2/エン・ミウラ島 -14 701号
「──…………」
スゥ、と。
瞬時に神眼を発動し、無駄を削ぎ落とした走法で魔獣へと迫る。
なまくらの長剣を抜き放ち、魚人の魔獣へ燕双閃・自在の型を仕掛けようとしたとき、俺と魔獣のあいだに滑り込むものがあった。
それは、プルと同年代の少年のように見えた。
運動している物体を即座に停止させるほどの腕力が俺には備わっていないため、ギリギリで長剣の軌道を変更し、半月を描くように長剣の腹で思いきり床を叩く。
両手が痺れるのを自覚する。
「や……め、ッ!」
普通に、やめろと言いたかったのだろう。
だが、斬殺をギリギリ免れたとなれば、言葉が詰まるのも当然だった。
俺は、魚人の魔獣に八割ほどの注意を向けながら、少年へと話し掛けた。
「どうして庇う」
「はッ! ……はっ、は、……待って。こ、呼吸、整える……」
「──どうした、カタナ! その魔獣は!」
「だ、大丈夫でしか……!」
「わ、わ、……気を付け、……て!」
「……今のところ大人しい。大丈夫だ。この子が説明してくれるらしい」
「はあ、……はァ、ふゥ──……」
少年が深呼吸をし始めたとき、背後からパタネアの声が響いた。
「ライくんッ!」
「パタ、……ネア?」
パタネアが、魚人の魔獣も意に介さずにこちらへ駆け寄り、真正面から少年を抱き締めた。
「ぎゅむ!」
身長差から、その豊満な乳房が少年の顔面に押しつけられる。
正直に言おう。
超羨ましい。
「ライくん! やっぱり生きてた! ライくん、……ライくんだ……!」
少年が、二重の意味で顔を真っ赤に染めながら、必死でパタネアの腕をタップする。
「パタ姉、そろそろ窒息しちゃうぞ……」
「あっ」
ナナイロの言葉で我に返ったパタネアが、慌てて少年を離す。
「ご、ごごごご、ごごめん! もう会えないかもって、思ってたから……」
「ひッ、ひ、ふゥー……!」
ラマーズ法じみた呼吸法を何度か行い、少年がようやく平静を取り繕う。
「──パタネア、無事でよかった。まさか、こんなところで再会できるなんて」
「こっちの台詞だよ……」
浮かぶ涙を指先で拭いながら、パタネアが尋ねる。
「それに、ここは? その大人しい魔獣のことも気になるし、いろいろ聞かせてほしい。あたしたちは、みんなを助け出すためにここまで来たんだから!」
「……わかった」
少年が、子供たちに指示を出す。
「全員、子供部屋で遊んでてくれ。僕はパタネアたちと大事な話があるから」
一部の子供たちからブーイングが上がるが、比較的年かさの子供たちが素直に頷き、小さな子たちを誘導し始める。
「すごいな……」
完全に統率が取れている。
少年が苦笑した。
「こんなん、大したことないさ。長く一緒に暮らしてただけだ。701号、七人分の紅茶を頼むよ」
「──…………」
701号と呼ばれた魔獣が、頷きもせずにきびすを返す。
「地下とは言え、今日は満月でしのに……」
「701号は、満月を克服した個体なんだって。僕もよくは知らないけど、それで子供たちのお世話係になってる」
「なるほど……」
番号が付けられている。
と言うことは、魚人の魔獣は自然発生ではなく、誰かが意図的に生産していることになる。
きな臭くなってきた。
「まず、僕から自己紹介だね」
少年が立ち上がる。
「僕は、ライナン=ゼンネンブルク。パタネアの従弟に当たる」
そして、三十年後には、マナナの祖父となるわけだ。
「俺は、カタナ=ウドウ。剣術士だ」
「ヤーエルヘル=ヤガタニでし。徒弟級の魔術士でし」
「ぷ、プル、……でっす。治癒術士……」
「ヘレジナ=エーデルマン。剣術士。そして、このワンダラスト・テイルのリーダーでもある」
不思議そうな表情を浮かべるライナンに、補足する。
「俺たち四人の──いや、五人のパーティ名だよ」
「!」
ナナイロが目をまるくする。
「おれ……?」
「五人目のメンバー、だろ」
「──うんっ!」
満面の笑みで頷き、ナナイロが立ち上がった。
「おれは、ナナイロ=ゼンネンブルク。きおくそーしつの美少女だぞ!」
ああ、そうか。
ナナイロは、ライナンが第一次討伐隊として姿を消したあとに拾われたから、彼とは初対面なのだ。
「半年くらい前に、北の森の近くで倒れてるのを見つけて。記憶が戻るまで、あたしの妹ってことにしたんだよ!」
「そっか。よろしく、ナナイロ」
「よろしく!」
そのとき、701号が、隣の部屋からお盆を持って戻ってきた。
盆の上のティーカップからは、ほのかに湯気が立ちのぼっている。
「ありがとう、701号」
「ありがとうございまし!」
「──…………」
皆が口々に礼を言うなか、俺は701号の様子を観察し続けた。
701号も、他の魔獣も、外見上の違いはほとんどない。
異なる点と言えば、子供たちが作ったと思しきビーズのネックレスをしているくらいだろう。
そして、その事実は、取りも直さず701号が子供たちに慕われていることの証左でもあった。
ひとまず、信用しよう。
そう思った。




