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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部六章 亜人国家トレロ・マ・レボロ
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2/第八州バレボロ -2 思いも寄らぬ名前

 俺たちは、マレウスの指示通りに停留用の杭を打ち、長の家へと続く階段を昇り始めた。

 置いて行かざるを得ない騎竜車が心配だったが、一度標的から外れると、以降は二度と狙われなくなるものらしい。

 マレウスの言葉をまるまる信用するのであれば、だが。

 音が届くかどうかはわからないが、いちおう神眼で警戒はしておくつもりだ。

 マレウスが、使用人らしき女性と数言ほど会話を交わしたあと、俺たちは長の家へと招かれた。


「──やあ、いらっしゃい」


 町の長は、柔和な笑みを浮かべる四十代ほどの細面の男性だった。


「まさか、マレウスが門番のときに無事に済む旅人が出るとはね。僕も驚きだよ」


「そ、……そんなに、追い剥ぎしてるんです、……か?」


「判断は、そのときの門番に一任してあるんだ。バレボロには、トレロ・マ・レボロへ通ずるものも含めて、九つの門がある。そのほとんどは、相手に問題がないようなら門番が近くの町へ連れて行くんだけど、マレウスはすこし気難しくてね」


「事前に危険分子を排除してるって言ってほしいナァ」


「──でも、理由はわかった気がするよ」


 長が、ヤーエルヘルの獣耳へと視線を送る。


「純人間と共に旅をする亜人。この第八州が目指す未来そのものだからね」


「なるほどな」


 マレウスが口を挟む。


「長。こいつら、バレボロを抜けてトレロ・マ・レボロに行きたいらしい。騎竜車にマークをつけてやりたいんだが、イイか?」


「マレウスがそうと決めたんなら、構わないさ。それと、彼らが望むのならね」


「マーク、……でしか?」


「アア。バレボロを象徴するマークだ。ペンキで塗る。ここを出て消したくなったンなら、上からまたペンキで塗り潰せ」


 ヘレジナが、興味深そうに尋ねた。


「ふむ。どんなマークなのだ? ダサければバレボロを抜け次第消してくれるが、センスが良ければ残すこともやぶさかではない」


「アア、それだ」


 マレウスが指差したのは、客室の壁に飾られていた赤い旗だった。

 国旗に近いものなのかと思いきや、テイストはグラフィティアートにも似ている。

 構図としては、七羽の猛禽と、中央にあるヒビの入った一つの卵。

 これが無理なく旗に収まっている。

 デザイナーの腕が光るマークだった。


「おお、悪くないではないか!」


「う、……うん! かっこいい……!」


「そう言ってもらえると嬉しいね。マレウス。職人を呼んで作業に入ってくれ」


「オウよ」


「二、三時間はかかるだろう。この館であれば、好きに過ごしてくれて構わないよ」


 俺は、営業モードで言った。


「ありがとうございます。たいへん助かります」


「いいんだ、いいんだ。バレボロでは、一度気を許せば皆仲間さ。それに、マレウスが認めたというのも面白いしね」


「そんなに通さないんでしか……?」


「そうだね。彼が案内人として旅人につくのは、いっそ初めてかもしれないな。別のパターンは一度あったけれど」


「別のパターン、ですか」


「ああ。相手が奇跡級の剣術士でね。マレウスは案内人にならなかったが、我々も何もできなかった。本物の奇跡級とはすごいものだ。魔力銃マナガンを持った町民たちを、怪我一つさせずに制圧してしまったのだから」


