2/魔術大学校 -1 冬華寮
自分に必要な授業のみを選択する尋常科と異なり、全優科では、提示されるすべての授業において一定の成績を修めなければならない。
日本で言うところの高校と大学を掛け合わせたようなカリキュラムで、八歳から十一歳までの初等部、十二歳から十五歳までの中等部、十六歳から十九歳までの高等部とに分かれており、同じ課程であれば年齢関係なく同じ授業を選択することができる。
各授業の修了試験において良い成績を修められなかった場合、二年までの留年が認められる。
初等部、中等部、高等部に、最長でそれぞれ六年まで通えるということだ。
全優科を卒業するためには、すべての授業を取る必要がある。
にも関わらず編入制度があるのは、全優科において幾つの教科を修めたかすら一種のステータスとなるからだ。
たとえ卒業できなくとも、在籍していた事実だけで箔が付く。
それが、ウージスパイン魔術大学校全優科である。
「──…………」
ふと目を覚まし、異様に低い天井に驚く。
そして、すぐに思い出す。
自分が二段ベッドの下側で眠ったことを。
「……ふァ……」
あくびを手で隠しながらベッドから降りる。
「──あ、お、おはようございます」
すると、既に制服を着込んだイオタが挨拶をしてくれた。
「ああ、おはよ……」
「ゆ、昨夜、眠れました、か……?」
「ま、それなりに。寝るの得意だからさ」
「ぴぃ!」
シィが天井を飛び回り、やがてイオタの肩に止まる。
「シィも、おはよう」
「ぴ!」
シィが、翼を広げて挨拶してくれる。
可愛いものだ。
俺たちがいるのは、全優科の寮の一つである冬華寮の一室だ。
イオタはもともと二人部屋に一人と一匹で住んでいたため、都合がよかった。
「急に転がり込んで、悪かったな。護衛とは言え」
「いえ、そ、それは構わないんですが……」
イオタが目を伏せる。
「……か、カタナさん。ぼくと、い、いっしょにいないほうが、いいですよ」
「そういうわけにもいかないだろ。こちとら仕事だ。そして、今回の護衛対象はイオタだ。悪いけど、四六時中一緒に過ごすことになる」
「そ、それは、そうなんですが……。ぼ、ぼく、その……」
言いにくそうに、口を開く。
「あ、あんまり、好かれてないので……」
「あー……」
イオタは控えめに言ったが、そういうことなのだろう。
どこの世界でも変わらないな。
「なら、余計にだな。そういうものからも守らないと」
「──…………」
イオタが、嬉しそうな、悲しそうな、複雑な表情を浮かべる。
「しッかし、あの爺さんすげえな。まさか即日ねじ込んでくるとは……」
ベディルスから依頼を受けたのが昨日のこと。
承諾後、すぐさま大学校へ連れて行かれ、あれよあれよと言う間に翌日から編入ということに相成った。
既に制服まで手元にある。
「……イオタが高等部で助かった。俺、二十九よ。もうすこしで三十よ。高等部だって相当痛々しいと思うけど、中等部か初等部だったらこの依頼投げてたかも」
驚いたのは、イオタが十七歳だったことである。
ヘレジナという前例があるから顔にこそ出なかったが、ヤーエルヘルと同じくらいだと思い込んでいたので、すこしばかり動揺してしまった。
「ま、まあその、二十歳を越えても通い続ける生徒は一定数いるので……」
「全優科のある大学校はネウロパニエにしかないのに、俺はどこで留年しまくっていたんだ」
「そ、そのあたりは、おいおい設定を作っていくということで……」
唐突に思い出す。
「──あ、そうだ。イオタ、鱗はどうなった?」
「は、はい」
イオタが、袖をまくって見せる。
「薬が効いた、みたいです」
「変な病気だよな。鱗ができるなんて」
「む、昔から、たまになるんです。お爺ちゃんは、先天性だって」
「そっか……」
魚鱗癬、という難病がある。
全身の皮膚が乾燥し、鱗状になったり剥がれ落ちたりする病気だ。
しかし、イオタの場合は鱗状ではなく明らかに鱗だったし、薬の一つで治るのも不可解だ。
あの薬、なんだったのだろう。
ふと、愛用の懐中時計を開く。
まだ余裕はあるが、筋トレや朝風呂は難しそうだ。
体を動かさないと気持ちが悪いのだが、仕方ない。
俺は、寝間着として愛用している着心地の良い服を脱ぐと、新品の制服に袖を通し、姿見の前に立った。
白いズボンに、白い上着。
俺の知る学生服とは異なるが、全体の印象は似通っている。
まず思ったのは、
「……学園ものAVの竿役みてえ」
恐らく、こなれていない制服のためだ。
制服は長く使うものだ。
そのため、生地や縫製に特別な技術を用いる場合が多く、その丈夫さのために、しばらくのあいだはお仕着せのようになる。
もっとも、こなれるまで通うつもりもないのだが。
「さおやく、ですか?」
「すまん、独り言だ。忘れてくれ……」
口に出ていたらしい。
気を付けねば。
「……しかし、なあ」
姿見の前で軽く動いてみる。
「きっついわ、これ。何が悲しゅうて三十路も近くなってから学生のコスプレして学校潜入しなきゃならないんだ……」
「す、すみません! 本当に、すみません……」
「あ──」
今のは明らかに失言だった。
「……悪い。イオタの護衛をするのが嫌ってわけじゃないんだ。ベディルスさんとの契約もある。ただ、この年になって学生服を着てる自分を見てみたら、あんまり滑稽だったからさ」
「──…………」
身長のすこぶる低いイオタが、俺を見上げる。
「た、たしか、二十三歳で通すんですよね」
「留年留年と重ねれば、いちおう二十五歳まで全優科に通えるんだろ。イオタは二年生だから、四年生で二十五になるように逆算すれば、ほら二十三歳だ」
「たしかに……」
「……問題は、二十三歳ですら六歳も鯖読んでるってことなんだよな」
「で、でも、二十三歳ならそこまで違和感ないですよ。むしろ、実年齢に驚いたくらいで……」
「それならいいんだけどな……」
イオタが気を遣っている可能性もあるし、出来る限り目立たずに学生生活を送るとしよう。
「そう言えば、朝食はどうするんだ?」
「あっ」
「あ?」
「す、すみません。ぼく、いつも食べないので。食堂、ま、間に合わない、です……」
「そうなのか。べつに一食くらい抜いたって平気だから、気にすんな」
「すみません、すみません……」
「時間あるなら、早めに出ようぜ。担任教官に挨拶しろって言われてるんだ。案内してくれると嬉しい」
「……はい!」
「ぴぃ!」
「お前はどうするんだー?」
シィの首元を掻いてやりながら、尋ねる。
「し、シィは、留守番です。さすがに連れて行けないので……」
「そりゃそうか」
シィに見送られ、イオタの部屋を出る。
廊下では、数名ほどの寮生が立ち話をしていた。
冬華寮は総勢六十名程度の小さな男子寮だ。
転入生が珍しいのか、それとも俺が珍しいのかわからないが、とにかく視線がまとわりついてくる。
少年たちよ、君たちが目に焼き付けておくべきものは他にいくらでもある。
だから、俺のことなど無視してくれ。
俺たちは、どうにも居心地の悪い冬華寮を、逃げるように後にした。




