1/ハウルマンバレー -7 出入国審査
騎竜自体が巨体であるため、御者台の椅子は横に長く、公園のベンチを彷彿とさせる。
椅子の上で頬杖をつき寝転がりながら、俺は、延々と連なる無数の馬車と騎竜車とをぼんやり眺めていた。
くあ、とあくびが漏れる。
長い。
あまりにも、長い。
かれこれ三時間は並んでいるのだが、ここ一時間は微動だにしていなかった。
前のほうで何かトラブルでもあったのかもしれないが、こちらとしてはどうしようもない。
隣の列は比較的流れが速いため、なおさら理不尽が鼻についた。
「随分かかりましねー……」
客車へ通ずる扉から、ヤーエルヘルが顔を出した。
先程まではボードゲームで盛り上がっていたようだが、既に勝敗は決していたらしい。
「ウージスパインとハウルマンバレーの国境って、いつもこんなもんなのか?」
「しみません。あちし、ここは通ったことないので……」
「ああ……」
考えてみれば当たり前だ。
ヤーエルヘルは、二ヶ月前に初めてウージスパインの土を踏んだのだから。
ナナイロ仕込みの博識ぶりが功を奏してか、逆に徒となってか、ついなんでも知っているていで尋ねてしまう。
改めねば。
「ラーイウラから入ったときはすんなり──って言うか、そもそも俺たち以外に国境を抜ける人がいなかったからな。ここまで並ぶのって、いっそ新鮮だわ」
「アーウェンへは、お船でしたもんね」
「ああ。ウージスパインとアーウェンなんて、身分証すら出さなかったぞ。いいのかあれで」
「えと、どうなんでしょう……」
「むしろ、ハウルマンバレーくらい厳しいほうが当たり前なのかもな」
「そうかもでしね」
ヤーエルヘルがこちらへ近付いてきたので、身を起こす。
彼女は、俺の隣に腰掛けると、おもむろに話し始めた。
「前に話した、非公式の第八州の成り立ちにも通ずる話なのでしが……」
「ああ」
「以前、ハウルマンバレーとトレロ・マ・レボロのあいだで、とある条約が締結されました」
「とある条約?」
「通称エンティカ条約。四十六年前に締結された、抗魔の首輪を装着した者の出入国を禁ずる内容の条約でし」
ここでも抗魔の首輪が出てくるのか。
「条約締結以前、トレロ・マ・レボロでは、ラーイウラの旅人狩りによる亜人狩りが問題視されていました。亜人は基本的に純人間よりも身体能力が高いのでしが、魔術を忌避し、ほとんど使うことがありません。魔術を扱うことのできる純人間に、数を頼みに襲われれば……」
「簡単に捕まっちまう、と」
「はい。そして、亜人の身体能力の根本には、やはり魔力が関わっているらしく、ひとたび首輪を嵌められれば純人間かそれ以下の膂力となってしまいまし。そうなれば、逃げることは決して叶いません」
あのゼルセンは、自分を含め十八人で旅人狩りを行っていた。
いくら亜人の身体能力が高いと言えど、それだけの人数の純人間が揃えば、抵抗虚しく捕らえられてしまうことは容易に想像できる。
「トレロ・マ・レボロから亜人奴隷を移送するためには、ハウルマンバレーを通るか、パレ・ハラドナとパラキストリを横切るかしかありません。当然ながら、大回りになる上に二つも国を跨ぐ後者の経路はほとんど使われず、ハウルマンバレーを通る経路が好まれました。しかし、そこでトレロ・マ・レボロが声明を出したのでし。当時のラーイウラは何を言っても聞く耳持ちませんでしたから、ハウルマンバレーに、亜人奴隷の入国を拒否する条約の締結を求めました。それが、さっき言ったエンティカ条約でし」
「なるほどな。抗魔の首輪をしてるやつは、国境を通ることができない。そうすれば、亜人狩りも多少は治まるってわけだ」
「でしでし」
「──でも、さっき、出入国とか言ってなかったか? 入国だけでいいような気がするんだけど」
「そこは、……あんまりわかりません。政治の話になるので。ただ、ハウルマンバレーは、既に国内にいる亜人奴隷を資源として考えていたと、ナナさんは言ってました」
「……まあ、使い道ならいくらか思いつくしな。条約まで結んでやった上にタダで返してやる義理はないってことか」
「そんなかんじ、かなあって」
「なるほどな……」
だんだん、ハウルマンバレーという国の輪郭が見えてきた気がする。
「そして、第八州の話になりまし」
「お、待ってました!」
「第八州は、第六州と第七州、そしてトレロ・マ・レボロの国境と接していまし。第八州を興したのは、抗魔の首輪のせいでハウルマンバレーを出国できなくなった亜人奴隷や、同じ立場の純人間の奴隷たち。そこに、トレロ・マ・レボロを出奔した亜人や、スネに傷を持つ人々が集まり、さらには、孤児や乞食、障害を持つひとたちが噂を頼りにやってきました。つまり、社会から爪弾きにされたひとたちが集まる場所なのでし」
「ああ、そういう感じなのか……」
どこにも行き場のない人たちが、最後に行き着く場所。
それが、非公式の第八州なのだろう。
「第八州──その名をバレボロ。ハウルマンバレーとトレロ・マ・レボロを切り貼りして作られた名前でし。ある意味では、亜人と純人間が平等に暮らすことのできる理想郷なのかもしれません」
「バレボロ、か」
行くつもりはないが、見てみたくはあった。
不本意とは言え、純人間と亜人が協力して作り上げた街だ。
しかし、観光するような場所ではなさそうだし、治安も決してよくはないだろう。
好奇心に負けず、今はトレロ・マ・レボロへ向かうことだけを考えよう。
「──……ふァ……」
とは言え、眠気が止まらない。
「御者、ヘレジナさんにまかせて、ベッドで仮眠してきたらどうでしか?」
「そうすっかー……」
俺は、御者台の椅子から立ち上がり、ヤーエルヘルの頭を帽子の上から軽く撫でて、客車内へと戻った。
ハウルマンバレーの国境を越えるまで、実に七時間もかかった。
隣の列の進みが早かった理由を入国審査官に尋ねたところ、向こうは観光者ではなく輸送者だとひどく無愛想に言われた。
国を跨いだ輸送を行うのに、国境でいちいち突っ掛かってはいられない。
そのため、信頼の置ける輸送者に限り、最低限のチェックで通れるようにしているのだろう。
最後の最後にケチはついたものの、今日は夏の後節十四日。
俺たちは、予定より数日早く、ハウルマンバレーへと入国したのだった。




