2/エン・ミウラ島 -11 拉致
小一時間ほどして、森を出た。
「──…………」
再び、神眼で気配を探る。
周囲に、俺たち以外の人間がいる様子はなかった。
「大丈夫そうだ。黒ずくめの気配も、魔獣の気配もない」
「いっそ尾行してくれていれば、話は早かったのだがな」
「尾行が単独だったらな。まかり間違って一人でも逃せば、厄介なことになるだろ」
「それは確かに……」
「さ、ダーニャさんちに向かうぞ!」
機嫌よく駆け出したナナイロだったが、
「──ぎゃ!」
ようやく村はずれの住居が見えたころ、小さく悲鳴を上げた。
プルが、ナナイロの肩を抱く。
「こ、ここから、もう……?」
「ナナさん、さっきより敏感になっていませんか?」
「ふむ」
ヘレジナが軽く思案し、
「では、私はナナイロと共に残ろう。カタナたちは、パタネアから手掛かりを聞き出してきてほしい」
「わかった」
「す、すぐに戻ってくる、……から!」
「気を付けてくだし!」
「ああ、重々承知している」
「ナナさんも、無茶はしないでくださいね」
ナナイロが、神妙な顔で頷く。
「……うん、わかってるぞ」
ヘレジナとナナイロをその場に残し、俺たちは村落の中心部へと足を向けた。
ダーニャ氏の家は、決して豪邸ではない。
島民の集会所代わりに使われていたらしく、どこか公民館のような趣があった。
その家が、
「──……は?」
炭化した骨組みだけを残して、燃え尽きていた。
「……!」
「パタ、……ネア、さん?」
──パンッ!
呆然と立ち尽くしそうになる自分をなんとか鼓舞し、両頬を思いきり叩く。
「プル、ヤーエルヘル! 生存者の確保!」
「わ、わわわ、わかった!」
「はい!」
ぶすぶすと残り火の燻る火災現場に足を踏み入れる。
犠牲者は、いない。
いないはずだ。
ワンダラスト・テイルの伝説に、犠牲者のことは一人として記されてはいなかったから。
だが、嫌な考えが脳裏をよぎる。
伝承される過程で削ぎ落とされただけだとしたら?
いや──
俺たちが過去を違えて、本来出ないはずの死者が出てしまったとしたら?
「──…………」
かぶりを振る。
考えても仕方がない。
今は、人命が優先だ。
幸い、目に見える場所に死体はなかった。
「地下は──」
周囲を見渡す。
「……地下は、どこだ?」
炭化した瓦礫に埋もれ、地下室への入り口は見当たらない。
かつて家具だった炭をざくざくと踏み荒らしながら地下室を探していると、
「──ぱ、パタネア、……さんッ!」
快晴の空に、プルの声が響いた。
「プルさん! ど、どこでしか!」
ヤーエルヘルと共に、声の元へと駆け出す。
プルは、敷地の隅にある立木の傍に膝をついていた。
火災を免れた木の根元に、
「──……う」
パタネアが縛られ、転がされていた。
「……プル、さん……?」
「い、痛いところ、……ありませんか?」
「みんな、が……、みんながさらわれて……!」
パタネアの両の瞳から、大粒の涙が溢れる。
「……縄を切る。動かないでくれ」
パタネアが力なく頷いた。
切れ味の悪い長剣で、なんとか彼女の拘束を解く。
「あ、う……、ううう……!」
縄による擦り傷のついた手で、パタネアが自分の涙を拭う。
「……ち、治癒、……します」
プルがパタネアの手首に触れると、赤みは一瞬で取れた。
「つらいと思いましが、何があったか教えてくれませんか?」
「は、い……」
わずかに嗚咽をこぼしながら、パタネアが口を開く。
「……皆さんが入り江に向かってから、すこし経った頃でしょうか。油断、していたんです。気が付いたら、探検好きな子が一人でいなくなっていて。あたしたちは他の子の面倒で手一杯でしたから、マナナさんが外へ探しに行ってくれたんです」
「マナナが……」
あの人ならば、そうするだろう。
目に見えるようだった。
「しばらくして、マナナさんの大声が聞こえました」
「──…………」
「幸い、悲鳴ではなかった。ただ大声で叫んだだけ。たぶん、あたしたちに危険を知らせようとしてくれたんだと思います。今ならわかる。隠れろなんて言ったら、あたしたちが潜んでいることを知らせるようなものですから。でも──」
パタネアの頬を、再び涙が伝う。
「……あたしは、馬鹿だった。みんなに魔獣除けを持たせて地下室へ避難させたあと、単身でマナナさんたちを助けに出たんです」
思わず声が出た。
「無茶だ」
「……はい」
目を伏せて、パタネアが言う。
「無茶、でした。マナナさんたちは、そう遠くない場所にいた。あたしは、ダーニャさんの家から出るところを、黒ずくめに見られてしまったんです。黒ずくめは、地下室にいた人たちを捕らえたあと──」
