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異世界追放業  作者: なきり。


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7件目【醜鬼討伐】

 醜鬼オークの動きは鈍い。戦闘未経験の初心者でも見切れるほど予備動作が大きく、避ける場所が十分にあり警戒している状態なら、当たることはまずない。だがモンスターが出現するのはダンジョン内でのみ、その条件下でなら醜鬼は間違いなくCランク最上位の強さと呼べる。

 まずダンジョン内では、横に動ける空間が少ない。岩肌に包まれた道は、横並びで人間が3、4人居れば塞がってしまうほどの狭さだ。勿論常に同じ広さなわけではないし、ダンジョンごとに多少違いはあるが、少なくとも今俺たちがいるダンジョンでは自由に動けるほどの空間があるとはとても言い難い。いくら見切れる攻撃といえど、避けるための空間がなければ当たってしまう。一発喰らえば死ぬ、とまでは言わないが、骨や内臓が無事では済まない。戦闘不能は免れないだろう。

 そして、一番怖いのはその肉体。体を包む肉が刃を簡単には通さないのもそうだが、最も恐るべきはその膂力。攻撃自体は遅い、遅いのに破壊力が尋常ではない。壁を殴れば殴った場所が凹み、パラパラと天井が崩れる。地面を殴れば小さな地響きが起こる。

 そんな攻撃力、耐久力が引き起こす問題は、単純に相手を倒せないだけではない。その問題は…


「はあ、はあっ! た、倒せる気が、しない…!」


 どれだけ攻撃をしても体力を削っている感覚が無い。相手の攻撃は一撃一撃が致命に近い火力がある、一度避ける判断を誤れば自分の体がどうなるのか。そんな不安と手応えの無さが引き起こすのは、精神の磨耗だ。

 Sランクの魔物と戦うのが日常の俺たちは、時間をかけて戦闘をするのも珍しいことじゃない。再生能力がある相手だったり、特定の条件を満たさないと倒せる状況にならなかったり理由は様々だが、着実に戦況を詰めていって相手を倒す、という戦闘は俺たちにとっては慣れたものだ。

 だが新人冒険者のサクマにとって、常に相手の一挙手一投足に怯えながら攻撃を叩き込むこの戦闘は、本人が自覚するより凄まじく精神を使う行為だ。

 息も切れ、足取りも確実に重くなってきている。運動能力にさほど影響が出ないように選んだ軽い鉄装備ですら、今は脱ぎ捨ててしまいたいほどの疲労を感じているだろう。

 そんな戦闘を見守っていると、いつの間にかラドナと共に追いついて来て同じようにサクマの戦闘を見る体制のドニルが声を掛けてくる。


「…ギル、貴方の見立てではサクマくん、勝てると思います?」

「いやーきついと思う。色んな場所に切り込んで血は出てるが、ありゃ薄皮しか行ってないから動きに何ら影響してねぇし、サクマは動きがボロボロになってる。だからほら、俺もう剣に手掛けてるし」

「僕も『刺激玉』用意してますからね。それとギル、切るとしても命までは取らないでくださいね。今回の戦闘でサクマくんには、『モンスターの命を奪う感覚』を知ってもらいますから」

「わーってるよ」


 ドニルが左手に持つのは『刺激玉』、基本的にアイテムを投擲してサポートを行うドニルにとって相性が良く愛用している、『玉系統』のアイテムだ。

 醜鬼は視力が弱い代わりに匂いで獲物を認識するモンスター、そんな鼻を頼りに戦う相手に効果的なのが『刺激玉』だ。名前の通り香辛料や科学的な薬、刺激物の成分を割れやすい玉に詰め込んだアイテム。サイズが小さい分匂いが広がる範囲も狭いため、上手いこと鼻面に当てなければ効果は薄いが…まあドニルなら大丈夫だ。今までこいつが投擲を外したところを見たことがない。


「にしてもそろそろ援護したほうが良いんじゃない? 足の一本くらいは使えなくしても良いと思うんだけど」

「いや、あいつはあいつなりに覚悟決めて戦ってるからな。助けを求められるまでは野暮に手を出したくない」

「なにそれ、アンタの自己満足じゃないの?それで攻撃されたらどうすんのよ」

「あんなやつの攻撃が当たるより、俺たちが防ぐ方が早いから大丈夫だろ」

「…それもそうか」


 援護を提案するラドナの意見をすげなく却下するが、俺の独善的な判断であるというのはその通りだ。だが戦闘を始めた時のサクマの発言、そしてあの目。自分を変えるターニングポイントとして戦いを挑んだ、そんな気がする。

