013 兄の言葉
仁峰お兄様が、私を抱きしめてくれた。
奇病と言われてから、遠くから手を振ることしかできなかったのに、こんなに近くでお兄様に触れることができる日が来るなんて、嬉しくてたくさん泣いてしまった。
お兄様は私の幸せを願ってくれている。
そしてお義母様が私を愛している。
兄の言葉が心に響く。
だからこそ、碧砂国へ私を連れ戻すことはないのだと、そう兄は言った。
兄妹そろって涙でぐちゃぐちゃになってしまったけれど、泰然様が優しい顔で私たちを見守ってくれていた。
それから兄は、慧王殿下に呼ばれて泰然様の部屋を後にした。泰然様は二人になると、すぐに私の涙を拭い、そして抱きしめてくれた。薬草の香りがして、心が休まる。
「よかった……仁峰様が、雪燕を大切に思っていてくれて」
「はい」
でも、少しだけ不安がある。お義母様は、本当に私を愛してくれているのだろうか。
私に、歳を取らない呪いをかけたのは誰なのか。
それだけが胸にひっかかる。
「あの、泰然様?」
「ん?」
ずっと抱きしめたままなのはなぜだろう。嬉しいけれど、泰然様の顔が見えなくて、少し寂しい。それに、そろそろ誰が来るかもしれない。
「あの、泰然様の……」
「なんだ?」
「お顔が見たいなって」
「えっ?」
パッと体を離し、顔を上げると恥ずかしそうに顔を赤く染めた泰然様と目が合った。
「あ、えっと、ずっと抱き締めてくれることも嬉しいのですが、お顔が見れないと、少し寂しくて……ごめんなさい。変なことを言ってますよね」
「いや、今日は……雪蘭が他の者に抱きしめられている姿ばかり目に入ってしまって……つい」
つい抱きしめてしまったということだろうか。
そう言えば、さっき翡雲様にも抱きしめられたような。
嫉妬、してくれているのかな。
泰然様、可愛い。目が合うと、泰然様は、また私をギュッと抱きしめて、耳元で言った。
「もう少し、このままで……」
「はい」
泰然様に身を委ねると、窓のほうから声が聞こえた。
「ほら、翡雲様が雪蘭のことギュッてするから、泰然がヤキモチ妬いちゃって、いつまで経っても部屋に入りづらいじゃない」
「はははっ、泰然は可愛いだろ、少し待とっ──お、おい、危ないじゃないか!」
翡雲様の慌てた声が聞こえて、そちらへと顔を向けると、窓枠に短刀が突き刺さっていた。
泰然様が、投げたのかな。
泰然様は窓を睨みつけて言った。
「ああ、翡雲じゃないか。人の屋敷で盗み見とは、賊かと思ったではないか」
「ははは、酷いなぁ……」
「雪蘭のことが心配だから見てただけなのにね」
「菓子を買ってきたのだが、二人でいただこうか」
「そうね~」
そうだ。翡雲様は、菓子を買ってきてくれたと言っていた。どんな菓子なのだろう。
私がじっと窓の方を眺めていたからか、泰然様は二人を部屋に招き入れてくれた。
彩り豊かな花の形の点心が机の上に並べられる。
お茶はいつの間にか泰然様が用意してくれていた。
翡雲様は一通り点心の説明をすると、意気揚々と話し始めた。
「本当は泰然と雪蘭を誘って茶屋に行こうと思っていたのだが」
「雪蘭のお兄様に会って二人で行ったのでしょう」
「ああ、仁峰様にお会いして、先ほどまで二人で茶屋にいた。そして誠に勝手ながら、仁峰様の話を聞いて、すぐに雪蘭に会うべきだと思ったのだ」
「皇太子なのだし、碧砂国を長く開けるべきではないわよね」
翡雲様が話すと、瑠麗が言葉を重ねる。二人の息がぴったりで、私が言葉を挟む隙すらない。瑠麗が自分らしく話せている様子で、なんだか嬉しくなる。
「いつも宮殿を留守にしてばかりの皇子が目の前にいるけどな」
泰然様がそう言って翡雲様に目を向けると、瑠麗が納得いかないといった表情で泰然様を横目で見て言った。
「泰然こそ、何年も家出していたじゃない」
「ああ、そうか、似たようなものか」
その二人の会話に自然と入っていくことができる泰然様はすごいな、と思った。
「ところで瑠麗は花嫁修行と言っていたが、何をするのだ?」
「うーん、雲龍国に慣れることと、ほら、ああやって新婚気分の二人がどういちゃいちゃするのか勉強しにきたのよ」
「なるほど、それは面白そうだ」
翡雲様も瑠麗の言葉に同意すると、泰然様は溜息混じりに二人に冷たい視線を向けていた。
「冗談よ、睨まないでよ。他にも理由はあるけど、教えてあげなーい」
「そうだったの?」
「まあね。それより、次の満月はどうするの? 山の屋敷に戻るの?」
尋ねたけれど、瑠麗にサラッと話を流されてしまった。
泰然様は私の方に目をやると、瑠麗に返答した。
「そのことだが、父上とも話したのだが、碧砂国が落ち着くまで都から離れるのは止めようと思っている」
私を碧砂国に近づけない方がいいからだろうか。でも、それでは秘薬作りが先延ばしになってしまう。
「いいのですか?」
「ああ。これから寒くなるし。いや、それだけではない。国境付近の町には碧砂国の者が少なからず流れてきている」
「しばらくは、町の治安が乱れそうね」
「その辺りのことは雲龍国の皇帝に任せておけば大事ない。だが、都に残ると聞いて安心した。私もそのほうが良いと考えていた。仁峰様がどう考えていようと、もしも雪燕のことが分かれば放っておかない奴もいるだろう」
「春燕とか?」
瑠麗の言葉に、翡雲様は首を横に振って答えた。
「いや、春燕は禁足中らしい。きっとどこかへ嫁ぐまでそのままだろう。皇后は春燕のことも考えていたと仁峰様は言っていた。あの子は幼い頃より小国へ嫁ぐ事が陛下に決められていたから、学をつけ妻として重宝されるように育てていたそうだ」
「じゃあ、皇后が雪燕に呪いの薬を飲ませていたってことでは、ないってこと? 雪燕の成長を止めて、春燕を代わりに嫁がせるって考えは無いってことよね。じゃあ何でなんだろう。仁峰様には聞いてみたの?」
翡雲様は私は聞いてないと答えたので、瑠麗は私の方を見た。
「私も聞いていないわ。でも、後で聞いてみようと思う」




