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第25話――門の外で

空はもう、数を数え続けられないほど暗くなっていた。

リゼルが最後に数えた列は、馬のいない荷車の車輪に、老婆がもたれている列だった。その先には、城壁に沿って黒い影が連なっているだけだ。あと何列あるのか。あと何人いるのか。彼女には分からなかった。

夜風が胸壁を渡っていく。手のひらの下の石が、少しずつ冷たくなっていった。

貴族議会が改めて審議するのは、軍からの報告が届いてからだ。父はまだ軍議から戻らない。誰に嘆願を出したところで、答えが夜明けまでに届くことはない。

そして今夜は、ただ待つには長すぎる。

今夜のうちにできることがあるとすれば、それは誰の許しも待たずにできることでなければならなかった。

リゼルは胸壁から身を離した。

「アレン。ライラとエリアスを、呼んできてください」

「かしこまりました」

アレンはすぐさま階段を下りていった。何のために呼ぶのか、ひと言も尋ねずに。

リゼルは胸もとから二枚の紙を取り出した。一枚は、丸で埋め尽くされた受け入れ先の町の一覧。もう一枚は、自分のものではない几帳面な筆跡で綴られた、あの覚え書きだ。彼女はあとのほうを広げ、衛兵の松明の明かりの下で、隣に立つ人へ差し出した。

「エレナさん。この順番で、合っていますか」

エレナはしばらく、自分の筆跡を見つめていた。

「……書いたとおりですわ」

水を入れる器。清潔な布。子どもと年寄りのための毛布。道中で病人の世話をする人手。

食べ物は、その覚え書きには書かれていない。食べ物のことなら、誰でも真っ先に思いつく。書いた本人は、それをよく知っていた。

王宮の中で、予備の品がどこにしまわれているか、ライラは誰に教わる必要もなかった。

彼女は皆を寝具の納戸へ案内すると、戸棚をひとつずつ開け、まだ誰も使っていない毛布を数えた。それから振り返り、お茶の支度が整いましたと告げるときと少しも変わらない声で、報告した。

「リゼル様。予備の毛布で、今すぐお出しできるのは、これだけです」

積み上げた毛布は、膝の高さにも届かなかった。

足りないことは、リゼルにも分かっていた。

「それで構いません。今夜は、それを」

ライラは、まず水の器を手押し車に載せた。次に清潔な布。それから毛布。リゼルの手の中の紙に一度だけ目をやり、その順番どおりに荷を並べていく。

エレナはそれを見ていたが、何も言わなかった。

最後の器を持ち上げようとエレナが身を屈めたとき、左手の指先三本に巻いた布が、ほどけかけた。ライラはその指を、しばらく見ていた。あの日と同じように。それから、積んだ布の中から小さな一枚を抜き取り、黙って差し出した。

エレナはそれを受け取った。彼女もまた、何も言わなかった。

厨房は、籠いっぱいのパンを包んでくれた。皿で隙間がなくなるほど料理の並ぶ、あの長いテーブルに上るはずだったパンだ。

手押し車が厨房を出たところで、エリアスが追いついてきた。少し息を切らし、手帳を小脇に抱えている。

「数えます。最後の一人まで」

リゼルが言うと、エリアスは手帳を持ち直した。

「では、記録は私が」

城門へ向かう道は、西棟を抜けていく。古い物置部屋の扉は、閉まっていた。その向こうでは、ギターがいつもの場所で、壁に立てかけられているはずだった。

リゼルは足を止めなかった。

あの部屋で、ある夜、彼女は自分に言い聞かせた。

――次は、ギターだけを抱えて行くのはやめよう。

今夜は、そのギターさえ抱えていなかった。

◇

門番の衛兵は、手押し車を見て、リゼルを見て、それから定めの刻限どおりに閉ざされた門扉を見た。

「で、殿下……迎え入れよとのご命令は、まだ出ておりません」

「迎え入れるのではありません」

リゼルは答えた。

「わたくしたちが、出ていくのです」

衛兵は口を開き、そして閉じた。彼が受けている命令は、誰も中へ入れるなというものだ。王女を外へ出すなという命令は、どこにもない。

巨大な門扉が、ゆっくりと開いていった。人と手押し車がやっと通れるだけの幅まで。蝶番の軋む音が、闇の中に長く尾を引いた。

誰も、立ち上がらなかった。

門の隙間へ駆け寄ってくる者もいない。城壁に沿って座り込んだ人々は、松明の明かりのほうへ顔を向け、ただ見ていた。いぶかしむ力さえ、もう残っていないかのように。

最初に外へ踏み出したのは、アレンだった。右手が剣の柄にかかる。主の前に立つよう鍛えられてきた者の、身についた癖だった。

そして、目の前に座っているのがどんな人々なのかを、彼は見た。

その手は、ゆっくりと柄から離れた。そして代わりに、手押し車から最初の水の器を下ろした。

彼らは、紙に書かれた順番どおりに配っていった。まず水。清潔な布。それから毛布。毛布は、子どもと年寄りから先に。

最後の毛布は、三列目の半ばに届く前に尽きた。

リゼルは、ある母子の前に、空の手で立っていた。母親は何も求めなかった。まだあるのかと尋ねもしなかった。ただ子どもを少しだけ引き寄せ、目を伏せた。そこに座って待っていたことを、自分のほうこそ詫びなければならないとでもいうように。

