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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部六章 亜人国家トレロ・マ・レボロ
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3/トレロ・マ・レボロ -3 加齢臭

 ──夕刻、舗装道路から大きく離れた場所で、俺は騎竜の周囲に停留用の杭を打ち付けていた。

 騎竜に〈動いては駄目だ〉と明示するための杭だ。

 木槌を肩に担ぎ、客車内へと入る。


「お、おつかれ、……さま! かたな」


「これも鍛錬の一環よ」


「すごい」


 客車内では、ヘレジナとアーラーヤ、ヤーエルヘルが、何事かを相談しているようだった。


「どしたー?」


 ヘレジナがこちらを振り返る。


「ああ。獣除けの焚き火の可否。そして、寝ずの番を立てるか否か、決めかねていてな」


 周辺一帯の地理を知っているアーラーヤが言った。


「ここら一帯は乾燥した草原だ。大型の肉食獣はいねえよ。獣除けって意味での焚き火は必要ないな」


「でも、焚き火をしないと、カタナさんが寝ずの番になったとき真っ暗でしよ? 灯術でもいいでしけど……」


「今夜に限っては、寝ずの番自体が必要ねえと思うぜ」


「理由を頼む」


「大型の肉食獣の危険がないことが一つ。次に、この道を通るって情報がパレ・ハラドナに漏れていないことが一つ。そして、ここがまだバレボロの影響下にあることが一つだ。バレボロのマークを塗ったくった騎竜車に、バレボロの傍で襲い掛かる馬鹿がいるとは思えねえな」


「なるほどな」


 三人の会話に割って入る。


「危険性ならいくらでも挙げられるけど、揚げ足取りになっちまうよ。必要なときだけ寝ずの番を立てればいいんじゃないか? 油断しないことと過剰に心配することは違うしな」


「む」


「そう、でしね」


「カタナがそう言うのであれば、それでよかろう。アーラーヤの言葉にも説得力があるゆえな」


「オーケー、決まりだな」


 記念すべきトレロ・マ・レボロでの一泊目は、どうやら安眠できそうだ。

 プルの作ってくれた夕食をたらふく胃袋に収めたあと、男性陣と女性陣とで分かれて体を拭き、洗髪をし、寝る支度を整えた。


「──アーラーヤさん! あちしのベッド使ってくだし。あちし、誰かと一緒に寝ましから」


「いいって、気にすんな。俺は下で寝るわ」


「でも……」


「屋根があって、夜露に濡れない。それだけで天国っつーもんよ」


「なんだ。私たちに遠慮しておるのか?」


「いや、そーゆーわけでもなくてだな……」


「ど、どーゆーわけ、……です?」


 ベッドが余っているのに、わざわざ床で寝ることはない。


「女性陣がいいって言ってんだから、いいだろ。ベッドがない頃なんて、起きたら目の前にヘレジナの寝顔のどアップとかたまにあったぞ。それに比べたら、しっかり距離を隔てて寝てる今なんか健全も健全だって」


 ヘレジナが愕然とする。


「そ、そんなことがあったのか……?」


「お前、寝相悪いんだもん」


「そ、……それは、うん」


「でしね……」


「──ああ、そうか!」


 何かに気付いたのか、ヘレジナが幾度も頷いた。


「だから、ヤーエルヘルが私のベッドに来る頻度が明らかに少ないのか……」


「──…………」


 ヤーエルヘルが、そっと目を逸らす。

 図星だったらしい。


「つーことだ。変に遠慮すんなよ、アーラーヤ」


「いや、……そのだなあ」


 アーラーヤが、首の後ろを掻きながら、気まずそうに言う。


「遠慮じゃなくてだな」


「なくて、なんだ。ハッキリ言わんか」


 ぼそりと、アーラーヤが答えた。


「……加齢臭が気になるんだよ」


「加齢臭」


 意外過ぎる単語が出てきた。


「ヤーエルヘルちゃんのベッド使ったあと、臭いなんて言われて耐えられるか! なあ、耐えられんのかカタナ!」


「いや、まあ……」


 加齢臭にはピンと来ないが、汗臭いとか言われたらショックではあるよな。


「い、言いませんよ……?」


「言われなくても、思われそうって時点で心が持たねえ……」


「そ、……そんなに……」


 ヘレジナが、軽く驚いたように言う。


「加齢臭だのなんだの、そんなことを気にする性格であるとは思わなんだな……」


「俺も」


 あまりに意外な一面だ。


「……三年くらい前に、肩車してやったヴェゼルに言われたんだよ」


「臭いって?」


「そのまんまストレートに言われたんなら、笑い話で済んだろうさ。それまで楽しそうに遊んでたのに、肩車してからあからさまにテンションが下がってな。こうだ」


 アーラーヤが、すこし声を高くした。


「……今度、香油をプレゼントするね」


 騎竜車内が沈黙に包まれる。


「当時十一歳のガキに気を遣わせるほど臭かったんだよ、俺はよう!」


 ああ、これはきつい。


「それ以来、自分のニオイが気になっちまってな。遠慮してるとかじゃねえんだわ……」


「そ、そう、……だったんだ……」


「だから、俺のことは気にしないでくれ。そういう事情があるってだけだからよ」


「……まあ、そういうことなら」


「おら、さっさと上がれ。俺は寝る」


 ごろん。

 アーラーヤが、自分の毛布にくるまって横になる。


「え、っと。おやすみなさい、でし!」


「おやす、……み! くさいって思ったこと、ないよ!」


「気にしすぎだが、気になるものは気になるのであろうしな。ベッドは空いている。気が変わったら上がってこい」


「んじゃ、また明日な」


 それぞれからの挨拶に、アーラーヤが寝転がったまま手を上げて応える。

 皆と共に二階へ上がり、自分のベッドに腰掛けた。


「──…………」


 自分の枕を嗅いでみる。

 多少、汗臭い気もする。


「……明日、洗うか」


「かたなまで、き、気にしてるー……」


「カタナさん、くさくないでしよ?」


「ならいいんだけどな……」


 だが、俺も決して他人事ではない。

 十年後、アーラーヤと同じ悩みを抱いているかもしれないのだ。


「あ、あちし、今日はカタナさんと寝ましね……?」


「ああ、うん」


 気を遣われてしまった。


「……私は私で、自分の寝相が悪かったことを知って、それなりにショックなのだが」


「そ、そこまでじゃない、よ!」


「いいのです、プルさま。私などに気を遣わずとも……」


「──…………」


 なんだか、場が暗くなってしまった。


「……寝るか」


「そうだな……」


「う、うん。寝て、……忘れよ!」


 ヘレジナの場合、起きたときに思い出しそうだが。


「じゃあ、カタナさん。今日もお邪魔しましね」


「おう、入れ入れ。ういやつめ」


「えへへ……」


 ヤーエルヘルと共に、シーツと掛け布団の合間に体を滑り込ませる。


「抱き締めてくだし」


「あいあい」


 ヤーエルヘルを抱き締めると、自然と腕枕の形になる。


「と、灯術、消す、……ねー」


 プルの言葉と共に、騎竜車の二階が暗闇に包まれる。

 再び就寝の挨拶を交わし、俺たちはベッドの中で目を閉じた。

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