第12話――祝福の歌
アレンの故郷の町は、リゼルの任務が終わった今も、相変わらず静かなままだった。
本来なら、報告書の作成や荷物の準備を終え次第、すぐに王都へ戻るつもりだった。だが、旅支度には時間がかかる。何より、アレンにはどうしても放っておけないことが一つあった。
ソフィアの結婚式が近づいていた。
そして、彼自身が式で音楽を披露すると言ったのだ。
「言ったからには、ちゃんとやらないとな……」
アレンは、音楽の練習に使っている仮の部屋で、そう独り言を漏らした。
目の前には何枚もの紙が散らばっている。数行だけ歌詞を書いたものもあれば、二、三個の言葉だけを書いて、ほとんど読めないほど線を引いて消したものもあった。
リゼルは向かいに座り、ライラはその隣にいる。エリアスは少し離れたところに置かれた楽器を確認していた。
「曲を作るって、思ったより難しいものですよね」
リゼルが口を開く。
「はい」
アレンは短く答え、もう一度紙に目を落とした。
「ソフィアに話したときは、式で一曲演奏できればいいと思っていたんです。でも、いざ作ろうとすると……」
一枚の紙を手に取る。
「何を歌えばいいのか、分からなくて」
「それなら、アレン様が伝えたいことから始めてみてはいかがですか?」
ライラが優しく言った。
「最初から綺麗な言葉を考える必要はありませんよ」
アレンは黙り込んだ。
伝えたいこと、か。
それこそが問題だった。
もし胸の中にあるものをすべて書き出してしまえば、この曲はもう結婚式のための歌ではなくなってしまう。
だからこそ、彼はこの日にふさわしい曲にしたかった。
別れを告げる歌ではなく。
悲しみを語る歌でもなく。
ただ、誰かと出会えたことを歌う曲に。
「聴いた人が、幸せな気持ちになれる曲にしたいんです」
アレンはゆっくりと言った。
「まるで……一人の人間が、長い時間をかけて自分が探していた人にたどり着いて、ようやく出会えたような」
リゼルは黙って彼を見つめていた。
「探していた」という言葉で、アレンの声がほんのわずかに変わった。
他の者なら気づかないほど、ほんのわずかに。
だが、リゼルは気づいていた。
それでも彼女は何も尋ねなかった。
ただ、薄く微笑んで答える。
「それなら、とても温かい曲になりそうですね」
「はい……そうなればいいと思っています」
アレンは再び顔を伏せた。
その日、四人はほとんどの時間を曲作りに費やした。
アレンが最初に試した旋律は優しすぎて、ライラから普通の恋愛歌のようだと言われた。
二つ目の旋律は少しだけ重いリズムにしたが、結婚式よりも旅のための曲のような雰囲気になってしまった。
三つ目の旋律は壮大ではあったものの、アレンがそれに合わせて歌ってみると、途中で止まってしまった。
「違う……」
「どこがですか?」
エリアスがすぐに尋ねる。
「自分でも分からない」
アレンはため息をついた。
「でも、違うんです」
エリアスは考え込むような顔をして、楽器へ目を向けた。
「それなら、編曲の問題かもしれません。私なら調整を――」
「そういうことではないと思います」
リゼルが静かに遮った。
エリアスが振り向く。
リゼルはアレンを見つめた。
「アレンの旋律が間違っているわけではありません。ただ……まだ、アレン自身が歌いたい曲になっていないのではありませんか?」
アレンは黙った。
しばらくリゼルを見つめたあと、小さく笑った。
「そうですね」
そして、もう一度試した。
今度の旋律は、それまでよりもずっとシンプルだった。
悲しさはなく、必要以上に壮大でもない。
静かな音から始まり、少しずつ温かさを増していく。
ライラは何も言わずに聴いていた。
エリアスも楽器の確認を止めていた。
アレンが歌い始める。
その声は大きくはなかったが、これまでよりも確かなものだった。
曲があるところまで進んだとき、アレンは目を閉じた。
幼い頃の光景が、次々と記憶の中をよぎっていく。
いつもの道。
いつもの木。
二人の子供の笑い声。
