1/ハウルマンバレー -9 大掃除
「──ィよし、と」
三人から託された荷物を騎竜車内へと積み込む。
背負い慣れた大荷物と、購入したばかりの四人分の外套だ。
本格的な冬用の装備とは言えないが、暦上の冬まではまだ三ヶ月以上ある。
さすがにトレロ・マ・レボロで冬を迎えるつもりはない。
必要ならば、必要になったときに買えばいい。
それが俺たち四人の結論だった。
三人娘は、それぞれ気になる店があるらしく、すこし覗いてくると言う。
荷物もあるし、長くなりそうな予感がしたので、俺だけ離脱してきたという次第だ。
「あー……」
思えば、風呂やトイレを除く一人の時間は久々だ。
危険を避けるという理由から、俺たちには可能な限りまとまって行動する癖がついている。
今は、ヘレジナが二人の護衛をしてくれているから、心配の必要はまったくない。
思う存分孤独を味わうことができる。
できるのだが、
「……掃除でもすっか」
読書もできなきゃ、スマホでぽちぽちゲームをすることもままならない。
だからと言って、一人寂しくお勉強するほど真面目でもない。
思いきり時間を持て余していた。
ホウキを手に取り、車内のホコリや抜け毛などをまとめてゴミ箱に捨てる。
女子は全員髪が長いので、まとめるとそこそこのボリュームがあった。
掃き掃除をしたあとは、雑巾を用いた拭き掃除だ。
床だけでなく、壁の装飾にあるちょっとした出っ張りなどの上に、思いのほかホコリが溜まっていて驚いた。
こんなところ、普段は見ないものな。
物資の整理、トイレ掃除、ベッドメイキング──思いつくまま気の向くままに、騎竜車内で整理・整頓・清掃・清潔の4S活動を行っていると、三人が戻ってきた。
「わ、……わっ。き、きれいになってるー……」
「ほんとでし!」
「おかえり」
二階からひょいと顔を出し、三人を出迎える。
梯子を使って一階へ降り立つと、ヘレジナが騎竜車内をぐるりと見渡した。
その表情は、豆鉄砲を食らった鳩によく似ていた。
「まさか、掃除をしておったのか……」
「暇で暇でさ」
「しかし、また、徹底的にやったものだ。綺麗になって初めて、汚れていたことに気付くものなのだな」
「掃除は得意なんだよ。前の会社で──」
ヘレジナが両耳を塞ぎ、首を横に振る。
「いい、いい。聞きたくない。お前のブラック企業エピソードは気が滅入って仕方がない」
「ドン引きさせようと思ったのに……」
プルが、俺の袖を引く。
「え、……と。か、かたな。お掃除ありが、……と!」
「ありがとうございまし!」
「気にすんな。単なる暇潰しだ」
「すまんな。今日は終日、私が御者をするゆえ、お前はのんびりしておけ」
「ああ、頼むわ」
預かり所の職員に騎竜を繋げてもらったあと、俺たちは国境沿いを後にした。
幅も広く、赤銅の街道並みに舗装されている三国街道を外れ、内陸を東進する予定だった。
御者台へ通ずる扉から流れ込む夏の終わりの風を感じながら、俺は三人に尋ねた。
「ところで、何の店に寄ってきたんだ?」
ヘレジナが、御者台から答えた。
「まず、私の要望で武器屋だな」
「武器──って、無銘の双剣って手入れ不要の魔術具だろ。あれ以上のモンなんてそうないと思うけど」
「武器を変えるつもりは毛頭ない。用事は鞘のほうにあってな。合金で造られた鞘を革で腰に吊っているのだが、その革がくたくたになっておったのだ。その依頼をな」
「ああ、なるほど」
「心ばかりの色を乗せて、一、二時間で済ませるよう頼んだ。これだ」
ヘレジナが立ち上がり、自分の腰回りを見せる。
まだ新しく、こなれていない革のベルトに、薄い金色に輝く合金製の鞘が収まっていた。
「いいじゃん」
「で、あろう?」
得意げに笑うヘレジナの隣で、プルが胸のあたりまで手を上げる。
「次は、わ、わたしのお店、……でっす」
「プルの店ではないだろ」
「わたしの用事の、お、お店!」
「何の店だったんだ?」
「と、時計屋さん。時計が、その。……見たくて」
「懐中時計か」
「ううん」
プルが首を横に振る。
「と、トレロ・マ・レボロは、ね。時計で、有名、……なんだよ!」
「へえー、そうなのか」
なんだか意外だ。
「ほら。神隠しの遺跡で、ヤーエルヘルの手首に、で、出てきた、時計があるよ、ね? あんな感じの、手首に巻けるサイズの腕時計を、つ、造れる技術。トレロ・マ・レボロにしか、なくて……」