リゼルは、その二人の顔を覚えた。

それから、まだできるただひとつのことをした。

数えたのだ。

松明を掲げた衛兵が二人、列から列へとついてくる。リゼルは一人ずつ数えていった。毎晩、一覧を一行ずつ辿ってきたのと同じように。後ろにはエリアスが続き、エレナの覚え書きの区分どおりに、子ども、年寄り、病人と欄を分けて書き留めていく。そのペンは、一度も止まらなかった。

数え終えたのは、空の端が白みはじめたころだった。

最後の数字は、日暮れに城壁の上から見当をつけたものより、大きかった。

その夜、王女の部屋の窓は、初めてひと晩じゅう暗いままだった。

部屋の主が、そこにいなかったからだ。

◇

早朝、ひとりの従者が城壁から下りてきた。老公爵が上でお待ちです、殿下にお越しいただきたい、と。

老公爵自身は、下りてこなかった。

リゼルはエリアスの手帳を手に、階段を上った。服は昨日のままで、スカートの裾には門の外の土埃がついている。

老公爵は、昨日の夕暮れに彼女が立っていたのと同じ胸壁のそばにいた。作法どおりに、頭を下げる。

「殿下」

それから、その目は彼女ではなく、彼女の手の中の手帳へと落ちた。議場でのあの日と、同じように。

「……拝見いたします」

老公爵は手帳を受け取り、一枚ずつめくっていった。朝の陽が胸壁を離れ、城壁の外の地面にまで降りていくほど、長いあいだ。

「……数えられたのは、殿下ご自身で?」

「はい。夜のうちに、一列ずつ」

老公爵は手帳を閉じた。

「麦は、私の倉から出しましょう」

リゼルは顔を上げた。だが彼女が何か言うより先に、老公爵は同じ声のまま続けた。

「ただし――門の内には、一人たりとも入れませぬ」

「……理由を、伺っても」

「王都の門が開いたと知れれば、次に参るのは、この十倍にございましょう」

老公爵は、手帳を彼女の手に戻した。

「王家の倉ではなく、私の倉から出す。それならば、議会に諮るまでもございませぬ」

筋は通っていた。議場で聞いた、どの言葉とも同じように。

リゼルには、返す言葉が見つからなかった。

彼女は眼下を見た。

靴を片方だけ握りしめていた女の子が、昨夜の毛布の一枚にくるまって、小さく丸くなっている。老婆は同じ場所で、まだ荷車の車輪にもたれている。子どもを抱えた男は、同じ姿勢のまま抱えている。毛布の届かなかった母子は、三列目の半ばで身を寄せ合っていた。

あの人たちに要る麦は、目の前の男の手の中にある。その代価は、閉ざされたままの門だった。

「……お約束いたします」

老公爵はもう一度、頭を下げた。踵を返す前に、彼は城壁の外の地面へ目を落とした。

彼が紙ではなく人を見るのを、リゼルは初めて目にした。

ほんのひと呼吸ほどのことだった。老公爵はそのまま、階段を下りていった。

リゼルはひとり、胸壁の上に残された。手には、エリアスの手帳がある。

大広間では、たった一曲で、居並ぶ貴族たちの心を揺さぶることができた。議場では、最後まで言葉を尽くしても、麦の袋ひとつ動かせなかった。

今朝、麦の袋を動かしたのは、そのどちらでもなかった。

夜通し一列ずつ数えた数字と、開けないと約束したばかりの門だった。

◇

老公爵の倉からの荷車は、昼前に着いた。

麦の袋がひとつずつ下ろされ、門の外に積まれていく。議場では、ひとつも動かせなかった袋だ。大鍋が火にかけられ、麦はやわらかくなるまで煮込まれた。

エレナは列に沿って歩いていった。病人は火のそばへ。まだ動ける者には、水運びを。男がひとり、最初の鍋から椀をつかもうと手を伸ばした。

「水が先ですわ。お腹に入れるのは、そのあと」

男は手を止め、それからおとなしく水の器を受け取った。

麦粥を椀によそうのは、すべてリゼルがした。ひと椀ずつ、自分の手で。

そのひと椀が、荷車の車輪にもたれていた老婆の手に渡った。

「ありがとうございます」

老婆は両手で椀を受け取った。リゼルは、その隣の地面に腰を下ろした。何かを尋ねるつもりはなかった。けれど、老婆のほうから話しはじめた。長いあいだ背負ってきたものを、どこかに下ろさずにはいられない人のように。

