表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部二章 遺物三都
118/127

1/ネウロパニエ -10 ネウロパニエの眠れない夜

「ふー……」


 繊維の柔らかなタオルで髪を拭きながら、リビングルームへと戻る。


「ただいまー。いい湯だったわ」


「お、お風呂、広かった、……よね!」


「王城の客室ではネルと四人で入ったものだが、それに負けず劣らぬ豪奢な浴室であったな」


「え、何そのイベント……」


「お前は寝こけておったぞ」


 そうだった。

 美女四人のマッサージを受けて、極楽へ行っていたのだった。


「しかし、一泊一万シーグルってのも多少は納得行くもてなしだよな」


 運ばれてきた夕食も、この世のものとは思えないほど豪華だった。

 海に面した国だけあって海産物が多かったのだが、驚いたのは、タコが普通に食材として提供されていたことだ。

 タコと言えば日本人しか食べないイメージがあったのだが、ことサンストプラに関してはそうとも限らないらしい。


「そう言や、風呂場の壁に半輝石(セル)が埋め込まれてたんだけど、あれ何?」


「ああ、あれか。私たちも試してみたのだが、面白いぞ。どれ、見せてやろう」


「お、頼むわ」


 四人で浴室へと移動する。


「じゃ、じゃあ、まず、左上、……から」


 プルが、一列目の左の半輝石(セル)に指を触れ、魔力(マナ)を込める。

 すると、


「おー……」


 天井自体が、ぼんやりと白く輝きだした。


「ま、魔力(マナ)を灯術に、へ、変換する術式、みたい」


「こっちだと色が変わりましよ!」


 ヤーエルヘルが、隣の半輝石(セル)に触れる。

 すると、天井が緑色に光り始めた。


「てことは、この列は全部照明の色か」

「白、緑、青、黄色、桃色の五色だな。色が変わると気分も変わるものだ。先程、私たちも随分遊んだ」


「だから遅かったのか……」


 悶々として、思わず素振りを二千回ほどこなしてしまった。


「んじゃ、二列目は?」


「込めましよー」


 ヤーエルヘルが、二列目のいちばん左の半輝石(セル)に触れる。

 すると、どこからかオルゴールに似た音色が聞こえてきた。


「へえー、気が利いてるじゃん」


「どうやら輪転式の自鳴琴が仕込まれているようでな。リラックスできるように、という配慮だろう」


「さすが一万シーグル……」


「どれだけ引っ張っておるのだ、お前は……」


「つい」


 根が貧乏性なのだから仕方がない。


「てことは、二列目は曲が違うだけか」


「う、うん。……わ、わたしが知ってる曲も、あった。子守歌……」


「……湯船で寝たら危ないぞ」


「き、気を付けないと……」


「そんで、このでかいのは?」


 二列の半輝石(セル)の隣にあった、大きめの半輝石(セル)を指差す。


「これは、魔力(マナ)を込めると真上からシャワーが降ってくるんでしよ。雨みたいに!」


「ほーほー」


 天井を見上げると、確かに、ズラリと小さな穴が並んでいた。

 ここからお湯が出てくるのだろう。


「俺の世界にもあったな、シャワー」


「どんなのでしか?」


「こう、柔らかいホースの先にシャワーヘッドがついてて、そこからお湯を出すんだよ。埋め込み型じゃないから、自分で好きな場所にお湯を当てられるわけだ」


「ほう、それは便利そうだ。シャワーと言えば、壁か天井に埋め込まれているもの、というのが常識だからな」


「作ったら馬鹿売れするかもな」


「す、……するかも!」


「稼いでどうする。路銀を減らしたい、と言っておるのに」


「そうだったわ……」


 などと、皆で笑い合う。

 ひとしきり浴室を調べたあと、俺たちはリビングルームのソファに深々と腰掛けた。


「そんで、明日はどうする?」


「えと、ユーダイさんのお師匠さんのお店へ行くのと、魔術大学校に行って話を聞くのと、あと大図書館で調べもの──でしよね」


「ちゅ、注文は、早く済ませたい、……かも。お誕生日に間に合わせたいから……」


「そうですね。プルさまの言う通り、魔術大学校へ行くのは午後からでも構わないでしょう」


「大図書館って、魔術大学校の敷地内にあるんだよな」


「そのはずだ」


 調べるべきことは多い。

 カガヨウ=エル=ハラドナのこと。

 元の世界へ帰る方法。

 それと、ヤーエルヘルの名前について。


「ら、ラライエの言ってた、〈失われた名〉って、な、なんのこと、……なんだろ」


 プルの疑問に、ヤーエルヘルが首を横に振る。


「心当たり、まったくなくて……」


「ヤーエルヘルにその名を付けた御両親は、なんと言っていたのだ?」


「──…………」


 ヤーエルヘルが、目を伏せる。


「……わかりません。あちし、物心ついたときからひとりで。両親の顔も名前も知らないんでし」


「そう、か……」


 ヘレジナが、気まずそうに視線を外す。