「ああ、そうか。魔術を忌避しているからこそ、技術が発展してるわけか」
「そ、そゆこと……」
俺は、懐から愛用の懐中時計を取り出した。
「これも、トレロ・マ・レボロ製だったりすんのかな」
「金貨一枚と交換で、時刻のずれも少ないのであれば、トレロ・マ・レボロ製である可能性はありましよ。時計製作技術では、他の国より頭一つ抜きん出てましから」
「大事にしよ」
懐中時計を仕舞う。
「それで、腕時計は見られたか?」
「な、……なかった。ハウルマンバレーは、と、トレロ・マ・レボロの隣の国だから、あるかなって思ったんだけど……」
「そっか。トレロ・マ・レボロに行きゃ、たぶん売ってるだろ」
「そ、そうだ、……ね」
ヤーエルヘルへと向き直り、尋ねる。
「ヤーエルヘルは腕時計、見たことあるのか?」
「ないでし……」
「……ほんと、記憶が途切れ途切れなんだな」
「はい……」
「──…………」
この話題はヤーエルヘルが落ち込んでしまう。
元に戻そう。
「──んで、ヤーエルヘルの希望はなんの店だったんだ?」
「あ、楽器屋さんでし!」
「楽器屋……?」
意外なセレクトだった。
「はい。でも、楽器が欲しかったわけではなくて……」
ヤーエルヘルが自分の鞄から取り出したのは、ハンドクリームのようなサイズの容器だった。
「なんだそれ。軟膏?」
「これはでしね。革の手入れ用のオイルでし」
「あ!」
理解する。
「魔獣除けの手入れか!」
「でし!」
ナナイロが遺した魔獣除けの魔術具は、鈴のないタンバリンのような造型をしており、素材の九割が革だ。
六十年間地下室で起動し続けた魔獣除けの革は、確かに硬くなっていて、いずれ衝撃で割れてしまいそうな不安があった。
「革を張る打楽器ってよくありましし、楽器屋さんなら革の手入れができる道具があるんじゃないかって思ったんでし」
「それで、実際見つけたわけか」
「はい。手入れの仕方も教えてもらいましたよ」
「へえー、どうやるんだ?」
「あ、やってみましね」
二重の袋に包まれて大切に保管されている魔獣除けを取り出し、ヤーエルヘルがオイルの蓋を開く。
「まず、オイルを指に取って、中央から円を描くように塗っていきまし」
「ふんふん」
ヤーエルヘルの細い指が、白い脂を魔獣除けの表面に塗り広げていく。
「塗り終えたら、今度は手のひらで、マッサージをするように染み込ませていきまし」
「か、革、だいぶ硬くなってたから、やさしく、やさしーく……」
「はい!」
魔獣除けの表面に、オイルが擦り込まれていく。
その作業を終えたあと、プルがヤーエルヘルに端切れを手渡した。
「はい。て、手拭いてね」
「ありがとでし」
オイルを塗った面を床に触れないように置き、端切れで手を拭きながら、ヤーエルヘルが続けた。
「一晩オイルを染み込ませたあと、柔らかい布でべたつかなくなるまでよーく擦ったら、いったんおしまいでし。革の状態によっては、これを二、三回繰り返すのだとか」
「なるほど。思ったよりは簡単だな」
「あんまし専門的でなくてよかったでし……」
御者台からヘレジナの声が届く。
「しかし、六十年経っても変わらず作動し続けたというのは驚きだ。さすがナナイロと言ったところであるな」
「し、しかも、革! わたし、か、革の魔術具なんて、ベディルスさんの義術具くらいしか、し、知らなかった……」
「ああ、これな」
ズボンのポケットから灰燼術の義術具を取り出す。
「やっぱ、革に術式を刻み込むのって、一般的じゃないんだな」
「う、……うん。神代の品でも、き、金属のほうが多い、みたい」
「金属であれば、彫金の要領で術式を彫り込める。硬く丈夫であるから刻みやすいのであろうな。革のような柔らかいものに術式を刻み込むには、ナナイロやベディルスのような優れた技術が必要なのであろう」
「さすがナナさんでし!」
ヤーエルヘルが得意げにナナイロを褒める。
ナナイロのことを笑顔で思い出せるようになってきたようで、俺は心中で胸を撫で下ろしていた。
「えへへ……」
ヤーエルヘルが、オイルを擦り込んだ魔獣除けを掲げ、術式の刻み込まれた表面を見つめる。
その目は優しく、誇らしげだった。