そして、いつか一緒に歩いていくのだと思っていた、一人の少女。
アレンは目を開いた。
そして歌い続ける。
だが今度は、その声に何かが加わっていた。
旋律にはない、何かが。
リゼルは黙って彼を見つめていた。
彼女はすべてを知っているわけではない。
そして、すべてを知る必要もない。
ただ、この曲が単なる想像から生まれたものではないことだけは分かった。
そこには、アレンの気持ちが込められている。
それから数日をかけて、曲は少しずつ完成していった。
悲しい曲にはならなかった。
むしろ、
不思議なほど温かい曲になった。
まるで、一人の男が長い間待ち続けていた相手に、ようやく出会えたことを語りかけているような曲だった。
最後まで演奏し終えると、アレンは楽器から手を離した。
「これだ……」
彼は小さく呟く。
「この曲だ」
リゼルが微笑んだ。
「結婚式にぴったりですね」
「ありがとうございます」
アレンも笑い返した。
誰も、その奥にある意味について口にしなかった。
そしてアレン自身も、説明するつもりはなかった。
*
結婚式の日は、思っていたより早く訪れた。
教会は町からそれほど離れていない場所に建っていた。淡い色の石で造られた建物には、両側に高い窓が並び、朝から多くの人々が訪れていた。
リゼルは身分を隠すため、普通の少女に見える服へと着替えていた。
小さな鏡に映る自分を見つめ、彼女は小さく息を吐く。
「不思議なものですね」
「何がですか?」
アレンが尋ねる。
「以前は王女として旅をしていたのに、今日はただの音楽家として振る舞わなければならないなんて」
「もしリゼル様が何か口を滑らせたら、私がすぐに取り繕わないといけませんね」
「では、よろしくお願いします」
二人は小さく笑った。
ライラがエリアスを連れてやってくる。
「もし私たちが何者なのか聞かれたら、アレンさんが知っている音楽家の一団だと答えればいいと思います」
ライラが言った。
「分かりました」
エリアスが答える。
「それと、今回は楽器の話をしすぎないようにします」
リゼルが彼を見る。
「それ、毎回おっしゃっていますよね」
「今回は本当に気をつけます」
アレンが笑った。
四人が教会へ到着すると、入り口付近では大勢の客が談笑していた。
アレンは小さく息を吸う。
「緊張していますか?」
リゼルが尋ねた。
「少しだけ」
「大勢の前で演奏するからですか? それとも、今日はソフィアの結婚式だからですか?」
アレンは一瞬だけ言葉に詰まった。
「……どちらも、でしょうか」
リゼルはただ微笑み、それ以上は尋ねなかった。
しばらくすると、中年の男が一人、声をかけてきた。
「アレン! 来たのか」
「はい」
アレンは笑って、その男と握手を交わす。
「今日は招いてくださって、ありがとうございます」
「礼を言うなら花嫁にだ。あの子、お前のことを何度も話していたぞ」
男はアレンの隣に立つ三人へ目を向ける。
「それで、この人たちは……」
アレンは一人ずつ紹介した。
「私の知り合いで、今日の演奏を手伝ってもらっています」
「音楽家か」
「はい」
「それはいい。今日の式も、ずいぶん面白くなりそうだ」
「雰囲気を壊さないように頑張ります」
皆が和やかに笑った。
アレンの隣に立つ少女が何者なのか、誰も疑うことはなかった。
彼女が、この国の王女であることを知る者もいない。
しばらくして、ソフィアが教会の別の場所から姿を現した。
アレンは教会の側廊を歩きながら、見知った顔を探していた。
そして、足を止めた。
廊下の先に、一人の少女が立っていた。
純白の衣装が、記憶の中の彼女とはまるで違う姿に見せている。整えられた髪。美しく化粧を施された顔。そして衣装を飾る花。
それらすべてが、今日がいつもの一日ではないことをはっきりと伝えていた。
アレンは思わず息を止めた。
ソフィアの姿なら、これまで何度も見てきた。
幼い頃、彼女はいつもの道を彼と走り回り、くだらないことで腹を抱えて笑い合い、二人とも自分たちの未来がどうなるのかさえ知らなかった頃には、いつも隣に座っていた。
