015 強運の持ち主(瑠麗視点)
部屋にいてもつまらなくて外を眺めていると、庭に人影が見えた。池を眺めながら、ポツンと一人で立っている姿は、誰かを待っているかのようで寂しげに見えた。
私は外へ出て声をかけた。
「仁峰様。酔い覚ましですか?」
「瑠麗様、ですよね? 少し、飲み過ぎてしまいまして」
振り向いた仁峰様は顔が赤く、酔っているからか、へにゃっとした笑みを浮かべていた。
顔は春燕に似ている気がしたけれど、その笑顔は雪燕とそっくりだと思った。
「ふふっ、顔が赤いですわ」
「すぐ赤くなってしまうんですよ。慧王殿下や翡雲様を見習いたいものです」
「では、今度翡雲様にご教授願われてはいかがですか。翡雲様も本当はお酒に強くないとお聞きしましたので」
「そうなのですか? 知りませんでした。今度聞いてみます」
おっとりと頷く仁峰様。
なんだか時の流れがゆったりと感じられる。
この人、これで皇太子なのよね。
人を疑うなんて知らなそうな人だ。
素直で馬鹿正直そう。
酔っているからなのか、いつでもこんな人なのか、心配になってしまう。
「ふふっ、雪蘭様に似て、素直な方ですね」
「えっ……」
驚いてこちらを見た仁峰様は、やっと私を警戒する素振りを見せた。
よかった、あんまり抜けているは人だと、雪蘭のことをバラしてしまわないか心配だったから。
慧王殿下は、仁峰様に私を、作法を学びに来た知り合いの娘だと紹介していた。ちゃんと自己紹介しておこう。
「あ、私、全て知っていますので気兼ねなくお話いただいて結構ですよ。碧砂国の皇太子、仁峰様ですよね。私は密仙国、三の姫、黎瑠麗と申します。翡雲様の許婚として、慧王殿下の元、作法を学ぶために滞在しております。以後、お見知りおきを」
「翡雲様の……。そうだったのですね。それに、密仙国の方なのですね」
あら? 自己紹介したら、余計に警戒された気がする。
密仙国によい印象を持っていないのかしら。
「密仙国について、何か気になることでも?」
仁峰様は、少し困ったような笑顔をすると、照れくさそうに言った。
「密仙国の方は美しい方ばかりなのですね」
「はい? あ、酔ってらっしゃいます?」
「ん? いえ、皇后も私の母君も雪燕も、そして貴女も、綺麗な方ばかりなので」
どうやら素で言っている様子だ。
まさか、意外と女たらしだったり……。
「あー、そうでしたか。……あの、皇后には、雪蘭のについて、なんとお伝えするのですか?」
「よい伴侶と出会い、幸せにございますと、伝えようと思っています」
見て感じたままを伝えるなんて、皇后のことを信頼しているのだろう。皇后が雪燕に呪いをかけていたかとしれないことを、まだ、仁峰様に言っていないのかしら。
「皇后はなんと言葉を返すかしら?」
「きっと、泣いて喜ばれると思いますよ。ですが、その報告の後、歳を取らない呪いの薬について、皇后に尋ねようと考えています。誰がなぜ、そんな事をしていたのかと」
朗らかな笑顔から一変し、仁峰様は厳しい顔つきでそう言った。
真面目な顔もできるのね。
さっきからコロコロと印象が変わる。
とても不思議な人だ。
「納得のいく言葉が得られることを、祈っておりますね」
「それはどうでしょうか。人に呪いをかけることに、納得できる理由があるとは思えません」
「それもそうですね。少し言葉を間違えましたわ。相手の言葉にはぐらかされず、真実を聞き出せることを、祈っております」
「……はい」
私にできるだろうか、と仁峰様が自信なさげに呟いた。
雪燕に似ているからだろうか。
どうにか元気付けてあげたい。なんだかそう思わせる人だ。
「あ、そうだわ。ご存じですか? 密仙国の血を引く女性から、男児が生まれることって稀なんですよ」
「えっ、そうなのですか?」
「はい。密仙国の女性は類まれな力を持って生まれることが多く、本能的に女性の遺伝子を遺そうとするそうなんです。もし男児が宿っても、生まれることは、ほとんどないそうです」
「ほぅ、確かに仙女の国との噂は聞きますが、仙人の話は聞きませんね」
「はい。ですので、本能に逆らっても生まれてきた男児は強運の持ち主といわれています」
これは本当に密仙国内に伝わる有名な話だ。一説によると、相思相愛の夫婦にのみ男児が生まれるともいわれている。
それが本当かは分からないけれど、もし瑛麗に仁峰様と会ったと自慢したら、羨ましがるだろう。
現在実際に存在する男児が、この仁峰様だけだから。
「強運ですか? 確かに、こうしてまた妹と再会することができたことも、そのおかげですかね」
「そうかもしれませんね。他にも、運がよいと思ったことはありますか?」
さて、どんな強運話が出てくるだろう。今度会ったときに、瑛麗に話してあげなきゃ。
「他にですか? 溺れて死にかけても助けてもらえたり、護衛の二人が腹を壊しても、私だけ無事だったり。……舞姫として国の責務を負う妹たちの横で、特に苦労せずここまで育ってきてしまったように思います。もしかして、私が周りの者たちの運を奪ってしまっている。ということはないですよね?」
「さあ? そういった話は、聞いたことがありません」
「そうですか……」
肩を落とし、しゃがみ込んで仁峰様は池を眺めた。
元気づける予定だったのに、さっきより、元気がない。
「これから、碧砂国はどうなるでしょうか。それこそ、私が強運の持ち主なら、どうにかなるのでしょうかね」
「はい。どうにかなると思います」
私がそう答えると。仁峰様はニコッと微笑んでくれた。
良かった。雪燕の兄は話の分かる良い方で。
てっきりこの方が雪燕を碧砂国に連れ帰ってしまうのだと思っていたけれど、そうではないみたい。大婆様の占いが外れることなんて、あり得ないのに。
「あの、明日にはここを立つのですか?」
「それが、少し滞在を延ばすことにしました」
「どうしてですか?」
「行きに道を間違えていたみたいで、帰りも遠回りをしてしまいそうなので、慧王殿下と共に戻ることになりました。ご迷惑をおかけします」
「いえ、そうですか……」
まさか、本当は雪燕を連れ帰るつもりなのかしら。いや、そんなことはないわよね。
護衛は二人、煮るなり焼くなり、慧王にかかればどうとでもできるもの。
「大丈夫ですよ。私の気持ちは変わりませんから。雪燕を連れ帰ったりしませんので、ご安心を」
「……あら、心が読めるのですか?」
「いえいえ、そんなことできません。でも、瑠麗様が、雪燕の、いえ、雪蘭様の身を案じていることは伝わってきましたので」
身を案じている。そう解釈してくれるのね。
なんだか面白そうな方だから、仲良くなっておきましょ。
「ふーん。……仁峰様、明日のご予定は?」
「特になにも」
「だったら──」




