↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/26

第15話――歌を届ける旅路

数日後。

王宮の正門前では、馬車の車輪が石畳を踏む音が響いていた。使用人たちが、出発前の最後の準備に追われている。

リゼルは、用意された荷物のそばに立ち、革製の楽器ケースの留め具を確かめた。中には魔法のギターが収められている。続いて、身の回りの品や道中で必要になるものを入れた小さな鞄も確認した。

少し離れた場所には、エリアスの魔晶石キーボードを収めた楽器ケースも置かれていた。エリアスはいつもの几帳面さを発揮し、留め具や装備品の一覧を一つひとつ丁寧に確認している。

「お嬢様、留め具に問題はありません。必要な持ち物も、すべて揃っております」

ライラは荷物の一覧をもう一度確認しながら報告した。

「ありがとう、ライラ。道中の食料はどうなっているの?」

「そちらも、きちんと用意してあります。パンに干し肉、それから野営中に料理をするための道具もございます」

ライラは誇らしげに微笑んだ。

「それに、調味料も少し持っていくことにしました。旅の途中で、おいしい料理を作れる機会があるかもしれませんから」

リゼルは彼女に目を向けた。

「なんだか、旅そのものよりも食事のほうを楽しみにしているみたいね」

「そ、そんなことありません!」

ライラは即座に否定したものの、少しだけ言葉に詰まった。

「……多少は、そういうところもありますけど」

リゼルは小さく笑った。

近くで装備品を確認していたアレンが、二人のやり取りを聞いて顔を上げた。

「それなら、私も道中でおいしいものが食べられることを期待しておきますね」

「アレンまで!」

ライラがすかさず突っ込む。

隣で荷物の一覧を確認していたエリアスも顔を上げ、真剣な口調で言った。

「適切な休憩場所を選ぶことも重要です。長時間の移動では、十分な栄養を摂取する必要がありますから」

「エリアスまで食事のことを考えているんですか?」

ライラは意外そうに尋ねた。

「当然です。移動中にエネルギーを補給することは不可欠ですから」

エリアスはいつものように真面目な顔で答えた。そのあまりにも真剣な様子に、リゼルは思わず手で口元を覆い、笑いをこらえた。

「とても説得力のある理由ですね」

「ありがとうございます。私も、この点については十分に検討しております」

「……やっぱり、そういうことじゃないと思うんですけど」

ライラは小さく呟き、呆れたようにため息をついた。

アレンも、そんな彼女の様子を見て、思わず小さく笑った。

そのとき、広場の入口から、重々しい足音が聞こえてきた。

騎士服に身を包んだ二人の男が、こちらへ向かって歩いてくる。

先を歩く男は、背が高く、がっしりとした体格をしていた。広い肩幅に、鎧がぴたりと馴染んでいる。短く整えられた黒髪には、ところどころ白髪が混じっていた。鋭い灰色の瞳が周囲を慎重に見渡し、左の眉の上には細い傷跡が走っている。

威圧するような態度を取っているわけではない。それでも、ただ静かに立っているだけで、彼の落ち着きと威厳が伝わってきた。

もう一人の男は、彼よりもやや背が高く、細身だった。短い明るい茶髪は少し乱れており、あまり髪型にこだわらない性格がうかがえる。緑色の瞳は生き生きとしていて、隣を歩く男とは対照的だった。

二人が目の前で足を止めると、リゼルのほうから挨拶をした。

「初めまして。わたくしはリゼルです。お二人が、国王陛下から今回の旅への同行を命じられた騎士の方々ですね?」

体格の大きな男が一歩前へ出て、礼儀正しく頭を下げた。

「はい。私の名はレオン・ヴァイス。二十九歳です。旅の間、皆様の安全を守ることが私の任務です」

その声は落ち着いていて、重みがあった。余計な言葉は一切ない。

もう一人の騎士は、胸に手を当て、にっこりと笑った。

「そして、僕はユリウス・フェルナー、二十四歳です。よろしくお願いします!」

そう言ってから、彼は隣のレオンをちらりと見た。

「道中、何か判断に迷うことがあれば、何でも聞いてください。できる限り力になりますよ!」

レオンは相方へ視線を向けた。

「ユリウス、お前が本当に知っていることならな」

「レオン様! せめてお嬢の前では、もう少し僕の印象をよくしてくれませんか?」

「こうしてやっているだろう」

「どこがですか!?」

リゼルは思わず笑みをこぼした。

たった数言を交わしただけでも、二人の違いははっきりと伝わってきた。

レオンは冷静で口数が少なく、細かな点にも気を配る人物らしい。一方のユリウスは、旅の雰囲気が必要以上に堅苦しくならないよう、場を和ませてくれる人物になりそうだった。

