第21話――解放の歌
沈黙が、ほんの一瞬だけ長く伸びた。
誰も笑わず、冗談を口にする者もいない。挨拶を交わす声さえなかった。
エレナはグスタフとマルガレーテの間に座り、慎重な目で舞台を見つめていた。リゼルたちが働く姿をここ数日ずっと見てきた。
それでも、今の彼らの真剣な表情を目にすると、いったいどんな歌を演奏するのだろうと、あらためて疑問が湧いてくる。
舞台のすぐ前から少し離れたところでは、レオンが中庭の通路を確かめていた。その近くに立つユリウスは、舞台上のリゼルを見つめている。彼は何も言わず、彼女が歌い始めるのを待っていた。
リゼルは、マイク型に作り替えられた音響増幅石を下ろし、目の前の木製スタンドに固定した。それから、ゆっくりと息を吸い込む。
彼女の唇が動いた。
まだ終われない……
その声はあまりに小さく、最初は言葉なのか歌なのか、ほとんど聞き分けられないほどだった。リゼルはうつむいたまま、観客を見ようともしない。まるで、誰かが自分自身に向かってそっとつぶやいているかのような声だった。
「まだ、消えない……」
家族連れの一組が会話を止めた。以前、リゼルのギターを聴いたことのある女の子が、母親の手元から顔を上げる。楽器の形も、舞台に立つお姉さんの顔も覚えていた。けれど、どうして今の声は、前に聴いた曲とこんなにも違うのだろう。少女には分からなかった。
「この胸の鼓動が……」
リゼルの声はまだ低い。それでも、一つひとつの言葉が少しずつ明瞭になっていく。彼女はゆっくりと顔を上げ、舞台の床に向けていた目を、正面へと移した。
「まだ、叫んでる……」
一人の患者が、包帯を整えていた手を止めた。中庭の端を通りかかった職員も歩調を緩め、舞台を振り返る。どんな歌なのか、まだ分からずにいる観客もいた。
リズムを示す楽器の音はなく、先を予想できるような耳に心地よい旋律もない。
ただ、一人の少女が胸の奥から言葉を掘り起こすような声だけがあった。
「傷だらけでも……」
「立てなくても……」
二つの言葉の間に、リゼルは短く息を継いだ。もう目をそらしてはいない。その声には、いっそう確かな重みが宿っていた。まるで、簡単に宙へ放り出してしまうことのできない、重すぎる言葉を支えているかのようだった。
「明日を望むことは——できるだろ……?」
最後の声がわずかに震えた。だが、弱々しくはなかった。舞台を包む静けさは、手で触れられそうなほど確かな期待へと変わっていく。
この先、彼女が何をするのか、誰にも分からない。背筋を伸ばす者がいた。身を乗り出す者もいた。瞬きをした隙に何かを見逃してしまうのではないかと恐れるように。
リゼルは息を吸った。
「……そうだろ?」
今度は、顔をしっかりと上げた。鋭く澄んだ眼差しから、その変化は舞台の近くにいる者たちにも伝わった。
中庭全体の空気が、たちまち重くなった。頭上から巨大な圧力が押し寄せてくるかのように、人々は身体を押さえつけられ、身動きさえままならない気がした。舞台の中央に立つリゼルから、誰一人として目をそらせなかった。
そして、リゼルは声を爆発させた。
「まだ、終わってねぇだろうがッ!!」
叫びが、鋭く中庭を切り裂いた。
アレンが、長いあいだ閉ざされていた扉を叩き破るかのように、ドラムスティックを振り下ろした。重いドラムの衝撃に、最前列の観客がのけぞる。兵士の一人は肩をびくりと震わせ、別の男は目を見開いて、踵にかけていた重心を後ろへずらした。
同時に、ライラが力強くベースの弦を押さえる。低音が舞台の床を伝い、足の裏から這い上がる振動のように響いた。エリアスは魔晶石キーボードの鍵盤を両手で押し込み、背後に巨大な音の壁を築くように、広がりのある音を重ねる。そしてリゼルは、ギターの弦にピックを叩きつけた。
ギャリィィィン——ンンンンンンンンンンンンンッ!!
ユリウスは肩をびくつかせ、思わず目を見開いて舞台上のバンドを見た。こらえきれず、声が飛び出す。
「いきなりこんなに激しいんですか、お嬢……!」
音の衝撃に、レオンの背筋も本能的に伸びた。彼は瞬きもせず、舞台を見つめている。
戦いを通じて決意を示す人間なら見てきた。だが、武器を一本も抜かずに、これほどの力を放つ者を見たことはなかった。
すべての音が、静寂にぶつかった。マイクと楽器から伸びるケーブルは、舞台の後方に置かれた主音響増幅石へとつながっている。歌声も楽器の音もまとめて増幅され、圧倒的な勢いで中庭の隅々まで広がっていった。
ただ音量が大きくなっただけではない。音には鋭い輪郭と重みがあった。ギターが空気を切り裂く一筋の線となって走り、ベースがリズムの底を固める。ドラムは胸の内側で爆発するかのように連打し、キーボードはすべての音を広げ、小さな木の舞台とは比べものにならないほど巨大な響きを生み出していた。
観客の中には、驚いて思わず胸元に手を当てる者もいた。一歩後ずさってから、舞台を凝視したまま動かなくなる者もいる。中庭の縁近くに座っていた人々も、いっせいに顔を上げた。
リゼルはギターを抱えたまま、少し身を沈めた。弦を打つ力に合わせて身体が動く。右手が弦を叩くたび、鋭い音がドラムの合間を突き抜けた。もはや彼女は、物語をやさしく語るようには歌っていない。その声は、すべての楽器とともに前へ進む戦線そのものだった。
アレンは目の前のリズムから視線を外さず、真剣な顔でドラムを叩き続ける。肩も腕も力強く動き、疲れた心臓を無理やり前へ押し出すかのようだった。ライラは支え続けるベースの響きに身を揺らしながら、確かな眼差しを保っている。左手がネックを滑り、右手の指が正確に低音を引き出した。
エリアスも、慎重に新しいものを試す研究者の面影を失っていた。鍵盤に集中し、ギターや歌声を覆い隠さないよう、音の層を操っている。彼が生み出す音は、単なる背景ではない。横にも後ろにも広がり、リゼルが声を上げるたび、その声を受け止める広大な空間が生まれるようだった。
リゼルは、もう一度ピックを振るった。
踏みにじられた願いでも
胸の奥には 火が残る
帰りたい場所 待つ人の名も
忘れられるはずもない
立てない足を 責めるなよ
上がらない腕を 恥じるなよ
ここまで生きてきた鼓動を
敗北なんかと 呼ばせるものか!
