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20 「人形の館」



ナロウといのりの二人旅はまだ続いていた。


これがフリーランス和尚のいいところ、仕事を受けなければいつまでも休みは続けられる。不動産屋の仕事紹介のメールにも無反応を貫いていた。


ナロウは都会を避け、田舎や海、山といった場所を好んで旅した。


いのりにいろいろな風景を見せてやりたいという思いもあったが、人混みは避けたかった。自分が人形を抱えて歩く変人と思われるのは気にしないが、いのりがジロジロ見られるのは好まない。必然、人のいない田舎を歩くこととなる。


そんな二人が山道で遭遇した看板に


幌美人形館ほろびにんぎょうかん


という名前と地図が描かれていた。そして背景には大量の人形の写真。


こんな田舎に珍しく、人形コレクションの展示館があるようだ。看板には時代を重ねた汚れが層をなしていたが、廃業したという雰囲気ではなかった。


「人形館・・・ねぇ」


ナロウはそうつぶやいてみせた。いのりはリュックから上半身を出し、ナロウの肩をテーブル代わりにしてくつろいでいる。彼は彼女の機嫌を損ねないように、行こうとも行ってみたいとも言っていない。


「人形館」に呪いの人形が行きたがるかどうかわからないからだ。


「そうね、あなたにお似合いの人形がいるかも知れないから、見に行きましょうか?」


そう言われては行かないわけにもいかない。呪いの人形からしたら、普通の人形など相手にもならないという自信があったのだ。


予定のない二人の旅だ、アクシデントはお楽しみに過ぎない。


二人は人形館へと続く細い道に入っていった。




「意外と、意外と・・・」


ナロウが驚いたように、意外ちゃんとした施設だった。森の中の開けた場所に立つ洋館は2階建てで、「洋風」ではなくしっかりとした洋館だった。建物の前の小さな看板に


「幌美人形館」の文字。営業時間と休館日が書かれているはずだが、かすれて読めなくなっている。


ドアが開けば営業日だろう、という雑な発想でナロウは開けてみた。


開いた先に待っていたのは、大量の人形だった。


入った瞬間にゾワリとしたのは、壁を埋め尽くすように並べられた人形の視線が、ちょうど入口に立つナロウを見つめるように調整されていたからだ。


来客に対する無言の人形たちの圧。


「流行る施設じゃなさそうだな」


そう感じたが、収蔵物はなかなかに大したものがありそうだった。彼らはそのまま客として中に入っていった。


古今東西、その言葉のそのままに人形が集められていた。西洋の少女人形から、東洋の雛人形まで、古きも新しきも、やたらと集められていた。集めるための額を思えば大したものだが、一貫性というものはないラインナップだった。


人形館を見て回る最中、ナロウはやたらと軽口を叩いた。それはいのりがこの人形たちをどう思っているのか分からないからだ。


意志ある呪い人形であるいのりにとって、この物言わぬ人形たちとは何なのか?


自分の前身?自分の亡骸?それともまったく無関係な存在?


多くの人形を目にしながらも、いのりは何も言わなかった。


ナロウは考えた、いのりが持つ孤独を。彼女は意思を持ち動き回り、霊現象を起こせる呪い人形という存在である。その超特殊性は裏に返せば圧倒的に孤独ということではないか?


人間でもなく霊でもない。彼女が頼れるよすがはこの世にひとつも無い。


 ナロウは肩に乗った いのりの手に自分の手を重ねる。その気持ちが通じたのか、いのりは頭を傾けて、ナロウの髪の中に自分の頭を埋めてこすりつける。


自分が彼女の慰めに、生きる縁になれればいいとナロウは思った。


「お客様でしたか」


突然、声をかけられて驚いた。いのりは瞬時に姿を隠した。


立っていたのは細長い老人。丸メガネに白い口ひげ、蝶ネクタイと、いかにもな支配人という姿。


「すみません、勝手に入って」


「いえいえ、来客は久しぶり、歓迎ですヨ」


老支配人は歳のせいか、体の動きが鈍くギリギリと音がしそうな雰囲気があった。


「ずいぶんと集められてますね、ここ」


いのりの事を見られていないか気になったので、慣れぬ世間話を続けた。


「ええ、私が集めました。最初は娘になにか特別な物をあげようと思って買ったのですが、それがクセになりまして」


 「クセでこの数ですか、すごいですね」


ナロウの脳裏に浮かんでいたのは、いのりと初めてあった「人形愛好家」の事故物件だ。あそこもここと同じ様に、壁一面に人形が飾られ、いのりはそこの女王のように鎮座させられていた。


