年後、アーラーヤと同じ悩みを抱いているかもしれないのだ。
「あ、あちし、今日はカタナさんと寝ましね……?」
「ああ、うん」
気を遣われてしまった。
「……私は私で、自分の寝相が悪かったことを知って、それなりにショックなのだが」
「そ、そこまでじゃない、よ!」
「いいのです、プルさま。私などに気を遣わずとも……」
「──…………」
なんだか、場が暗くなってしまった。
「……寝るか」
「そうだな……」
「う、うん。寝て、……忘れよ!」
ヘレジナの場合、起きたときに思い出しそうだが。
「じゃあ、カタナさん。今日もお邪魔しましね」
「おう、入れ入れ。ういやつめ」
「えへへ……」
ヤーエルヘルと共に、シーツと掛け布団の合間に体を滑り込ませる。
「抱き締めてくだし」
「あいあい」
ヤーエルヘルを抱き締めると、自然と腕枕の形になる。
「と、灯術、消す、……ねー」
プルの言葉と共に、騎竜車の二階が暗闇に包まれる。
再び就寝の挨拶を交わし、俺たちはベッドの中で目を閉じた。