彼女の歌声は、容赦なく突き進むドラムに乗って打ちつけられた。歌詞は慰めの言葉として差し出されているのではない。一つひとつの言葉が、聴く者に諦めを強いる何かを拒絶するように、強く吐き出されていた。
立ち上がれない足を歌ったところで、舞台の前に座る患者の一人が、きつく包帯を巻かれた自分の脚を見下ろした。太腿の筋肉が、知らず知らずのうちにこわばる。彼は歯を食いしばり、椅子の縁に手を置いてから、再びリゼルを見上げた。
片腕に包帯を巻いた別の男は、使えるほうの手をぎゅっと握りしめてみた。手の甲に腱が浮かぶ。傷ついた腕は思うように動かせない。それでも、ドラムの音にせき立てられるように、動くほうの手にはさらに力がこもった。
最前列で、何人かが地面を踏み鳴らし始めた。
ドン! ドン! ドン!
最初は、ほかの者より立ちやすい若い兵士が、一人で靴の踵をドラムのリズムに合わせて打ちつけただけだった。誰かに見せようとしたわけでもない。だが、すぐ隣の男も真似をし始め、靴が木の床や土を叩く音が、ばらばらのリズムとなって混じり始めた。
リゼルは、誰かが追いつくのを待って演奏を止めたりはしなかった。舞台の縁へ近づき、顎を上げ、ヴァースの最後の一節をギターの音とともに突き抜ける。見えない障害物を引き裂くような勢いだった。
歌声がほんの少し低くなる。だが楽器は重みを緩めることなく、次のリズムを押し進めた。
痛みは消えない
傷も消えない
失くしたものは 戻らない
それでも今 君がここにいる
その命まで 奪わせない!
アレンのドラムは途切れることなく打ち鳴らされた。スティックがヘッドに落ちるたび、疲れを押して鼓動を刻み続ける心臓の音のように響く。ライラのベースは低音をしっかりとつかみ、曲が弱まるのを許さない。エリアスのキーボードは少しずつ音の広がりを高め、暗い雲が押し分けられていくように、響きを上へ、外へと広げていった。
最後の言葉を叫んだ瞬間、ギターの音が短い連打となって上へ突き抜けた。
舞台の前にいた観客たちは、知らず知らずのうちに一歩近づいていた。言葉とリズムに引き寄せられたかのように。先ほど音楽が爆発した瞬間、身体を硬直させていた中年の男は、指の関節が白くなるほど拳を握りしめた。呼吸が荒くなる。自分でも答えることを恐れていた問いを突きつけられたかのような目で、リゼルを見つめていた。
リゼルはギターを構え直す。分厚いコードが、彼女を支えるように押し寄せてきた。
声を上げろ! 拳を掲げろ!
絶望なんかに 奪わせるな!
生きているなら まだ終わりじゃない!
明日へ向かって——叫べ!!
解き放て! 胸の奥の火を!
震える声も 歌に変えろ!
傷だらけでも 立てなくても
明日を望むことはできるだろ!