「それでは、お二人ともよろしくお願いいたします」

リゼルは丁寧に告げた。

「今回の旅が、あまり大変なものにならないよう、わたくしたちも気をつけますね」

「ご心配には及びません」

レオンが答えた。

「道中の指示を守っていただければ、避けられる危険は大幅に減らせます」

「それから、おいしい店を見つけたら、僕が案内しますね!」

ユリウスがすかさず付け加えた。

「それは任務で最も重要なことではない」

レオンが言った。

「でも、重要なことの次くらいには入りますよね?」

「入らない」

「ひどいですね、本当に」

リゼルは二人を見ながら微笑んだ。

どうやら、今回の旅は退屈せずに済みそうだった。

エリアスは装備品の確認を終えると、自分の楽器ケースを慎重に持ち上げ、馬車の中へと運び込んだ。

全員が準備を終えたことを確認すると、アレンは馬車へ近づき、荷物がきちんと収まっているか、もう一度確かめた。それから振り返り、リゼルに頷いた。

「すべて準備できました」

リゼルは、王宮から続く道の先へと目を向けた。

「それでは、出発しましょう」

馬車はゆっくりと広場を離れた。車輪が石畳の上を転がる音が響き、王宮の敷地を抜けると、やがて車輪の音は土の道を踏む音へと変わっていった。

こうして、後方の軍事療養施設へ向かう旅が始まった。

最初のうちは、街の郊外を通る道が続いていたが、やがて道は草原と並木に挟まれた長い街道へと変わっていった。

午前の陽光が木々の枝の間を通り抜け、道の上に模様を描いている。窓からは、風に乗って草や土の匂いが時折流れ込んできた。

リゼルはライラ、エリアスとともに馬車の中に座り、アレンと二人の騎士が交代で外の様子を見守っていた。

旅は今のところ順調に進んでいたが、リゼルはただ景色を眺めて過ごしていたわけではなかった。

「レオンさん、後方の軍事療養施設までは、あとどれくらいかかるのでしょうか?」

窓の近くで馬を操っていた騎士が、こちらを振り向いて答えた。

「予定どおりに進めば、明日の午後には到着できる見込みです。ただし、途中で休憩を挟む必要があります」

「分かりました」

リゼルは頷いた。

「それでは、この道の安全性はどの程度なのでしょうか?」

「主要街道は、今のところ通常どおり通行できます。しかし最近、脇道での強盗に関する報告が増えております。そのため、多少遠回りになっても、すでに安全を確認した道を選んでいます」

