5件目【夜空、ぽつり】
時刻は深夜、男3人の部屋で俺は寝付けず目を覚ます。今日もいつも通りの1日だった、いつも通り新しい冒険者をパーティに入れて、宿に帰って、ドニルの作った飯をみんなで食べて。飯の出来栄えにサクマが驚いてドニルが照れ臭そうにして、俺とラドナがそれを茶化して。そんないつも通りの日常だった、だが何か胸に引っかかって落ちていかない。
「…外、出るか」
すやすやと寝息を立てるサクマを見て、口の中で呟く。…よく寝ている、疲れていたんだろう。本来の性格がどうなのかは知らないが、一日一緒に過ごして口数が多い奴だな、とは思わなかった。それは生来の性分なのか、それとも未知の世界で未知の体験をしたことによる疲れから来るものだったのか。…恐らくは、後者だろう。
胸がズキリ、痛む。
二つしかないベッドを、「僕は体疲れてませんから」と俺たちに譲り床に寝転ぶドニルを踏まないように慎重に足を動かし、ぎしり、ぎしりと木製の床を鳴らしながら扉へ近づく。2人を起こさぬように細心の注意を払いながら軋む戸を開けて廊下へ出ると、
「「あ」」
ちょうど部屋から出てきたラドナと鉢合わせる。俺は指に手を当て静かにするようジェスチャーしながら扉をゆっくり閉め、
「こんな時間にどこ行くんだよ」
「アンタこそ夜遊び? ガキじゃないんだしさっさと寝なさいよ」
「お前のがガキだろ、今年やっと16だもんな?」
「精神的な話してんのよ19歳のデカガキ」
「ガキ」
「ガキ」
「ガキガキ」
「ガキガキガキ」
周りに迷惑がかからぬよう小声で、しかし息を切らしながら子供のように罵倒をしあう。初対面の時からやけに波長が合うのだが、実際問題3つも年下のラドナと同じようなやり取りを何の苦も無く出来てしまう俺は大丈夫なのだろうか? 世間一般の19歳の皆さん、教えてください。
しばらくガキ合戦を繰り広げていたが、どちらからともなく終戦が告げられ沈黙が流れる。気まずい沈黙ではないが、何も喋らないのも意味が分からない。どんな切り口で会話をするか悩んでいると、先にラドナが口を開き、
「で、実際何してんのよ。寝付けないなんて言う歳じゃないのは本当でしょうし、目的はあるんでしょ? 言えない事なら言わなくて良いけど、やばいことに巻き込まれたりしてるならちゃんと言いなさいよ」
「…言いづらいんだけど、マジで寝付けないだけ」
「…本当にガキだったのね」
「うるせぇ」
見ず知らずの地に飛ばされて右往左往している年端もいかない青年を騙しているという事実に押しつぶされそうになって寝付けないという、ちゃんとした理由は一応ある。だがそれは今に始まったことじゃない、それならば今寝付けないのはなんとなく、としか言いようがない。
「お前こそ何してんだよ、お前なら大丈夫かも知らんが女の一人歩きが許可できるほど治安良くないぜ? ここらは。せめて俺かドニル連れてけ」
「父親みたいなこと言うわね。…ちょっと、思うところがあってね。物思いに耽りたくて、外の風を浴びようかと」
「つまりお前も寝付けないってことな」
「…そうね。非常に、とっても、否定したくなる事実ではあるけど、アンタと一緒かもね」
「そんなに拒否らなくても…。それなら、ちょっと外で話すか。こんな機会、滅多にないし」
「…まあ、良いわよ。私の護衛兼話し相手に任命してあげる」
「へいへい、ありがとうございやす」
素直じゃないが、分かりやすい奴ではある。扱いやすい、というと俗っぽいが、気難しいように見えてそんな事無いってのは、付き合いがそこそこ長くならないと分からない事だったろうな。
そんなことを思いながら近くの窓を開け、片足を窓枠にかけると片手をラドナの方に差し出し、
「ほれ掴まれ。宿の屋上が見晴らし良いぞ」
「いや階段使うわよ。アンタの故郷って階段なかったの?」
「近道だよ、ビビってんのか?」
「上等よ」
俺の煽り文句で気持ちいいくらい乗り気になったラドナは俺の手を取り、両手で俺の背にしがみつくと、
「くれぐれも落とすんじゃないわよ」
「たりめーだ、そもそも落ちたとしても何とかするだろ?」
「それとこれは別よ、わざと落としたりしたらもう、凄いわよ?」
「明言されないと逆に怖いな」
軽口に渇いた笑いを溢しながら、古い木造の建築を万が一にも傷つけぬよう一度向かいの家の屋根に飛び乗り、ラドナを落とさないよう俺からも手を掴んでやると足に力を込め、宿の屋上に飛び乗る。
「ほら、こっちのが早い」
「文明が野蛮人に潰されかけているわ、くれぐれもこんな方法を後世に残さないで」
ラドナを背から下ろし、手頃な場所に腰掛ける。結構長いこと世話になっている宿だが、実は夜空が見たい時ここが一番見晴らしがいいことに気付いてからはここで寝たりもしている、秘密の場所だった。…もっとも、普通に人が出入りできる場所なので俺だけの場所では全然無いのだが。