「隣の村が焼かれたって、聞いたんです」

「だから、兵隊が来る前に出てきました」

どちらの兵隊なのか、老婆は言わなかった。

「馬は、途中で倒れました」

「途中の町では、もう入れないって言われましてね」

老婆が口にしたその町の名を、リゼルはよく知っていた。胸もとの一覧に載っている名だ。その町の最初の数字は、もうずいぶん前に、丸で囲んであった。

――避難民の面倒は、受け入れた町が見るべきものでございましょう。

議場で、そう言った者がいた。リゼルはその言葉を、あの町の名と一緒に、胸の内に折りたたんでしまっておいた。

老婆はそのすべてを、淡々と話した。

涙はなかった。見知らぬ誰かの話でもするように。そして話し終えると、自分の場所へ戻っていった。

少し離れたところで、エレナが、靴を片方だけ握りしめた女の子の前に膝をついていた。

女の子の素足は、両方とも道の土埃で黒ずみ、踵がひび割れていた。残った片方の靴は、足ではなく、手の中にある。

エレナは清潔な布を、両足にひと巻きずつ巻いていった。きつすぎず、緩すぎず。何年もこうしてきた人の手つきだった。

そのあいだずっと、女の子は手の中の靴を離さなかった。

エレナも、それを取り上げようとはしなかった。

「……持っていてよろしいですわ」

子どもを抱えた男は、昨夜から一度も、その子を下ろしていなかった。片方の腕が、ずっと震えている。少しのあいだ代わりに抱こうと、ライラが腕を差し出した。男は首を横に振り、もう片方の手で麦粥の椀を受け取った。

その日の昼過ぎ、誰もが食べることができた。

けれど、口を開く者はいなかった。

◇

日が暮れても、門の外は、たどり着いた最初の夜と同じように静かだった。

話す者はいない。聞こえるのは、焚き火のはぜる音と、眠れずに毛布の下で寝返りを打つ子どもたちの気配だけだった。

エレナは列の端まで見て回り、それから戻ってきて、リゼルの前で足を止めた。

「……全員、食べましたわ」

リゼルは頷いた。

楽器は、昨夜毛布が通ったのと同じ門の隙間から、運び出された。舞台はない。演奏を告げる者もいない。アレンのドラム、ライラのベース、エリアスの魔晶石キーボードが、城壁のそばの土の上に置かれた。焚き火の明かりが、かろうじて届くところに。

「音は、いちばん小さくしておきます」

エリアスは音響増幅石の力を絞り、その光がかすかに瞬くほどにまで落とした。

リゼルが選んだのは、かつて大広間で歌った曲だった。

あの夜、彼女はこの歌を、数百ものクリスタルのシャンデリアの下で、宝石を身につけた人々に聴かせた。今夜は同じ歌を、石の城壁の下で、靴を片方しか持たない人々に聴かせる。

最初に鳴ったのは、アレンのドラムだった。小さく、ゆっくりと、一定の間隔で。心臓の鼓動のように。エリアスの鍵盤が、ガラスの鐘のような音でそれに続いた。

――暖炉の前の毛布よりも、もっとあったかくしてみせます!

ライラはかつて、自分のベースのことを、そう言った。

昨夜、毛布は三列目の半ばにも届かなかった。

リゼルは、誰かに立ち上がれとは歌わなかった。拳を掲げろとも歌わなかった。声が返ってくるのを待つ一節も、どこにもない。この歌は、誰にも、何も求めなかった。

足に布を巻いた女の子は、最初の一節が終わるより先に眠ってしまった。小さな手は、あの靴をまだしっかりと握っている。

昨夜から子どもを抱えたままだった男は、腕の中の寝息が、ゆっくりと長くなっていくのを感じた。彼はそっとその子を下ろし、じっと座ったまま、まだ震えている自分の手を見つめた。

