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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部二章 遺物三都
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1/ネウロパニエ -終 交換条件

「──デイコスに襲われた?」


 ヘレジナの眼光がイオタを射抜く。


「す、……すみません、……けほッ」


「いや、お前を責めているのではない」


 プルが、不安そうに口を開く。


「け、……結局、関わっちゃった、……ね」


「……イオタさん、大丈夫でしか?」


 仔竜──シィを胸に抱いたヤーエルヘルが、イオタの顔を心配そうに覗き込んだ。


「けほ、げほッ、……だ、大丈夫、です。く、薬を、飲めば……」


「常備しておらんのか」


「……こ、こうなる、の……けほ、久し振り、な、なので……。し、しばらく、平気──げほッ、だったんですが……」


「わかった。あんまり喋らなくていいぞ。つらいだろ」


「──…………」


 本当につらかったのか、イオタが口を閉ざす。

 ひゅう、ひゅうという喘鳴が、かすかに耳朶を打った。


「とりあえず、道案内だけ頼むわ。話すのが大変なら、指で差すだけでいい」


「……、は、はい……」


 イオタに導かれるまま、ネウロパニエを行く。

 目抜き通りを抜けると、見覚えのある路地に差し掛かった。


「……そ、そこの路地……、です」


「──…………」


「……えー」


 俺たちは、思わず顔を見合わせた。


「……イオタ。参考までに、お前のお爺さんの名前と職業、教えてくれない?」


 イオタが、戸惑うように間を空けて、答えた。


「……べ、ベディルス=シャン。けほ、けほッ、じゅ、術具士……、です」


「やっぱりか……」


 恐らく、あの人に間違いないだろう。


「なんというか、奇遇でしね……」


「……ご、御存知、……でしたか……?」


「さっき挨拶した、というか」


 まあ、いい。

 今はイオタのことが先決だ。

 裏路地に足を踏み入れ、奥まった場所にあるビルの一室を再び訪れる。


 ──コン、コン。


「すみませーん!」


 ──コン、コン。


「ベディルスさん、いますか!」


 反応はない。


「いないか……」


「カタナ」


 ヘレジナが前へと進み出る。


「こんなものは、こうすればいいのだ」


 そう言って、



 ──ドンッ!