「声を上げろ!」
リゼルは、進路を塞ぐ巨大な壁に向かって叫ぶかのように声を張り上げた。目の前に立つ負傷者たちに怒鳴りつけているのではない。歌詞に合わせて拳を掲げ、全身を声に乗せる。そして次の拍で、ギターを強くかき鳴らした。
最前列の人々が、一斉に目を覚まされたかのように動き始めた。立っていた兵士の一人が、突然、頭上へ拳を突き上げる。包帯を巻いた腕はかすかに震えていたが、それでも彼はその拳を下ろさなかった。別の男は、考えるより先に喉から歓声をほとばしらせた。さらに若い男が、足を強く踏み鳴らし、土埃をわずかに舞い上げる。
「拳を掲げろ!」
観客たちの後方にいた兵士の一人も、思わず拳を上げた。自分がそうすると考えるより先に、身体がその言葉に応えていた。
「絶望なんかに 奪わせるな!」
マルガレーテは眉を寄せた。最初は黙って聴くつもりだったのに、ベースのリズムに合わせて、いつの間にか頭がほんの少し動いていた。最初は、偶然そうなっただけだと思えるくらいの動きだった。
隣のグスタフは、相変わらず平然とした顔で舞台を見つめていた。頭が一度だけ、ドラムのリズムにぴたりと合って動き、それから何事もなかったかのように止まる。
マルガレーテはすぐには気づかなかった。ギターの音が、再び勢いよく駆け上がっていったからだ。
「生きているなら まだ終わりじゃない!」
中庭の縁近くに座っていた兵士が前のめりになり、傷ついていないほうの拳を高く掲げた。リゼルの声が灯りの向こうまで響き、舞台から離れた場所に立つ人々も、ところどころから声を返し始めた。
「明日へ向かって——叫べ!!」
「叫べ!」
最初の応答は、舞台の前にいた若い兵士から上がった。声はかすれ、タイミングも揃っていない。自分で決心するより先に、思わず叫んでしまったかのようだった。隣の男が驚いた目で彼を見る。だが、ほんの一瞬の後、その男も拳を握り、同じ言葉を叫び返した。
「叫べ!」
リゼルは、返ってきた声を聞くために立ち止まったりはしなかった。ギターを次のコードへと強く引き戻す。バンドの音は全力のまま突き進み、小さな応答は曲の勢いに呑まれていった。それでも、その声は叫んだ者たちの心から消えてはいなかった。
ユリウスは、最初に声を返した若い兵士へ顔を向けた。目を大きく見開いている。
「聞こえましたか、レオン様? みんな、お嬢に声を返してくれました!」
レオンは、リズムに合わせて動き始めた人々を舞台越しに見つめたまま、短く答えた。
「見えている、ユリウス」
グスタフの頭が、もう一度リズムに合わせて動いた。今度は、先ほどのような小さなうなずきではない。ドラムの衝撃にぴたりと合わせて頭を揺らし、髪まで拍子に合わせて動いている。表情は相変わらず無表情だが、その正確で力強い動きは、重要な会議に臨むとき以上に真剣に見えるほどだった。
「……おいおい、マジかよ!」
自分の肩がしばらく前から曲に合わせて動いていたと気づき、マルガレーテは思わず悪態をついた。必死に平静を保とうと唇を結ぶ。だが、次のドラムの連打が響くと、身体はまた音楽の勢いに合わせて揺れた。今度はもう抵抗せず、髪を散らしながら思いきり頭を振る。片手を握りしめ、重い拍子に合わせて太腿を叩いた。
「ちくしょう……なんなんだよ、この曲は!」
口ではそうぼやきながら、リゼルの歌声が高く跳ね上がると、頭をさらに強く振った。マルガレーテの目は、挑みかかるような鋭さで舞台を見据えていた。ギターの音が、自分にも声を返してみろと挑発しているかのようだった。
エレナも、もう以前のような落ち着きを保てなくなっていた。組んでいた腕をほどき、両手をぎゅっと握りしめる。重い音の衝撃に合わせて、肩が自然と動いていた。サビが押し寄せた瞬間、彼女は思わず腰のあたりから拳を突き上げた。叫びそうになるのをこらえるかのように、唇をきつく結ぶ。
けれど、彼女の目はリゼルだけを見ていたわけではなかった。
エレナには、舞台の前に立つ人々が拳を掲げ、声を返し始めたのが見えた。誰かが足を踏み鳴らすと、隣の者が振り返る。中庭を囲む椅子に座った負傷者たちも、それぞれ自分の身体が許すやり方で参加しようとしていた。拳を握る者もいれば、音楽に引かれるように前へ身を乗り出す者もいる。
エレナの心臓はドラムに合わせて激しく打っていた。貴族令嬢らしく振る舞おうと努めているのに、掲げた拳を簡単には下ろせなかった。
以前から抱いていた疑いを忘れたわけではない。ただ、目の前で起きていることを見れば見るほど、否定するのが難しくなっていた。
サビが終わっても、ドラムは止まらなかった。重いリズムへと切り返し、ベースが下から力強く支える。リゼルのギターはいったん短く音を落とし、次の瞬間には再び鋭いフレーズを放った。
誰かのために 笑えなくても
誰かを救えずともいい
何もできない そんな夜に
自分自身を 見捨てるな
果たせなかった 約束も
届かなかった 祈りも
胸の奥に 抱いたままで
人は明日を 願えるんだ!
リゼルは小さな舞台の上を動いた。腕の動きに合わせてギターの弦が弾ける。どの言葉にも重みがあるが、この節の声には、聴く者を心の中の穴から引き出そうとするような、まっすぐさがあった。
「自分自身を 見捨てるな」
中庭の縁に座る兵士が、ゆっくりと椅子の背にもたれた。まだ体重を支えられるほうの足を動かし、靴の踵で床をリズムに合わせて打つ。今夜、彼は立ち上がることができない。それでも、先ほどまで無表情だった顔に、はっきりと感情が浮かび始める。唇が歌に合わせて動いた。自分に向かって口にしたことのない何かを、試しに言ってみるように。
母親の隣に座った女の子は、満面の笑みを浮かべていた。以前にリゼルを見たことがあり、ギターも覚えていた。けれど、同じ楽器から今度は炎のような音が飛び出してきた。最初の音には驚いて身をすくめたのに、今では腕を上げて、一緒に声を上げている。
「まだ終わりじゃない!」
まだ歌詞ははっきりとは聞き取れない。それでも、小さな声は観客のざわめきに混じって、確かに耳に届いた。
母親は娘に微笑みかけ、それから輝く目で舞台へと視線を戻した。
リゼルはギターを少し高く掲げた。コードはさらに明瞭に、厚みを増して響く。金色の髪が動きに合わせて舞い、観客のほうへ振り向いた彼女の姿からは、見慣れた優雅な王女の面影が一瞬消えていた。代わりに、舞台に立つ歌い手の荒々しい迫力が全身から放たれていた。
息を吸え! その胸で!
もう一度 音を鳴らせ!
誰にも奪えない明日を
この声で——切り開け!!
