2/第八州バレボロ -1 第八州バレボロ
第七州東バルパルディと第八州バレボロとの州境は、補給を済ませた町から一日とすこしばかり進んだところにあった。
「──どう、どう」
手綱を引き、騎竜の足を止める。
岩肌の多い荒れた道に、有刺鉄線が数本張られているのが見えた。
ボロボロの看板には、こうある。
〈ハウルマンバレー新州バレボロ〉
〈ここを第八州と認むる者だけ進むべし〉
「ふうむ……」
客車へと通ずる扉から顔を出したヘレジナが、看板に目を通す。
「排他的であるな。とは言え、このままでは騎竜が進めん。鉄線を切ろうと思うが、周囲に人の気配はあるか?」
「ちょい待ち」
神眼を発動する。
過集中による視野狭窄がすぐに晴れ上がり、五感のすべてが鋭敏になる。
「──…………」
感じる。
呼吸音。
これは人間のものだ。
「ヘレジナ、手綱を頼む」
「相分かった」
ヘレジナと御者を交代し、俺は、荒れ果てた地面へと足を下ろした。
「──おーい!」
無警戒を装い、有刺鉄線の傍へと近付いていく。
「第八州バレボロを抜けて、トレロ・マ・レボロへ渡りたいんだ。ここを開けてくれ!」
声を掛け、しばし待つ。
すると、有刺鉄線の向こうにあった大岩の陰から、一人の男性が姿を現した。
「ヤアヤア、旅人諸君。この第八州を、ただの通り道か何かと勘違いしてはいないかナ」
どこか特徴のあるイントネーションで話す黒髪の男性の頭部には、獣の耳があった。
亜人だ。
ヤーエルヘル以外の亜人は初めて見た。
「州だって言い張るんなら、それらしいことをしてくれよ。第一州から第七州だって、普通に通らせてはくれるんだから」
「ふうん……」
男性が、有刺鉄線越しに、俺のことをじろじろと見つめる。
「あんま金持ってそうじゃねェなあ」
「通行料が必要なのか?」
「マア、建前上はナ。べつに払わなくても構わねェよ。バレボロじゃシーグルは使えねェ。要は、門番のオレ様が気に入るかどうか、だ」
「随分恣意的なことで」
「サ、全員騎竜車から降りてこい」
「──…………」
再び、神眼で気配を探る。
大岩の向こうに、もう二人。
降りたところで騎竜車を奪われてはたまらない。
「俺たちは四人で旅をしてる。もしもがあるから、一人は御者台に乗ったままでいいか?」
「ダメだ。全員降りナ」
思わず肩をすくめる。
「ヘレジナ。プル。ヤーエルヘル。素直に降りたほうがよさそうだ」
「は、はあ、……い」
「わかりました……」
ヘレジナが御者台から飛び降り、俺の隣に並ぶ。
プルとヤーエルヘルも同様だ。
「男が一人に、女のガキが三人──か」
「ガキではないわ!」
亜人の男性がヘレジナを無視し、ヤーエルヘルへと向き直る。
「端のガキ。帽子脱いでみナ」
「は、はい!」
ヤーエルヘルが、もぞもぞと帽子を取る。
可愛らしい獣耳がぴょこんと覗いた。
「思った通りだ。亜人ぽいツラしてたからナ……」
男性が、スッと右手を上げる。
すると、下っ端らしき男性と女性が駆けてきた。
軽く警戒するが、どうやら俺たちは彼のお眼鏡に適ったようだ。
有刺鉄線が外され、道が開かれていく。
「通ってヨシ。純人間と亜人がナカヨシコヨシしてる旅人なんざ、そうはいないしナ」
「サンキュー」
「こちとら仕事だ。礼も罵倒も受け付けてないぜ。ただし──」
ヘレジナがせっかちに尋ねる。
「ただし、なんだ」
「そろそろ交代の時間でナ。乗せてけ。代わりに道案内シテやる」
「──…………」
ヘレジナへと視線を送る。
ヘレジナが、こくりと頷いた。
この男性は、さしたる使い手ではない。
なんなら武術士ですらないかもしれない。
「わかった。御者台に乗ってくれ」
「アイアイ」
それなりに高い位置にある御者台に、踏み台を使わずに跳び乗る。
俺には到底不可能な芸当だ。
体操術を使わずにこの身体能力だとするならば、亜人という種族は純人間より遥かに優れているのかもしれない。
身近な亜人であるヤーエルヘルは、ほとんど純人間と変わらないため、今まで意識することはなかったのだが。
