2/エン・ミウラ島 -13 神代の遺跡
数秒に一度、一瞬だけ神眼に切り替えつつ、ひどく空気の湿った洞窟を進んでいく。
異変はすぐに、目に見えて表れた。
「……人工物?」
進めば進むほど、天然の岩肌が、石積みの壁へと置き換わっていくのだ。
「も、……もしかして、神代の、い、遺跡……?」
呟くようなプルの疑問に、パタネアが答える。
「このエン・ミウラ島は、もともと神代の遺跡の多い島です。正直ビックリではありますけど、地下に遺跡が広がってたとしても不思議ではないのかなって……」
「でも、納得の行くことは多いでし」
「ヤー姉?」
「あちしたちは以前、神代の迷宮に挑戦しました。そのとき、見たんでし。蟲の魔獣を産む壁を。魔獣の生産施設を」
「ああ。それならば、魚人の魔獣の異常な数にも納得が行く。ここは、魔獣の巣ではない。あれに近しい施設なのだろう」
「ここで、あの魔獣を産んでたのか……」
ナナイロが、自分の両腕を抱くようにして、ぞぞぞっと震えた。
神眼による警戒を続けながら、一本道の遺跡を行く。
道は僅かに傾斜し、進めば進むほど地下へと潜っていくように思われた。
体感で小一時間ほど進んだ頃、唐突に景色が変わった。
「螺旋階段だ……」
「地下へ地下へ、か。地竜窟を思い出すな」
「さ、災厄竜は、さすがにいないと思う、……けど」
「い、いたら人なんて住めてませんよお!」
そりゃそうだ。
地殻を穿つような、長い、長い階段を下りていく。
やがて辿り着いた最下層には、これまで以上に驚くべき光景が広がっていた。
「──なんだ、ここ」
壁を有機的に彩る無数のチューブ。
石積みの壁は金属製のものへと立ち替わり、千年もの時をまったく感じさせないほどに真新しく磨き込まれている。
にも関わらず、ふと顔を上げれば壮大な天井画が鮮やかに描かれており、不協和音じみた違和感がこの空間を満たしていた。
神話とSFが半端に融合したような世界観の遺跡だ。
「ふし、ふしぎな、場所……」
「長らく人の手に触れられず、地下深くにあるから風化もしない。ここは、現存する遺跡の中で、神代の面影を最も色濃く残した場所かもしれません。学術的価値は計り知れないと思いまし……」
「神代、ほぼそのままの遺跡か……」
非常に興味深い。
時間と余裕さえあれば調べて回りたいくらいだが、今は事態の解決が最優先だ。
「……しっかし、困ったな」
螺旋階段を下りきった先にあったものは、左右に分かれる丁字路だった。
「二手に分かれるわけにもいかん。そして、どちらへ行くべきかの指針もない。勘で決めるしかあるまい」
「そうだな。現状、神眼での索敵でも何も引っ掛かってないし」
「では、コインで決めるとするか。表が右、裏が左だ」
ヘレジナが、革財布から1シーグル銅貨を取り出し、指で弾く。
「──裏だ。左へ行くぞ」
「了解」
再び、俺を先頭、ヘレジナをしんがりとして、遺跡の内部を探索していく。
通路は直線ではなく、僅かに右側に湾曲している。
歩けども歩けども景色が変わったようには思われないため、曲率は一定だ。
もしかすると、このまま円を描くように一周し、あの螺旋階段のところまで戻るのかもしれなかった。
そんなことを考え始めたときだ。
「──……!」
声がした、気がした。
甲高い、子供の泣き声のように思えた。
足を止め、神眼を発動し耳を澄ます。
そして、左側──外周側の壁に耳を寄せた。
間違いない。
「子供が、いる。外周側の壁の向こうだ。扉を探そう」
「ほ、ホントですか!」
「ああ」
俺が頷くと同時に、パタネアが駆け出す。
だが、そこで素直に抜き去られるほど甘くはない。
俺は、神眼を即時発動し、パタネアの手首をしっかと握った。
「どわ!」
「気持ちはわかるけど、独断専行は駄目だ。ナナイロのこと言えないぞ」
「言えないぞー!」
「そ、そうですよね。すみません……」
「とにかく、外周側だ。扉を見落とさないようにしてくれ」
「はい!」
有機的に張り巡らされたチューブや、薄く発光する機械じみたもの。
それらが彩る壁は、さながら機械生命体の体内といった風情だ。
扉は、思いのほか早く見つかった。
「──あった!」
「よ、……よかった! 開けよう!」
「はい!」
力いっぱい頷いたあと、パタネアが固まる。
「……これ、どうやったら開くんでしょう」
扉らしき凹みには、ノブも取っ手も何もない。
つるつるとしたものだ。
だが、扉のすぐ隣には艶めいた白いタイルが設置されており、ちょうど手のひらが収まるサイズに見えた。
「もしかしたら、その隣の板に魔力を送り込むんじゃないか?」
「あ、なるほど」
パタネアが、タイルに手を当て、目を閉じる。
しかし、
「……開きません!」
「見ればわかる。魔力が足りなかったのではないか?」
「けっこう込めたんですけど……」
「んじゃ、おれもやるぞ!」
ナナイロが手を伸ばし、タイルに触れる。
その瞬間、前触れもなく、扉が左の壁へと収納されていった。
「……へ?」
「開いた! ナナイロ、えらい!」
「お、おう……」
「子供たちは──」
ナナイロの頭上から、室内へと顔を覗かせる。
そこに広がっていたのは、あまりにも意想外な光景だった。
まず目についたのは、天井から吊り下げられた豪奢なシャンデリアだ。
煉瓦造りの壁に囲まれたこの空間をシャンデリアが明るく照らし出し、その下には使いやすそうな丸テーブルが幾つも並んでいる。
六人は座れるソファが壁際に何台も設置されており、めいっぱい書物の詰め込まれた本棚の周囲には、色鮮やかな表紙の絵本が何冊も散らばっていた。
そして、何より、ここには子供たちがいた。
泣いている子もいれば、それを慰める年上の子もおり、大人しく読書に勤しむ子や、俺たちの存在に気付き笑顔で駆け寄ってくる子供もいる。
その数は、俺たちが診療所で見たよりも遥かに多い。
目の届く範囲だけでも数十名はいるのではないだろうか。
「みん、……な……」
パタネアの頬を、一筋の涙が伝う。
「──みんなッ! よかった、本当に……!」
パタネアが感激と共に部屋へ駆け入ると、さすがに俺たちの存在に気が付いたのか、子供たちが歓声を上げて集まってきた。
何度も肩車をしてあげた、先程誘拐されたばかりの男の子の姿もある。
無事だったのだ。
俺は、その事実に心の底から安堵すると、パタネアと子供たちのやり取りを見守ることにした。
「パタ姉! ……パタ、姉……っ!」
「来てくれた……!」
「うああ、ああ、ぶああああああ……ッ!」
パタネアもまた、マナナと同じように、子供たちに心から慕われている。
血筋なのかもしれなかった。
「よかったぞ……」
一歩引いてその様子を見ていたナナイロが、浮かぶ涙を必死で拭っていた。
そのとき、
部屋の奥にある扉が、
音も立てずに開かれた。
──顔を出したのは、あの魚人の魔獣だった。