アレンはさらにテンポを上げ、ドラムスティックをこれまで以上に細かく打ちつけた。ライラは揺るぎないベースで応え、バンド全体を前へと引き寄せる。エリアスは背後の音を幾重にも広げ、小さな中庭の空間そのものが押し広げられていくかのような響きを作り出した。
リゼルが「この声で——切り開け!!」と叫ぶと、ピックがギターの弦を鋭くかき鳴らした。金属同士がぶつかったときに散る火花のような音だった。
舞台前の観客たちは、誰かに促されなくても声を上げ始めていた。拳を突き上げ、音に合わせて空を殴るように振る者。地面を踏み鳴らし、土埃を揺らす者。傷ついていないほうの腕を頭上に掲げ、歌詞をまだわずかしか覚えていないのに、かすれた声で叫ぶ男もいた。
「明日へ!」
リゼルは表情の激しさを少しも和らげなかった。むしろ、瞳の決意がいっそう鮮明になる。観客へ向き直り、ドラムが節の終わりを叩きつけるのに合わせてギターを地面へ向け、二度目のサビを全力で叫び始めた。
声を上げろ! 拳を掲げろ!
絶望なんかに 屈するな!
涙に濡れた その瞳にも
まだ映るだろう 明日の光!
解き放て! 心の鎖を!
砕けた夢を 捨てるな!
今は一歩も 進めなくても
明日を願う心は 消せやしない!
今度は、観客たちも歌が何を求めているのか、もう迷わなかった。リゼルは歌声を前方へと押し出すように全身を使い、ギターの勢いに合わせて頭を振る。髪先が照明を横切り、右手は弦を素早くかき鳴らし続けた。
「声を上げろ!」
中庭のあちこちから声が返ってきた。その声は、一つの火花から次の火花へ燃え広がる炎のように、少しずつつながっていく。
「声を上げろ!」
舞台前に立つ二人の兵士が身を乗り出し、吠えるような声で叫び返した。
「拳を掲げろ!」
観客の声が、少しずつリゼルを支え始めた。誰もが、自分の身体でできるやり方で応えている。頭上に拳を掲げる者、椅子の肘掛けを拍子に合わせて叩く者、座ったまま歌詞を叫ぶ者も。
「明日の光!」
グスタフは、もうはっきり分かるほど頭をリズムに揺らしていた。役所の報告書でも読んでいるかのように表情は平然としているのに、ドラムの拍子に頭の動きがぴたりと合っている。
マルガレーテは一瞬だけ夫を見た。すると、自分も負けないほど激しく頭を振っていることに気づいた。自分の身体が勝手に動いていたと知り、はっと動きを止める。それから、耐えきれないとでもいうように、小さく悪態をついた。
「やばい……身体が勝手に動いてやがる!」
グスタフは彼女を振り向きもしない。まるで練習してきたかのように、ぴたりと拍子に合わせて頭を揺らしていた。
マルガレーテが口を開きかけた、そのとき、リゼルのギターが高く鋭く鳴り響いた。音が空気を切り裂き、二人は示し合わせたわけでもないのに、同時に舞台へと向き直った。
エレナは、演奏に加わり始めた人々を見つめていた。彼らの叫びは、誰のものでもない一つの声に溶けてしまったわけではない。一人ひとりの姿が、まだはっきりと見える。顔を赤くして叫ぶ者。震える腕で拳を掲げる者。座ったまま前のめりになり、胸の奥から声をできるだけ遠くへ届けようとする者。
リゼルが自分から広がる圧力のただ中に立つ姿も、メンバーたちが一音一音に命を懸けるかのような真剣さで演奏する姿も見えた。
エレナの心臓は、鼓動を自分で感じ取れるほど激しく打っていた。全身に鳥肌が立つ。
それでも、彼女が目を離せないのは、リゼルが威圧的なほど力強く見えるからだけではなかった。
周りの負傷者たちだ。少し前まで疲れ果て、力を失っているように見えた彼らが、今は変わり始めた眼差しで演奏を見つめている。
もし、わたくしも……あの場所に立っていたら。
どんな気持ちになるのだろう。
アレンはその合図を受け取り、ドラムの音を少しずつ引いていった。ライラもベースの響きを静かに落とし、エリアスのキーボードも、最後の余韻を残して消えていく。
一つ、また一つと音が遠ざかり、舞台には静かな余白が生まれた。
次の瞬間、ギターの音だけが中庭に響き始めた。
最初の旋律は、深く胸を刺し、かすかに震えていた。喉の奥へ押し戻された嗚咽のようだった。リゼルは弦をしっかりと押さえ、指先をわずかに震わせながら、音を長く引き伸ばす。弱々しく嘆いているのではない。誰かが声を出そうとしているのに、痛みが邪魔をして、まだ言葉にならない。そんな音だった。
最初の音が、中庭の空間に長く残る。
二つ目の音が、少しだけ高くなる。
三つ目の音は、口にできない言葉のように、音の先で震えた。
旋律が変わり始める。
泣いているようだった音が、少しずつ痛みの底から顔を上げていく。短い音が次第に速く連なり始めた。リゼルの指がネックの上を走る。弦を押さえ、離す動きは正確だった。かすかに揺れていた音が、段階を踏むように鋭く高くなっていく。
旋律がもう一段高く跳ね上がったとき、観客の一人が知らず知らずのうちに息を止めた。彼は、溺れたあとにようやく水面へ顔を出したかのように荒く息を吸い、後ずさることなく高みへ登っていくギターの音を追って顔を上げた。
