016 私の毎日(瑶琳視点)
四年前、私は母と兄を同時に失った。
母は医師として治療に尽くし、自らも病にかかった。そして兄は、母の病を治すための薬を作るために、お祖父様の山の屋敷に籠もってしまった。
そして、母が亡くなっても、兄は帰って来なかった。
父は、兄の気が済むまで挑戦させてやりたいと言っていたけれど、私は帰ってきてほしかった。
泰然お兄様は自慢の兄だったから。言葉でいうのは簡単だけど、本当に何でもて、私のお願いも全部聞いてくれて、優しくて強い人だった。
それから、兄の代わりだと言って翡雲様がよく来てくれた。でも、それが嬉しかったのは、最初の一年くらいだけだった。
翡雲様は、兄の所に月に一度は通っているみたいで、兄が元気にしているよとか、兄の好きな食べ物の話とか、私の知らない兄の話をするから、少しずつ翡雲様のことが嫌いになっていった。
でもある日、お父様と翡雲様の会話を聞いてしまってから、翡雲様のことが嫌いになれなくなった。
翡雲様は、兄の所へ通うことを拒まれたと、お父様に相談していた。
それも泣きながら。自分の母を助けたせいで、お母様が亡くなったから、お兄様がああなってしまったのは、自分のせいだと、そうお父様に泣きながら訴えていた。
お父様はそれは翡雲様のせいではないとはっきり否定していたけれど、翡雲様は聞き入れていたかった。
私はまだ十歳だったけれど、そんなの翡雲様のせいじゃないってわかっていたよ。
お母様は、皇后の病を救ったのだと知って、誇りに思ったよ。
だけど、翡雲様は、そう思わなかった。
それから私は、翡雲様の前では特に明るく振る舞うようにした。
お兄様に、私は元気にしているって、伝えてほしかったから。
そして、兄が帰ってきたとき驚くように、母が得意だった剣舞の練習もした。
お父様は屋敷を開けることが多く、母や兄がいた頃の賑やかな我が家を忘れそうになるくらい、静かな家に慣れていった。
静かな毎日が当たり前になり、剣舞がやっと形になってきたと自信がついてきた頃、ついにお兄様が帰ってきた。
私だって背が伸びたはずなのに、お兄様はもっと背が伸びていて、髪色が紫になっていて、でもお母様と同じ深緑色の瞳は変わらなくて、家族にしか見せない、私の大好きな笑顔を向けてくれた。
と、思ったら、兄は私にだけじゃなくて、隣に立つ綺麗な女性の方にも、その笑顔を見せていた。
あれ、お兄様って、人前で笑う方だったかしら。
「雪蘭という。泰然の許嫁だ」
お父様がその女性の方を、お兄様の許婚だと紹介してくれた。その時の兄は、見たこともないくらい嬉しそうな顔をしていた。
これは、私も喜ばなくちゃ。
名前は雪蘭様。
私も仲良くならなきゃって、すごく焦った。
そして、一緒に剣舞を踊り、私は雪蘭様に心を奪われてしまった。
お母様みたいにかっこよくて、綺麗だし素敵で、剣舞の次に胡旋舞のような舞も披露してくださって、私は雪蘭様に弟子入りすることを心に誓った。
雪蘭様は、舞だけじゃなくて、どこかの国の姫君のように品があって、一緒にいるだけで自分まで高貴な令嬢になれたような気分になってしまった。
それから数日後に、瑠麗様という密仙国のご令嬢が訪ねてきた。兄と雪蘭様の知り合いで、作法を習うために我が家で預かることになった。
でも、何を学びに来たのか不思議なくらい、瑠麗様は、作法も振る舞いも完璧なのだ。
とても美人で、目を合わせると緊張してしまって、あまり話もできない間に、また一人客人が現れた。
今度は、碧砂国の商人の仁峰様という方を翡雲様が連れてきたそうなのだ。
舞の稽古を終え、その話を聞いた時、もう翡雲様は帰られた後だったけれど、夕食の際にその方を見て、私は驚いた。
昨日、兄が彼の連れの方を治療していたけれど、父が不在だといってお帰り頂いていた方だった。
兄とは気まずいのではないかと心配だったけれど、お父様と知り合いみたいで、夕食は、終始和やかな雰囲気だった。
それから仕事の話があるからと、私と瑠麗様は退室を余儀なくされた。瑠麗様と二人になるのは初めてで緊張してしまう。
無言で廊下を歩き庭へ出ると、瑠麗様は急に足を止めた。
「どうされましたか?」
「あの……瑶琳様は、私のことお嫌いですか?」
「えっ、ど、どうしてですか?」
「あまり、目を合わせてくださらないので」
「そ、それは……瑠麗様が綺麗すぎて、緊張してしまうんです」
「そうだったのですか? 良かった、嫌われていたのではないのですね」
「は、はい」
ふわりと微笑む瑠麗様と目が合うと、その大きな瞳に吸い込まれてしまいそうな気持ちになる。
雪蘭様もだけれど、お兄様は、こんな綺麗な方々と、どうして普通にお話ができるのだろう。
「私達、歳も近いのですから、仲良くしましょうね。そうだ、明日一緒に鞠で遊びませんか?」
「鞠、ですか?」
「ええ、雪蘭も得意なので、誘ってみます」
「お義姉様も!? ぜひ、やります」
そして翌日、瑠麗様と雪蘭様と鞠を蹴り合い遊んでいると、仁峰様も庭に現れた。
数日間、屋敷に滞在することになった仁峰様も昨夜、瑠麗様に誘われていたようだ。
四人で鞠を蹴り合って遊んでいると、お兄様は遠くの方で眺めていた。お兄様も加わりたいのかなと思って目を向けると、首を横に振られてしまった。
でも、せっかくだから、お兄様とも遊びたい。
私が言っても駄目なら雪蘭様に誘ってもらおうと思い、雪蘭様に声をかけようかと思った矢先、急に瑠麗様が鞠を強く蹴り上げた。
そしてその鞠は、お兄様の顔面めがけて勢いよく跳んで行った。
「おい、瑠麗、危ないだろ?」
「そんなとこ突っ立ってないで、アンタもやりなさいよ!」
「「えっ?」」
私と仁峰様が、驚いて同時に声を上げた。
今の言葉、瑠麗様から聞こえたような。
でも、あんな言葉、瑠麗様から出てくるはずがない。
お兄様はフッと鼻で笑って言った。
「瑠麗、化けの皮が剥がれたな」
「た、泰然様ったら、早くいらして?」
「気持ち悪い。俺がいると、また素が出てしまうのではないか? あ、その方が作法を守る訓練になるか?」
珍しくお兄様も意地悪なことを言っているような気がする。
「泰然様、あまり瑠麗をいじめないでください」
「……別に、いじめてなど」
「雪蘭、泰然が酷いっ」
雪蘭様に抱きつく瑠麗様を見て、仁峰様は私に尋ねた。
「いつも、こんなに賑やかなのですか?」
「えっ? いえ……。はい、いつも賑やかなんです」
私は仁峰様に、そう返した。
これからも、こんなに賑やかで楽しい毎日がずっと続いたらいいな。
そう願いを込めて。




