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記憶領域・失われた国  作者: 柊夕
プロローグ
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2/4

永夜

 雪はまだ降り続いている。


「みんな救われたよ。心配しないで、みんな、ちゃんと救われたんだ」


 ──彼は腕の中の彼女を呼び覚まそうと、何度もそう呟き続けた。


 呼吸はとうに乱れ、血が胸に、喉に詰まっている。

 自分だって、おそらくもうすぐ死ぬというのに。

 それでも彼は折れた脚を引きずり、一歩、また一歩と、雪のない(存在しない)場所へ辿り着こうとしていた。


「あれ……? 私……まだ……生きてる……?」


「あ……! よかった……! よかった……!」


 涙がひとしずく、またひとしずくと、腕の中の少女の顔にこぼれ落ちる。


「みん……な……どう……なったの……?」


「みんな救われたよ! 俺たち、みんな救われたんだ! だから、君もちゃんと生きなきゃ駄目だ。君が死んじゃったら、みんな凄く怒るからな!」


 彼女は残された力を振り絞り、彼の涙をほんの少しだけ拭った。


「泣かないで……そんな風に涙を流されたら、あなたの……顔が……よく見えない、よ……」


「うん……泣かない……俺……泣かないから」


「ごめん……ね。私……ちょっと……疲れちゃった、みたい……」


「嫌だ……!」


 彼女の手が、力なく地面へと落ちた。


「嫌だ……嫌だ! 目を開けてくれ、頼むから。君だけは、君だけは俺を置いていかないでくれ!」


 この冷たい雪の夜、彼は彼女を抱きしめ、野獣のような咆哮をあげて泣き叫んだ。

 周囲は、すべて死体だった。

 血に染まった雪が、まるで一株一株のケシの花のように地表に咲き乱れていく。


 雪は、まだ降り続いている。


 ついに、彼一人だけになってしまった。

 先ほどの咆哮のような泣き声も、すでに静まり返っていた。

 彼はもう雪のない(存在しない)場所へ行こうとはせず、その場に横たわった。

 彼女を腕の中に抱き寄せ、その髪の匂いを嗅ぐ。

 それは彼の慣れ親しんだ、心から安心できる、幸せの匂いだった。


 彼は、疲れ果てていた。


 あまりにも遠くまで歩きすぎてしまった。

 命よりも長い旅路を歩み、時間よりも遠い海を越えてきたのだ。

 彼女が息を引き取った、その時。

 彼もまた、ようやく足を止め、少し休む気になったのだった。

 どれほどの時間が経っただろうか、不意に、燃えるような熱い気配が彼の意識を呼び戻した。

 わずかに目を開ける。

 視界に飛び込んできたのは、まるでこの天地さえも耐えきれないかのような、巨物の影だった。

 その頭部は、彼がこれまでに目にしたどの生物よりも巨大だった。

 その身体は、大地にそびえ立っているのか、それとも空から垂れ下がっているのかさえ判別できない。

 それは、決してここに属さない生き物だった。

 天地が静まり返る。

 こうべを垂れた巨物だけが、死を迎えようとしている彼を、静かに見つめていた。


 雪は、まだ降り続いている。

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