そんな記憶の中では、ソフィアは今もあの頃の少女のままだった。
だが、目の前にいるのは、もうあの頃の少女ではない。
あるいは――
彼女自身は、何も変わっていないのかもしれない。
ただアレンのほうが、これまで認めることのできなかった現実を、初めてはっきりと見てしまっただけなのだ。
ソフィアは花嫁になる。
そして、彼女の隣に立つ花婿は自分ではない。
その考えが、静かに胸を刺した。
何の音もなかった。
誰にも気づかれない。
アレン自身でさえ、まだ動けなかった。
かつてアレンは、ソフィアがいつか今日のような衣装を身につける日を、ふと想像したことがあった。
その想像の中で、自分がどこにいるのかを真剣に考えたことはなかった。
けれど、心の奥では――
いつか、彼女の隣に立つのは自分かもしれない。
そんな、小さな考えがあった。
口にしたこともない。
名前すらつけられていなかった可能性。
それが今日、消えてしまった。
誰かに壊されたわけではない。
ただ、現実が目の前までやってきただけだった。
アレンは自分の手を見下ろし、ゆっくりと息を吸った。
痛い。
その感情を否定することはできなかった。
それでも、彼は嬉しかった。
目の前にいる彼女は、悲しそうでも怯えているわけでもない。
笑っている。
そして、それだけで彼には分かった。
彼女は今日という日を、本当に幸せに過ごしているのだ。
アレンは、何事もなかったかのように歩き出した。
そのとき、ソフィアが振り向いた。
彼女の目がわずかに見開かれ、次いで、アレンが幼い頃から見慣れていた笑顔が浮かんだ。
あの頃と同じ笑顔。
まるで過ぎ去った年月など、彼女を何も変えていないかのようだった。
「アレン」
「ソフィア」
彼女が近づいてくる。
「本当に来てくれたんだ」
「来るって言っただろ」
「嬉しい」
ソフィアが笑う。
アレンはその笑顔をしばらく見つめ、それから笑い返した。
二人はしばらく顔を見合わせた。
「この町、まだ変わらないな」
アレンが言う。
「変わったわよ」
ソフィアが笑った。
「変わったのはあなたのほう」
「俺が?」
「そう。ほんの数日前より、ずっと真面目な顔してる」
「子供の頃は、人の結婚式のことなんて考えなくてよかったからな」
「なんだかおじさんみたい」
ソフィアがまた笑う。
その笑い声に、アレンも自然と笑った。
昔と同じように。
まるで、ついさっき感じた痛みなど最初からなかったかのように。
「それで、歌は?」
ソフィアが尋ねる。
「もう準備してある」
「本当に自分で演奏するの?」
「ああ」
「楽しみにしてるね」
アレンは頷いた。
「気に入ってくれるといいけど」
「絶対気に入るよ」
ソフィアは即座に答えた。
「あなたは私の大切な友達だもの」
その言葉は、彼女にとって何の別の意味も持っていなかった。
けれどアレンにとっては、また胸が痛んだ。
ほんの一瞬だけ黙り込み、それからいつものように笑う。
「……ああ」
彼はもう一度、ウェディングドレス姿の彼女を見つめた。
今度は、何かを取り戻そうと手を伸ばすことなど考えなかった。
胸に残る一つの感情と、彼女に贈ろうと決めた一曲だけがあった。
「じゃあ、ちゃんと聴いてくれよ」
「うん」
ソフィアは笑い、式の準備へ戻るよう呼ばれていった。
アレンは彼女の姿が見えなくなるまで見送った。
リゼルは少し離れたところに立っていた。
だが、何も言わなかった。
*
結婚式は、穏やかに進んでいった。
アレンは客席に座り、ソフィアが一人の男と並んで立っている姿を見つめていた。
幼い頃から知っている男。
今日、その男の花嫁になるソフィア。
胸の奥が締めつけられるようだった。
それでも、アレンは目を逸らさなかった。
式が最後の場面へ差しかかると、花婿がソフィアへ向き直った。
二人が目を合わせ、花婿がゆっくりと身を屈める。
二人の唇が触れた。
それを囲むように、会場から祝福の声が上がる。
アレンは笑っていた。