「そうなのですね。それなら、十分に気をつけなければいけませんね」

「はい」

レオンは短く答えると、再び前方の道へと視線を戻した。

膝の上に置いていた荷物の一覧帳を閉じたエリアスが、真剣な口調で口を開いた。

「危険を避けるために遠回りをするのであれば、合理的な判断だと思います。道中は楽器も運ばなければなりませんから」

リゼルは小さく微笑み、再び窓の外へと目を向けた。

しばらくすると、ユリウスが馬車の反対側へ馬を寄せてきた。

「お嬢!」

呼びかけられ、リゼルはそちらを振り向いた。

「どうしましたか?」

「ちょっと質問してもいいですか?」

「もちろんです」

ユリウスは馬車の中に置かれた楽器ケースへと目を向けた。

「お嬢の楽器って、どんな楽器なんですか? ケースの形を見ても、あまり見覚えがなくて」

リゼルは微笑んだ。

「わたくしが自分で作った楽器なんです。一般的な楽器とは、少し形が違うかもしれませんね」

「そうなんですか? 僕、音楽を聴くのは好きなんですけど、聴く機会はあまりなくて」

「本当ですか?」

「本当ですよ! 特に、冒険を題材にした楽しい曲が好きなんです」

エリアスも眼鏡の縁に手を添え、いつもの真剣な声で言葉を添えた。

「機会があれば、私の魔晶石キーボードの音色も聴いていただきたいですね」

それを聞いたリゼルは、思わず笑みを浮かべた。

「それなら、わたくしの曲も気に入っていただけると嬉しいです」

「楽しみにしています、お嬢!」

ユリウスは嬉しそうに答えた。

「ユリウス」

レオンの声が割って入った。

「話に夢中になって、道の確認を忘れるな」

「僕は、皆さんとの親睦を深めているところなんですけど!」

「終わったら任務に戻れ」

「了解です……」

ユリウスは、必要以上に力の抜けた声で返事をすると、リゼルに笑顔を向けた。

「それじゃあ、僕はこれで。楽器の話は、またあとで聞かせてくださいね、お嬢!」

そう言うと、彼は馬を走らせて離れていった。

その後ろ姿を、リゼルとライラは微笑みながら見送った。

「ユリウスさんは、明るい方ですね」

ライラが小声で言った。

「そうですね」

リゼルは窓の外へ目を向けたまま答えた。

「でも、きっと自分の任務にも真剣に取り組んでいるのだと思います」

彼女は、ユリウスがレオンから道の分岐に注意するよう合図を受けた途端、冗談をやめ、素早く前方の様子を確かめに動く姿を見ていた。

性格は違っていても、皆がそれぞれ自分の役目をしっかりと果たしている。

リゼルは座席の背もたれに身を預け、馬車の車輪の音と窓から吹き込む風に身を委ねながら、しばし穏やかな時間を過ごした。

この旅で何が待ち受けているのか、彼女にはまだ分からない。

それでも、リゼルは前へ進む覚悟を決めていた。


午後、旅の一行は森の中を流れる小川にたどり着いた。澄んだ水が岩の間をゆっくりと流れ、水のかすかなせせらぎに、木々の梢から聞こえる鳥のさえずりが重なっていた。

レオンが手を上げ、隊列を止める合図をした。

「ここで少し休憩しましょう。馬にも水を飲ませる必要がありますし、皆さんも体をほぐして、先へ進む前に何か軽く食べておくとよいでしょう」

馬車は小川の近くにある平らな場所に停車した。

リゼルは慎重に馬車から降りると、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

「とても気持ちがいいですわね」

ライラもその後に続いて降り、興味深そうに周囲を見回した。

エリアスは最後に馬車から降りた。楽器ケースが安全な場所に置かれていることを確かめてから、皆の後を追って小川のほとりへ向かった。

「とても澄んだ水ですね。これを使って料理ができたら、きっといいでしょうね」

「また食べ物の話ですか?」

近くの木に馬をつないでいたユリウスが、振り返って尋ねた。

「もちろんです! 楽しい旅には、おいしい食事も欠かせませんから!」

ライラは負けじと言い返した。

「それなら、僕が魚を捕ってきますよ!」

ユリウスは自信満々に宣言し、手袋を脱いだ。

レオンが彼に目を向ける。

「お前、魚を捕れるのか?」

「もちろんです!」

「実際に捕ったことはあるのか?」

ユリウスは一瞬、言葉に詰まった。

「僕は……人が捕っているところを見たことがあります」

「それは捕れるとは言わん」

「少しくらい応援してくれてもいいじゃないですか!」

リゼルは思わず笑い声を漏らし、小川へと目を向けた。

「それでは、腕前を楽しみにしていますね」

彼女に励まされ、ユリウスは再び自信を取り戻した。

ブーツを脱いでズボンの裾をまくり上げると、ゆっくりと浅瀬へ足を踏み入れた。

最初は、すべて順調に進んでいるように見えた。

ユリウスは身をかがめ、岩の間を泳いでいく小魚に向かって、両手をそっと伸ばした。

「あと少し……」

彼は小声で呟いた。

魚が左へ動く。

ユリウスの手も左へ追いかける。

魚が右へ向きを変える。

彼も慌てて手を動かした。

そして、ついに――

バシャッ!

水しぶきが勢いよく上がり、ユリウスは全身に水を浴びながら足を滑らせ、浅瀬に尻もちをついてしまった。小魚はまるで彼を嘲笑うかのように、あっという間に泳ぎ去っていった。