「気にしないでください。あちしには、みんながいましから!」


「──…………」


 プルが、慈愛の笑みを浮かべ、ヤーエルヘルをそっと抱き締める。


「……わ、わたし、ヤーエルヘルのこと、だ、……大好き、だよ」


「え──」


 目をまるくしたまま、ヤーエルヘルがしばし固まる。

 そして、


「……ぶえ」


 その双眸から涙が溢れ出した。

 もしかすると、両親という単語は急所だったのかもしれない。


「プル、さあん……!」


「うん……」


「うむ、私も同じ気持ちだ」


「ヘレジナ、……さん……!」


「──…………」


「──……」


 チラッ。

 プルとヘレジナが、〈空気読めよ〉という視線を送ってくる。


「ぐ」


 仕方がない。


「……俺も、ヤーエルヘルのことは、家族みたいに思ってるよ」


 二人が、こちらを見ながら満足そうに頷く。

 合格だったようだ。


「カタナ……さん、も」


 ヤーエルヘルが鼻をすすり、言う。


「あちしも、みんなのこと、大好きでし。大好き、でし……」


 目元を手の甲でくしくしと擦る姿が、いじらしい。

 ヤーエルヘルを背後から抱き直し、プルが言った。


「……ね、ねえ。今日は、み、みんなで一緒に、寝よう!」


「へ?」


 ヘレジナが間抜けな声を漏らす。


「ぷ、プルさま、それはさすがに……」


「や、ヤーエルヘルに、……家族のぬくもりを、お、教えて、あげたいな、……って」


「ぐ、ぐぬぬぬ……」


 ヘレジナが何故か煩悶する。


「いいんじゃないか? 今まで、寝るときはさすがに別々だったし」


「カタナ!?」


「え、な、なんだよ……」


「か、かたなも、賛成!」


「──…………」


 目蓋を閉じ、しばし瞑想じみた呼吸を行ったのち、ヘレジナが言った。


「……何か妙な真似をしたら、叩き斬るぞ」


「なんでだよ……」


「なんで、とは。お前……」


「同じ空間で寝るのなんて、今さらだろ。騎竜車で雑魚寝だってしてるんだし」


「いや、それとこれとはレベルが違うであろう……」


「え?」


「ん?」


 何か、話がすれ違っている気がする。


「……同じベッドで寝る、のではないのか?」


「ああ。三人がだろ?」


「──…………」


 ヘレジナが、プルの顔を見る。


「え、……よ、四人で、……だよ?」


「は!?」


 あまりのことに、思わず立ち上がる。


「いやいやいや、さすがに俺は別だろ! そもそも四人で寝られるサイズじゃねえし……」


「み、……密着すれば、なんとか!」


「無理だって!」


 ヘレジナが慌てていた理由がようやくわかった。

 倫理的な理由を幾つか述べようとしたとき、ヤーエルヘルがか細く言った。


「……、だめ、……でしか?」


 それは、あまりにも小さく、寂しげな声音だった。


「──…………」


 あ、これ逆らえないわ。


「わか──、……った」


「か、かたな!」


「ただ、一つ条件がある」


「条件、とはなんだ?」


「男女ってことをあえて度外視しても、さすがに狭すぎるって。ベッドの隣にソファをくっつけて、一人はそこで寝よう」


「ああ、なるほど。それはいいな!」


「だろ?」


 そして、俺がソファで寝れば、距離こそ近いが同衾っぽさは目減りする。

 一石二鳥というわけだ。


「じゃ、じゃあ、わたしがソファで寝る、……ね?」


「待て」


「?」


 プルが小首をかしげる。


「ソファで寝るのは俺に決まってるだろ」


「だ、……だって、ソファ、寝にくいよ? わ、わたし、言い出しっぺだし……」


「出会ったときのお前はどこへ行ってしまったんだ……」


 最近のプルは、男女の倫理観に欠けている気がしてならない。

 俺を異性として認識していない、と言うか。

 ラーイウラを出てから、その傾向が顕著になり始めた気がする。


「カタナがソファ。その隣がヤーエルヘルで、その隣がプルさま。反対側の端が私だ。その並びがいちばん自然であろう」


「だな」


「……えへへ。楽しみ、でし。みんなで寝るの」


「楽しみなのは結構だが、季節的に少々暑苦しいやもしれんぞ?」


「まあ、そんときは朝風呂入ればいいだろ。いつでも入れるんだし」


「ま、窓、すこし開けとこ。夜風、入れて、涼しくしよう!」


「はい!」


 ベランダへ続く大きな窓を開ける。

 アンパニエ・ホテル二十一階から臨むネウロパニエの夜は美しかった。

 灯術の白い光ばかりが無数に並ぶ夜景は、素朴な地上の星といった風情だ。

 きらびやかな百万ドルの夜景も美しいが、これはこれで悪くない。


 視線を屋内へと戻す。

 いちばん大きなベッドの上で、三人が戯れているのが見えた。

 思わず溜め息を漏らす。

 意識しているのは、俺とヘレジナばかりか。

 距離は確かに縮まっているのに、何故だかすこし寂しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