 ヘレジナが、思いきりドアを蹴破った。


「おい、ベディルス! 貴様の孫を連れて来た! 薬とやらを早く持ってこい!」


 ヘレジナの怒号が店内に響く。

 瞬間、光の矢が俺の頬をかすめた。

 見えていた。

 首をかしげて、避けたのだ。

 見れば、整然とした店の奥で、ベディルスが光の弓矢を構えている。


「孫を下ろせ。死にたくなければな」


「──…………」


 無言でイオタを下ろす。


「……や、やめて……、けほッ! こ、この人、たちは……」


「イオタ、こっちへ来い」


「お、おじ……、ちゃ……、ゲホッ!」


「こっちへ来い!」


 営業モードの笑顔を作る。


「ほら、イオタ。行け」


「う……」


「失礼しました。私たちは、イオタさんを送りに来ただけです。すぐに失礼いたしますので」


「──…………」


 そのとき、

 ベディルスが、

 光の矢を放った。



 ──プルへ向けて。



 神眼を発動する。

 放たれた光の矢を、右手のひらで受け止める。

 威力は極小。

 火傷を負っただけだ。

 だが──


「……なんのつもりだ」


 声が低くなるのを自覚する。


「──お前、デイコスの手の者だな」


「貴様……ッ!」


 ヘレジナが双剣を構える。


「痛みに眉一つ動かさん。それに、気に入らない目をしている。人殺しの目だ」


「それで?」


 わかっている。

 これは挑発だ。

 頭では理解しているのに、プルを狙われたことが許せない。


「や、やめてくだし! カタナさん! ヘレジナさん!」


「ぴぃ! ぴぃ!」


 ベディルスの視線がヤーエルヘルを射抜く。


「シィを離せ、小娘」


「は、はい!」


 ヤーエルヘルが、慌ててシィを宙へと離す。

 シィは、店内をぐるりと旋回し、再びヤーエルヘルの頭上に降り立った。


「ぴぃ」


「シィちゃあん……!」


「私は魔術に長けている」


 ベディルスが、再び光の弓矢を構える。


「今度は、人体を貫通する一撃を放つ」


「──…………」


「小娘どもを守りたければ、とっとと失せろ」


「背後から攻撃しない保証は?」


「知るか」


「──…………」


「──……」


 膠着する。

 対処は簡単だ。

 ベディルスを無力化する方法はいくらでもある。

 だが、イオタの祖父である事実と、この膠着が勘違いから生まれたものであるという事実が、俺にその方法を選択させなかった。

 やがて──


「──や、やめてッ!」


 イオタが、俺たちをかばうように前に出た。


「イオタ、退け」


「ど、ど、どかないッ!」


「退け」


「こ、この人たちは、ぼくを……! ぼくを、助けてくれたんだ……ッ!」


 イオタの悲鳴にも似た叫びが、店内に響き渡った。


「──…………」


 ベディルスが、光の弓矢を消す。


「ならば、そう言え」


「言ったではないか! 送りに来ただけだと!」


「ふん」


「こいつめ……!」


「ま、……まあ、まあ」


 プルがヘレジナを宥める。


「──げほッ! けッ! けほ、げほ、ごほ……ッ!」


 先程の叫びが肺に響いたのか、イオタがその場に膝をつき、咳き込み始めた。


「イオタさん!」


 ヤーエルヘルがイオタの背中をさする。


「──ベディルスさん、薬を! 早く!」


「……ああ」


 ベディルスが、戸棚の奥から薬包を取り出した。


「イオタ、口を開けろ」


 イオタの顎を持ち上げ、薬包から黒い粉薬を口へ流し込む。

 ベディルスの操術が、グラスの水を口元へと運んだ。


「飲め」


「けほッ……」


 そうして、イオタは、なんとか薬を飲み込むことができた。


「イオタをソファに寝かせます。いいですね?」


「ああ」


 イオタを抱え上げ、古びたソファに横たえる。

 水を飲んだことで咳は一時的に治まったが、よほど体力を削られたのか、イオタはぐったりとしている。

 気絶しているわけではないが、会話をする気力もないらしい。

 あとは薬が効いてくれればいいのだが。


「──それで」


 ベディルスが、作業机と揃いの椅子に腰掛ける。


「お前たちは、なんだ」


 ヘレジナが即答する。


「ただの客だ」


「──…………」


 ベディルスが、話にならんとばかりに俺に視線を向ける。


「貴様ァ!」


「へ、ヘレジナ。お、おち、落ち着いて……」


 ヘレジナの扱いはプルに任せて、ベディルスの問いに答える。


「ただの客、と言うのは本当です。ニャサのユーダイさんから紹介を受けて、ここへ来ました。イオタとは昨夜、たまたまホテルで知り合いまして。それで、先程図書館へ行ったらイオタが襲われているのを見掛けたので、助けたんです。それだけですよ」


「──…………」


 ベディルスが、値踏みをするように俺を見る。

 そして、


「……すまなかった」


 そう、素直に謝った。


「ふん、ようやくわかったか!」


 ヘレジナが得意げに薄い胸を張る。


「紹介状は読んだ。イオタの恩人だ。義術具を仕立ててやりたいが、今は難しい」


「それは、息子さん──ツィゴニアさんが暗殺者に狙われているから、ですか?」


「──…………」


 ベディルスは、一瞬目を泳がせると、


「……そうだ」


 と、小さく頷いた。


魔力(マナ)さえあれば、誰でも同じ魔術を安定して運用できる。それが魔術具だ。魔術具の最も卑劣な使い方はわかるか」


「……?」


「それはな」


 ベディルスが、自嘲するように笑みを浮かべた。


「武器──だ」


「武器……」


 拳銃を思い出す。

 引き金を引けば、誰でも人を殺すことができる。


「故に、私には黒い繋がりがある。その繋がりで、知ったのだ。デイコスが息子を狙っていると」


 黙って話を聞いていたヤーエルヘルが、シィの首元を掻いてやりながら、尋ねる。


「それで、暗殺を防ぐために頑張ってらしたんでしか?」


「ああ」


 これは、ちょっと頼めないな。

 ベディルスからしてみれば、義術具を仕立てるどころではないだろう。


「……そうですね。ベディルスさんへの依頼は諦めます」


「──…………」


 ベディルスが何事か思案し、ゆっくりと口を開いた。


「いや。条件を呑んでもらえたら、義術具を作る。約束しよう」


「あー、いえ。さすがに、それどころじゃないでしょう。そのくらいの分別はつきますよ」


 プルたちの気持ちは嬉しいが、そもそも誕生日当日に間に合わせる必要もない。

 そこまでして急ぐ用件ではないのだ。


「──違うな」


 ベディルスが、小さくかぶりを振った。


「義術具は作る。だから、私の頼みを聞いてくれないか」


「頼み、ですか?」


「ああ」


 頷き、問う。


「君、名前は」


「カタナ=ウドウです」


「剣術士だな」


「いちおう」


「謙遜するな。私の見立てが正しければ──」


 ベディルスが、鋭く俺を見定める。


「奇跡級、下位。あるいはそれ以上」


「……まあ、そのくらいですかね」


 嘘ではない。


「見ての通り、イオタも狙われている。恐らく今回に留まらない。デイコスの一人が、イオタの通う全優科に入り込んでいるという情報を入手した」


「──!」


「学校の中までは、守れん。休学という手もあるが、息子が許さんだろう。あれは、イオタを自分の後継者にしたいらしい」


「……言いたいことはわかりました。要するに、イオタを守ってほしいってことですよね」


「ああ」


「それは構わないんですが──」


 最大の疑問を口にする。


「……その、どうやって?」


「決まっている」


 ベディルスが、体ごとこちらへ向き直る。

 そして、深々と頭を下げた。


「──ウドウ君。ウージスパイン魔術大学校全優科に、編入してほしい」

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