 この世界と真剣に向き合う決心がついて、醜鬼と戦うことで自分の甘さと決別しようとしているのかもしれない。なら勝つにしろ負けるにしろ、全力を出し切って終わりたいはずだ。求められてもないのに茶々を入れるのは、あいつの決心を踏み躙る行為になる…気がする。


「にしても彼、『圧縮』使いませんね。…というよりは使えないんでしょうが」

「まあ、オークも人型に近いモンスターだ。粘水スライムみたいな明らかな異形なら分からんが、直接使うのは意識的に難しいんだろ。にしても相手が素手でこんなダンジョン内だと、本当に戦闘で使い所がないな…もっと広い、階層に分かれてるようなダンジョンなら話は違うかもしれんが」


 ダンジョンは今回みたく、狭く一本道のものだけじゃない、下へ、もしくは上へ階層が分かれているものもある。その多くは高難易度ダンジョンなので仕方ないが、こんな場所では地の利を活かしたような戦い方は難しい。隙を見て圧縮した物体を落っことしたりしたら強そうなものだが。

 それと、武器に頼るようなモンスター相手ならその武器を圧縮して使えなくしてやるなんてこともできたろうが、残念ながら醜鬼はバチバチのステゴロだ。結果として、サクマも小細工なしの真っ向勝負を強制された形になる。こんな状態で勝つのは絶望的だろうな…。


「あっ!」


 ラドナが悲鳴を上げたその瞬間、それよりほんの少しだけ早く俺の足が動く。

 サクマの体勢が崩れた。疲れからか足がもつれて、剣の重さに引っ張られるように体が支えを無くしてしまった。しかも間の悪いことに、そこに合わせるかのように醜鬼の腕が横薙ぎに振られている。このままいけば直撃、仕方なくではあるが殺さなければ。…いや腕を落とすだけに留めなきゃ駄目なのか、サクマを避けながら醜鬼の腕だけ狙って剣を振れるか? …もうめんどくさいから殺していいかな。

 高速の思考の中、風を切る音と共に何かが横を通り過ぎる。ドニルの『刺激玉』か?いや鼻に当てるにしては軌道が低い。


 その答えは、醜鬼の呻き声と共に明かされる。なんて事はない、ただの石だ。そこらから拾ってきたのであろうただの石。それをドニルが下投げで投げつけ醜鬼の脛に当て、よろめかせたんだ。確かに『刺激玉』だと息をするまでの一瞬、効くまでラグが生まれる。痛みによる反射的な反応を引き出す方が良いとの判断だろう、俺の右側にいたから見えなかったが右手には石を握ってたのか。

 ナイス、と心の中で思いながらも剣を振る。痛みで軌道が逸れた腕を落とし、加速した勢いのまますれ違いざま、石を当てられたのとは逆の足を正面から蹴り飛ばす。

 ペキリ、太い木が折れたような音が響いて膝が本来曲がってはいかない方に曲がる。醜鬼は痛みに悶え、叫び声と共に後ろへ倒れのたうち回る。


「サクマ! 喉だ、喉に突き刺せ!」

「え? え? は、はい! やぁ!」


 何とも気の抜ける掛け声と共に、真っ直ぐ醜鬼の喉に剣が突き立てられる。正面から痛みに悶える醜鬼の顔を見据えたサクマはその視線を浴びることを避けるためか目を瞑り、ズブズブと剣を奥まで差し込んでいく。抵抗する身体と収縮する筋肉に遮られゆっくりと、だが確実に剣は深く、筋繊維を引きちぎりながら醜鬼の身体の中へ入っていく。

 激しく抵抗していた四肢もしだいに緩やかになり、ある瞬間ピタリ、糸の切れた人形のようにその動きを止めた。


「やっ…た…。やりました、皆さん! 僕、僕オークに勝てました!」


 おめでとう、よくやったな、疲れたろ。言いたい言葉は山ほどある、だがそのどれもを飲み込んで俺の口から出たのは、


「…はぁ」


 大きな大きな、ため息だった。


【補足情報】


 サポーターであるドニルは常に大きなリュックを背負っており、その中には地図や回復アイテム、そして大量の投擲用のアイテムが入っています。

 ドニルはサポーターになる時に魔物の情報と、後方から支援するための投擲の技術が必要だと感じて猛特訓しました。その結果百発百中、とまでは言いませんがかなり高い精度で狙った場所に攻撃を命中させることができるようになりました。醜鬼にしたように直接ダメージを入れることができる程度には火力も出ます。

 彼が玉系統のアイテムを愛用するのは、さまざまな種類があるため色んなシチュエーションに対応できるのもそうですが、軽くて投げやすく、基本同じ重量であるため狙いがブレづらいのも理由です。

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