「それで、どこへ向かうのだ?」
御者台に昇りながら、ヘレジナが男性に尋ねた。
「ナーニ、すぐ近くの町よ。騎竜車なら、ここから二十分で着く」
「相分かった」
ヘレジナが手綱を振り、騎竜が歩みを再開する。
車内が緊張に包まれる。
だが、男性は平気な顔をして、煙草に火を点けていた。
亜人が魔術を使っているのだ。
これが、バレボロという場所なのだろう。
「……灰は落とすなよ」
「了解」
俺は、客車から御者台へと顔を覗かせながら、男性に尋ねた。
「バレボロって、評判通りの州なのか?」
立ったまま客車に背を預け、男性が答える。
「お前らがどんな評判を聞いたのかわからんから、答えられんナ。試しに言ってみ」
「そうだな……」
なるべくなら、機嫌を損ねない聞き方をすべきだろう。
「亜人奴隷から始まった、差別のない州。純人間と亜人とが偏見なく共に暮らす、ある意味では理想郷のような場所だ──と」
「ハハッ! そいつは言い過ぎだナ。共に暮らしちゃアいるが、区別はある。亜人は亜人でまとまって暮らすし、純人間は純人間でまとまって暮らすさ。マア、同じ町に住んでる時点で、外よりゃマシだけどナァ」
「そういうもんか」
「そういうモンよ」
騎竜車を二十分ほど走らせると、男性の言う通り、素朴な町が見えてきた。
建造物にどことなく手作り感が感じられるのは、恐らく気のせいではないだろう。
問題なく形にはなっているが、どこか洗練されていない。
そんな印象を受ける。
外に出ていた町民たちが、俺たちが乗る騎竜車を目にした瞬間だった。
──ザッ!
見える範囲にいたすべての町民が騎竜車を取り囲み、懐から取り出した何かの機械を俺たちへと向ける。
それは、現代世界で言う拳銃に似た形状をしていた。
さて、どうしようか。
この場を凌ぐことは容易だ。
不殺を貫いたとて、たかだか武装した一般人の二十名程度、叩きのめすのに造作はない。
取り敢えず様子を窺っていると、
「オラ、散れ散れ。こいつらは賓客だ。かっぱぐ相手じゃねェよ」
亜人の男性の一言で、町民たちが機械を下ろした。
その場の緊張が、一気に弛緩する。
「今、あいつらが構えてたのはなんだ?」
「あァん?」
亜人の男性が、呆れたように言う。
「町民全員に追い剥ぎされかけといて、次の台詞がそれかよ。のんきな兄ちゃんだナ」
客車の外、御者台にいたのが俺とヘレジナのみであった時点で、今のトラブルは危険には値しない。
冷静なのは当然だった。
「あれはナ。魔力銃って呼ばれてるモンだ。銃はわかるか?」
ヤーエルヘルが、客車から言葉を挟む。
「トレロ・マ・レボロで盛んに使われる、火薬を用いた武器──でしよね」
「アア、そうだ。ドッカの頭のいい誰かが、銃を見て思いついたんだろうさ。銃弾も火も必要ない、魔力の銃。術式の習得も制御も必要ない、魔術具の武器。すなわち、魔力銃。一般人が簡単にヒトゴロシになれる道具さ。その代わり、射程は短いけどナ」
「──…………」
俺は、ベディルスの言葉を思い出していた。
魔術具の最も卑劣な使い方。
それは、武器だ。
もしかすると、あの魔力銃とやらは、ベディルスが開発したものなのかもしれない。
「──しかし、賓客か。そこまで買われているとは思わなんだが」
「さっきも言ったろ。亜人と純人間がナカヨシコヨシで旅してるなんざ、このバレボロの理念を体現してるようなモンだ。だから、オレ様がわざわざついてきたってわけよ。お前らだけなら、さっきの通りだわナ」
「助かったぜ。ええと──」
男性が察し、自分の名前を告げる。
「マレウス」
「ああ、マレウス。俺たちこのままバレボロを抜けたいんだけど、村やら町やら通るたびに追い剥ぎまがいのことされるのか……?」
「ヨソモンだってバレればナ。でも、それを避ける方法はある」
「教えてくれ」
「──マ、そいつは長に許可取ってからだナ。ホラ、ここから見える高台の家だ。階段で上がるから、騎竜車は適当に杭打って停留しときナ」




