004 焼け焦げた宮殿
懐かしいはずの宮殿は、初めて来る場所かと思うほど変わり果てていた。
主のいない宮殿は静まり返り、焦げ臭い匂いが漂っていた。
皇后の住む宮殿が、数日前に燃え落ちたそうだ。
そこで、皇后も命を落としたという。
疫病を目の前にしても、臆することなく看病し、まさに国母として民に尽くし、この世を去ったそうだ。
こんな景色が見たくて、ここへ戻ったのではないのに。
瑠麗の案で、私達は密仙国からの使節団として碧砂国の都を訪ねることになった。
私よりも目を引く助っ人を密仙国から呼び、私の存在に気づかせなければいいと、瑠麗が提案したのだ。
仁峰お兄様は、それでも私がついて行くことに反対したけれど、密仙国の皇族率いる使節団の人間を碧砂国の者に害することはできないだろうと瑠麗と泰然様が説得してくれた。
私がついて行くことを、泰然様も反対するかと思っていたけれど、彼は私の気持ちを汲み、一緒に行こうと言ってくれた。
泰然様は、お兄様の侍衛に扮し、私と瑠麗は、密仙国の皇族の侍女に扮する。
そして、密仙国からの助っ人の方とは、山の屋敷で合流することになった。
屋敷に現れたのは、珊麗様と、その伴侶となる北方の部族長の息子である剛様だった。
薬に詳しい瑛麗様が使節団を率いるのだと勘違いしていたけれど、今の碧砂国に必要なのは、舞が踊れる珊麗様だと、二人の姉と相談して決めたと瑠麗は言っていた。
珊麗様と共に碧砂国に入ると、すぐに、皇后が亡くなったとの知らせを受けた。
けれど、この目で見るまでは信じられなかった。
でも、焼け焦げた宮殿の前に立ち、ようやく真実であったと受け入れなければならなくなってしまった。
皇宮に着き、兄は珊麗様達を宮殿内の客室へ案内したあと、真っ先に私と泰然様と皇后の宮殿へ足を運んだ。
兄は、皇后の宮殿が焼け落ちた状況を目にすると、私に言った。
「雪蘭、宮殿内の状況を確認してくる」
「もう少しだけ、ここにいてもいいでしょうか?」
「ああ、この辺りは人が寄りつかないと聞いている。気が済むまでいていい」
「はい。ありがとうございます」
兄が立ち去り、泰然様と二人で、炭と化した宮殿を眺めた。ここで何があったのだろう。
「雪蘭」
「泰然様……お義母様は、もう……」
会えなかった。覚悟はしていたけれど、宮殿の無残な姿を見て、皇后の最期が、どんなに苦しいものだったのかと思うと、胸が締め付けられるように痛んだ。
立っていられず、その場に崩れて涙を流すと、泰然様が背中を擦ってくれた。
そして、しばらくすると、護衛と共に瑠麗が私達を呼びに来た。
「雪蘭、仁峰様が、話があるって」
「分かったわ」
護衛の後をついて歩く。どこを歩くも、誰もいない。
皆、暇を出されたそうだけれど、それも今日までだろうと兄は言っていた。
明日には、父が帰ってくるらしい。
先ほど珊麗様達を案内した客室へ向かう途中で、兄が待っていた。ついて来ておくれ、とひと言だけ言われ、私は泰然様と瑠麗と兄の後について行った。
そして兄は、ある宮殿の前で足を止めた。門兵に目配せし、門を開けてもらうと、私たちも中へと招き入れた。
でも、ここは……。
「お兄様、ここは春燕の……」
「ああ、そうだ。今から春燕のところへいくのだ」
兄の言葉に、泰然様は私の手を取り足を止めた。
「お待ちください。なぜですか?」
「会わせたいからだ。大丈夫だ、私がついている。それと、泰然様にお願いしたあことがある」
「俺にですか?」
「春燕の身体を診てやってほしいのだ」
「まさか、春燕も疫病に?」
「……違う。会えば分かる。来てほしい」
躊躇う泰然様の手を引き、私は早足で兄の後をついて行った。
兄の顔を見たら、不安で、心配で、居ても立ってもいられなかった。疫病でないのなら、別の病なのか、それとも怪我を負ったのか。
部屋の前に着くと、泰然様は私の手を引き足を止めさせた。
「雪蘭、俺の後ろに隠れていてほしい」
「えっ?」
「仁峰様、俺が春燕に会ってから、雪蘭と会わせてもよいか判断してもよろしいですか?」
「ああ、そうしてくれ。雪蘭は、春燕から見えないところで、話を聞いていてくれ」
「分かりました」
部屋に通され、私は瑠麗と二人で物陰に隠れた。そして、椅子に腰掛けた春燕を見て、声を失った。
春燕は、両腕と両足に血が滲んだ包帯を巻いていたのだ。しかし、痛々しい姿とは対照的に、表情は落ち着いていた。
兄は泰然様を連れて、春燕の前へと足を進めた。
「春燕、お前の願いを叶えるために連れてきたぞ」
「は? え、蘇泰然? じゃあ、雪燕も、いえ、雪蘭もここに来ているの?」
「俺は、皇后が疫病にかかったと聞き、密仙国の者と、疫病を治せるかもしれない薬を届けるためにここへ来た」
泰然様が、私のことには一切触れずに答えると、春燕は不満そうな顔をして言った。
「じゃあ、お兄様は、お母様との約束を守った、ということなの? 驚かせないでよ。ああ、そうか、そういうことね」
「そういうこととは、どういうことだ?」
春燕は泰然に向かって深々と頭を下げた。
「どうか、雪燕をここへ連れてきてください。それも内密に、絶対に皇帝には悟られないように」
「連れてこいだと? 俺はお前が嫌いだ。俺にお前の願いを叶えることは出来ない。だが、なぜそう願うのか、理由を話せ」
顔を上げると、春燕は泣きそうな顔で微笑んだ。
「会わせたいからです。おそらく、もう数日と持ちません。どうか、雪燕を連れてきてください」
「……誰と、会わせたいのだ?」
「それは……お母様です」