だが、その笑顔がほんの一瞬だけ止まった。
膝の上に置いた指先が、無意識に強く握られる。
そして、ゆっくりと力が抜けた。
彼はわずかに視線を落とし、ゆっくりと息を吸ってから、再び顔を上げる。
誰も気づかなかった。
アレンは皆と一緒に拍手をした。
ソフィアを見つめる。
そして、彼女に笑いかける。
本当に、祝福している。
ただ、胸にはまだ鋭い痛みが残っていた。
アレンは、その感情をそこに残した。
無理に追い払おうとはしなかった。
今日は自分のことを考える日ではない。
ソフィアが幸せになる日なのだから。
しばらくして式が終わると、客たちは祝いのための場所へ移動し始めた。
アレンと楽団のメンバーも、演奏の準備を始めた。
リゼルが彼のところへ歩み寄り、後方に用意されたドラムセットへ目を向ける。
「アレン、本当にご自身で歌われるのですか?」
「はい」
アレンは迷いなく答えた。
「この曲は私が作ったものです。だから、私自身で歌いたいんです」
アレンはドラムセットへ目を向けた。そこには、彼の歌声を受け取って増幅できるよう、小さな音響増幅石が設置されている。
アレンは自分の持ち場へ向かった。
楽団の前方には、リゼルがギターを手にして立っている。
その傍には、ライラがベースを構えている。
エリアスはアレンの近くで、魔晶石キーボードを前に座っている。
そしてアレンは、中央の演奏スペースに置かれたドラムの前へ腰を下ろした。
この曲のドラムは複雑なものではない。
そのため、歌いながらでも演奏できる。
彼は手にしたスティックを握り、もう一方の手を膝に置いた。
ここからなら、ソフィアと花婿の姿がそう遠くないところに見える。
ソフィアはまだ笑っていた。
周囲の人々と楽しそうに話している。
アレンはその姿をしばらく見つめた。
先ほどの痛みは、まだ消えていない。
それでも、彼は小さく笑った。
そして、スティックを持ち上げる。
「それでは」
前方からリゼルの声が響いた。
皆が互いに顔を見合わせる。
アレンは深く息を吸った。
今日、彼は何も直接語るつもりはない。
伝えたいことはすべて、曲の中に込める。
そして、その曲を目の前にいる二人へ贈る。
教会の中には、まだ小さな話し声が残っていた。
その中で、リゼルがギターの弦へ指を置く。
次の瞬間――
ギターの最初の音が、静かに響いた。
そして、楽団の演奏がゆっくりと始まった。
周囲の話し声が、少しずつ消えていく。
グラスを手にしていた男が、その手を止めた。
別の女性が振り返る。
話をしていた子供たちさえも、静かになっていった。
彼らは、これまでこのような編曲の音楽を聴いたことがなかった。
いくつもの見慣れない楽器の音が、少しずつ重なり合っていく。リズムは自然に進み、アレンの歌声が響き始めると、教会全体の空気がゆっくりと変わっていった。
魔法ではない。
人々を無理やり聴かせるような力もない。
ただ、彼らはもっと聴いていたいと思った。
ある者は微笑み、
ある者は花婿と花嫁を見つめ、
ある者は、よりはっきりと聴くために、しばらく目を閉じた。
ソフィアもまた、静かに立って聴いていた。
アレンは歌い続ける。
すでに温かな曲だったその歌に、彼の声が少しずつ深みを加えていく。
やがて、あるところで彼は目を閉じた。
そして、歌声を響かせる。
「君は『愛』以上の人
僕の人生の、半分だから
一生の時間を使って
ずっと君を探し、待ち続けていた」
彼の声が、ほんのわずかに震えた。
それでも、彼は最後まで歌い続けた。
すべての客にとって、それはただ美しい歌詞だった。
一人の男が人生をかけて大切な人を探し続け、そしてついに彼女と出会ったという物語。
花婿も微笑んだ。
そして、優しい眼差しでソフィアを見つめた。
ただ、この日にこれほどふさわしい歌はないと感じていた。
ソフィアもまた、微笑んでいた。
だが、その瞳には何かが揺れていた。
なぜこの曲を聴くと、こんなにも不思議な気持ちになるのか、彼女には分からなかった。
