006 春燕の願い(泰然視点あり)
春燕が何を言いたいのか分からない。
私の顔を見ると、春燕は楽しそうに話し始めた。
「雪燕はもう傷もなく綺麗に成長できたでしょ? きっとお母様に今の貴女の姿を見せれば、罪の意識は消えるわ。でも、私はこんな姿になった。お母様のせいで。だから、私への罪は一生消えないの。お母様の心に一番深く強く残るのは私なの!──そうであるために、雪燕とお母様を会わせたかったの。だから、今、幸せだって、この先も幸せになれるって、お母様にちゃんと見せてちょうだい」
それは、私に幸せになってほしい。ということだろうか。
そうすれば、お義母様の心に残るのが自分だから。
返す言葉が見当たらなくて戸惑っていると、お義母様の部屋から泰然様が戻られた。彼は、一直線に春燕に歩み寄ると腕を掴んだ。
「傷を見せろ」
「私はいいの。お母様は?」
「少し目を覚ましたから、薬を飲ませた。また寝ている。数刻後に目を覚ますだろう。包帯を取るぞ」
「いいわよ。触らないでっ」
泰然様の手を振り払い、その反動が傷に響いたのか、春燕は腕を押さえて苦悶の表情を浮かべた。
「火傷の痕は完全には消えない。お前が言う、母親のせいで出来た傷は一生残る。だが、こんないい加減な治療では傷に菌が入る。最悪、手足を失くすことになるぞ」
「貴方には関係ないでしょ。それに、その方が嬉しいんじゃない? 私が貴方の許嫁にしたことの報いを受けたのだから」
「関係ある。俺にとって、今のお前はただの患者だ。それに、仁峰様にも治療を頼まれている」
「は?」
「春燕、お願い。治療を受けて」
「そのままでは命にかかわる。泰然様に治療してもらいなさい」
春燕はお兄様と私をうっとおしそうに見たあと、観念したのか大きくため息をついた。
「……分かったわ。傷を見られたくないから、みんな出ていってよ」
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肘から下、そして脛から下と足の裏も酷い火傷を負っている。
炎の中に飛び込んだのだろうか。
薬を塗り、清潔な包帯で巻いていく。
しばらく治療が必要になるだろうから、多めに薬を残しておかなくては。
「処方箋を仁峰様に渡しておく。塗り方なども記しておくから、従うように」
「ねえ、雪燕のこともこうやって治療したの?」
「ん?」
一体何が聞きたいのか。よく分からない奴だ。
「気持ち悪くないの?」
「別に」
「傷が残った女は、お嫁にいけるかしら?」
「さあ?」
「……雪燕を、幸せにしてね」
下を向きながら言ったその言葉は、本心に聞こえた。
「ああ」
「ねぇ、さっきから返答が雑すぎないかしら? 薬師としては有能かもしれないし、いい所の生まれかもしれないけど、こんな人なら翡雲様の方が良かったわ。貴方じゃお母様が安心できないかも」
春燕は、呆れた顔で俺を見上げ、吐き捨てるようにそう言った。
なんとなく瑠麗と重なって見えた。
見た目は似ていないが、少し捻くれたところが似ている。親族というのも分かる気がした。
「……」
「雪燕が幸せじゃないと、お母様の中の一番が私じゃなくなってしまうでしょ? ちゃんとしてよ」
そんなに母親の一番になりたいか。
俺はそんなことを考えたこともなかった。
同性の兄弟だったら、そう感じることもあるのだろうか。
だが、俺の母親は、妹も俺も、どちらも同じくらい大切にしてくれていたし、普段から、大好きだとか、大切だとか、言葉で伝えてくれる人だった。
だからきっと、愛されているのか不安になることもなかったのだろう。
「良かったな。母親の一番になれて。だが、本当に母親のためを思うなら、自分も幸せになるべきだ」
「は?」
「俺の母親は四年前に病で亡くなったのだが、最近やっと、母の墓前に花を添えに行くことができた」
「えっ? 今まで一度も行っていなかったの?」
「ああ」
「親不孝な息子ね。ああ、もしかして、母親の死が受け入れられなくて、行けなかったけれど、雪燕と出会って自分が変われたから……幸せな姿を見せに行けたってこと?」
「ん? まあ、そうだな。そんなところだ。お前にも、そんな日が来ることを願う」
俺は何を言っているのだろう。
こんなやつの幸せを願うだなんて。
きつと、雪蘭だったら、そう願うからだろうか。
しかし春燕は、首を横に振った。
「……無理だと思うわ。きっと天は……龍神様は、私を怒っている。この火傷も私への天罰なのよ」
「らしくないな。お前なら、全て雪燕のせいにして、被害者ぶるのかと思っていた」
「ふふっ、結構キツイことを言うのね。でも、雪燕のせいにするってことは、自分が舞姫じゃなかったって公表するようなものでしょ? これ以上自分の価値を落としたくない。それに、雪燕がこの国に戻って舞を踊り、雨が降ったら……。私は民から偽物と呼ばれ、お払い箱になるのよ。まあ、雪燕がこの国に戻ることは、お父様がいる限り、無理だろうけれど」
俺がらしくないなどと言ったせいか、春燕は意地悪そうに微笑んで見せた。
「やっぱり、嫌なやつだな」
「ふふっ、そうね。──あ、お父様は明日お帰りになるそうよ。だから、早くここを離れたほうがいいわ」
「ご忠告どうも。だが、まだやることがある」
「もしかして……雨ごいの舞を雪燕に踊らせるの?」
踊らせる、か。春燕にはそう見えていたのだろうか。
雪蘭は、踊らされていたことなど、あったのだろうか。全て彼女の意思であろうに。
今回だってそうだ。珊麗様が、龍神の池の前で雪燕が舞えば、天災が収まるかもしれないと、助言してくれたから、皇后の死を知り、雪蘭だけ引き返す選択肢もあったのに、そうせずに、ここまで一緒に来たんだ。
それを春燕に話す気はないけれど。
「さあ? 治療は終わりだ。養生してください」
「……ありがとう。ねえ、もし舞を踊るなら、私も見たい。いいかしら?」
「俺に聞いても無意味だとは思わないか?」
「そうね。聞く相手を間違えたわ。早く出ていって」
最後までいけ好かない奴だったな。
俺は部屋を出ると、扉のすぐ横には雪蘭と仁峰様、そして瑠麗が立っていた。
「聞いていたか?」
「はい……。お兄様、今晩、春燕を龍神の池に連れてきていたたけませんか?」
「分かった。義母上も、その頃に目を覚ますのだろう?」
「ああ、雪燕が舞うことを伝えたら、その時に起こして欲しいと言われた。もう、動くことができるのはわずかな時しか残っていないとのことだ」
「そうか……」
とは言っても、それは今の状態では、という意味であって、薬を飲んで鋭気を養えば、まだまだ余生を過ごすことが可能だろう。皇后にそのつもりさえあれば……。
仁峰様が辛そうにうつむき、皇后の状況を伝えようとした時、侍衛の一人が慌ただしく廊下を走り、こちらへと現れた。
「仁峰様っ、こ、皇帝陛下がお戻りになりましたっ」




