001 約束
瑠麗は、詳しい話は泰然様から聞いた方がいいと言って、彼を呼びに行った。
そして、泰然様が今の状況を説明してくれた。
昨夜、慧王殿下の元に届いた書簡には碧砂国の皇宮での出来事が書かれていた。
慧王殿下の配下の者は皇宮にも潜伏しているらしく、その方からの知らせだという。
どうやら、皇宮で疫病が発生したそうなのだ。
碧砂国に訪れていた旅の一座が都を訪れた際、倒れた舞姫の為に、皇帝陛下は、彼らを皇宮に招いたそうだ。
そして皇后の宮殿で芸を披露している時に、一座の一人が疫病で倒れたという。
皇后は、自らの危険を顧みず、旅の一座を自分が住まう宮内に一人ずつ部屋を与えて隔離し、太医を遣わし治療させたという。
その後も三人ほど発病し、皇后の宮内の女官も数名が発病した。発病した者は、高熱と発疹の末、帰らぬ人となったそうだ。
皇宮で疫病が発生したことから、おそらく慧王殿下が碧砂国へ行くことを、雲龍国の皇帝は許さないはずとのことで、早朝から慧王殿下は判断を仰ぐために皇帝陛下に会いに行き、まだ戻らないそうだ。
兄の仁峰は、いつでもここを立てるように準備を済ませて待機中だという。
そう話してくれた泰然様も、出立の準備を済ませていることに私は気付いていた。
「泰然様が、兄を都まで送り届けるつもりですか?」
「……ああ、そうだ。父上に許可が下りなかった場合、俺が行く」
やっぱりそうなのだ。でも、大丈夫なのだろうか。
問題は疫病のことだけじゃないのに。
「慧王殿下が碧砂国に入れなくても、配下の方々は違いますよね。兄を送り届けるだけなら、その方々に託すことはできないのてすか? 泰然様は、緑淵で罪に問われるかもしれないのですよ」
「仁峰様が一緒だ。問題はない。急ぎのため、死の谷を通る。あの道は俺が詳しい。解毒薬は密仙国の者から得たことにして……」
なにか変だ。
どうしてそんなに急いで戻らなくてはならないのだろう。
疫病の者が出ているのなら、皇太子である兄は、ここにいた方が安全なのに。皇后だったら、そう判断し、国へ戻ろことを止めるだろう。
「なぜ兄は急いで戻らねばならないのですか。何か私に、話していないことがあるのではないですか?」
「…………」
図星だったのか、泰然様は、窓の方へと顔を背け、黙り込んでしまった。
泰然様が言えないということは、碧砂国で、簡単に口にしてはならないような事が起きてしまったのだろうか。
「無理に聞いてしまい、申し訳ありません。お兄様に聞きます」
席を立ち部屋を出ようとすると、後ろから泰然様に抱きしめられた。
「待て、行くな……」
「泰然様?」
「……が疫病にかかったのだ」
耳元で掠れた声で囁かれた。
言葉を聞き取れたけれど、どうしても信じられなくて、私は泰然様に聞き返した。
「今、誰がかかったと仰いましたか?」
「皇后だ。詳細は分からない。俺が碧砂国へ行き、秘薬を使う」
お義母様が疫病に?
それはいつのことで、今、お義母様の容態はどうなのか。秘薬を使えば、助かるのだろうか。
怖くて聞くことができなくて、嫌な想像ばかり膨らんでいく中、慧王殿下が戻り話を聞いた。
やはり皇帝陛下の右腕である慧王殿下を疫病が発生した都市へ送る許可は下りなかった。
「父上、俺が責任を持って仁峰様を送り届けます」
「泰然様、ありがとうございます。ですが、責任などと仰らないでください。緑淵の町までの近道をご存知とのことですので、そこまで連れて行っていただければ、後は何の問題もございませんので、雲龍国内のみ、ご案内いただけますか?」
「いえ、俺は薬師として碧砂国の都まで、同行いたします」
「しかし……疫病は危険です。それに……」
「お兄様、私も行きます。もしかしたら、お義母様の病を治せるかもしれないのです。どうか一緒に行かせてください」
私の義母の治療なのに、泰然様だけに危険を背負わせるわけにはいかない。私が願い出ると、兄は困った顔を泰然様へ向けた。
「泰然様、話してしまったのですか?」
「……雪蘭に見抜かれてしまいました。申し訳ない」
「お兄様、お願いします。泰然様だけに危険を背負わせるわけにはいきません。何があろうと、この先の困難を二人で乗り越えると約束したのです。それに、お義母様に聞きたいことがたくさんあるんです。だから」
「駄目だ。皇后に、絶対に連れて帰るなといわれている」
「ですが……」
「それに、戻っても間に合わないかもしれないのだぞ」
「……」
間に合わない。
その言葉が重くのしかかる。
だって、もう何人も亡くなったと伝え聞いているのだから、もしかしたら今、話している間にも──。
「あのさ、今から行けばまだ皇后に会えると思う」
張り詰めた空気の中、瑠麗が声を発した。
「言ってなかったんだけど、おそらく皇后自身も、歳を取らない呪いの薬を常用していると思うの。どれくらい薬を作り置きしているかは分からないけど、その薬が体内から消えるまでは、身体に入った病も進行が遅れるのではないかと思うの」
「雪蘭が谷の毒に耐えたことと同じことが言えるのではないかということだな?」
泰然様が尋ねると、瑠麗は小さく頷いた。
「多分そんな感じ」
「一つ気になったのだが、作り置き、とはどういう意味だ?」
「高熱で新たに薬は作れないだろうってこともあるけど、材料の一つが、碧砂国から無くなってしまったみたいだから」
「国からなくなる? 一体どんな材料なんだ?」
「御神木の葉っぱよ。燃え尽きてしまったんでしょう?」
瑠麗はお兄様にそう尋ねた。
御神木が燃えてしまっただなんて聞いていない。
しかし兄の顔を見れば、それが真実なのだと分かってしまった。
「御神木に何があったのですか?」
「落雷で御神木は燃えてしまったんだ」
「そんな……」
「心配するだろうと思って、言わなかった。すまない雪蘭。皇后を想う気持ちは分かる。しかし連れて行くことはできない。それが皇后との約束なんだ」
「皇后は、天災を雪燕のせいにさせたくないから、戻るなと言っいるのでしょう?」
「おそらく」
「だったら、私にいい考えがあるわ」
瑠麗に皆の視線が集まった。




