陛下は肩書きも置いて来た
少し、現状を整理してみよう。
褒賞に執事が欲しいと言ったら、なぜか国王陛下が来られた。しかも、王族としての名を王宮に置いて来られたという。
以上。
うん、整理をしても、さっぱり意味が分からない。
しかもこれだとまるで、私が執事を欲しいと言ったせいで、ハンフリート陛下が名前を置いて来られたように聞こえてしまう。
それはなんというか、非常によろしくない。
有能な執事が欲しいと、つい言ってしまったけれど、有能な者を執事に欲しいと言ったわけではない。
ハンフリート陛下が誰よりも有能なことは知っているが、だからといって一番有能な方を私に仕えさせる必要などないのだ。
ハンフリート陛下がこんな風に私に跪く必要など。
ここで今更ながら尊い方を跪かせていることに気付き、とりあえずは席を譲ろうと背もたれから起き上がれば、ずっと湛えていた笑みをすっかり消して真顔になったハンフリート陛下の両手に、左手を取られる。
「あちらでは肩身の狭い思いをしておりますゆえ、塔の守人ミナレット様のお役に立てるのならば望外の喜びと、彼の書物も熟読して参りました」
誰にか知れない言い訳をつらつら並べ立てていた思考が「彼の書物」という言葉にはたと停止する。
バレていた。
自分の欲望というか妄想が筒抜けていたらしいことに身体の芯が熱くなる。と同時に、肩身の狭い思いと聞いて眉を顰める。
「誠心誠意、真心込めてお仕えする所存で参りましたが、私では御眼鏡には適いませんでしょうか?」
「お眼鏡に適うとか適わないとかそういう問題ではなくて、国王陛下を執事として使うなど問題しかございませんが?」
お眼鏡には十分過ぎるほど適っているが、そこのところは暗に濁して、自分が執事として侍ることを全く問題視していないところを指摘してみる。
「先程も申し上げましたが、名前も肩書きもあちらに置いて参りましたので、私のことはなんの憂いもなくお使い頂けます」
肩書きも置いてきたらしい。
目を逸らしたかった現実の方から視界に飛び込んで来られて、つい頭を抱えたくなる。
「それともまた、返品、でしょうか」
項垂れた私に何を思われたのか、握った左手に少し力を込めたハンフリート陛下が独り言のように小さく呟いた。
返品。
この言葉は、この言葉だけは、ハンフリート陛下に触れさせてはいけない禁句だ。
その耳に入れることも、ましてやその言葉を使わせることなど、あってはならないのだ。絶対に。
ゾッとするような勢いで全身の血が泡立ち、カッと頭に駆け上る。
「そんなこと、するわけないでしょうが!」