「は……っ!?」
観客の誰かから、思わず声が漏れた。ギターの音がさらに高くなった瞬間、歓声を上げようとしていた男は口を開いたまま固まった。言葉は喉につかえ、目は瞬きさえ忘れたように見開かれている。それでも、リゼルの手は止まらない。誰も聴いたことのない旋律を、たった一本の楽器から引き出すかのように、弦の上を速く駆けていた。
「待てよ! 今の音、なんだ!?」
「歌声なのか……いや、違う! 楽器から出てるんだ!」
舞台前から驚きの叫びが上がった。だが、言い終わるか終わらないかのうちに、ギターの音が次の波となって突き抜け、観客の声をすべて呑み込んだ。先ほどまで歓声を上げていた人々も、そこに釘づけになったかのように顔を上げ、舞台を見つめている。普段なら歌声を支える側にある楽器が、人間の声など借りずに、これほど激しく叫べるとは誰も思っていなかった。
若い兵士の一人が、腕を限界まで伸ばして拳を掲げ、何を言おうとしていたのかも分からないまま、顔を熱くして叫んだ。その隣では、別の男が思わず席から立ち上がり、さらに高く駆け上がる旋律に口を開けたまま見入っている。中庭の端に座る者は、動くほうの手で椅子の肘掛けを何度も叩いた。胸の中に押し込められていく衝撃を、どうにか外へ逃がそうとするように。
「すげえ……! すごすぎるだろ!」
マルガレーテは目を見開いた。ますます高く上がるギターの音が、心の奥底にある何かを引き裂いて引きずり出すようだった。一瞬、息をすることさえ忘れる。あまりにも激しい抵抗の響きに、彼女の胸まで締めつけられた。言葉では吐き出せない感情を、その音が代わりに叫んでいるかのようだった。
グスタフも、リゼルから目を離せなかった。表情こそ落ち着いたままだが、胸の内は自分でも思いがけないほど揺さぶられている。これほど激しい感情を伝えられる楽器の音を、彼は聞いたことがなかった。
エレナは息が喉につかえたように感じた。素早く動くリゼルの指を目で追う。音が胸の真ん中に激しくぶつかり、心臓は追いつけないほど速く打ち始めた。
これほど激しい感情の音が……本当にあるの?
その思いが唐突に浮かび上がった。だが、次のギターの波に呑み込まれ、すぐに消える。あとに残ったのは、もう言葉にまとめることのできない驚きだけだった。
今度は、中庭のあちこちから歓声が上がった。だが、それらは狂ったように速度を上げていくギターに比べれば、小さな伴奏にすぎない。何人もの観客が、瞬きをしただけで二度と見られないものを見逃してしまうとでもいうように、信じられない眼差しでリゼルの手を見つめていた。
リゼルが頭を振る。金色の髪が勢いよく広がり、左手の指はさらに速く弦の上を駆けていく。
観客たちがさっき聴いた音を理解する間もなく、新たな旋律が襲いかかった。何人もが思わず同時に息を吸う。波のように上がっていた歓声は一瞬でかき消え、舞台上の少女の手元だけを見つめる無数の視線が残った。たった一つの楽器で、人間には不可能に思えることを成し遂げようとしている。その一瞬を見届けるかのように。
リゼルは指先を加速させ、ギターの弦を駆け抜けた。旋律は波を重ねながら、さらに高く、さらに速くなっていく。長く伸びた音が、稲妻のように何度も落ちる短い音の連続へと裂けていった。最初の旋律に宿っていた痛みは消えていない。ただ、前へと突き進む抵抗の力へと姿を変えていた。
リゼルはわずかに身を屈め、長く高い音を引き伸ばした。その音は、極限まで張り詰めた光の糸のように、空中に震えながら残った。
そして、ソロの最後のコードを叩きつけた。
ギャアアアアアアアアン——ッ!
長く伸びる音が空気を引き裂く。バンド全体がその張り詰めた響きを支え、ほんの一瞬、音を宙に留めた。
そして、すべてが止まった。
ギターも、ベースも、広がり続けていたキーボードの音もない。残ったのは、たった今の演奏を聴いた人々の心に残る震えだけだった。先ほどまで叫んでいた兵士は、口を少し開いたまま動きを止めていた。掲げた拳も、まだ下ろされていない。
アレンはリズムを変え、低い音をぽつりぽつりと打ち始めた。静寂の奥で鳴る心臓のように、間隔を置いて。
ドン……
ドン……
ドラムが遠く離れた拍子を刻み続ける。だが耳を澄ますほど、ユリウスはそのリズムが自分の胸の内でも鳴っているように感じた。
「レオン様……不思議ですね」
舞台から目をそらさないまま、彼はつぶやいた。
「ドラムの音はあれだけしかないのに、自分の心臓までそのリズムで打っている気がします」
レオンは戦いの前に人々が上げる叫び声を聞いたことがある。決断を迫られる瞬間、自分の心臓が強く打つ音も知っている。だが、今聞こえている拍子は、それらとは違った。彼を急き立てて動かすのではなく、一つひとつの鼓動をはっきりと意識させ、注意をそらせなくする。
「……私も同じように感じている」
リゼルは再びマイクへ身を寄せた。
聞こえるか……!
まだ鳴っている……!
弱くても!
震えていても!
その鼓動は——君のものだ!!
