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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部六章 亜人国家トレロ・マ・レボロ
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2/第八州バレボロ -1 第八州バレボロ

 第七州東バルパルディと第八州バレボロとの州境は、補給を済ませた町から一日とすこしばかり進んだところにあった。


「──どう、どう」


 手綱を引き、騎竜の足を止める。

 岩肌の多い荒れた道に、有刺鉄線が数本張られているのが見えた。

 ボロボロの看板には、こうある。



〈ハウルマンバレー新州バレボロ〉

〈ここを第八州と認むる者だけ進むべし〉



「ふうむ……」


 客車へと通ずる扉から顔を出したヘレジナが、看板に目を通す。


「排他的であるな。とは言え、このままでは騎竜が進めん。鉄線を切ろうと思うが、周囲に人の気配はあるか?」


「ちょい待ち」


 神眼を発動する。

 過集中による視野狭窄がすぐに晴れ上がり、五感のすべてが鋭敏になる。


「──…………」


 感じる。

 呼吸音。

 これは人間のものだ。


「ヘレジナ、手綱を頼む」


「相分かった」


 ヘレジナと御者を交代し、俺は、荒れ果てた地面へと足を下ろした。


「──おーい!」


 無警戒を装い、有刺鉄線の傍へと近付いていく。


「第八州バレボロを抜けて、トレロ・マ・レボロへ渡りたいんだ。ここを開けてくれ!」


 声を掛け、しばし待つ。

 すると、有刺鉄線の向こうにあった大岩の陰から、一人の男性が姿を現した。


「ヤアヤア、旅人諸君。この第八州を、ただの通り道か何かと勘違いしてはいないかナ」


 どこか特徴のあるイントネーションで話す黒髪の男性の頭部には、獣の耳があった。

 亜人だ。

 ヤーエルヘル以外の亜人は初めて見た。


「州だって言い張るんなら、それらしいことをしてくれよ。第一州から第七州だって、普通に通らせてはくれるんだから」


「ふうん……」


 男性が、有刺鉄線越しに、俺のことをじろじろと見つめる。


「あんま金持ってそうじゃねェなあ」


「通行料が必要なのか?」


「マア、建前上はナ。べつに払わなくても構わねェよ。バレボロじゃシーグルは使えねェ。要は、門番のオレ様が気に入るかどうか、だ」


「随分恣意的なことで」


「サ、全員騎竜車から降りてこい」


「──…………」


 再び、神眼で気配を探る。

 大岩の向こうに、もう二人。

 降りたところで騎竜車を奪われてはたまらない。


「俺たちは四人で旅をしてる。もしもがあるから、一人は御者台に乗ったままでいいか?」


「ダメだ。全員降りナ」


 思わず肩をすくめる。


「ヘレジナ。プル。ヤーエルヘル。素直に降りたほうがよさそうだ」


「は、はあ、……い」


「わかりました……」


 ヘレジナが御者台から飛び降り、俺の隣に並ぶ。

 プルとヤーエルヘルも同様だ。


「男が一人に、女のガキが三人──か」


「ガキではないわ!」


 亜人の男性がヘレジナを無視し、ヤーエルヘルへと向き直る。


「端のガキ。帽子脱いでみナ」


「は、はい!」


 ヤーエルヘルが、もぞもぞと帽子を取る。

 可愛らしい獣耳がぴょこんと覗いた。


「思った通りだ。亜人ぽいツラしてたからナ……」


 男性が、スッと右手を上げる。

 すると、下っ端らしき男性と女性が駆けてきた。

 軽く警戒するが、どうやら俺たちは彼のお眼鏡に適ったようだ。

 有刺鉄線が外され、道が開かれていく。


「通ってヨシ。純人間と亜人がナカヨシコヨシしてる旅人なんざ、そうはいないしナ」


「サンキュー」


「こちとら仕事だ。礼も罵倒も受け付けてないぜ。ただし──」


 ヘレジナがせっかちに尋ねる。


「ただし、なんだ」


「そろそろ交代の時間でナ。乗せてけ。代わりに道案内シテやる」


「──…………」


 ヘレジナへと視線を送る。

 ヘレジナが、こくりと頷いた。

 この男性は、さしたる使い手ではない。

 なんなら武術士ですらないかもしれない。


「わかった。御者台に乗ってくれ」


「アイアイ」


 それなりに高い位置にある御者台に、踏み台を使わずに跳び乗る。

 俺には到底不可能な芸当だ。

