005 義母の手紙
お母様に会わせたい。
春燕は、そう言った。
お義母様が生きている?
私は驚いて腰が抜けてしまい、その場に座り込み、瑠麗が肩を抱きしめてくれた。
「皇后の宮殿は燃え落ちましたが、なんとか一命を取り留めました。それから、皇后が疫病との噂が流れていたと思いますが、あれは嘘です。だから、うつる心配もありません。皇后の命が尽きる前に、雪燕に会わせたいのです。そして……」
「お前の火傷は……」
「ああ、これ? ただの天罰じゃない?」
泰然様の問いに、春燕は笑いながら誤魔化そうとしたけれど、あの大怪我は、お義母様を助け出した時に負ったものなのだろう。
私は、瑠麗の手を借りて立ち上がり、春燕の前へと足を進めた。
「春燕、お義母様が生きているの?」
「雪燕? ああ、やっぱり貴女が雪燕なのね」
「そうよ。私は雪燕だった。でも今は雪蘭よ」
「そう、でも、今だけ雪燕に戻ってよ。お母様を看取る為に」
「……」
看取る為、もう長くはないと言っていたけれど、お義母様も怪我を負ったのだろうか。
「お母様は今、眠っているわ。あまり目を覚まさないの」
「会わせてくれ。目を覚まさせることができるかもしれない」
私と泰然様、そして瑠麗は、奥の部屋へと通された。
そこには寝台で眠る老婆の姿があった。
これがお義母様?
もしかして、歳を取らない呪いの薬の効果が切れた姿なの。
「それがお母様の本当のお姿なんですって」
仁峰お兄様に横抱きにされ、ここまで案内してくれた春燕がそう言って、さらに言葉を続けた。
「密仙国に伝わる歳を取らない秘薬で、若さを保っていたそうよ。碧砂国の御神木が燃え尽き、その薬が作れなくなってしまって、ついに効果が切れたんですって。薬で見た目は若かったといえ、身体は限界が来ていたみたい。どうせ老いで燃え尽きる命だから、死を覚悟で疫病の方々の治療にあたっていたそうよ。そして、その役目を終えてからは、私が雪燕に使った毒で疫病のフリをしていたみたい。腕の爛れは、泰然がくれた傷薬が残っていたから、それを使ったらよくなったわ」
私の隣りにいた瑠麗は、皇后の手を握り、口を開いた。
「実はね、皇后は大婆様の妹なの。大婆様は私の曾祖母だから、春燕は私にとって大叔母様ね」
「は? っていうか、貴女は誰なの?」
「話は向こうでしてくれ、診察する」
泰然様は脈を診ると針を出した。
「針を打つ。少し時間がかかるが、目を覚ますだろう。目覚めたら声をかける。時間をくれ」
「お願いします。では、春燕の部屋で話そう。義母上から聞いた話を、雪燕にもしてくれるか」
「そのつもりよ」
部屋に戻り、兄は春燕を椅子に座らせた。
「お母様が目覚めるまで、私だけが聞いた話をしてあげるわ」
自慢げにそう言うと、春燕は薄い紙に書かれた手紙を私に差し出した。
「読んだら燃やして。これは、お母様が死の間際に書いたものよ。仁峰お兄様に託そうとしていたそうよ。雪燕が生きていたら渡してほしかったみたい。分かってるかもしれないけれど、貴女に歳を取らない呪いをかけたのはお母様よ。そこにも書かれているわ」
手紙を開き、読み始めてすぐ、私への謝罪が書かれていた。
春燕は、母を助けた後、手紙の埋められた場所を伝えられ、その内容について、直接義母から話を聞いたと言った。
「そうね。書いてあるわ」
「その理由も書かれているでしょう? お母様は、雪燕のために呪いをかけたのよ。お父様の、ある一言をきっかけに」
父は、私が十歳になった時、皇后に言った。
「雲龍国の皇子との婚約を破棄しよう」
その理由は、私を舞姫として碧砂国に置いておきたいからと言ったが、皇后は父の心を疑っていた。父は、亡き母である麓妃に私を重ねているのではないかと。
皇后が、私の将来のためにと、考え直すように諭すと、父は言った。
「それならば雪燕は私が娶ろう」
皇后の疑いは当たっていた。
皇后は、その言葉を聞き、悩んだ末、自らが使っていた歳を取らない呪いの薬を私に使った。
そして、皇帝の目から私を逸らすことに成功したそうだ。幸いなことに、翡雲様との婚約は破棄されず、このまま私を嫁がせるまで幼い姿のまま過ごさせることにしたのだ。
しかし、私が舞姫として民を思い力を尽くしていたのに、成長しなくなった私には、呪われた公主として悪評が流れてしまった。
皇后は悪い噂から私を守ろうと、ずっと側にいてくれたのだ。
そんなことをしても、私にしたことは、決して許されることではないと、心を痛めながら。
「この手紙を残したのは、きっと、自分が犯した罪を雪燕に許してもらいたかったからだと思う」
「許すだなんて……。私を守るためだったのに」
「雪燕なら、お母様を許してくれるわよね?」
「もちろんよ」
「よかった。痛っ……」
春燕は喜んで手を挙げようとして、痛そうに身を屈めた。
「春燕、貴女の怪我は……」
「義母上を助けるときに、火傷を負ったのだ」
春燕が苦笑いをしているのを見て、仁峰お兄様が答えた。
「……はははっ、あの時の雪燕と、見た目がそっくりでしょう? 私の腕は、毒じゃなくて火傷で爛れたのだけれどね。あと、足も」
春燕は包帯で巻かれた両足を指差していった。
「足の裏も爛れてしまって、今は歩けないの。まあ、それはいいのよ。なんかもう全部どうでもいい。それより今は、お母様と雪燕を会わせたかった。お母様は、宮殿に火を放ち、最後に私と会えて良かったって仰ったの。本当は雪燕に会いたかっただろうに、嘘なんかついて」
「嘘ではないと思うわ」
私の言葉に、春燕はハッとして顔を上げ、ニコリと微笑んだ。
「ええ、私も今は、あの言葉は本心だったって分かってる。でも、お母様をあのまま逝かせてしまうのは嫌で、私が無理やり、宮殿から助けたのよ」
「春燕……」
「そんな哀れむような目で見ないで。火傷を負ったけれど、後悔はしていない。私は、お母様の命を私が救って、こんな姿になってしまった。お母様のせいでこうなったの。その意味が分かる?」