最初の言葉で彼女の声は低く落ちた。けれど、誰もが耳を傾けているからこそ、張り詰めた空気はかえって濃くなっていく。残されたアレンの鼓動をかき消すほど声を張り上げることはせず、静まり返った水面に石を投げ落とすように、一つひとつの言葉を中庭の真ん中へ置いていった。
リズムに合わせて揺れていた観客たちの動きが、少しずつ静まっていった。アレンの刻む低い拍が響くたび、胸元にそっと手を当てる者もいれば、唇を結んだままリゼルの声に耳を傾ける者もいた。マルガレーテも頭を揺らすのをやめ、黙ってその声を聴いていた。グスタフは静かに目を伏せ、膝の上の指先で、かすかに拍を刻んでいた。
リゼルは片手を前へ差し出した。誰か一人を指さしたのではない。誰もが胸の内で、すでに一度は聞いたことがあるかもしれない鼓動に耳を傾けるよう、呼びかけているかのようだった。
「誰かに勝つためじゃない!」
声が少しずつ高くなる。歌詞の衝撃が、中庭の空気を再び張り詰めさせた。
「誰かに認められるためじゃない!」
アレンは一打ごとにドラムの力を増していく。ライラのベースが少しずつ前へ出てきて、エリアスのキーボードは、嵐の前に風が集まるように幾重にも広がり始めた。
「君が明日を望むこと——」
リゼルは観客のほうへ身を乗り出した。声が、突然、上へと突き抜ける。
「誰にも奪わせるなァァァッ!!」
その叫びが、中庭の真ん中へと叩きつけられた。
最前列から歓声が爆発し、後ろに立つ兵士たちからも唸るような叫びが続いた。まるで、自分自身の答えを歌に突き返すかのように。
「奪わせるな!」
さきほどまでの静寂は、観客たちの声にかき消されていた。リゼルは背筋を伸ばし、安定した姿勢でギターを構え直す。
アレンがドラムスティックを持ち上げる。
ライラが足を踏みしめ、構えを整える。
エリアスは鍵盤を押さえ、音を広く引き延ばす。
そして、リゼルが再び叫ぶより先に、バンドは全員そろって音を叩き込んだ。
まだ終われない! まだ消えない!
この胸の鼓動が叫んでる!
傷だらけでも 立てなくても
明日を望むことはできるだろ!
声を上げろ! 拳を掲げろ!
絶望なんかに奪わせるな!
生きているなら まだ終わりじゃない!
明日へ向かって——叫べェェェッ!!
ドラムが、再び全力で押し寄せた。ベースの重さに、舞台の下の大地までもが踊っているかのようだった。エリアスのキーボードは、曲が始まって以来もっとも広い音の層を展開する。リゼルのギターは鋭く激しい旋律であらゆる音を切り裂きながらも、歌声が一節ごとに聴く者へ届くための隙間を残していた。
音楽が再び爆発した衝撃に、ユリウスは息を胸から引き抜かれたようになった。最初の一打でびくりと身を震わせたが、すぐに抑えきれない笑みが浮かぶ。
「うわ……ここで一気に戻ってくるんですか!」
彼の足はドラムに合わせて床を打ち、肩はベースの音に揺れ始めた。片手は胸の高さで拳を握る。
リゼルが「声を上げろ!」と叫ぶと、ユリウスもほとんど考える間もなく、その声に合わせて拳を突き上げた。
「声を上げろ!」
力強い声が口をついて出る。彼は自分でも抑えられない高揚に、思わず小さく笑った。
「くそっ……お嬢の歌、ほんとに最高です!」
リゼルは全身を演奏に捧げていた。激しさを増すリズムに合わせてギターを振り、前に身を乗り出したかと思うと、すぐに跳ね返るように身体を起こす。最後のサビの前半では言葉が明瞭に聞こえていたが、盛り上がりの頂点へ達すると、その声はかすれ、ざらつき、喉の奥から響く咆哮のようになっていった。
「まだ終われない! まだ消えない!」
舞台近くの観客たちから、轟くような声が返ってきた。
「まだ終われない!」
今度は複数の声が叫び返した。全員が同時ではない。それでも、同じ言葉があちこちから響き始める。
「声を上げろ! 拳を掲げろ!」
舞台からの声が、熱を帯び始めた観客の返答を追いかける。リゼルは拳を高く掲げ、音楽の拍子に合わせて振り下ろした。すべての声を、できるだけ遠くまで押し出そうとするかのように。
「声を上げろ!」
「拳を掲げろ!」
繰り返される言葉を覚え、声を張り上げる者が次々と増えていく。最後の一語だけを叫ぶ者もいれば、歌詞を最初から最後まで口にする者もいる。歌う代わりに、大声で歓声を上げる者もいた。
誰もが、それぞれのやり方で胸の奥から湧き上がる感情を解き放ち始めていた。
ついにグスタフとマルガレーテは、同時に激しく頭を振るようになった。マルガレーテはドラムに合わせて髪を振り乱し、イヤリングが光を反射する。ギターの音がまた高く上がると、彼女は思わず悪態をついた。
「くそったれ! なんだよこの曲、めちゃくちゃアガるじゃねえか!」
グスタフは、何も心を動かされていないかのような顔のまま、正確に頭を揺らしている。短いブレイクの拍子さえ、一度も外さなかった。
「こんな曲を聴く機会は、人生で二度とないかもしれないな」
マルガレーテは反論しようと振り向いた。だが、次のドラムが鳴った瞬間、また前を向き、勢いを緩めずに頭を振り始めた。
エレナの口元が、両親に微笑みかけようとするように動いた。だが、リゼルの声は次の節へと突き進んでいる。彼女はすぐに舞台へ目を戻した。
「絶望なんかに奪わせるな!」
舞台の前に立つ人々が、何度も拳を空へ打ちつけた。かつて自分から何かを奪ったものを、拒絶するかのように。兵士の一人は声がかれるほど叫び、しばらく息を詰まらせた後、もう一度叫んだ。叫べば戦争が消えると信じているからではない。今この瞬間、自分の声で返事をすることができるからだった。