そして、アレンが自分に何かを告白しているとも思っていなかった。
ただ一人、リゼルだけが何かに気づいていた。
彼女は黙ってアレンを見つめている。
その歌声は……。
練習のときとは違う。
まるで、歌詞の一言一言に、彼の記憶が隠されているかのようだった。
リゼルは、アレンがまだソフィアに何かを求めているとは思わなかった。
ただ、この曲には、アレン自身の本当の感情が込められているのだと感じていた。
最後の音が響き終わる。
教会全体が、一瞬だけ静寂に包まれた。
そして、拍手が起こった。
一人。
二人。
やがて、教会中に拍手が響き渡った。
アレンは小さく頭を下げた。
演奏が終わると、ソフィアが彼のところへ歩いてきた。
「とても綺麗な曲だった」
彼女は微笑んだ。
「ありがとう、アレン」
「気に入ってくれてよかった」
「本当にすごく気に入ったよ」
彼女は花婿へ目を向け、それから再びアレンを見た。
「とても素敵なプレゼントだね。」
アレンは微笑んだ。
「それなら、よかった」
少しだけ間を置いて、彼は口を開いた。
「おめでとう、ソフィア」
ソフィアは、さらに大きく笑った。
「ありがとう」
それ以上の言葉はなかった。
そして、それで十分だった。
*
人々が少しずつ帰り始めたあと、アレンは一人で教会の裏手へ歩いていった。
冷たい風が顔を撫でる。
彼はしばらく黙って立っていた。
そして、手を上げて目を覆った。
涙が静かにこぼれ落ちる。
「やっぱり、痛いな……」
彼は自分自身に小さく笑いかけた。
それでも、唇には笑みが残っていた。
ソフィアは幸せだ。
それだけで十分だった。
彼は、彼女が振り返ることを願って歌ったのではない。
彼女の気持ちを変えさせるために歌ったのでもない。
ただ、一曲の歌を彼女に贈りたかった。
彼女が、自分で選んだ人と人生を始める日に。
しばらくして、リゼルが歩いてきた。
彼女はアレンの目を見たが、なぜ泣いているのかは尋ねなかった。
ただ、彼の隣に立った。
「今日のお仕事は……いかがでしたか?」
アレンは涙を拭い、笑った。
「少し疲れました」
「とても素敵な曲でしたよ」
「ありがとうございます」
しばらく沈黙が続いた。
リゼルは空を見上げた。
「時には、言葉にして直接伝える必要のないことも、歌なら伝えられるのかもしれませんね」
その言葉を聞いたアレンは、彼女を振り返った。
そして、もう感情を抑えることができなくなった。
アレンは顔を伏せ、こらえていた涙を流した。
強く見える兵士の姿のまま、周囲の人々の邪魔にならないよう、声を抑えて泣いた。
リゼルは振り返らなかった。
何も言わず、何もしなかった。
ただ、彼の隣に立ち続けていた。
*
夕方になり、彼らは楽器を片付けて宿へ戻る準備を始めた。
四人が宿へ戻る道を歩いていると、
「おい! アレン!」
アレンは振り返った。
一人の青年が、笑顔を浮かべながら歩いてくる。
「久しぶりだな。相変わらず借金取りに追われてるみたいな顔してるじゃないか」
アレンは笑った。
「お前も相変わらず口が悪いな」
「いいじゃないか。まだ俺のことを覚えてるってことだろ?」
「覚えてるさ」
二人は笑った。
旧友は教会のほうへ目を向けた。
「結婚式、どうだった?」
「まあ、よかったよ」
友人はしばらくアレンの顔を見つめた。
「疲れたのか?」
アレンは肩をすくめる。
「少しな」
相手はそれ以上尋ねなかった。
ただ、彼の肩を軽く叩いた。
「飲みに行かないか?」
アレンはリゼルたちのほうを見た。
リゼルは小さく頷いて、許可を示した。
アレンは彼女を見てから、再び友人へ向き直った。
しばらく黙ったあと、笑った。
「いいな」
「じゃあ、行こうぜ」
二人は並んで歩き出した。
道中、友人の笑い声が時折響いていた。
アレンの胸には、まだ痛みが残っている。
それでも、彼は歩みを止めなかった。
この世界には、まだ彼がやりたいことがいくつもある。
そして、彼自身の人生も、これからも続いていくのだから。




