21 「人の形をした祈り」
森の中に廃棄された人形があった。可愛らしかったであろう赤い服は破れ、手足の関節が逆に曲がり、顔も服も泥まみれだった。。
不要になり投げ捨てられた廃棄人形。
泥まみれの金髪に輝きはない。
たとえ誰が通りかかろうと、拾うことも愛されることもない、薄汚れ壊れた人形。
いのりの今の姿であった。
カタ、カタ、と指が動く。
いのりの位置は人形館から300メートル以上離れている。彼女は人形館の主、ホロビに敗けて吹き飛ばされたのだ。
たとえ同種の呪いの人形であっても、自分の呪いのホームグラウンドである館にいるホロビには勝てないのだ。
完全に力負けし、ボロボロの状態、指先しか動かせない状態になっていた。
「ナロウ…」
力なく彼女の主の名を呼ぶ。
彼はホロビに取られた。奪われてしまった。ボディの傷よりも主の喪失が大きい。今、彼女の「存在する力」は薄れている。
彼女は呪いの人形。こんな森の中で、ゴミ同然の姿になった彼女を、誰が恐れるというのか? 誰からも恐れられない人形など、呪いの人形とは呼べない。今まで彼女の存在を保ち続けられた、その源は、
「ナ・・・ロ・・・」
すでに失われていた。
雨の中の幌美人形館。
森の奥に建てられたこの人形美術館は、客など来る立地ではなかった。誰も寄り付かぬ呪いの人形館。
その二階、囚われたナロウは赤い縄に縛られ、身動き取れない状態になっていた。床を舐めるくらいしか出来ない状態の彼を、洋装の日本人形が見下ろす。
「アナた、とっても変わってる。人形がスキなの?」
はっきり言ってナロウは、普通の人間より弱い。ナロウ朗読除霊も特定の現場でしか効果がない朗読術に過ぎない。
「ネえ!スキなの?」
彼には縛り付ける縄を引きちぎる怪力も、この眼の前の呪いの人形を退治する能力もないのだ。
「があぁぁ!」
人形の質問に答えなかったせいで体を縛っていた縄が一気に締まり、苦痛を与える。
呪いの人形、ホロビが起こしているポルターガイスト現象の一種だ。
「おい!アンタ!あんたの人形をなんとかしてくれ!」
何も出来ないナロウは、この人形館の主人の老人に泣きつく。呪いの人形の所有者である彼の良識に頼るしかなかった。
だがその老人もなろうと同じ様に赤いロープで体を縛られている。しかも体の筋肉に相当する位置にロープが走り、各関節を結ばれている。その様を見るだけで分かった
「じいさんも操り人形か・・・」
「そうヨ。とっくにね。この男はワタシを手に入れてから幸せだった。ワタシが欲しいものをなんでも用意してくれた。この館も人形も、でももうダメなの・・・」
ホロビが首を傾げると、老人の体にまとわりついていた赤い縄は色を失い真っ白になる。その瞬間、老人は地面に崩れ落ちた。
そう、糸の切れた人形のように
「もうイキてないから。年寄りだから、シンじゃった」
「~~~~~~ッ!」
床に頬を付けた状態のナロウの顔の前に、老人の顔が落ちてきた。メガネのフレームは歪み、眼球はあらぬ方向で固定されている。
人形のように死んでいる老人。
ナロウにも自身の運命が見えた。自分は、この老人の代わりにされるのだ。
非力な力で懸命に暴れるが、赤い縄が体にめり込むばかりで、まったく自由になれない。だがこんな所にはいられない、いのりが吹き飛ばされてしまったのだ。なんとかして彼女のもとに行きたいのだが、呪いの人形はギラついた目で彼を見下ろす。
「アナた、あの子と仲良かった。イっしょに旅してた。そんなのおかしい…ワタシ、旅ナンテしたことなんてないのニ…」
しゃがみこみ視線を合わせる。
「ワタシのも愛しなさい。アナたとワタシ、愛し合う」
ガクガクガクと首が震えて笑い出す。
初めて手にいてた「愛情」に興奮し奮い立っている。
狂ったように笑う人形を、ナロウは恐怖した目で見上げ、老人は死んだ目で虚空を見ていた。
いのりとホロビ、その人生は似たようなものであった。
まず初めに「美しくあれ」と命じられ作られた。
呪いの人形は呪いのために作られるわけでは当然ない。美しくあるために作られるのだ。
その創造の過程で奇跡的なことが起こる。職人の技量を超える奇跡的完成度、究極の上振れが起こったのだ。