中庭を囲む椅子に座る人々も、それぞれ出せるだけの声を上げた。中年の女性は膝の上で力いっぱい手を叩く。片腕しか上がらない負傷兵は、その腕で先ほどより高く拳を掲げる。別の男も声を重ね、ほとんど唸り声のようにかすれた声になっても、息が続くかぎり叫び続けた。
「生きているなら まだ終わりじゃない!」
女の子も、覚えている歌詞を声にした。小さな声がバンドの音を覆うことはない。それでも母親は、目を細めて笑っていた。娘の手を離さず、ただ小さな身体が前へ身を乗り出し、歌に合わせて叫ぶのを許している。
エレナはその人々を見つめながら、ゆっくりと拳をほどいた。心を動かされたからといって、自分が別人になったわけではない。これまで大切にしてきた信念を曲げたわけでもない。
明日になれば、この人たちはまた同じ傷の手当てを受けなければならない。その事実も変わらない。
それでも今、彼女の目には、疲れ切った表情や、耐えようとする態度の奥に押し込められていたものを、隠さずに表へ出す人々の姿が映っていた。
リゼルは声を長く響かせながら、サビの終わりへと歌い上げていく。
「明日へ向かって——叫べェェェッ!!」
リゼルの声は、長くかすれた叫びとなって弾けた。アレンはライラがベースの弦を強く押さえるのと同じ拍子にドラムを叩きつけ、エリアスは両手いっぱいに広いコードを押さえる。バンドの音が再び一斉に爆発し、その衝動に押されるように舞台前の観客たちが腕を上げた。
今度は、観客の叫びも演奏の一部になっていた。
「叫べ!」
「まだ終わりじゃない!」
「声を上げろ!」
四つの楽器が全力で鳴り響く。その音に重なる人々の声が、中庭を生きた場所に変えていた。大勢の人間が、同じ壁を一緒に打ち破ろうとしているかのようだった。
リゼルは、誰が歌っているのかを振り返って確かめたりしなかった。ギターの音とバンドのリズムに身を置き続ける。音楽を通り抜けて届く人々の声は、ピックを握る手にもう一度力を込めさせるには十分だった。
解き放て! 胸の奥の火を!
その涙まで 力に変えろ!
過去は消せない! 傷も消えない!
それでも未来は 閉ざされちゃいない!
最前列の観客たちは、さらに前へと身を乗り出した。何人もの靴が力強く地面を打つ。上着が揺れるほど激しく頭を振る者も、拳を高く掲げ、顔を真っ赤にして叫ぶ者もいた。音楽の合間に返る声は、波のように高く盛り上がっては砕け散った。
中庭を囲む椅子にいる負傷者たちも、自分の身体が支えられる姿勢のままで参加していた。一人は震える拳を高く上げ、別の者は両手を叩き続けて掌を赤くする。背もたれの近くに座る男は前かがみになって、かすれた声を上げた。何度も息を吸うために止まらなくてはならない。それでも、発した声を、これまでのように喉の奥へ押し戻そうとはしなかった。声を上げても傷が消えるわけではない。それでも、彼は自分の感情を外へ出していた。
リゼルが次のコードへ向けてギターを掲げる。ドラム、ベース、キーボードは緊密に絡み合いながらも、歌声を覆い隠さない。誰一人として観客を振り返ることなく、全員が曲に持てる力を注ぎ続けていた。
まだ終わりじゃない!
まだ終わらせない!
この胸の鼓動が——生きている証だ!!
リゼルは一つひとつの言葉を強く打ち出した。まだ前線から答えが届かないこの夜、自分自身もまた聞きたいと願っている真実を、宣言するかのように。
「まだ終わりじゃない!」という言葉に、舞台前の兵士たちがすぐに声を返した。
「まだ終わりじゃない!」
グスタフは真剣そのものの顔で頭を揺らし続け、一拍たりとも外さなかった。マルガレーテもギターの音に合わせ、力いっぱいヘッドバンギングしている。顔にかかった髪を片手で払いのけ、もう片方の拳を突き上げた。声はほとんど咆哮になっていた。
「うおおおおお!」
彼女の声は群衆の中からひときわ目立ち、グスタフがちらりと妻を振り向くほどだった。
「声が大きいな」
「仕事の監督みたいな口ぶりで言うんじゃねえよ!」
マルガレーテは即座に言い返した。しかし、言い終える前に舞台へ向き直り、また頭を振り始めた。ギターの音がさらに高く上がり、二人の短いやり取りは歌の中へ沈んでいった。
エレナは曲の最後のリズムに、すっかり引き込まれていた。両手をきつく握りしめ、爪が掌に食い込むほどだった。
目の前にいるのは、激しく歌うリゼルだけではない。叫び返す負傷者たち、拳を掲げる職員、覚えた言葉を懸命に口にする子どもたち、そして、身体の状態も考え方も違うのに、それぞれの形で応える大勢の人々だった。
リゼルは最後にもう一度顔を上げ、マイクへ身をかがめて深く息を吸った。
「明日へ向かって——」
バンド全員が、最後の拍子に力を集めた。アレンのドラムはさらに勢いを増し、ライラのベースがすべての音を引き締める。エリアスのキーボードが旋律を広く押し広げ、リゼルはギターとともに拳を掲げた。
「叫べェェェェェッ!!!!!」
彼女の絶叫が、声の限界まで駆け上がる。そしてバンド全体の最後のコードが、同時に叩きつけられた。
ギャアアアアアアアアアアン——ッ!!
ギターの音が長く伸び、ドラムとベースがコードを力強く支える。キーボードの音は最後の層となって広がり、ゆっくりと遠ざかっていった。リゼルはギターの弦に手を留め、最後の音を解き放つ。
まだ終われない——!!
