017 星空
瑶琳とその友人のご令嬢たちの舞の稽古に、今日から瑠麗も加わった。
それと、仁峰お兄様も。
お兄様は見学しているだけだけれど、私がどんな生活をしているのか、見てみたかったそう。
その日の稽古のあとに、瑶琳が友人達に囲まれ、どこのご令息が見学していたのかと質問攻めにあっていた。
そして、その次の日には、お兄様は令嬢方から香袋や菓子など、たくさん贈り物を渡されていた。
優しいお兄様は、断れずに全て受け取っていた。
「あらー、モテモテね。仁峰様って、お相手はいないの?」
「そうね。たぶん」
「へぇー……。そうだ、夜に星を見ながら、お喋りしない?」
「星?」
夜に星を見ながらお喋りだなんて、とても楽しそう。
「うん、結構きれいに見えるのよ。夕食の後、庭に出てきてね」
「ええ、分かったわ」
****
瑠麗との約束通り、夜に庭へ出てみたけれど、誰もいなかった。
「少し早かったかしら」
辺りを見回しながら、瑠麗が寝泊まりしている南東にある家屋へ歩いていくと、どこからか名前を呼ばれた。
「雪蘭、こっちよ!」
「瑠麗? どこに……あっ!」
瑠麗は屋根の上から、こちらへ手を振っていた。その隣にはお兄様もいる。
「早く早く、もう始まってるんだから」
始まっている、とは何の話だろう。私を迎えに降りてきてくれたお兄様と、私は瑠麗が待つ屋根の上へ登った。
「ほら、ここに寝転がってみて」
「うん」
瑠麗の隣に寝転がると、私の隣にお兄様も寝転がって、三人で空を見上げた。
頭上に広がる満天の星を指さして瑠麗は言った。
「ほら、流れ星よ」
「あっ本当だわ。あれ、また流れ星が……」
「流星群というんだ」
「すごい」
流れる星々に魅入っていると、隣で瑠麗が祈りながら早口で呟いていた。
「何を願ったの?」
「私は翡雲様がいつまでも健康に過ごせますようにってお願いしたわ」
「お願い……。お兄様はなんて?」
「ん? 平穏無事を祈ろうかな」
兄らしい願い事だな、と思っていると、隣から瑠麗のため息が漏れた。
「はぁ、渋いわね。素敵な女性と巡り会えますように、とかないの?」
「そうだな……所詮、政略結婚だろうからな」
「うわー。夢のない男ね。今まで許婚とかいなかったの」
「小さい頃はいたけれど、その方は亡くなったんだ。その次に名前が上がった方も、病に倒れて、婚約の話は流れたそうだ。たしかその次も……」
「そ、そんなことがあったのですか?」
初めて聞いたけれど、いつ頃の話なのだろう。
そんなことがあったら、私だったら、婚約をすることが怖くなってしまうだろう。
「ああ、碧砂国の周りの国は砂漠の中にある小国ばかりで、あまり裕福な国ではないのだ。そういうこともあるのだろう」
「ごめんなさい。私、何も知らなかった」
「雪蘭が謝る話ではない。気にするな。お、また星が流れたな。平穏無事、平穏無事……」
「まあ、今まで誰とも結ばれなかったってことは、これからきっと良い出会いがあるのよ。可哀想だから私が祈っといてあげる」
「わ、私も……」
手を組むと、温かい兄の手が、その上に重なった。
「私のことなら、祈らなくてよいからな。自分の願い事を祈るといい。星は有限なのだから」
「そうよ、どうせ政略結婚なんだし」
「はははっ、それなら祈った意味がないじゃないか」
「そうね。やっぱり、健康第一、健康第一……」
早口で祈る瑠麗。
いつの間にか兄とも仲良くなっている。
「あら? 瑠麗、お兄様と瑶琳には、丁寧な言葉遣いで話すのではなかったの?」
「うーん。練習のためにはそうすべきなんだけどね。面倒だし、仲良くなったら素でいこうかなって。嫁いでからもそうするわ」
「そっか」
仲良くなったらか……。とても瑠麗らしい気がする。
「ねえ、雪蘭は何をお願いしたの?」
「私は……」
泰然様の健康をお祈りしようと思っている。
でも、兄と目が合い、ふと気づく。
こうして兄に会えるのはこれが最後なのではないかと。
「碧砂国へ戻れば、もうお兄様とは一生、会えなくなってしまいますね」
「確かに、国を離れることはできないだろうな。だが、一生とは、言い過ぎではないか?」
「そうですか?」
「何年も先の話になるだろうが、私が父の跡を継ぎ、雪蘭の憂いが全て無くなれば、いつでも来れるようになるだろう。泰然様と一緒に」
そんな日が本当に来るのだろうか。
どれくらいの月日が経てば、そうなるのだろう。
見えない未来に想いを馳せていると、お兄様は身体を起こして言った。
「そういえば、泰然様は来ないのか?」
「うん、いつも雪蘭を独り占めしてるから、誘わなかったわ」
「それなら、私が呼んでこよう」
「行かなくていいわよ。ほら」
兄が屋根から降りようとすると、瑠麗が止め、庭の方を指差した。
その先には泰然様がいた。
「瑠麗、やっぱりお前か」
「何で外にいるの?」
「雪蘭の部屋に行っても、誰もいなかったからだ」
「夜這いですって、仁峰お兄様、いいんですか!?」
瑠麗はわざとらしく兄に詰め寄って言った。
「え、いや……そ、そうだ、泰然様、一緒に流星群を見ませんか?」
「流星群? あ、それで屋根の上にいるのですね」
泰然様がひょいっと屋根に上がると、仁峰お兄様は私の隣を空けてくれた。
「雪蘭、手が冷たいぞ。これを」
「ありがとうございます」
泰然様は私に香炉を渡してくれて、礼を伝えると、瑠麗が身を乗り出してきた。
「え、私の分は?」
「ない」
「うわぁ、仁峰様、聞きました? 泰然の無慈悲な言葉の返し方を。それに、もうこんなに暗いのに、香炉を言い訳に雪蘭の部屋を尋ねる男なんですよ」
瑠麗は兄に告げ口するかのように言うけれど、泰然様はいつも私を気にかけ、二人の時間を作ろうとしてくれている。そういった時間があったから、今日まで私は、何不自由なく、ここで暮らせてこれたのだろう。
兄は、顔を赤くしため息をつく泰然様を見ると、笑っていた。
「はははっ。それほど、雪蘭に会いたいということなのだう? これからも雪蘭をよろしくお願いします」
「はい。もちろんです」
「ちぇ、兄公認か……。あら? 伝書鳩だわ」
不満そうに寝転んで空を見上げた瑠麗は、西の空から飛んできた鳩を見つけた。
「父上にだな。夜に来るのは珍しい。急報だろうか」
何の知らせだろう。鳩が飛んできた方角が、ちょうど碧砂国の方で、なぜだか胸騒ぎがした。
****
「雪蘭、起きてー」
瑠麗に体を揺すられて、私は目を覚ました。朝日が眩しくて、眠い目を擦る。
昨日は、流星群に興奮して、普段より寝るのが遅くなってしまった。
でも、寝る前にそれぞれの部屋へ戻っていったのに、どうして瑠麗が部屋にいるのだろう。
「瑠麗、どうしてここに?」
「今日中に仁峰様はここを出て碧砂国へ帰ることになったの」
「碧砂国で何か起きたの?」
「うん。慧王殿下が、今、雲龍国の皇帝のところに行って、指示を仰いでいるわ」
瑠麗は暗い表情でそう言った。