 体操術を使わずにこの身体能力だとするならば、亜人という種族は純人間より遥かに優れているのかもしれない。

 身近な亜人であるヤーエルヘルは、ほとんど純人間と変わらないため、今まで意識することはなかったのだが。


「それで、どこへ向かうのだ?」


 御者台に昇りながら、ヘレジナが男性に尋ねた。


「ナーニ、すぐ近くの町よ。騎竜車なら、ここから二十分で着く」


「相分かった」


 ヘレジナが手綱を振り、騎竜が歩みを再開する。

 車内が緊張に包まれる。

 だが、男性は平気な顔をして、煙草に火を点けていた。

 亜人が魔術を使っているのだ。

 これが、バレボロという場所なのだろう。


「……灰は落とすなよ」


「了解」


 俺は、客車から御者台へと顔を覗かせながら、男性に尋ねた。


「バレボロって、評判通りの州なのか?」


 立ったまま客車に背を預け、男性が答える。


「お前らがどんな評判を聞いたのかわからんから、答えられんナ。試しに言ってみ」


「そうだな……」


 なるべくなら、機嫌を損ねない聞き方をすべきだろう。


「亜人奴隷から始まった、差別のない州。純人間と亜人とが偏見なく共に暮らす、ある意味では理想郷のような場所だ──と」


「ハハッ! そいつは言い過ぎだナ。共に暮らしちゃアいるが、区別はある。亜人は亜人でまとまって暮らすし、純人間は純人間でまとまって暮らすさ。マア、同じ町に住んでる時点で、外よりゃマシだけどナァ」


「そういうもんか」


「そういうモンよ」


 騎竜車を二十分ほど走らせると、男性の言う通り、素朴な町が見えてきた。

 建造物にどことなく手作り感が感じられるのは、恐らく気のせいではないだろう。

 問題なく形にはなっているが、どこか洗練されていない。

 そんな印象を受ける。

 外に出ていた町民たちが、俺たちが乗る騎竜車を目にした瞬間だった。



 ──ザッ!



 見える範囲にいたすべての町民が騎竜車を取り囲み、懐から取り出した何かの機械を俺たちへと向ける。

 それは、現代世界で言う拳銃に似た形状をしていた。


 さて、どうしようか。

 この場を凌ぐことは容易だ。

 不殺ころさずを貫いたとて、たかだか武装した一般人の二十名程度、叩きのめすのに造作はない。

 取り敢えず様子を窺っていると、


「オラ、散れ散れ。こいつらは賓客だ。かっぱぐ相手じゃねェよ」


 亜人の男性の一言で、町民たちが機械を下ろした。

 その場の緊張が、一気に弛緩する。


「今、あいつらが構えてたのはなんだ?」


「あァん?」


 亜人の男性が、呆れたように言う。


「町民全員に追い剥ぎされかけといて、次の台詞がそれかよ。のんきな兄ちゃんだナ」


 客車の外、御者台にいたのが俺とヘレジナのみであった時点で、今のトラブルは危険には値しない。

 冷静なのは当然だった。


「あれはナ。魔力銃マナガンって呼ばれてるモンだ。銃はわかるか?」


 ヤーエルヘルが、客車から言葉を挟む。


「トレロ・マ・レボロで盛んに使われる、火薬を用いた武器──でしよね」


「アア、そうだ。ドッカの頭のいい誰かが、銃を見て思いついたんだろうさ。銃弾も火も必要ない、魔力マナの銃。術式の習得も制御も必要ない、魔術具の武器。すなわち、魔力銃マナガン。一般人が簡単にヒトゴロシになれる道具さ。その代わり、射程は短いけどナ」


「──…………」


 俺は、ベディルスの言葉を思い出していた。

 魔術具の最も卑劣な使い方。

 それは、武器だ。

 もしかすると、あの魔力銃マナガンとやらは、ベディルスが開発したものなのかもしれない。


「──しかし、賓客か。そこまで買われているとは思わなんだが」


「さっきも言ったろ。亜人と純人間がナカヨシコヨシで旅してるなんざ、このバレボロの理念を体現してるようなモンだ。だから、オレ様がわざわざついてきたってわけよ。お前らだけなら、さっきの通りだわナ」


「助かったぜ。ええと──」


 男性が察し、自分の名前を告げる。


「マレウス」


「ああ、マレウス。俺たちこのままバレボロを抜けたいんだけど、村やら町やら通るたびに追い剥ぎまがいのことされるのか……?」


「ヨソモンだってバレればナ。でも、それを避ける方法はある」


「教えてくれ」


「──マ、そいつは長に許可取ってからだナ。ホラ、ここから見える高台の家だ。階段で上がるから、騎竜車は適当に杭打って停留しときナ」

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