リゼルは最後の一言を、かすれて今にも割れそうな声で歌い切った。それでも語尾まで届く力が残っていた。
最後のコードが消えた。
そして、すべてが静まり返った。
ほんの一瞬、誰もすぐには拍手をしなかった。急いで話し出す者もいない。消えた音楽に心臓の鼓動が追いつくまで、まだ時間が必要なのだろう。兵士の一人は拳を掲げたままだった。別の男は、長い距離を走り抜いてようやく目的地へたどり着いたかのように荒く息をしている。後ろに立つ女性は少し口を開けたまま、ゆっくり息を吐いた。
リゼルは舞台の中央で静かに立っていた。身体は汗に濡れ、ギターを握る手は演奏と歌の力でまだ震えている。彼女には、さまざまに変わった人々の表情が見えた。普段の呼吸を取り戻せずにいる彼らの息遣いも聞こえた。
最後のコードが消えた後の静寂に、ユリウスはしばらくその場に立ち尽くしていた。胸の鼓動はまだ激しく、音が心の内側で打ちつけているようだった。消えたはずのギターの響きも、まだ耳の奥で震えている。気づけば、両手をぎゅっと握っていた。
「……すごい」
声がかすかに漏れた。そのあと、ユリウスは両手を勢いよく打ち合わせた。
パンッ!
最初の拍手が、静けさの中ではっきりと響いた。彼はすぐに続けて手を叩き始め、もう感情を隠そうともしなかった。顔には、隠しきれないほど大きな笑みが広がっている。
「お嬢! 最高でした!」
ユリウスは、途切れない拍手とともに声を張り上げた。先ほどの曲の衝撃から、まだ自分を引き戻せずにいる人のように笑い、両手を休むことなく叩き続ける。
レオンも、一呼吸だけ静かに立っていた。それから、曲の終盤ずっと強く握りしめていた拳を、ゆっくりとほどいた。
ドラムのリズムは、演奏が止まったあとも胸の内に残っていた。彼は深く息を吸ってから、手を上げて拍手を送った。
パンッ!
そして、もう一度。
パンッ! パンッ! パンッ!
最前列から拍手が続き、やがて中庭のあちこちからも手を叩く音が加わり、広い空間いっぱいに響き渡った。拳を突き上げ、その場で跳びはねる者もいる。別の男は足を踏み鳴らし、声が割れるまで叫ぶ。その隣では、男が頭上に両手を掲げて「うおおおおお!」と声を上げた。
舞台近くの兵士が二、三人、歓声を上げた。それに続くように、ほかの観客たちも声を返していく。
中庭の周りに座る負傷者たちも、席に座ったまま拍手した。動かせるほうの腕を上げ、不器用ながらも手を打ち合わせる人もいる。少し前まで力尽きたように背もたれに寄りかかっていた男が、今は拳を固く握りしめ、残された力のすべてを込めるように、一度だけ心の底から叫び声を上げた。
職員たちは信じられないというように顔を見合わせたあと、笑みを浮かべてバンドに拍手を送った。母親の隣にいた女の子は、小さな手が赤くなるほど拍手し、周りの人々のように叫ぼうと懸命だった。
母親は女の子の背中をそっと撫でたが、声を出すのを止めようとはしなかった。女の子は輝く瞳で舞台を振り返る。以前、自分のためにギターを弾いてくれたお姉さんと、今、中庭全体にこれほどの音を響かせた少女が、同じ人なのだと自分に確かめるようだった。
グスタフは舞台に敬意を表するかのように、軽く頭を下げた。マルガレーテは誰にも負けないほど力強く拍手している。高揚で頬を赤く染め、息を吸い込んでから、また悪態をついた。自分がこんな気持ちになるものが世の中にあるとは、まだ信じられなかったのだ。
「ちくしょう! こんな曲でここまで血が騒ぐなんて、思いもしなかった!」
グスタフはいつもの変わらない表情で舞台を眺め、口を開いた。
「最高だ! 聴いていると、私も前線に出たくなる!」
「はぁ? あんたが前線に出たら、敵に会う前に死ぬだろうが!」
「……そうか」
マルガレーテは鼻を鳴らし、腕を組んだ。
「まあ、あたしも一緒に行くけどな」
エレナは、あふれる歓声の中に立っていた。胸の前で合わせていた両手を、やがて強く打ち合わせ始めた。拍手の音は、自分の耳にもはっきりと届いた。周りの拍手につられたからではない。演奏を通して生まれた感情を、もう胸の中に閉じ込めておくことができなかったからだ。
彼女はリゼルを見て、それからアレン、ライラ、エリアスへと目を移した。さらに視線を巡らせ、まだ叫び、笑っている人々を見つめる。
エレナはこれまで、人を助ける価値は、実際に何が変わったかで測るべきだと考えていた。治療を受けられること、家へ帰れること、以前の生活を取り戻せること。今もその考えは変わらない。歌は人々の傷を消したわけではないし、彼らが求める答えを与えたわけでもなかった。
それでも今夜、まだ立ち上がることのできない人が座ったまま歌に応え、一日中働いて疲れ切っていた者たちも、まだ声を上げ、拍手する力を残している姿を見た。
この演奏は、具体的な助けに取って代わるものではない。彼らが人々に届けようとしていた、もう一つのものなのだ。
彼女はもう、この光景を外側から眺めているだけの人間ではいたくなかった。
歓声が少しずつ静まっていく。リゼルは中庭を囲む観客を見渡し、ほんのひととき目を閉じてから、もう一度開いた。
「……まだ終われない」
今度は、誰かに聞かせるためではなく、小さくつぶやいた。
歌は終わった。けれど、彼女が届けようとした声は、誰かの記憶の中に残り続ける。そしてリゼルにとって、それだけで、また前へ進むには十分だった。




