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醜い私にサヨウナラ〜捨てられ公主は深淵の谷で幸せになります〜  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
最終章 荒廃した碧砂国を潤すもの

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006 春燕の願い(泰然視点あり)

 春燕(チュンエン)が何を言いたいのか分からない。

 私の顔を見ると、春燕(チュンエン)は楽しそうに話し始めた。


「雪燕(シュウエン)はもう傷もなく綺麗に成長できたでしょ? きっとお母様に今の貴女の姿を見せれば、罪の意識は消えるわ。でも、私はこんな姿になった。お母様のせいで。だから、私への罪は一生消えないの。お母様の心に一番深く強く残るのは私なの!──そうであるために、雪燕(シュウエン)とお母様を会わせたかったの。だから、今、幸せだって、この先も幸せになれるって、お母様にちゃんと見せてちょうだい」


 それは、私に幸せになってほしい。ということだろうか。

 そうすれば、お義母様の心に残るのが自分だから。


 返す言葉が見当たらなくて戸惑っていると、お義母様の部屋から泰然(タイラン)様が戻られた。彼は、一直線に春燕(チュンエン)に歩み寄ると腕を掴んだ。


「傷を見せろ」

「私はいいの。お母様は?」

「少し目を覚ましたから、薬を飲ませた。また寝ている。数刻後に目を覚ますだろう。包帯を取るぞ」

「いいわよ。触らないでっ」


 泰然(タイラン)様の手を振り払い、その反動が傷に響いたのか、春燕(チュンエン)は腕を押さえて苦悶の表情を浮かべた。


「火傷の痕は完全には消えない。お前が言う、母親のせいで出来た傷は一生残る。だが、こんないい加減な治療では傷に菌が入る。最悪、手足を失くすことになるぞ」

「貴方には関係ないでしょ。それに、その方が嬉しいんじゃない? 私が貴方の許嫁にしたことの報いを受けたのだから」

「関係ある。俺にとって、今のお前はただの患者だ。それに、仁峰(レンフォン)様にも治療を頼まれている」

「は?」

「春燕(チュンエン)、お願い。治療を受けて」

「そのままでは命にかかわる。泰然(タイラン)様に治療してもらいなさい」


 春燕(チュンエン)はお兄様と私をうっとおしそうに見たあと、観念したのか大きくため息をついた。


「……分かったわ。傷を見られたくないから、みんな出ていってよ」


 ****


 肘から下、そして脛から下と足の裏も酷い火傷を負っている。

 炎の中に飛び込んだのだろうか。

 薬を塗り、清潔な包帯で巻いていく。

 しばらく治療が必要になるだろうから、多めに薬を残しておかなくては。


「処方箋を仁峰(レンフォン)様に渡しておく。塗り方なども記しておくから、従うように」

「ねえ、雪燕(シュウエン)のこともこうやって治療したの?」

「ん?」


 一体何が聞きたいのか。よく分からない奴だ。


「気持ち悪くないの?」

「別に」

「傷が残った女は、お嫁にいけるかしら?」

「さあ?」

「……雪燕(シュウエン)を、幸せにしてね」


 下を向きながら言ったその言葉は、本心に聞こえた。


「ああ」

「ねぇ、さっきから返答が雑すぎないかしら? 薬師としては有能かもしれないし、いい所の生まれかもしれないけど、こんな人なら翡雲(フェイユン)様の方が良かったわ。貴方じゃお母様が安心できないかも」