荷車の車輪にもたれた老婆が、口もとを手で覆った。

馬が倒れたときも、老婆は泣かなかった。あの町に入れてもらえなかったときも。日が暮れるまで、王都の門の前で待っていたときも。昼に、そのすべてを話したときも。

今夜、その肩が震えていた。

この人々が門の前にたどり着いてから、誰かが泣いたのは、それが初めてだった。

リゼルは、演奏を止めなかった。

あの宴のあと、物置部屋で、彼女は言ったことがある。歌が、人を泣かせたわけではない。

――ただ……心の中にあるものが、流れ出る場所を作っただけなのだと思いますわ。

今夜、その場所は、閉ざされた門の外の、狭い地面だった。

曲が終わり、静けさが戻ってきた。

けれどそれは、最初の夜の静けさではなかった。声を道のどこかで使い果たした人々の沈黙ではない。眠りについた人々の、静けさだった。

リゼルは城壁を見上げた。

門の上の胸壁に、ひとりの老人の影が立っていた。いつからそこにいたのかは分からない。その輪郭に、リゼルは見覚えがあった。

しばらくして、その影は、王都のほうへ向き直った。

門は、閉ざされたままだった。

◇

その曲のあいだ、エレナは聴き手のなかに腰を下ろさなかった。

水の器を抱えて通りかかり、火明かりの縁で足を止めたのだ。バンドから数歩のところ。聴き手のなかでもなく、バンドのなかでもない場所に。

後方の医療施設では、聴き手のなかに座って見ていた。そして、ふと思ったのだ。

――もし、わたくしも……あの場所に立っていたら。

あの朝、遠ざかる馬車を見送るのが「見ているだけのわたくし」だなんて――そんな結末を、彼女は受け入れなかった。だから、王都までついてきた。

けれど王宮での三週間、彼女はやはり、見ていただけだった。物置部屋の扉のそばの床から。王女の部屋の窓が見える、内庭の道から。

見極めの答えは、もう何日も前から、彼女の手の中にあった。

それを認めてしまえば、ここに留まる口実がなくなる。

エレナは、手の中の水の器を見た。指先に巻いた布を見た。それから、リゼルの隣の、誰も立っていない場所を見た。

彼女は、水の器を地面に置いた。

バンドの面々が楽器を片づけはじめたころ、エレナは、まだギターを抱えているリゼルの前まで歩いていき、足を止めた。

「外から見極めるのは、もう十分ですわ」

ひと呼吸、間があいた。

「……これからは、内側から見させていただきます」

その言葉を、誰かに求められたわけではない。リゼルが求めたことは、一度もなかった。

リゼルはしばらく彼女を見つめ、それから、手にしていたギターを差し出した。

あの日の馬車の中と、同じように。指先の痛みに眉をひそめ、ギターを返しながら、エレナがこう言った日と。

――誰が始めると申しました?

今度は、エレナはそれを受け取った。

そして今度は、返さなかった。

リゼルは、あの日の馬車でそっと胸にしまった考えを思い出していた。

――いつか、もう一本のギターが隣に並ぶ日が来たら。

その日は、思っていたよりも近いのかもしれなかった。

「では、弦の張りは、これからはご自分で決めてくださいね」

エレナははっと顔を上げた。口が答えるより先に、耳のほうが赤くなっていた。

「……何のお話かしら」

エリアスは、もう手帳を開いていた。ある行の「四」に線を引き、その隣に「五」と書き入れる。ライラはうつむいて、上がりかけた口元を隠した。アレンは変わらず直立したまま、何も言わなかった。

◇

その夜も、受け入れ先の町の一覧は、いつものように届けられた。新しい数字を添えて。

あとの数字が減ったことは、一度もなかった。

リゼルはそれを持って物置部屋へ行き、部屋の隅の古い木箱に腰かけた。

兄がいつも腰を下ろして、彼女の歌を聴いてくれていた場所だ。


高い窓から差し込む月明かりで、どうにか文字が読める。

扉のそばでは、エレナがいつものクッションに腰を下ろしていた。膝の上にはギター。弦を一本ずつ緩め、自分の指先にちょうどいい張りへと合わせている。

誰かが寝静まるのを待つ必要も、誰かがこっそり緩めておいてくれる必要も、もうなかった。

リゼルは一覧を一行ずつ読んでいき、最後の行にたどり着いた。

王都の名は、ない。

彼女はペンを取り、ページの終わりに、自分の筆跡で新しい行を書き加えた。

王都

あとの欄には、昨夜自分で数えた数字を書いた。一列ずつ、最後の一人まで。

最初の欄――受け入れられる人数は、空けたままにした。

王都は、誰も受け入れていないから。そして今朝、約束をしたばかりだから。

これまで毎晩、彼女はあとの数字に追い越された最初の数字を、丸で囲んできた。今夜、最初の欄には、囲むべき数字がない。

リゼルは、その空いた欄を丸で囲んだ。

扉のそばで、弦が小さく鳴った。一音だけ。わずかに狂っている。糸巻きが少しずつ回され、やがて、音がぴたりと収まった。

最初の欄は、空いたままだった。


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