 強者の気配に、ヘレジナが目を輝かせる。


「ほう、なかなかやるではないか」


 今の話を可能とするには、最低でも奇跡級中位の実力が必要だろう。

 名のある剣術士であれば、ヘレジナが知っているかもしれない。


「その剣術士、名前は覚えていますか?」


「ああ、覚えているよ」


 そして、長が、あまりにも意外な名前を口にした。



「アーラーヤ=ハルクマータと名乗っていたね」



「──…………」


「──……」


「──………………」


「──…………」


 四者四様に沈黙する。


「ど、どうかしたかい……?」


「ああ、いえ! それ、たぶん知り合いで……」


「なるほど、そうだったか」


「アーラーヤがここを出立したのって、いつくらいか覚えていますか?」


「たしか──」


 長が、壁に貼られたカレンダーへと視線を向ける。


「今月の頭、くらいだったと思うよ」


 ほとんど入れ違いだった。


「まさか、あやつとニアミスするとはな……」


「いったい、なんの用があったのでしかね」


「理由は特に聞かなかったね。そもそも聞ける雰囲気でもなかったけれど」


 そりゃ、追い剥ぎしようとした相手だもんな。

 俺は、外の様子を気にしながら、長に尋ねた。


「ここで休ませていただけるのもありがたいのですが、是非、マークを描くところを見てみたいのです。よろしいでしょうか」


「ああ、いいと思うよ。神経質な職人でもない。むしろ子供に見られていると筆が乗るらしいからね」


「それはよかった」


 俺は、おもむろに椅子から立ち上がった。

 三人も俺に続く。


「それでは、失礼致します」


 全員で一礼し、長の家を出る。

 騎竜車の横に、職人がさっそく画材を広げ始めていた。

 マレウスが俺たちに右手を上げる。


「ヨウ。窮屈で出てきたか?」


「そいつもあるけど、騎竜車が心配でな。ほとんどの荷物は客車の中だ」


「ソラそうだ。町ぐるみで追い剥ぎするようなやつらの前だからナ。気を付け過ぎるってこたないさ」


 階段に腰掛けていたマレウスの視線は、職人へと向けられている。

 マークを描くのを見物していくようだった。

 のんびりとその様子を見学していると、やがて子供たちが集まり始めた。

 純人間も、亜人も、なんのしがらみもなく手を取って走り回っている。

 体操術を会得していない純人間の子供より、亜人の子供のほうが足が速く、力もある様子だったが、だからと言って威張る様子もない。

 階段に腰掛けて職人の作業を見守る姿に、なんの違いもなかった。


「──こいつらは、三世だ」


「三世?」


「アア。一世は、このバレボロを作りなすった始祖とその仲間たち。二世は、一世が成した子供たち。三世は、二世の子供たちのことだ。簡単だろ。もっとも、新しく入植するやつらもいるから、そこまでシンプルでもないけどナ」


「ふむ」


 ヘレジナが、先を促すように頷く。


「一世に理想郷は作れなかった。有象無象が掃き溜めに集まり、困窮しながらナントカカントカ生き延びただけだ。事実、一世での異種族同士の夫婦は、一組たりとも存在しない」


「ああ……」


 互いに忌避感があったんだろうな。


「次に、二世だ。オレ様たちのことだナ。二世は、産まれたときからバレボロで育つ。自分とは別の種族がすぐ傍にいる状態でナ。当然、嫌悪感は薄くなり、やがては純人間と亜人の組み合わせも出てくる。そして、三世──」


 マレウスが、周囲を見渡した。


「こいつらだ」


 前の段に腰掛けていた数人の子供たちが、不思議そうにこちらを振り返った。

 プルが、ぱたぱたと手を振ってみせる。


「な、なんでもない、……よー」


「バレボロは、本当に、本物の理想郷へ向けて舵を取り始めてる。そのためには、足枷となり得る異分子を、僅かでもバレボロに入れたくないのさ。オレ様はナ」


「……そっか」


 マレウスの印象がガラリと変わる話だった。

 ただ、気の向くままにわがままに、適当に門番をしているとばかり思っていたのだ。


「俺たちが目的地へ行く方法を見つけ出すまで、まだ時間がかかるかもしれない。そんときゃまた立ち寄って、どのくらい理想郷に近付いたか確認してやるよ」


「そいつはいいナ。なら、マークは消しておくなよ。また魔力銃マナガン持って囲まれるぜ」


「そ、それはイヤでしー……」


 ヤーエルヘルの困り顔に、俺たちは思わず笑い合った。

 職人がマークを描き終えるまで、飽きた子供たちとしばらく遊んだ。

 ナナイロのことが思い浮かんだが、もう、涙が溢れることはなかった。

 だんだんと立ち直ってきている。

 それが、嬉しくもあり、寂しくもあった。

 自分の中からナナイロが消えていくような気がしたからだ。

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