いのり、ホロビ、ともに天に愛されて生まれた。
だがその奇跡が商業的価値に変換されてから、彼女たちの不幸は始まる。
愛好家たちの中で回される二人。
「美しすぎる少女人形」を愛するために多くの金銭と謀略が巡った。
人形を奪い取り、奪われた。
手に入るたび、人形愛を持つ所有者たちは人形を愛した。
奇跡の少女人形の美しさは、強力な磁石となって「人形性愛者」たちの欲望を吸い続けさせられた。
「愛している」と言いながら彼ら彼女らは、人形に愛など与えなかった、ただ彼ら彼女ら自身の内部にある欲情を引き出すための道具として使った。
欲情を愛として投影し奪い続けた。
長い長い時間の間、人形に愛を与えた人間などいなかったのだ。
そして、ホロビは呪いの人形となった。意識と力を手に入れた彼女は、人間を自分のための道具として使い始めた。
そしてもう一体は…
森の中に捨てられたボロボロの少女人形。
かつてあったであろう美しさはもうなかった。
いのりの意識は消え去りそうになっていた。
彼女の存在を支えていた意識の根源「呪い」が消えだしているのだ。
呪いの人形は世を呪う人形にあらず、その美しき人形のために身と心を滅ぼした多くの人間の情念が凝り固まり「呪われし」人形となったのだ。
今、その歴史的な因果が解けていく
彼女を彼女たらしめていた物が消えていく。
「自分は再び物に戻るだけ…」いのりはそう諦めていた。
「誰からも愛されないただの人形に」
彼女の記憶も無の闇の中に溶けて消えていく。彼女は人形のように目を閉じた。
まぶたの裏に輝くものがあった。眠りにつこうとする自分を邪魔するものがあった。
その小さな輝きの中に、男がいた。
人形に囲まれながら、彼はパクパクと口を動かしている。それに興味を持ったいのりは、少し聞いてみたくなった。
彼が話しているのは物語だった。
それは彼女にお話を聞かせてくれた、最初の瞬間だった。
「もっとお話を聞かせて」
まぶたの中の光は徐々に大きくなっていく。
彼女にどんどんお話を聞かせてくれる男。
彼女の傍らで、
彼女の隣で、
彼女を膝に乗せて、
ベッドのシーツの中で、
彼女を背に背負いながら、
その男は、彼女に空も海も見せてくれた。
「ナロウ!」
人形の手が求めるように腕を上げた。
その男との思い出が糸のように絡み合い、再び彼女の精神を編み出した。記憶の糸と糸が強く結びつく、面となり形を生み出す。
いのりという強固な存在を再び生み出した。
「ナロウっ!」
ボロボロの人形は立ち上がった。
彼女には取り戻さなければならない人間と、人生があった。
「ア・ア・ア・ア~~~アイじょう~、ゆかいなアイじょう、たのしいアイじょう~」
歌い踊るホロビ。それだけならろれつの回ってない歌う人形だが、彼女が踊っているのは老人の死体の上だった。
「ワタシ、人から愛されるのッテはじめて。こんなに楽しいものなのネ」
ナロウは縛られ吊るされている。その目には愛情の一欠片も無いはずなのに、ホロビにはまったく通じていない。
ナロウを手に入れることで、ホロビは他人の愛情を所有していると勘違いしている。愛情がなんであるか理解していない。
そんな陽気だったホロビの背筋がゾワリとした。自分以外の霊的存在がこの屋敷内に侵入したことを肌で感じたのだ。
「しつこい金髪ネ!」
ホロビは臨戦態勢を取った。館内の全ての人形が立ち上がった。
一階から破壊音が聞こえた。
いのりの力で数体の人形がまとめて破壊されパーツになって床を転がる。
ホロビには遠隔コントロール可能な多数の人形兵隊があるが、いのりには強力なポルターガイスト能力がある。
襲いかかってくる操り人形を次々と人形を破壊する。
「チィ!」
安全圏である二階から人形を操るホロビ。覚悟を決めて飛び込んできたであろういのりを甘く見ていない。自分は表に立たず、遠距離操作人形の数で封殺するつもりだ。
数十体の人形で取り囲み、全員で一気にいのりに飛びかかり抑え込む、人形たちのスクラムでそのまま一気に抑え込む。メキメキと人形たちがお互いを潰し合う。
さらにホロビは力を加え、そのいのりを中心とした人形の固まりを団子状に丸め込む。人形の形が変形し、どんどん球に近づいていく。力がさらに加わり宙に浮かびだす。人形の肉団子、小さな手足が肉団子から伸びる毛のように見える。