その場に一瞬、静寂が訪れた。

やがて、ライラの笑い声が響いた。

「ユリウスさん! 魚を捕まえているんですか? それとも、水浴びをしているんですか?」

リゼルも笑いをこらえようと、少しだけ顔を背けた。

一方、レオンは相変わらず無表情のまま、腕を組んで立っていた。

「少なくとも、魚を驚かせて逃がすことには成功したな」

ユリウスはゆっくりと立ち上がった。ズボンはすっかり濡れてしまっていた。

「励ましてくださって、ありがとうございます……」

彼は小川の水面を見下ろし、諦めたようにため息をついた。

「魚を捕るのが、思っていたより難しいことは認めます」

「少なくとも、自分で分かっているようですね」

ライラはそう言いながら、彼に一枚の布を差し出した。

「先に体を拭いてください。そうしないと、風邪をひいてしまいますよ」

「ありがとうございます、ライラさん」

ユリウスは布を受け取り、顔を拭いてからレオンに向き直った。

「レオン様、次こそは必ず捕まえてみせます!」

「楽しみにしていよう」

短い返事を聞いたユリウスは、たちまち黙り込んだ。

リゼルは二人を眺めながら微笑んだ。

旅の一行の間には、出発した頃よりもずっと活気のある雰囲気が生まれていた。

皆がもう少し休んだあと、リゼルは楽器ケースから魔法のギターを取り出した。木陰にある平たい岩に腰を下ろし、楽器を膝の上に置く。

指先が、そっと弦に触れた。

最初に響いた音は澄みきっていて、小川の水面に落ちる雫のようだった。

リゼルはゆっくりとした旋律を奏で始めた。正式な演奏を披露するつもりはなかった。ただ、周囲の風や自然の音に寄り添うように、歌を奏でていたかったのだ。

近くで装備品の一覧を確認していたエリアスは、すぐに手を止めた。顔を上げ、真剣に耳を傾ける。

食事の準備をしていたライラも、ふと手を止めた。

馬車の近くで装備を点検していたアレンも、こちらを振り返った。

ユリウスでさえ、服を拭く手を止め、別の岩に腰を下ろして演奏に聞き入った。

旋律は、穏やかに流れていく。

リゼルはそっと目を閉じ、奏でているメロディーに合わせて、小さく鼻歌を歌い始めた。

その声は決して大きくはなかったが、水のせせらぎや木々の葉音を越えて、皆の耳に届くほどにはっきりとしていた。

旋律は、ゆっくりと穏やかに終わっていった。

リゼルが目を開けると、皆が自分を見つめていることに気づいた。

「どうかなさいましたか?」

彼女は不思議そうに尋ねた。

最初に答えたのはユリウスだった。

「お嬢が、どうして人々に音楽を届けるために旅に出たいと思ったのか、分かった気がします」

リゼルは少しだけ動きを止めた。

「どうしてですの?」

ユリウスは小川へ目を向け、それから再び彼女を見た。

「さっきまで、僕は仕事のことを何も考えていませんでした。道のことも、周囲に気を配ることさえも忘れていました。ただ、歌を聴いていただけなんです」

彼は薄く微笑んだ。

「本当に休めたような気がしました」

エリアスも小さく頷き、言葉を添えた。

「私は、楽器の音が水面にどのように反響するのかを観察するつもりでした。ですが、しばらく聴いているうちに、すっかり記録を取るのを忘れてしまいました」

彼は手にしていた記録帳を見下ろした。いつから書くのをやめていたのか、今になって気づいたかのようだった。

リゼルは膝の上の魔法のギターに目を落とした。

二人の言葉を聞いて、野戦医療所での出来事を思い出した。

あのとき、歌によって、人々がほんのひとときだけ痛みを忘れられることを、彼女はすでに目にしていた。音楽は傷を治すことも、戦争を終わらせることもできない。それでも、わずかな時間だけでも人々の心を痛みから離すことはできるのだ。

「それなら、わたくしも嬉しいですわ」

リゼルは優しく答えた。

「わたくしが皆さんに届けたいものも、同じです。ほんの短い時間でも、心配事を少しだけ忘れられるようなひとときを過ごしていただきたいのです」

アレンはしばらく彼女を見つめ、それから静かに頷いた。

彼には、その言葉の意味がよく分かっていた。

ライラはリゼルに微笑みかけ、食べ物の入った籠を持ち上げた。

「それでは、皆さんがこれ以上感動してしまう前に、食事にしましょう!」

先ほどまで静かだった場の雰囲気が、再び賑やかになった。

「そうですね!」ユリウスは慌てて立ち上がった。「僕、朝からまだ何も食べていないんです!」

レオンは彼を見た。

「さっき、小川の半分を追い回すのに使った体力のことは、もう忘れたのか?」

「レオン様、その話はもうやめてください!」

柔らかな日差しの下に、笑い声が響いた。

皆は腰を下ろし、持参した食事をとりながら、旅の途中であったことなど、ささやかな話題について語り合った。

リゼルにとって、こうした何気ない時間こそが、旅をより意味のあるものにしてくれていた。

彼女は、ただ任務のために外出を許された王女というだけではない。

共に旅をする人々を通して、この世界を学んでいる一人の人間でもあった。

十分に休憩をとると、皆は荷物をまとめ、馬の様子を確かめてから、再び旅路へと戻っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。