「で、アンタが寝付けないってことはなんか悩みあるんでしょ? 特に理由は無いなんて言ってたけど、自分の寝付けない理由に気付かないほどの馬鹿じゃないでしょ」
「どうかな」
「まあ大方、サクマの事でしょ。今日のアンタいつも以上に元気が空回ってたし、暗いサクマを不安にさせないよう無理してたんでしょ? それで、頼る人もいない異世界で初めて信頼できる相手が出来たと思ったら追放されて絶望するアイツの顔が思い浮かんで不安になったとか、そんなところでしょう?」
「…読心魔法ってあるんだっけ」
「さあ? アンタにだけ限定で使えるのかもね」
弱ったな、いや別に悟られてまずいことなんて何も無いのだが。しかし国からの依頼で意気揚々と引き受けてこの仕事をしている以上弱音なんて吐いてられないし、何よりパーティメンバーに弱いところを見せるのはなんというか、むず痒いものがある。
「なんて、私も同じようなこと考えてたからだったりしてね」
「ラドナも?」
「3ヶ月前、この仕事始めた時から考えてたわよ。能天気でうるさい馬鹿なんかは追放しても心は傷まないし、何なら今までそんな奴のが多かったけど、サクマは何というか、オドオドしててよわっちいじゃない。でも小鬼とか粘水の話をしてる時はイキイキしてて、こんな顔も出来るんだって思っちゃった。本当はこんな顔で喋るんだ、無理して私たちに付いてきてるのかなって。そんな事考えてたら寝れなくなっちゃった」
「人の心なんて実際のとこ俺たちには、というか誰にも分からないから何考えてんのかは知らねぇけどさ。…知らない場所で1人って、辛くないわけない。それを突き放すようなことするのってなんか、人の心を軽んじる奴になっちまわないかって不安になるんだよな」
「そうね」
俺たちの仕事は意義のあることだ、王様はそう言っていた。そして、実際そうだと思う。俺たちのパーティにサクマみたいな奴らを全員入れたままにしておくなんて出来ない、かといってハナからパーティに入れないとしたらそれはそれで、あのハズレスキルで、特別な戦闘技能もない状態で、右も左も分からない世界で生きていけるか? 無理だ。断言できる。良いとこ3日だ、3日経てばモンスターに殺されるか、死ぬ目に遭って精神を病む。
そうならないようスキルを強化し、国への利益を上げると同時に自衛の術を身につけさせる、そんな意義のある仕事なんだ。分かってる、分かってはいるんだが…
「結局、心の問題だよなぁ…。いっそのこと転生してきた奴ら皆、冒険者なんてやめて別の職業目指してくれりゃ良いのに」
「農業でも飲食でも、簡単な仕事なんて無いのは分かってるけど、みんなこぞって冒険者になりたがるのは何でなんでしょうね」
「何でだろな…何なら俺たちが知り合いに斡旋しても良いのに、みんな断るんだもんな。絶対冒険者が良い、っつって聞かねぇの」
「はは、ほんと馬鹿ばっか」
「…だからこそ、今まで追放してきた奴らもみんな、俺たちがいなきゃ死んでたんだよな。そこのところを忘れてたかも」
カラカラと笑い合ううちに、何だか心の整理がついた気がする。今までは仕事として、自分の感情と切り離して考えてたけど、俺の私情を挟んで良いんだったら本音は、誰にも死んで欲しくない。追放しなきゃあいつらは死んでいくんなら、やるしかない。
「…ありがとな、なんか踏ん切りついたわ。明日もダンジョン攻略だ、俺はもう寝るけど、ラドナは?」
「あら、もういいの? じゃあ私も寝ようかしら。なんか疲れたし寝れそうな気がする」
「じゃあ、ほら」
背中を叩いて、ここに乗れと示す。するとラドナは呆れたようにため息をつき、
「流石に階段で降りるわよ、そんなに生き急いでるわけじゃないし」
「そうか、じゃお休み」
「お休みなさい」
向かいの屋根に飛び乗り、着地音をなるべく殺して廊下へ降りる。扉を開くと何も変わらない様子で眠るドニルとサクマ。だが、サクマを寝顔を見て湧いてくる感情は、俺の中で少し変わった気がする。傷つけるために追放するんじゃない、守るために追放するんだ。自己完結の自己満足だと思うが、それでいい。納得させなきゃいけないのは初めから自分だけなんだから。
そんなこと考えながら俺は今日も、無事眠りに落ちた。
【補足情報】
こちらの世界へ飛ばされてくる転生、転移者にももちろん様々な人がいて、各々感じることが違います。【バニッシュ】の面々は今まで、異世界にテンションが上がってウザいノリをかましてきたり、逆に帰りたい、帰りたいと泣きじゃくる弱さを持った人など、色んな人を見てきています。
そんな彼らに何を思うのか、何を感じているのか。今回はその内面描写を、ほんの少しだけさせてもらいました。物語は進んでませんが、彼らの成長という意味では少しだけ、進んだのでご容赦を。