パタネアが、焼け落ちた家に視線を送る。
あとは聞くまでもない。
「……さらわれたのは、全員か?」
「はい、そのはずです」
よかった。
地下室に取り残された子供はいないのだ。
「──…………」
じっと地面に視線を落とすパタネアを見ながら、思う。
限られた時間の中で、少ない情報に頼って、最善の判断を下すことは難しい。
導き出した最善のはずの策は、容易に最悪の結果へと繋がる。
それは、先の一件を鑑みても自明だ。
パタネアは勇敢だった。
だが、今回は、それが徒となってしまった。
「気にするな──なんて言っても、気にするよな。だから、早く皆を助けよう。その罪悪感が、せめて短く済むように」
「……はい」
パタネアに手を差し出し、助け起こす。
「あの、さっきから気になっていたのでしけど……」
ヤーエルヘルが、思案しながら尋ねた。
「どうしてパタネアさんだけ助かったのでしょう」
「それ、は──」
パタネアが、僅かに逡巡する。
「あたしを縛った黒ずくめが、言ったんです」
そして、意を決したように口を開いた。
「すまない、パタネア──って」
俺たちは、思わず顔を見合わせた。
「黒ずくめが?」
「あたしには、その声に聞き覚えがありました。父、だと思います」
プルが、呆然と呟く。
「ぱ、パタネアさんの、お父さん……」
「……はい」
「──…………」
どういうことだ。
パタネアの父親が黒ずくめの一味だとすれば、第一次討伐隊自体が怪しくなってくる。
北の洞窟には、何がある?
あの魚人の魔獣は、いったいなんなのだろう。
俺たちは、黒ずくめと魔獣とをただ討伐すればいいと考えていた。
だが、エン・ミウラ島の抱える問題は、そんなに単純なものではないのかもしれない。
「い、いくつも、気になるところはあるけど……」
プルが、俺たちを顔を見回す。
「ど、洞窟が、北の入り江にあ、あるなら、わたしたちが、マナナさんたちを連れてく、く、黒ずくめに気付かないはず、ない、……よね?」
「そうでしね……」
「パタネア。北の入り江に洞窟の入り口がなかったんだよ。他にそれらしい場所って思いつくか?」
パタネアが目をまるくする。
「なかった──ん、ですか?」
「少なくとも、砂浜から見える位置にはな」
「──…………」
しばし思案し、パタネアが顔を上げる。
「……そうだ。前に小舟で島を一周したとき、北の断崖の真下に岩場があった気がします」
北の断崖。
それは、俺たちが入り江を一望した場所だ。
「あそこか……!」
灯台下暗しとはこのことだ。
「どこかから、み、道は繋がって、……る?」
「たぶん、西側から海沿いを行けば……」
「あれ?」
ヤーエルヘルが小首をかしげる。
「島の北側へ、小舟で行ったのでしか?」
パタネアが不思議そうに答えた。
「えと、それがどうかしましたか?」
「エン・ミウラ島の北って、魔獣の海域では……」
「あ、それは大丈夫です。小舟で回ったのは、あたしが子供のときのことですから。まだ魔獣の巣がない頃ですね」
「──…………」
思わず二人と顔を見合わせる。
どこか、話が噛み合わない。
「……エン・ミウラ島の北部には、渦を描く海流がある。これは間違いないか?」
「は、はい。よく御存知ですね……」
「俺たちは、そこが、魔獣の海域になってるって聞いてたんだけど……」
「?」
パタネアが、不思議そうに答えた。
「あそこは漁場ですよ。回遊魚がぐるぐる回って成長するから、北側の海なのに大物がよく獲れるんです」
「え、……と。ほ、本島行きの定期船は、どのくらいの頻度で、出ていたんです、……か?」
「定期船はなかったです。なにせ近いもので、用事があればすぐに誰かが船を出してくれましたから……」
「──…………」
六十年後と、あまりに事情が異なっている。
この六十年で、エン・ミウラ島に何があったと言うのだろう。
だが、それを熟考している暇はなかった。
「──今重要なのは、海岸沿いを西から攻めれば洞窟の入り口が見つかる可能性があるってことだ。気になることは多いが、この場で考えて答えが出るたぐいの疑問じゃない。パタネア、道案内頼めるか?」
「ま、まっかせてください! 一刻も早く、みんなを助けましょう!」
パタネアの言葉に、瞳に強い意志を湛えた皆が頷く。
黒ずくめの正体も、魚人の魔獣が増えた理由も、何もかもわからない。
わからなくても時計の針は回る。
わからなくても事態は進んでいく。
俺たちは、何もわからないまま、魔獣の巣へと無防備に飛び込んでいくしかないのだ。