本来美しかった人形の顔が歪み、ヒビが入る。情け容赦のないホロビの圧殺攻撃。人形の球がまた一段、小さくなる。圧縮された人形球がギシギシと悲鳴を上げている。
ホロビは手首を返して、最後の圧縮をしようとしたが、球は内部から爆発した。
人形の破片が飛び散り、ボロボロの人形たちが床に落ちて散乱する。
その中心にいのりが浮いているが、すでにぼろぼろだった。ホロビの力に強引に抵抗したため、美しかった髪の毛はボサボサに、頭皮の地肌も見えている状態。服も破れようやく肩にかかっているだけ。手足も折れ曲がり、美しかったかつての姿はもうない。さっきの爆発で力を失い、彼女も他の人形と同様に床に落ちた。
カク・・・カクカクカクカク
ホロビが嘲笑した。ついにいのりを無力化出来たのだ。ホロビはとどめを刺すために、階下へと落下した。
一階にふわりと着地するホロビ。
一階は惨憺たる有り様だった。展示されていたほとんどの人形が原型を失うほどに破壊されて床に散らばっている。そうでなかった人形も衣服と髪の毛が吹き飛び、人格を剥がされた素体として床に落ちている。
ホロビはその人形の死体達を蹴り飛ばしていのりの方に近づく。
髪の毛の半分を失い、頭が禿げ上がった彼女を見て、さらに嘲笑する。
美しさを失えば、呪いの人形とは言えない。
ホロビはその死にかけの人形を浮かび上がらせた。ホロビのポルターガイストの力がいのりの首に集中する。
衣服が剥げかけたいのりの体が、首を掴まれて浮かされる。
すでに抵抗する力も失っていた。
「ハハァ!お前のオトコに、あんたの首だけ返してあげるワッ!」
ホロビがさらに力を加えると、
当たり前のように人形の首が抜け、その下の体はおもちゃのように床に落ちて、股が裂けて壊れた。
カカカカッッッッッッッッタタタタタタ
大笑いだ。ホロビの人生でこんなに楽しいことはなかった。
その時、背後にあった人形のゴミの中から、髪が切り刻まれた坊主で裸の人形が飛び出し、ホロビを背後から襲った。
その人形の腕は、油断していたホロビの背中をたやすく貫き、貫通した手首が胸から飛び出した。
「カァ・・・ッカ?」
その裸の人形は、いのりだった。髪も服もない、裸の人形。それがホロビを背後から刺した。
「お前・・・ニンギョウの髪は・・・」
ホロビの言葉はそれが最後だった。いのりが腕を振り上げて、彼女の胸から頭にかけて両断した。
上半身が裂けた人形が、他の人形と同じ様に、ゴミとなって倒れ落ちた。
いのりだと思われていた人形、 その頭に強引に埋められていた金髪の毛束はズレて落ちた。まったく別の人形に自分の髪を植え付けて偽物にしていたのだ。
その場に立っている人形はただ一体だけ。手足が曲がり、髪も僅かにしか生えていない壊れかけの汚い人形だった。
体の自由を奪っていた赤いロープが色を失い縛りを緩めた。ロープが死んだような印象、それだけでナロウは分かった。ホロビに異変が起こった、もしかしたら死んだかも知れない。
そう思って起き上がり、閉じ込められていた部屋の重い扉を開けた。
それでも用心深く行動する。耳をそばだてるが館の中には何の音もしない。破壊音も人形の声もしない。脱出のチャンスだと思い身を乗り出すと、眼の前の階段の方から
カチャリ、カチャリ
という音が聞こえてきた。
扉に身を隠しながら様子を伺っていると、壊れた裸の人形が不自由な手足で苦労しながら階段を一段一段上がってきた。
髪は乱暴に切られてボサボサ、顔には黒い汚れ、手足は曲がり、衣服もなく素肌と関節をさらしながら、気持ち悪く動く。
カチャリ、カチャリ
階段を這い上がる姿はまさに呪いの人形だった。
その人形と目が合った。
ナロウの体は固まり、
人形も同じ様に固まったが、その人形は怯えたような素振りを見せ、後ろに後退した。
それは恐怖の呪い人形。壊された醜い呪いの人形だった。
だがその目の色とそこに宿る魂に、ナロウは見覚えがあった。
とっさに駆け寄り抱きしめるナロウ。
裸の人形は最初に抵抗したが、すぐにその包容を受けいれ、謝罪しだした
「ごめんなさい!ごめんなさい!