あの所有者は人形愛の末にいのりにたどり着いたのだったか。


「お客様も、人形にご興味がおありで?」


「まあ、嫌いじゃ、ないですね」


いのりが背中にいる手前、嘘も付けなかった。


老人は同好の士を見て微笑むと、


「普段は展示していないのですが、特別な一品がございます。お時間がありましたら是非ご覧になってください」


そう言われては、断るのは難しかった。老人について行くしかない。


老人は彼を二階に案内する。一階の混雑ぶりに対して、二階に展示される人形は少数精鋭、貴重なものばかりが丁寧に展示されているようだった。


「こちらです」


老人は厚い扉を開ける。それは金庫の扉のように重そうで、老人の細い体が壊れないか心配になるくらいだった。


扉が開くと、ムンとした匂いが漂ってきた。


「菊?」


菊の香りが扉の向こうから雪崩落ちてくる。


扉の奥は、白と黄色の世界だった。


室内の壁には水色の空がわずかに描かれ、床に並んだ台の上にはいっぱいの菊の花、白と黄色の菊の花が大量に並べられている。一見して室内は野菊咲く花畑に見えた。


だがその部屋は花畑とは真逆の、閉塞感と作り物感に満ちていた。


そして、その中央の椅子にある椅子に一体の人形が座っている。


黒くつややかなストレートヘヤー。


前髪を切りそろえ、白い肌に細い目。


明らかに頭部は日本人形であるにも関わらず、洋装の赤いドレスを着ていた。


不釣りあり、アンバランス。その奇妙な人形は笑顔でナロウを見ている。


「わたくしが最初に買った人形です」


 ゾワワ、という寒気がナロウを襲った。


この人形館に入った時に感じた圧の正体はこの人形だった。厚い扉がその圧を隠していたのだ。


「この人形…!」


あきらかに呪いの人形だ。誰よりもそれをよく知るナロウだからすぐに判別できた。


人形の黒髪がふわりと膨らみ、菊の花の香りが鼻に押し込まれるように強く香った。


人形が笑顔を向けて、当たり前のように話しかけてきた。


「とってもいい乗り物ねェ、あなた。オナマエ、教えてくれる?」


人形が語りかけた相手はもちろんナロウではない。もう一つの人形だ。リュックから素早く出てくるいのり。ゆっくり現れたのでは怯えていると思われる。それは彼女のプライドが許さない。


「まさか、ほんとにご同種がいるとはね」


いのりは警戒し、容易く名乗らなかった。敵か味方かわからないのだ。


菊に囲まれた人形はその不動の眼でいのりを見る。


「いい髪、いい顔、いいお洋服、素敵ね。お友達になりましょうヨ」


カクカクとした動き。同じ呪いの人形であってもまったく同じというわけではない。いのりの持つ滑らかさに対して、菊人形の動きは人形的すぎた。


いのりは警戒心を決して解かない。。同じ「呪い」の人形同士なのだ。円滑なコミュニケーションや友愛的な関係性以前にコミュニケーションが成立するかも不明なのだ。


「ウフフ、おびえちゃって。かわいい金髪さん。ねぇ。オナマエ…」


「いのりよ、菊人形さん」


「いのり、いいオナマエね…わたしは」


(カクカクカクカク)


首が上下に動き発音したが、言語にならない。


「……ホロビ」


口から出た言葉が名前であるなら、彼女の名はホロビである。


「ホロビさん、はじめましてごきげんよう。良いお家ね、それにいいお祖父様」


ナロウの背後に立っている支配人は不動のままだった。いのりの姿をみても声一つ上げないということは、呪いの人形を見慣れているということだろう。


「ええ、デモ、その年寄りお馬、もうガタが来てるの。ねぇいのりのお馬、いいお馬ね?」


「馬、ウマ、いわないでいただける?」


いのりの声には怒りがあった。


「ダッテ馬じゃない。人間なんて。私達にかしずいて、愛しているといなないて、発情するだけのお馬さん」


ナロウの顔に熱気が当たった。いのりの怒りが熱となって感じられた。


「でも、あなたのウマ、ちょっと違う。なに?あなた、変わってる…ホシイッ!」


ナロウは後ろから掴まれた。背後に立っていた支配人の老人がいきなり彼を押さえつけたのだ。とっさに振りほどこうとするが、この老人、固い。指先も筋肉も固く動かない。キリキリと老人の筋肉が鳴り、締め付けが強くなる。


いのりが手を振ると彼女のポルターガイストの力が発動し、老人を吹き飛ばす…はずだったが老人は動かない。変わりに彼の衣服だけが弾き飛ぶ。


「えッ?」


老人の肉体を見てナロウは驚愕する。彼の体はまるで…まるで


「作り物?」


痩せた体は確かに老人の体だが、その骨ばった骨格の上に荒いロープが走り、各関節と結びついている。まるで操り人形の内部構造のような体。生身の体にロープが絡み、動かされている。


老人の生身人形に押さえつけれれるナロウ。床に組み伏せられる。


「ナロウ!」


飛び出したいのり、だが彼女が力を使う前に、菊の花ビラが直線上に舞った。


ホロビの力が、いのりを吹き飛ばす。ドアから外の廊下に飛ばされ、無力な人形のように廊下を転がった。


立ち上がるいのりの前に、菊の花ビラと共に降り立ったホロビが立ちふさがる。


ホロビの手首がくるりと回転する。


ホロビのポルターガイストが猛威を振るう。不可視の力だが舞い散る菊の花びらがその形を浮き上がらせる。


いのりも両手をかざし、ポルターガイストの力を発揮する。二人の中間地点で衝突が起き、金属がこすれるようなラップ音が響く。力は拮抗を起こし、薄いガラスに埋め込まれたように菊の花びらが空中で制止している。


いのりは必死に力を込めるが、片手のホロビに対抗できない。


ポルターガイストの強さは、家を支配している方が強い。この人形館にいる限り、いのりに勝ち目はなかった。


「同種の情ヨ。あなた孤独にイキなさい。一人でイキるの、いっぱいの孤独とともに」


ホロビが両手を打ち合わせる。


そこに生まれた衝撃波はいのりを容易く吹き飛ばした。吹き抜けを飛び越え天窓に衝突する。窓を破っても勢いは衰えずはるか先、森の中にまで飛ばされて、いのりの姿は見えなくなった。


ホロビはいのりが吹き飛ぶ様を楽しそうに見た後で、老人に組み伏せられたナロウを見下ろした。


「あなたの主人は今日からワタシ。ワタシを愛しなさい、あの子と同じ様に…」


重い扉がひとりでに閉じ始める。


ナロウの目はただいのりだけを探していたが彼女の姿を見ることはもう不可能になっていた。


厚い扉が閉じ、彼の視線は外界から遮断された。



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