 春燕(チュンエン)は、呆れた顔で俺を見上げ、吐き捨てるようにそう言った。

 なんとなく瑠麗(リウリー)と重なって見えた。

 見た目は似ていないが、少し捻くれたところが似ている。親族というのも分かる気がした。


「……」

「雪燕(シュウエン)が幸せじゃないと、お母様の中の一番が私じゃなくなってしまうでしょ? ちゃんとしてよ」


 そんなに母親の一番になりたいか。

 俺はそんなことを考えたこともなかった。

 同性の兄弟だったら、そう感じることもあるのだろうか。


 だが、俺の母親は、妹も俺も、どちらも同じくらい大切にしてくれていたし、普段から、大好きだとか、大切だとか、言葉で伝えてくれる人だった。

 だからきっと、愛されているのか不安になることもなかったのだろう。


「良かったな。母親の一番になれて。だが、本当に母親のためを思うなら、自分も幸せになるべきだ」

「は?」

「俺の母親は四年前に病で亡くなったのだが、最近やっと、母の墓前に花を添えに行くことができた」

「えっ? 今まで一度も行っていなかったの?」

「ああ」 

「親不孝な息子ね。ああ、もしかして、母親の死が受け入れられなくて、行けなかったけれど、雪燕(シュウエン)と出会って自分が変われたから……幸せな姿を見せに行けたってこと?」

「ん? まあ、そうだな。そんなところだ。お前にも、そんな日が来ることを願う」


 俺は何を言っているのだろう。

 こんなやつの幸せを願うだなんて。

 きつと、雪蘭(シュウラン)だったら、そう願うからだろうか。


 しかし春燕(チュンエン)は、首を横に振った。


「……無理だと思うわ。きっと天は……龍神様は、私を怒っている。この火傷も私への天罰なのよ」

「らしくないな。お前なら、全て雪燕(シュウエン)のせいにして、被害者ぶるのかと思っていた」

「ふふっ、結構キツイことを言うのね。でも、雪燕(シュウエン)のせいにするってことは、自分が舞姫じゃなかったって公表するようなものでしょ? これ以上自分の価値を落としたくない。それに、雪燕(シュウエン)がこの国に戻って舞を踊り、雨が降ったら……。私は民から偽物と呼ばれ、お払い箱になるのよ。まあ、雪燕(シュウエン)がこの国に戻ることは、お父様がいる限り、無理だろうけれど」


 俺がらしくないなどと言ったせいか、春燕(チュンエン)は意地悪そうに微笑んで見せた。


「やっぱり、嫌なやつだな」

「ふふっ、そうね。──あ、お父様は明日お帰りになるそうよ。だから、早くここを離れたほうがいいわ」

「ご忠告どうも。だが、まだやることがある」

「もしかして……雨ごいの舞を雪燕(シュウエン)に踊らせるの?」


 踊らせる、か。春燕(チュンエン)にはそう見えていたのだろうか。

 雪蘭(シュウラン)は、踊らされていたことなど、あったのだろうか。全て彼女の意思であろうに。


 今回だってそうだ。珊麗(シャンリー)様が、龍神の池の前で雪燕(シュウエン)が舞えば、天災が収まるかもしれないと、助言してくれたから、皇后の死を知り、雪蘭(シュウラン)だけ引き返す選択肢もあったのに、そうせずに、ここまで一緒に来たんだ。


 それを春燕(チュンエン)に話す気はないけれど。


「さあ? 治療は終わりだ。養生してください」

「……ありがとう。ねえ、もし舞を踊るなら、私も見たい。いいかしら?」

「俺に聞いても無意味だとは思わないか?」

「そうね。聞く相手を間違えたわ。早く出ていって」


 最後までいけ好かない奴だったな。

 俺は部屋を出ると、扉のすぐ横には雪蘭(シュウラン)と仁峰(レンフォン)様、そして瑠麗(リウリー)が立っていた。


「聞いていたか?」

「はい……。お兄様、今晩、春燕(チュンエン)を龍神の池に連れてきていたたけませんか?」

「分かった。義母上も、その頃に目を覚ますのだろう?」

「ああ、雪燕(シュウエン)が舞うことを伝えたら、その時に起こして欲しいと言われた。もう、動くことができるのはわずかな時しか残っていないとのことだ」

「そうか……」


 とは言っても、それは今の状態では、という意味であって、薬を飲んで鋭気を養えば、まだまだ余生を過ごすことが可能だろう。皇后にそのつもりさえあれば……。


 仁峰(レンフォン)様が辛そうにうつむき、皇后の状況を伝えようとした時、侍衛の一人が慌ただしく廊下を走り、こちらへと現れた。


「仁峰(レンフォン)様っ、こ、皇帝陛下がお戻りになりましたっ」



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