こんなになっちゃって、
でも、大丈夫、呪いの人形だから、髪だって、髪だってすぐに伸びるから」
人形は必死に、自分で切った短い髪を見せる。その残った金髪は短く不細工だった。
「ほら!今すぐは無理だけど、必ず伸びるから!」
人形は必死になって懇願する。そしてついに
「だから・・・わたしを嫌いにならないで!」
ボロボロになった人形は男からの愛情を失うのが怖かったのだ。
ナロウはそんな言葉は聞きたくなかった。
そんな言葉を言わせてしまう自分を恥じた。
彼女を胸の中に抱きしめ、そのボサボサになったつむじにキスをする。彼女の汚れた顔を見ながら。
「ずっといっしょだよ、いのり」
やさしく力を込めて再び抱きしめた。
いのりもナロウの胸に顔を埋め、人形であるにも関わらず泣き出した。
その少女人形は英国婦人がかぶるようなボンネットを頭につけて、いわゆる少女人形といった風体となっていた。
「だから、そんなにすぐには伸びないのよ、いくら呪いの人形だからって」
彼女はプンスカと怒っていた。
「だから、ちょっといろいろな髪型を試そうって言ってるんじゃないか、そんなに切るわけじゃないよ」
ナロウはそういうがいのりは納得していない。
いのりは長い髪が好きなのだ。それが彼女の呪いの人形としてのアイデンティ―なのだから当然だった。ナロウはその伸びる途中で色々な髪型にしたらどうだと提案したが、髪にハサミを入れることをこの人形は拒否していた。
「私はおもちゃじゃないのよ、分かってる?」
ナロウは彼女を持ち上げて、自分の腕に座らせた。
「もちろん分かってるよ、僕のパートナーだろ?」
いのりは首を傾げ、意地悪い顔をした。
「そのパートナーって言葉、いろいろ誤魔化してない?」
「難しいんだよ、人間と人形の間だとね」
「そうね、結婚もできないし、子供も出来ないし、なんにもできないしね」
そういういのりの顔は少し寂しげだった。
「一緒に暮らして一緒に旅して、一緒に生きる」
ナロウは彼女の小さな顔を見て話す。
「そして一緒に仕事もできる」
「・・・そうね、一緒にできること、まだまだいっぱいあるわね」
いのりはなろうの頬に頭を擦り付ける。ペットの仕草だが、唇でのキスが難しい二人での愛情表現だ。ただ今の場合だとナロウの頬に感じるのは人形用ボンネットのガサガサした触感だ。はやくあの美しい金髪と触れ合いたかった。
「じゃあ行こうか」
二人には生活があり、そのためには仕事が必要だった。霊に立ち向かう危険な仕事だ。
だが、二人ならなんとかなるだろう。男も女も、そのことに関しては心配していなかった。
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ここまで読んでくださったあなたはたいへん徳が高く、根気と好奇心に溢れた方とお見受けします。
完読、ありがとうございます。
私の今までの作品はひたすらに「設定と展開」を作ってから、最後のオチまで作り上げてから書き上げる形でしたが、
今作では「大氷河世代に訪れる大自決世代」という思いつきだけで書き始めました。
ナロウ自体も主役ではなく多々いる和尚の中の一人として書き出したのですが、結果的に主役となって、おかしな方向に転んでいきました。
今作は今までよりも手軽に読めるように、描写も可能な限り削り、話の展開も早く、すぐに読み終わる形式にしたつもりでいたがいかがでしたでしょうか?
もしよろしければ、評価等の痕跡をのこしていただければ、今後の励みになります。
キャラクターや設定も気に入っていて、話を続けることも可能ですが、反応の初速がなかったので、ここまでということで。世間と同じ様に創作の世界も世知辛いものなのです。
それではまた、新しい設定、新しい世界、新しいキャラクターでお会いしたいと思います。




